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吸血鬼

 とてもきつい鉄の匂い、気分が悪くなりそうな光景、おかしくなりそうなくらい静かな空間、地下牢である。鬼族のロリ女王に地下牢に閉じ込められてしまった大地。そこには悪魔でさえも目を伏せたくなるような光景が広がっていた。


 床に散乱している人骨、壁にベットリとついた血のあと、まだ人間の部分が残っているところに群がる虫。拷問の跡のようだ。常人にはとても耐えられたものじゃない。


「なんなんだよ、これは」


 大地は驚愕の色を隠せなかった。そして気づいてしまった。


「ここにいたら・・・殺される」


 そう悟った瞬間かつてない恐怖と絶望が大地を襲う。一難去ってまた一難。樹海を抜けたら鬼の国の牢屋なんて笑えない冗談であってほしいと願う大地。だがこれは冗談ではない。誰がなんと言おうと現実だ。


「これは・・・拷問器具だ。しかも結構使い込まれている。まさかここに転がっている人たち全員に拷問をしたのか?」


 こんな狂った状況下におかれても何とか落ち着きを取り戻そうとする。帝国兵達に馬鹿にされていたときの対処法がここで役に立った。


「ここがお前の牢だ。おとなしくしておけ」

「おい、待て。これはお前達がやったのか?女王が命令したのか?」

「お前が知る必要はない」


 それ以上は知られたくないようだ。鬼の監守は言葉を濁らせ去っていった。だが、鬼達は知らなかった。大地は鬼以上の鬼畜であることを。


 まず、やるべきことは牢からの脱走。使えそうなものだけ盗って、そのあとは上に戻り、逃げるだけ。シンプルかつ最低の作戦である。だが、樹海や仲間からの裏切りなどが原因で一部性格が変わってしまった大地にとっては普通のことなのである。


「さて、出るかなっと。錬成」


 錬成で大地の前にある鉄格子がグニャリと形を変え、人が通れるくらいの隙間ができた。そこをするりと抜けると、辺りを一通り物色し金属やお金などをわずかだが手に入れた。あとは上に行くだけ、というところでちらっと人が見えた。


 牢の中の人は、女の子っぽい。手足を丈夫そうな手錠で繋がれ、移動範囲も異常に狭い。ベッドもなければトイレもない。したければそこでしろということなのだろうか。いずれにしろ大地よりも酷い扱いである。


 だがそんなことをいちいち気にしている暇はない。急いで階段を上る。陰から様子を見る。当たり前だがいくらか鬼がいる。強行突破は今の大地には不可能。そこで考えた案が、


「錬成」


 地面を進んでいくというものだった。魔法の使えない鬼には大地を見ることも攻撃することもできない。これが最善策なのだ。そのままどんどんと地中を進んでいく。適当なところで地中から顔をだす。


「よし。うまくいったみたいだ」


 うまい具合に壁の外に出たようだ。鬼もいない。逃げるなら今しかない。大地は全力でその場を離れ再び樹海へと入っていった。


 大地にとって、樹海を出たその日に樹海に入ることになるとは思ってもみなかっただろう。あれだけ嫌だった樹海が今は自分を隠してくれているのだ。皮肉なものだと舌打ちをする。


 樹海をたんたんと進んでいく大地。当たり前だが魔獣からすればかっこうの餌である。飛びかからないはずがない。そしてそれを待ちわびていたかのように大地は右手でさっと払う。地面にドサッと音をたてて落ちる肉塊。切れ味がダメダメだったキラーは鬼の牢屋にいた際、魔石で補強したのだ。以前のように凄まじい切れ味である。


「一応勉強しておいてよかった。相手の弱点がすぐわかる」


 そのまま魔獣を殺し続けていると一番出会いたくないものにであってしまった。大地は苦虫を噛み潰したかのような表情をしている。そしてそいつを睨む。


「何でここにいる。女王」


 永遠にも思われた時間は大地の声によって壊された。そう、目の前に現れたのは大地を牢に送るよう命じた鬼の女王である。どうやら女王は相当怒っているようだが、その容姿のせいか可愛らしく見えてしまう。


「人間。脱獄とはいい度胸じゃない。そんな愚かな人間には私が直々にお仕置きをしてあげる。覚悟しなさい」


 言い終わるとダンッという音と共に女王が急接近してきた。当然避けられるはずもなく腹部に強烈な蹴りを入れられた。その勢いで背後の木にぶつかり木を折り倒した。


「ゴホゴホ、ぐぁぁ」


 地面にうずくまる大地に容赦なく次の攻撃が来た。紙一重で横に飛び交わす、そして投げナイフで頭部を狙う。この距離からなら必ず当たる。だが、大地は甘い。女王を投げナイフごときで殺せるはずがなく、さらに怒りをかってしまった。


「フフ、歯向かおうだなんて生意気ね。もう歯向かえないようにしてあげる」


 女王は右手を上に掲げ何やらぶつぶつとしゃべっている。すると女王の右手から魔方陣が出現した。本来鬼は魔法が使えない代わりに力で補っている。力も魔法も完璧な鬼など存在するはずがない。だがそれが目に前に現れた。大地は恐怖し・・・なかった。


「あら、驚かないのね。鬼の中で魔法を使えるのは私と妹だけ。私たちは吸血鬼なの。だから死にもしない。これを見て驚かなかったのあなたが初めてよ。だからせめて痛くしないであげる。じゃあね」


 女王は右手を大地に向ける。赤色の魔方陣の中から業火が吹き出してくる。ゴォォォォォォォォォォと音を立て火は消えた。その跡には灰だけがパラパラと舞っていた。唯一、地面には大地のものと思われる刀、キラーだけが残されていた。


「死んだようね。全く監守の鬼には油断するなと言っておかないと」

「そうだな。油断は命取りになるぞ」

「な、あなたどうやっ」


 消えたはずの大地の声がすぐそばで聞こえることに女王が驚愕している。女王がなにかをいい終わる前に大地は右手に持っていた物を女王に投げつけ、急ぎその場所を離れた。大地が投げたのは水に触れると爆発する危険な鉱石[水石]。河の水を飲み水として大量に持ってきていたのだ。その水を適当な鉱石で包み水石にいれる。離れたところから錬成で水を包んでいる鉱石に穴を開け水を水石に触れさせる。そして爆発させる。あまり離れたところからは使えないのがたまに傷だ。


「二日間かけて作ったお気に入りだ。存分に味わえ」


 激しい閃光と凄まじい轟音が樹海内に響き渡る。あまりの威力に吹き飛ばされる木々と大地。


「さすがは女王。あれだけの爆発を受けてなお生きてるとは。まあそれでも四肢は吹き飛んでるな」

「く、人間の癖に・・・殺しなさい。こんな無様を晒すくらいなら死んだ方がまし」

「吸血鬼だから死なないんじゃなかったのか?」

「あ・・・・・う、うるさい。そんなこと最初からわかってたし。ちょっとからかってみただけだしー」

「あーそういうのいいから。錬成」


 大地は女王の言葉をさらりと流し、手持ちの魔石を使って女王の吹き飛んだ四肢の部分にぴったりとくっつけた。四肢を再生されては今度こそ殺されてしまうからだ。


「あ、何すんのよ」

「再生されると困るからな」

「くぅぅ。この鬼畜」

「鬼はお前だろ」


 女王の文句を無視し体を縄で縛る。このままでは誰かに見つかる可能性がある。そう考え人目に付かないところまで持っていってから捨てる。肩に担ぎ運び始める。まさに鬼畜の諸行である。これに関しては女王も焦ったようだ。罠にかかった動物のように暴れながら抗議する。


「ちょっと待って。捨てるのだめ。あとでひどい目に合わせるわよ。それでもいいの」

「いい」

「いや、ちょっと待って。いや、待ってください。捨てないでください、お願いします」

「断る」

「いやぁぁぁぁぁ。待って待ってお願い待って」


 普通の人ならまず捨てるという考えは浮かばないだろう。ましてやここまで懇願されてキッパリ断ることができるのも大地だけだろう。


「じゃあ聞くけど」

「・・・うん」


 その返事に女王としての威厳は皆無だ。その代わり、今にも泣き出しそうな可愛らしい返事が容姿と相まって女王を引き立たせている。


「お前を助けて俺に何のメリットがある」

「えっとえっとえっと・・・・・あ、魔法を教えてあげる」

「ほとんど使える。ま、上級魔法は無理だがな」

「じゃあ」

「却下」

「なんでぇぇぇぇぇ」

「魔法はあんまり使う必要がないから」


 女王の必死の案が一瞬で粉砕された。すでに女王は泣いている。もはや女王ではなくただの少女だ。四肢のない少女がいるなら。


「さてこの辺りかな」

「ええ、ほんとに捨てるの?嫌だ捨てないで」

「さよなら」


 女王の願いも虚しく、大地はポイと女王を投げた。ここまで来るとすでに鬼畜の範疇を越えている気がするが大地は依然として平気そうな顔をしている。


「う、うぅ。やだぁ。捨てないでぇ」

「しつこい」

「ひゃあ。い、いたい」


 大地は女王に近くにあった石ころを投げつけた。さすがにやりすぎである。というのは大地には伝わらない。泣きながら懇願する少女に石を投げつける光景を見たら誰もが罵声を浴びせるであろう。


「今度こそじゃあな」

「ひぐっ。うえっ」


 後ろをくるりと振り返った大地は歩き始めようとした。が、それを邪魔するものがいる。突如大地の背後で爆発が起きる。大地は数メートルほど吹き飛ばされる。そして爆発元を睨むように見る。


「脱獄をして生きて帰れると思うなよ」

「はあ」


 そこには監守の鬼がいた。右手にはばかでかい剣が握られている。それに当たったら間違いなく体が吹き飛ぶだろう。鬼がそれを持つことによりさらに恐怖が増す。脱獄した大地を追ってきたらしい。牢獄に連れ戻す気は更々ないようだ。殺す気でいる。


「ごくろうささん。でもお前に構っていられるほど暇じゃないんだよ」

「一瞬で終わる。お前が死ぬからなぁ」


 そういうと勢いよく突っ走ってきた。女王ほどではないがかなり速い。ギリギリで横にかわす。背後の木に突撃した。その隙に空気中の酸素を結集させる。七割位を集め、手のひらサイズくらいに圧縮した。これを魔石で包み込む。一つの魔石では耐えきれないので五、六個くらい使い、何とか包み込むことができた。一連の作業を終えると同時に鬼が体制を立て直し死を告げるかの如く剣を振り下ろした。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

「・・・お前がな」


 大地はさっと後ろに下がりさっき作った酸素を封じ込めた魔石を投げる。元々ギリギリで押さえ込んでいた酸素が鬼の体にぶつかると共にパァァァァンという音を立て破裂する。酸素だけでも十分な威力だが弾けとんだ際に魔石が弾丸となって辺りを貫いた。大地は木の陰に隠れていたが魔石が木を貫き大地の足を貫通させる。


 鬼は死んだが足をやられた大地は動くことが困難となってしまった。地面には突っ伏して呻き声をあげる様は女王が大地に置いていかれそうになったときと似ている。ハッと大地は女王のことを思いだし、女王を捨てたところまで這いつくばりながら移動した。この樹海は雑草が高いためなにかが落ちていても気づきにくいのだ。故に女王を探すにも大分時間をとられてしまった。


「おい女王いきて」

「おやおや女王様。ずいぶんとかわいそうなお姿ですね。フフフ」


 そこへ来たのは三人の鬼、女王の側近だった鬼達だ。様子から察するに助けに来たわけではないようだ。むしろその逆。鬼達の表情は非常に満足そうでなにかをしたくてうずうずしているようだった。不穏な空気を察した大地さっと鬼達の死角に入り身を隠した。


「お前たち。見てないで早く助けろ」

「あっれー。女王様そんな偉そうな態度とっていいのかなー。もっとちゃんとお願いしてくれないとー」

「くっ、お、お、おね、おねがい、します。助けて、くだ、さい」


 羞恥に耐えられなくなり言葉がどんどんと小さくなっていった。それにしても、鬼達も大地に負けないくらいの鬼畜である。


「フフフ、しょうがないな。じゃあ助けてあげる、よっ」

「がぁ」


 鬼達の中の一人が女王の腹部に剣を突き立てた。そしてグリグリと小刻みに動かす。じわじわと苦痛と恐怖を与える。血をほとんど失っている女王はもはや再生ができていない。その状態で腹部を刺されているのだ。女王にとってここまで死に近い状況はないだろう。


「お前たち。裏切るのか」

「うっせーよ。前からお前は気に入らなかったんだ。力が強いからってガキが女王だと?ふざけんな。お前みたいなやつは認めない。お前を殺す。悪く思うな。弱いお前が悪いんだ。今ここで下克上だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 グチャっと嫌な音がする。肉が砕け散り周囲の植物に血の雨となって降り注ぐ。やがて力を失い瓦解するかの如く倒れる。あまりの出来事に誰一人として声を出せなかった。その中で静かな雰囲気をぶち壊す声が響き渡る。


「気に入らないなら殺せばよかっただろ。お前自信の力で。弱ったところを殺したところで意味はない。本当に弱いのはお前の意志だ」


 その言葉を発したのは大地である。女王が裏切られたのを見て同情できる部分があったのだろう。故にその鬼達が許せなかった。気づけば、大地は足の神経だけをうまく切断し痛みを消す。そして瞬時に鬼の背後に回り込み至近距離で渾身の拳を頭部をめがけて放ったのだ。樹海での戦闘、監守との戦闘でさらに腕に磨きをかけた大地の拳はさしもの鬼でも耐えられなかったようだ。頭部が一気に粉砕され、ただの肉塊となった。


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ」

「フン」


 鬼は仲間を殺されたことに激怒し全力で突進してきた。が、そんなものが大地に当たるはずもなくかわされる。かわしたところを狙ったかのようにもう一体の鬼が拳を叩き込む。だがそれさえもかわす。迫り来る鬼の猛攻を氷上を滑るかの如く華麗にかわす。そしてフィニッシュ。


「終わりだ」


 大地はある道具を使った。酸素爆弾とでも言おうか。圧縮した酸素を鉱石で割れない程度に薄く包む。そして投げつけるだけ。高密度に濃縮された酸素は鬼にあたった衝撃と共に破裂。女王でさえも大ダメージを負った道具、水石と同等の威力がある攻撃をただの鬼が耐えれるはずもなく、まばたきした次の瞬間にはもう鬼の姿はなかった。


 そして女王の可愛らしい腹部に突き立てられた剣を抜く。そして相変わらずの無愛想な口調で話しかける。


「おい、吸血鬼」

「痛い痛い痛い痛い痛い」


 すでに悶絶しそうな勢いで苦しんでいる女王。どうやら大地の空気爆発による魔石が被弾して当たったようだ。血が少ないようで再生しきれていない。大地は苦虫を噛み潰したような表情で女王に提案をした。それも前代未聞の。


「おい、吸血鬼は血を吸ったら回復できるんだよな」

「で、できる。うぅぅ」

「だったら俺の血、吸っても、いいぞ」

「はあ、な、なにいってんの?自分の言った意味分かってんの?あなたは人間よ。私が力を取り戻したらあなたを殺すかも知れないわよ」

「四肢をもがれた状態じゃなにもできないだろ」


 女王に血をやり力を回復させた大地は早速ある作業に取りかかった。それもぶっ飛んだ作業だ。吸血鬼の女王が聞けば地面に頭をぶつけてしまうくらいの作業なのだ。


「ねえ、なにしてんの?」

「あ、あぁ。作ってるんだよ。俺とお前の寝床を」

 

 その言葉はつまり二人で一緒に寝る場所を作っているということだ。さしもの吸血鬼でも地面に頭をぶつけてしまっている。そして状況を理解し真っ先に出た言葉が


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 その声は樹海中にこだまし次第に溶けるように消えた。

 

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