ゴーレム
「はぁ。息苦しいな」
「慣れるのに時間かかるよ」
「空気が薄くなったような感じです」
「おにいちゃん、苦しいよ」
「別に、苦しくなんか、ないんだから」
表層の百倍の魔素。あまりの濃度に大地達の視界はうまく定まらず、めまいすら感じる。
表層や中層とは違い、樹木の葉の色が濃くなっている。その上、濃すぎる魔素のせいで太陽の光は表層の一割しか届かない。
「広さは中層よりも圧倒的に狭いはずなのに」
目的の場所にはつかない。それどころか、覆い被さるような樹木が、これ以上先に進むことを拒んでいるようにすら見える。
「とりあえず、今日はもうここで終わりにしよう」
「そうだね」
「異議なしです」
「いいね」
「そうね、ちょっと疲れたし」
濃すぎる魔素は容赦なく大地たちをリタイアまで追い詰めた。
「今回は俺も中に入る」
一際大きな木を見つけ簡易式の家を作る。イリス達を中に入れると、それに続き大地も入る。
「これは魔力を吸いこむ鉱石、蓄石だ。これでこの木の中の魔素は中和できる」
どれだけ強い魔素でも、その気になった大地なら解決できる。大地の知識に感心を禁じ得ないイリス達だった。
「レイア」
「どうしたの?大地」
「千里眼たのむ。魔力はこの樹海の魔素使ってくれ」
「りょーかい」
イリス達が寝静まったのを確認するとレイアに話しかける。
亜人を探したときのようにする。深層をぐるぐると見回し、生命体や樹海の中心らしき場所を探していると、
「何かあるぞ」
「巨石だね。でも何か普通じゃない気がする」
樹海の奥深くには通常ではあり得ないほどの巨石があった。それも、コケ一つ生えていない綺麗な巨石だ。怪しいと疑うのは当然の心理だろう。
「怪しいな。あの石だけ妙な存在感を放ってるな」
「行ってみる?」
「いや。ここの魔素に慣れたらな」
「わかった」
妙な石を発見できただけでも大きな進歩だろう。イリス達の眠るなか、レイアとの会話もなくなり、ただ静かな闇が広がっていた。
「おやすみ」
「明日はいいことあるといいね」
そして翌朝。
「ちょっと魔素を慣らしに行ってくる」
「いってらっしゃーい」
樹海の魔獣を殺しつつ、昨日見つけた巨石の場所まで走る。
「これが昨日見た石か」
「間違いないよ」
大きさは半径五メートルほどだ。石にしては相当大きい方だ。
妙におぞましい存在感を放つ巨石に僅かながらも恐怖すら感じる。なにか、よくないものがそこにあるかのように周囲の木々がざわつく。
「ヤバイぞ。理由は分からないが逃げないと」
「急ご。何かヤバイよ」
危険を察知する能力は流石といったところか。だがしかし、察知するのが遅すぎたようだ。
「オオオオオオオオオオォォォォォ」
腹の底に響くような重い咆哮をあげ、巨石は姿を変えていく。
「ぐっ」
「何あれっ」
巨石には手足がついており、頭部らしきところからは二つの紅く光る眼がついている。
「ゴーレムかっ」
「何で樹海に。ダンジョンの百階層から百二十階層にしかいないはずなのに」
ゴーレム。土や石を材料として作ることが出来るが、作った本人の力や知能に比例するため、弱者の作ったゴーレムは弱者と同等の力しか持てない。また、作るためにはそれなりの力と知識が必要なため、作れる人間は数えるほどしかいないという。
また、人間の作ったゴーレム以外にも、魔素が豊富な場所であれば、ごく希に自然に作られる場合がある。
「くそ、ゴーレムは厄介だな」
「援助するよ」
戦闘体制に入る大地とほぼ同時に、ゴーレムも戦闘体制に入る。半径五メートルの石が今、目の前に立っているのだ。どれ程大きいのかは容易に想像がつくだろう。
「百階層の魔獣には百階層の魔石だろう」
大地は腕輪から刀を取り出す。百階層の魔石を使って作った刀だ。いくらゴーレムでもそう簡単には壊せない。
「放電」
「強化、放電」
レイアのいう援助とは、レイアの持つ力からきている。
レイアは支配者でなくなって以来、使えるスキルは半分以下となっている。その残り半分が、技の強化、身体強化など後方支援用の魔法しかなかったのだ。
技の強化では、技の威力を二倍にするほか、スピードも二倍となる。
「電撃の剣。防げるもんならやってみろっ」
一気にゴーレムの懐に潜り込み、凪ぎ払うように剣を振る。
「オオオオオオオオオオォォォォォ」
だが、ゴーレムはまるで何事もなかったかのように、大地に向かって拳を放つ。
「ふんっ」
間一髪で避けたものの、地面に直撃した拳は、広範囲の衝撃波を発生させ、周囲に地面の破片を飛び散らせた。
「腕が一本千切れちまったじゃねぇ」
飛ばされた破片は、大地の左腕の間接に直撃し、腕をはじきとばした。
「しょうがねぇな。ちょっち本気で行くぞ」
「オオオオオオオオオオォォォォォ」
強化一気に二十倍にまで高めた上に、放電をレイアに五倍まで引き上げてもらう。さすがの大地でも、ここまで大きな力に耐えられるのは二分が限界だろう。
「おらぁっ」
「オオッ」
真っ正面から顔面を切りつける。人間でいう左脳のあたりを一気に削ぎ落とし、大地を弾こうと向かってくる右腕を瞬間的に四回切りつけ破壊。
「まだまだぁっぁぁぁあぁあ」
どんどんスピードをあげ、ゴーレムを切りつけていく。足、腕、胸、背中、顔。連続で切りつけられたゴーレムの体には、ヒビが入っている。
「はっ」
ゴーレムを惑わすように、速く移動を繰り返し、攻撃、そして移動、攻撃。マグネシウムの燃焼よりも輝く刃は一本の尾を作り出し、ゴーレムを縛り上げるかのごとく取り囲む。
「オオオオオオオオオオォォォォォ」
「無駄ぁぁアぁ」
最後の抵抗と言わんばかりに放たれる拳を、身をしならせてかわし、ボロボロになった胴体に刀を突き刺す。
「オオオオ、オオオオ、オオォォォ、ォォ・・・・・・」
ガラガラと音をたてて崩れていくゴーレムの体は、地面に溶けるように消えていった。
「ぐぁ、ああぁぁああぁぁ」
「大地、大丈夫っ。大地」
強化二十倍はさすがに無理ようで目からは血が溢れだし、体からも所々血が吹き出ている。
「はぁはぁはぁ。やばいな」
「大地、しっかり。大地」
壊れた体を修復するのにかかる時間は一分ほど。ただし、血吹き出している大地の場合は十分はかかるだろう。それまでに魔獣おそってこなければいいのだが。
「とりあえず、そこの茂みに隠れよう」
「はぁはぁ、わかった」
レイアいう通りに茂みに身を隠す。
「ぐっ。あぁっぁあ」
「大地、もうちょっとで治るから」
壊れた体は容赦なく大地に苦痛を与える。体が壊れているため、魔法は使えない。つまり、体が治るのを待つしかないのだ。
「ガルルッ」
不幸だ。よりにもよってこんなときに魔獣が近くにいるなんて。いや、むしろその可能性の方が高かったのだ。不思議ではないだろう。
「こっちに気づいてるのか?」
「まだ大丈夫だよ。このままやり過ごそう」
ガサガサと周囲の茂みをあさる魔獣。徐々に近づいてくるその音は、大地には死の宣告をされているように感じた。
「ガルル」
魔獣はもうすぐそこまで来ている。大地の額に冷や汗がにじむ。
「ガアァッ」
やはりばれてしまったようだ。魔獣は無抵抗の大地をじっと見つめている。危険がないかどうかを警戒しているのだろう。
そして、危険がないとわかったら
「ガアァッ」
大地の心臓に爪を突き立てようと構える。その爪が、大地の心臓へと振り下ろされた。
「雷斬」
大地の心臓に爪があたるよりも速く、なにかが魔獣を貫いた。それは大地のよく知る者が放った魔法だった。
「イリア」
雷斬を放ったのはイリアだった。
「イリア、どうして」
「どうしたんですかっ、大地」
「ちょっと、相手が悪かった」
大地の元へとかけより、顔を覗きこむようにするイリ。目にはかすかな水滴が。心から大地を心配しているのがわかる。
イリアが来てから約十分。大地の体はようやく回復した。お互いが向き合うように座り、そして、そうなってしまった経緯を話す。
「そうですか。ゴーレム」
「あぁ。そっちにはゴーレムとかいなかったか?」
「いえ。平和そのものでした」
「そうか。なら良かっ」
最後まで言い終わる前に、大地の左頬にパチンと何かがあたる。ぷにっとしていて、優しかったのだが、心がズキリ傷むものだった。
イリアが大地の左頬に平手打ちをしたのだ。
「良くないです」
「え?」
「良くないですよ」
「何が?」
「今回はたまたま気づけたから良かったですが、次はどうなるかわかりません」
「イリア?」
イリアの目には大粒の涙が溢れんばかりにたまっており、そしてポロポロとこぼれ出す。涙に顔を濡らしながら、イリアは言った。大地の心をぶち抜くような、そんなことを。
「もう、勝手にどこか、行かないでください」
大地の胸に顔を埋めるように、イリアは抱きつく。きゅっとまわされた腕は柔らかく、そして痛かった。
「悪い。そんなに追い込んでたんだな」
「・・・・・大地の、バカ」
ひとしきり抱き合ったあと、二人で樹海のなかを歩く。さっさと戻りたくはないというイリアのお願いだ。
「次からは、ちゃんと言ってくださいよ」
「あぁ。何があっても、お前にだけは話す」
そして時は経ち、イリス達いる場所へ到着。
「おかえり、大地」
「おにいちゃん。どこ行ってたの?」
「別に寂しくなんかないんだから」
イリス達もこの樹海の魔素順応出来たらしい。だいぶ楽になったようだ。
「明日、支配者を探しに行くぞ」
異論は勿論ない。イリス達はみな、眩しいほど笑っている。それが大地には、何よりの行動原理となっていた。




