狩り
「食屍鬼の数は三万だ。俺達は五人。一人六千殺せばいい」
「無茶だよ。食屍鬼のステータス値は3000。弱いけど六千は多すぎるよ」
「そうです。先に体力が尽きてしまいます」
「私達だと精々一万が限界だよ」
「数で押しきられるわ。まず無理ね」
三万対五。ここまでの暴力はあるだろうか。大地が言うには一人六千を相手にしなければならない。いくらイリス達が強くてもここまで数の差が広いと勝つことは不可能である。
食屍鬼はどれも知能のない化け物のようで、食物にしか興味がないようだ。ただし、邪魔をした場合は相手が誰であれ潰しにかかるという。
「確かに勝てない。だが、それは単純な戦闘をした場合だ」
「あっ。なるほど」
「罠を仕掛けとけば問題ないだろ」
勝てないなら罠を張って勝つ確率をあげればいい。たったそれだけのことだ。
「じゃあ、これをこの都市の周りに散りばめるぞ」
大地が出したのは、レベル10の手榴弾だ。あらかじめ買っておいた手榴弾を夜空のスキル、複写で大量に生産したのだ。
「設置完了。爆発の規模としては原爆くらいだろうな」
手榴弾をすべて集めるとその威力は原爆レベルにものぼる。今は散りばめているのでいいのだが、ひとまとまりで爆発したら、亜人の都市なんて一瞬にして灰と化すだろう。
「次は、この針金を都市の周りに生えている木に円を描くようにつけるぞ」
都市の周りに針金でできた大きな円が完成した。円の数は四個ほど。
「あとはこれに電気を流しすだけだ」
「大地が流すの?」
「俺一人では無理だ。千人の亜人に頼む」
「電撃のバリケードだね」
イリスの質問にサッと答える。大地の対策はイリス達から見れば完璧だった。だが、まだ足りないようで、
「これはとある魔獣の持っている毒を塗りつけた、まきびしっぽいものだ」
「この毒、どれくらい強いの?」
「ほら」
言っても伝わりにくいと思ったのか、毒のついたまきびしっぽいものをイリスの腕にピタリとくっつける。すると
「痛っ」
「まぁこういうことだ」
イリスの腕には特に変化は見られない。ということは内側に異常があるということである。
「この毒は神経の伝達を狂わせ、痛くないはずなのに痛みを感じさせる毒だ」
「でも、すごく痛いよ」
「お前は吸血鬼だ。そろそろ治る」
「あっ。治った」
恐ろしい毒もあるのだ。大地の知識は半端じゃない。ありとあらゆる知識が大地の脳内を飛び回っている。
「これをさらに都市周辺に撒き散らすぞ」
「相手は知能のない怪物だよ?」
「怪物でも痛覚はある」
夜空の複写で大量に生産し、一気にばらまく。これで準備は万端。あとは待つだけだ。
そして夜。綺麗な満月は暗い樹海を僅かに明るく照らし出す。木漏れ日のように降り注ぐ光は、大地達に戦争の幕開けを知らせるかのごとく、食屍鬼を浮かび上がらせる。
「ァァァァァァァァァァ」
呻くように上がる無数の声は、都市内の亜人を一人残らず震え上がらせる。大地達とて平常心ではいられない。額に冷や汗がにじむ。
「そろそろ一つ目の罠が作動するぞ」
一つ目の罠。毒のまきびし。さしもの食屍鬼も痛覚はあるだろうという大地の考えである。
「アァァァァアァァアアァ」
案の定、食屍鬼にも痛覚はあるようで、どんどん激しい痛みに倒れていく食屍鬼。これによりおよそ五千近くの食屍鬼が戦闘の続行が不可能となった。
「五千か。まずまずだな」
「次は電撃のバリケードだね」
ダウンした食屍鬼を除くと残りはおよそ二万五千。それでも食屍鬼は怯むどころか勢いを増しているようにも見える。
「第二トラップ作動」
「エレクトロシールド。なんちゃって」
張り巡らされた四重の針金に食屍鬼が触れる。瞬間、
「ァッ」
一瞬で食屍鬼は感電し、ドサリと倒れこんだ。死んではいないだろうが、しばらくは動けないだろう。ダウンした食屍鬼は五千。
「残りは二万。爆弾であと一万削れるといいんだが」
ぞろぞろと食屍鬼たちが最後の罠へと差し掛かる。最後はレベル10の爆弾だ。食屍鬼とて耐えられる火力ではないだろう。恐らく死に至る。
「第三トラップ作動」
爆弾の一つに魔力を流す。当然それは爆発し、その爆発で周囲の爆弾も一気に爆発していく。
連続で爆発していく爆弾は、食屍鬼を飲み込み、後には灰しか残っていなかった。
「ちっ。これでも五千しか削れなかったか。タイミングをミスったな」
「それじゃあ、次は私たちの出番だね」
「残りは一万五千」
「行けるよ。おにいちゃんとなら」
「余裕よ」
各々やる気は十分。戦う準備も覚悟もできているようだ。
「目的は食屍鬼を殲滅することだ。ぬかるなよ」
大地の声を合図にイリス達は持ち場につく。
東西南北にそれぞれ一人づつ配置し、残りの一人は万が一のために、都市の中心から都市を包むように大きな結界をはる。
「戦争の始まりだ」
とうとう戦争が始まった。大地、イリス、イリア、夜空の四人で食屍鬼に挑む。一人三千七百五十殺す計算になる。
「上級、紅蓮、聖水、電槍、雷斬」
大地の上級魔法が連続で放たれる。焼けつく食屍鬼や、押し流される食屍鬼、電気に貫かれる食屍鬼。ものすごい勢いで食屍鬼を狩っていく。
「超電磁砲、一気に三発くれてやる」
バチバチと電気を散らし食屍鬼を吹き飛ばしていく。
「きりがないな。・・・・・これ使ってみるか」
大地が腕輪から取り出したのは日本人には馴染みのある形のものだった。
「日本刀もどき。百階層で倒した魔獣の魔石で作ったんだが」
売らずにとっておいた魔石で、錬成や鍛冶で日本刀作り出したのだ。出来はなかなかのもので、刀身は透き通っており魔力を流すと僅かに発光する。
「腕ならしにちょっと犠牲になってもらおうか」
ポウッと光る刀身が一瞬だけぶれる。本当に一瞬だけ。
「・・・・・・・・・・いいな。これ」
食屍鬼の体はものの数秒で真っ二つに割れ、左右に倒れる。
「強化十二倍。ちょっと本気出すぞ」
言い終わるのと同時に大地の姿は消えた。周囲の風を一気に巻き込み、ほのかに発光する刀身が残像を残し、一気に振りきられる。
「ああああああああああ」
すさまじいスピードで食屍鬼が切れていく。あまりのスピードに、大地の姿がぶれ、いくつもの残像が生まれる。
「ギャァッ」
食屍鬼もやられているだけではないようで、反撃を開始した。もちろん、武器などはないので素手で殴りかかってくる。
「ふんっ」
迫りくる拳を切り落とし、すかさず首を落とす。実に滑らかな動きである。
「ギャッ」
素手ではダメだと判断したのか、地面に転がる石を投げつけてくる。強さはなかなかのもので、時速二百キロを越えている。
「所詮は知能のない怪物か」
投げつけられる石は数千にもおよび、四方八方から一斉に襲い来る。
「くっ」
迫りくる石を片っ端から引き裂いていく。刃先で石を切りつつも避ける。アクロバティックな動きを交えながら音速を越えるスピードで動く。
「強化、十三倍。放電」
刀身に電気を流す。パチパチと電気を散らしながら刀身が輝きだす。
「ラストスパートだ」
バチバチと音をたてながら食屍鬼を狩っていく。一発一発が電撃を生む攻撃が一気に食屍鬼を殺していく。
大地の剣さばきの前に、食屍鬼はただ無抵抗にやられていくだけ。気づけばすでに死んでいる。大地はそれほどまでに高速で攻撃を繰り出しているのだ。
「はぁ。これで一段落か」
周囲の食屍鬼は倒した。大地の周りには無数の食屍鬼の死体が無造作に転がっている。
「ぐっ。強化十三倍はきつかったな」
大地の細胞が壊れ、激しい痛みが大地を襲う。
「ふぅ、吸血鬼の体は便利だな」
限界を越える力の大きに耐えられなくなった体は、内側からボロボロになる。通常の人間なら死、もしくわ意識不明な状況に陥るだろうが大地は違う。壊れた体は数秒で再生され、痛みも消えた。
「イリス達の方にいくか」
都市沿いに進んでいくと、おぞましいまでの食屍鬼が見えてくる。
「ここはイリス担当の場所か」
サッと木の上に登り現状を確認する。
食屍鬼の数は残り五百。イリスの体力は一割ほどしか残っていない。食屍鬼の方が圧倒的に優勢だ。
「強化十二倍、衝撃波」
衝撃波を光線状に食屍鬼たちに放つ。
激しい轟音と爆発に食屍鬼は半分ほど死滅した。
「大地。何でここに」
「あっちは片付けた。あとは一人でもいけるだろ」
「もちろんだよ」
同じように、イリア、夜空とサポートをしていった。はじめは三万だった食屍鬼の軍勢も、もはや小規模部隊となっていた。
「これで最後だっ」
最後の食屍鬼を倒す。周囲に転がる無数の死体が、大地達との激しい戦闘をものがっている。
「本当に、全部」
都市内で、亜人たちは唖然としていた。一万の軍勢もってしても勝てないと諦めていた相手をたった五人で倒してしまったのだから。
「ありがとうございます。このお礼は必ず」
「なら深層まで案内してくれ」
「そんなことでいいんですか?」
「それが目的で食屍鬼殺したんだからな」
「わかりました」
亜人たちは快く大地の頼みを承諾してくれた。残りの九千九百九十九人の亜人も同様に。
「何で深層に行くんですか?」
「試練突破のためだ」
「試練ですかっ?」
「プティア大渓谷、クレータ大迷宮はすでに攻略した」
「なるほど。あれほど強いのも合点がいきます」
亜人が一人で納得していると、目的地に着いたみたいだ。
「ここからが深層です。魔素は中層の十倍。つまり表層の百倍です。気を付けて」
「そっちもな」
軽い別れの挨拶を告げて、亜人は来た道を引き返していった。姿が見えなくなるのを見届けてから、大地たちも行動を開始した。
「攻略不可能なんて、そんな幻想、俺がぶち殺してやるよ」
大地のぼそりと呟いた声は、誰に聞こえる訳でもなく静かに樹海へと吸い込まれていった。




