裏切り
「こ、国王様、ただいま戻りました。大変なんです。助けてください」
ダンジョンから戻るや否やで取り乱すアリアの様子を見て困惑する国王とその側近。普段から取り乱すことはなく、適切な判断で仕事をこなしていたアリアが取り乱している。ただ事ではないと国王の顔が強ばる。
「落ち着けアリア。何があったのかを説明しなさい」
「は、はい。あの実は・・・」
アリアはダンジョンであったことを話した。四十階層にいるはずのミノタウロスが三十階層にいたこと、帝国兵三人がなす術もなく殺されたこと、自分を助けるためにダンジョンに残った大地のこと。すべてを話終えしばらくの沈黙のあと国王が口を開いた。
「よしわかった。勇者や兵達の敵を撃つ。帝国兵百人体勢でダンジョンに潜る。総力を持ってミノタウロスを排除せよ」
国王はすでに勇者が死んでしまったと考えているようだ。内心、弱いし早く死なないかと思っていたらしい。その事をアリアは知らず国王に深々と礼をする。
「あれ、ここってどこが出口なの?」
ダンジョン内に場違いな声が響く。鉱石のトカゲを錬成を駆使して潰していく大地は、初めて来たダンジョンであるため道が分からず困っているのだ。そこで大地はとにかく来た道を戻ればいいという考えに至った。今は三十階層から二十階層まで来た。その間、鉱石のトカゲや、尻尾の三つある犬のような魔獣などが襲ってきたが、いずれも大地の錬成の餌食となった。
魔獣は倒すと魔石を落とす。魔石は武器の生成や強化に使われる。強力な魔獣程貴重な魔石を落とす。鉱石のトカゲは一般的な方だ。
試しにトカゲを殺した時の鉱石を錬成と鍛治を使い武器を生成する。魔石はみるみる形を変え日本刀のような形に変形した。元が魔石であるため本来の日本刀よりも圧倒的に固く鋭い。
「自分で言うのもなんだけどいい出来だな」
日本刀を完成させご満悦なところにちょうどよく魔獣が襲いかかってきた。チャンスと言わんばかりにニヤリと笑う大地は日本刀を飛びかかってきた魔獣を凪ぎ払うように振った。すると、今までは切るのにてこずっていた魔獣の肉が豆腐を切るようにスパスパと切れる。
「これは予想以上。そうだな、安易だけど殺す者という意味を込めて[キラー]とでも名付けておこうかな」
これから一緒に戦うと思うと名前をつけてしまいたくなるのが大地なのだ。物にでも優しいお人好し思考なのだ。
と、刀を見てニヤニヤする変人の絵が出来上がったところで、上層の方からおびただしい数の何かが攻めてくることに気付いた。人か魔獣かわからないが大地にはそんなことどうでもよかった。人なら上にいく道を教えてもらえばいい、魔獣ならステータスをあげられる。どのみち大地にはいいこと付く目だ。
だが大地の考えは甘かった。
「国王様の名誉にかけてミノタウロスを絶対に排除する。逆らうものは殺す。さぁいくぞぉ」
ダンジョン内に帝国兵を達のやる気と殺る気に満ちた声が響き渡る。ミノタウロスを排除しようと躍起になっているようだ。手柄を挙げれば昇格もできる上にモテる。故に帝国兵達は異常なくらい殺気だっている。
その様子を岩陰から除く陰が一つ。大地である。相手が人間とわかり安堵の息を漏らす。そして道を聞くべく岩陰から出る。
「すみません、道を教えてくれませんか?」
なるべく普通に話しかける。当たり前だが知らない人には視線が集まる。大地に百人の視線が一斉に突き刺さる。胃が痛くなってしまいそうなほどである。そして、しばらくの沈黙のあとようやく返事が返ってきた。
「うわっ」
攻撃という形で。
「お前は勇者、大神大地だな。最近アリアさんをたぶらかしているという女たらし。お前は帝国にいらない。今ここで殺す」
唐突に告げられた殺害宣言。もはや意味がわからない。アリアさんと一緒にいたから殺される。理不尽にも程がある、という言葉は帝国兵には伝わらないようだ。だが、ここで精鋭百人を相手に勝てる気はしない。まず不可能。そこで大地が思い付いた策は、
「にげろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「おい、追え。絶対に奴を殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
咆哮のような騒音がダンジョン内を揺るがす。走る大地めがけてどんどん魔法を叩き込む。紙一重で避けながら下の層へ降りる。降りると同時に錬成を使い階段を塞ぐ。相手から身を隠すため壁に錬成を使い穴を開けて足早に進んでいく。幸い、魔獣の落とした魔石の中には魔力を高密度に圧縮したものもあるお陰でどれだけ錬成しても魔力はなくならない。
「ったく、何で追われなきゃいけないんだ。何も悪いことはしてないのに」
帝国兵達の愚痴をこぼしながら錬成をしていると、背後で爆発がおこる。
「まてぇぇぇぇぇ。お前はここで死ぬべきだぁぁぁぁぁ」
どうやら階段を塞いだ壁を無理矢理壊してきたらしい。大地は錬成速度をあげる。上か下か右か左かもわからないくらい滅茶苦茶に進んだ。後ろからは帝国兵達が飽きもせずに追いかけてくる。いつまでも続くと思われた目の前の壁が急になくなった。どうやら壁のなかを通って外に出られたようだ。ここは、崖のまん中辺りのところだ。飛び降りるには高すぎる。かといって、ゆっくり降りていても攻撃される。大地が迷っている間に追い付いた帝国兵が魔法を放った。
「あ」
帝国兵に魔法で攻撃されてしまい大地に直撃した。そしてそのまま崖の下へと真っ逆さまに落ちていった。落ちていくなかでこちらを嘲笑うかのような表情をしている帝国兵が見えた。ただ仲良くしただけで殺されてしまう理不尽。悔し涙を浮かべながらもどんどん近づく地面を見て、目の前が真っ暗になってしまった。
落ちたあと大地は不思議な感覚に包まれていた。まだ意識が覚醒しておらず、周りを確認できない。とりあえず意識を覚醒させてみるととんでもないことになっていた。
「な、んだ、これ」
体の痛みに悶絶しそうになる大地だが何とか耐える。どうやら崖下の川に落ちたらしく全身を強く打ち付けている。長い間水に浸かっていたせいか感覚がはっきりとしないのが地味に助かる。
「ここは、川辺のようだな。空が少し紅い。落ちたときはまだ青かったんだけど。僕はどれだけ流されたんだ?」
とりあえ唯一動かせる左手と左足で川から離れる。もしもの時に作ってもらっていた薬を使う。この薬は[天水]とよばれ人間が作れる限界の薬。つまり最高峰の薬ということだ。死んでいる人以外、または欠損している部分以外は治せる万能薬なのだ。ただ、その分時間はかかる。
「こんなのでほんとに治るのかな?胡散臭いけど今は我慢」
小瓶に入った天水を一気に飲み干す。傷だらけの体が熱くなっていく。体を修復しているのだ。体の傷が次第に癒えていく。十分後には体は完全に治った。
「凄い、ほんとに治った。でも、もう空っぽだ。次は・・・慎重に」
天水の効果で治ったことを嬉しく思いつつも次がないことに恐怖を覚える大地。内心ビクビクしながらも今やるべきことをやる。大地のモットーである。
大地の背後には高い崖があり、登るのはほぼ不可能。そして正面には鬱蒼とした樹海がてぐすね引いている。かといって、ここに留まっていたら、いずれ魔獣が襲ってくるだろう。
「どうするかなんて分かりきったことじゃないか。進むしか、ないんだ」
はじめから分かっていたかのようにまっすぐに樹海に入っていく大地。その行動は誰かが見ていれば自殺行為に等しいと哀れんでいるだろう。何故ならここは、世界四大試練の内の一つ「オリンポス樹海」なのだから。
湿った空気に太陽の光が届かない樹海。常に霧が発生していて晴れることはなかなかない。それ故にここは処刑場所として有名なのだ。誰も近づかないから助けも呼べない。人を殺すにはもってこいの場所だ。その証拠に足元には人の骨が落ちている。昔のものから最近のものまで。
「はあ、はあ。くそ、どこまで行っても木、木、木。何かないのか?」
大地が樹海に入りすでに二日が経とうとしていた。その間大地は歩いては休み、歩いては休みを繰り返していた。距離でいうなら百キロちかい。大地の体力も限界に近づいていた。一応食料は持ってきていたが川に落ちたせいで大半が流されてしまった。飲み物には困っていないがいずれ食料が尽きれば死は免れない。大地の表情に焦りが見えはじめてきた。
時々、魔獣が攻めてきたがキラーで真っ二つにした。食料に困っているが故に魔獣の肉を喰らおうと考えたが、魔獣の肉を喰って生きていた者はいない。仕方なく断念。
魔獣を倒し、歩き、倒し、歩きの繰返し。そのお陰かステータスが以前よりも大幅に上がった。こんな具合に
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名前:大神大地 年齢:16 職業:鍛治職人 レベル:26
筋力:30
耐性:30
魔力:125
魔耐:125
能力:鍛治・錬成[+気体]・鑑定
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ついでだが、ここの魔獣のステータスは平均200を越えている。圧倒的に不利だが、溜め込んだ知識で相手の弱点を正確に突くことにより何とか勝ててきた。
だが、魔獣との戦闘続きでキラーが刃こぼれしてきた上に飢えが激しい。正常な判断が困難になり、思考が単純になる。
「ここからでる。早くでないと・・・」
自然と歩く足が速くなる。気付けば走っていた。向かってくる魔獣は、鍛治で作った投げナイフで弱点を突き、器用に攻めてくる魔獣は、気体を破裂させ範囲攻撃で吹き飛ばす。魔力は高密度に圧縮された、[超石」。膨大な魔力が濃縮されており、その量は1000程。並みの帝国兵を遥かに凌ぐ。
凄まじいスピードで魔獣を殺し進んでいく。それに伴い、ステータスもどんどん上がっていく。鬱蒼とした樹海の中に、魔獣の断末魔の叫びと人間の狂気の叫びがこだます。
「どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「ギャッ」
もはや元の性格が分からないくらいに大地は飢えていた。飢えて飢えて正常な判断が出来なかった。力でねじ伏せるという思考だけが唯一大地に残っていた。
どんなに狂っていても魔獣の急所を外さない。確実に殺していった。そんな化け物の大地を魔獣は恐れた。次第に魔獣は大地を避け始めた。
「・・・・・・・・・・」
激しい飢えに表情が消え、言葉数も減った。だからなのか以前よりも恐ろしさが上がって見える。もはや人間さえ近づきたくない存在になろうとしている。すると、
「あれは・・・・・・・」
大地が狂いはじめて一日。その間に二百キロもの距離を進んだ。そしてとうとう終わりの無さそうな樹海に終わりが見えた。木々の間に光が見える。光の届きにくい樹海の中で久しぶりに見た光に興奮を抑えられない。
「光、か。久しぶりだな」
光に向かって走る。無表情だった顔に喜びの色が宿る。生と死の狭間をさ迷っていた大地はようやく地獄を脱した。
「出られた・・・・・・」
普通の人からすれば三日は大した日数ではないが大地にとっては一ヶ月にも長く感じられた。その苦痛を抜け出せたことに安堵する。途端体がガクッと力が抜ける。当たり前だ。三日間水以外は口にしていないのだから。
「くっ、せっかく出られたのに、ここで逝ったら意味がなくなる」
地面を這いつくばりながら移動する。樹海の外は大きな壁が建っており、近くには特に武装もしていない人間が・・・違う。遠目だからよく分からないが普通の人間よりも大きい。付近にはバッキリと折られた木がある。相当大きい木なのに素手で折られたようだ。大きな体。木を素手で折る力。記憶を巡らせ今のおよその位置を割り出す。
「鬼か、くそ」
どうやらここは鬼の国のようだ。鬼族。現在戦争中の相手。助かったと思ったのはぬか喜びだったようだ。鬼がこちらに気づく。ズシズシと歩み寄ってくる。
(殺される!)
「おい、交代の時間だぞ」
「あ、ああ」
どうやらここの鬼は交代で門番的なことをしているらしい。お陰で助かった。今のうちに、
「れん、せ、い」
もうギリギリだ。必死に錬成をする。気体錬成で地面を削っていく。鉱石や金属ではないから錬成できないのだ。壁付近まで溝を作り、そこを這いつくばりながら壁に近づく。
「れ・せい」
声が消えかかってきた。やっとの思いで、壁に錬成で穴を開け鬼族の街に侵入した。路地裏の様なところにでた。穴を塞ぎ寝転がる。近くで猫のような動物が何かを食べている。大地はゴクリと喉をならす。投げナイフで猫を殺す。そして食べる。いきなりの食事で胃が驚いているが関係ない。猫をむさぼり尽くした。血の一滴まで残さず。
「ごめん、でもどうしようもなかったんだ」
飢えから解放され正常な思考が取り戻されると自分のしたことの恐ろしさが蘇ってくる。バッグの中にぎっしりと詰め込まれた魔石を見れば一目瞭然だ。だが絶望している暇はない。急いで離れなければ。
「錬成」
再び壁に錬成を使い、外に出ようとしたが、丁度そこに門番がたっていた。急に壁に穴があいたかと思うと穴の向こうには人間がいる。鬼族と人間は戦争中。そこを考えれば。
ドガァァァァァァァァァァァァン
「ですよねぇぇぇ」
鬼のパンチは壁を粉々に破壊した。咄嗟に錬成で防いでいなかったら肉塊になっているところだった。急いで地面に錬成を使い地面に潜る。上の方で凄まじい轟音が響いている。ブルブルと震えながらがむしゃらに錬成を使う。
しばらく移動し、地面の中で待機していると音が止んだ。様子をうかがおうと小さな穴を開けると
「ん、やけに高いな。ここどこだ?」
さらに穴を広げると現在地がわかった。どうやら大地は地中を移動しているうちに、国を囲む壁の上にいた。高さは五十メートルほど。
「進○の巨人かよ」
思わずそんな言葉が出てしまった。幸い気づかれなかったがここを飛び降りるのは無理そうだ。そこで大地は遠くに見える大きな建物へと向かった。あそこなら壁から飛び移ってそのまま屋根を利用してうまく降りられる。このとき大地は気体を使って降りれることを忘れていた。
壁の近くに建てられているこの建造物は城という言葉がお似合いだ。おおかた、この国のお偉いさんだろうとふんで城に飛び移った。
「よっと、軽い軽い。それっ」
ピョンピョンと屋根を飛んでいるとバキッと屋根を踏み抜いてしまった。そこを中心に城の屋根の一部が瓦解し、大地は城内へと落ちてしまった。しかも、運悪くそこが王室だったらしく、王らしき鬼の姿はカーテンのようなもので分からないが、素材が薄いのでシルエットはうかがえる。そして周りには大地を囲むようにして剣を向けてくる鬼達。恐らく王の側近だろう。重苦しい雰囲気に一つの声が響く。
「ちょっとあんただれ?って、人間じゃない。こんなところに来るってことは死にたいってことなのかしら?」
驚愕した。てっきり男だと思っていたものが実は女の子だったなんて。しかも見た目は、十一歳、金髪のツインテールに、赤色の瞳、ツンツンした態度が愛くるしく思えるほどに可愛らしい姿だった。
「あ、いや、違う。僕は偶然」
「地下牢に入れなさい。人間の言葉なんて聞いていたくないわ」
話終わる前に判決を言い渡されてしまった。牢、想像するだけでもひどい感じだ。だが、地下には牢屋以上にあり得ないものがあった。
それを見た瞬間、血の気が引き、愕然とした。目の前に広がるあまりの光景にただ、恐怖するしかなかった。
「な、なんなんだよ、これは」