代償
起きて、栄養を取らせて、魔獣を殺し、栄養を取らせて、寝る。同じことが何度も繰り返される。
「はぁ。イリス達に命を与えてから十日は経つぞ」
「我慢だよ大地」
イリス達は十日も寝たきりだ。もはや死んでいると言っても通じるレベルで。
退屈は人を狂わせる。大地は退屈過ぎるせいか、風の音すらも敏感に感じ取ってしまうほどに。
「直線距離六百メートル地点に十八の生命反応がある」
「えっ。ほんとだ。大地すごいっ」
大地の研ぎ澄まされ過ぎた神経は、数百メートル単位で五感の能力を引き上げた。
「ちょっと行ってくるか」
「ここにいても暇だもんね」
即行動。大地は少しの暇も許さない。
樹海は高い木の連続で、木を伝って行くのが大地の索敵のやり方である。
「あれか。魔獣ではないな。見たところ人間のようだが」
大地が感知したのは十八人の冒険者の反応だった。
「おい、ほんとにいるのか?」
「目撃情報があったんだった」
「あの勇者だろ?」
「国王直々の命令だ。やるしかないだろ」
「まあ、俺らは全員レベル60のエリートだけどな」
要約すると、レイアと観光したときに大地の情報が国王の耳にはいったようだ。そこで、前回のように国民を巻き込まないため冒険者を雇ったということだ。
「ハハハ。ぞくぞくするぜ。退屈な日々に刺激が欲しかったんだよ」
「大地、落ち着こ。殺ってもいいから」
腕輪からレベル10の手榴弾を取り出す。
「さぁ。ショウタイムだ」
十数メートル上から時速五百キロで手榴弾を投げつける。放たれた手榴弾は狂いなく冒険者の一人の顔面に衝突した。
手榴弾の衝突と共に魔力を流し込む。すると当然
「うわっぁぁっぁあ」
流石に十八人分の悲鳴は壮大なもので鼓膜が破れそうだ。
「奇襲だ。迎撃体制に入れ」
「三人は回復に、五人は援護、残りの十人は攻撃に集中」
「奴を仕留めろぉぉぉぉぉ」
十以上の上級魔法が迫り来る。属性は様々だがどれも威力は十分だ。
「遅い」
いくら威力があってもスピードがなければ意味がない。周囲の木を巧みに使い、上級魔法を回避する。
「上級魔法、電槍」
十以上の魔法をすべて回避仕切った後、即座に上級魔法を展開させる。
電槍。雷斬と似ているが、雷斬は雷を一直線に直撃させる魔法。電槍は、雷斬ほど威力は高くないがスピードは圧倒的に上回っている。その上、単発式のため、銃のような扱いができるので、命中率が非常に高い。
「ぐぁっ」
「痛っ」
「あっぁあぁ」
三発のうち三発命中。大地の視力を侮ってはならない。
「回復を」
「援護してくれ」
「させるとでも思ってんのかぁ」
回復をしてもらおうと後退した三人の冒険者を大地は逃がさない。木から飛び下り真上から蹴りをいれる。
「あああぁぁぁっ」
「援護、援護を頼む」
「黙れっ」
蹴りで一人殺した。残りの二人は戦闘続行は難しいだろう。特にうるさい方の脳天にかかと落としを決める。
「近接戦に持ち込むぞ」
「剣を構えろっ」
攻撃班の死亡者や負傷者を除きあと七人。救護班三人。援護班五人。合計十五人。
「囲めっ」
「力を合わせれば勝てる」
冒険者達は大地を取り囲んだ。七人の囲いを抜けるのは難しそうだ。だが、大地は不適な笑みを浮かべ攻撃にうつる。
「強化七倍。かかってこいよ」
冒険者達を挑発。七人全員が一斉に剣を突き出す。
「錬成」
突き出された剣は一つ残らず錬成され、七つの鉄球へと姿を変えた。
「お返しだ」
七つの鉄球のうち三つを超電磁砲で放つ。
初速から秒速七キロで飛ばされる球を避ける術は冒険者にはなく、何が起こったのかを理解した時にはすでに、体に大穴が空いていた。
「六人目。あと十二人」
ニヤリと笑う大地は死神そのものだった。
レベル60がいとも簡単に五人もやられた。そもそもレベル60での平均ステータス値は4800~6000。平均ステータス値20000を越える大地には敵うはずがないのだ。それ以前に大地は人間じゃないし。
鬼族のレベル60はどれくらいなのかというと、平均ステータス値15000程。知力が驚くほど低く、なんでも力で解決しようとする脳筋なのだ。
攻撃班四人、救護班三人、援護班五人。残り十二人。
「さぁ、来いよ」
「今出来る最大の魔法を放てっ」
「全力で出せっ」
どうやら決めるようだ。それぞれ上級魔法を最大限に高めた状態で放つべく、ギリギリまで魔力をためている。
「ならこっちもいかせてもらおうか。久しぶりに本気でな」
大地の表情から光がスッと消える。右手に持っているのは冒険者の剣で作った鉄球四個。何をするのかはもう分かっただろう。
「カオス以来だな。強化十二倍。超級、雷殺、神雷。放電。上級、電槍、雷斬。今出来る最大限の超電磁砲だ」
威力はカオスの時の二倍ほどだろう。その代わり、消費魔力は全体の二割ほど。連続で撃てるのは五発が限界である。
「よし、準備はできたな?」
「みんなで一斉に放つぞ」
冒険者側は準備が整ったようである。一方の大地はというと
「・・・・・・・・・・」
集中しすぎて何も話さず、ただひたすらに前を向いていた。
「撃てえええぇぇええぇぇえぇ」
「死ねっ」
放たれた十二の上級魔法と大地の渾身の超電磁砲が衝突する。
バチバチと火花と電撃を散らし、衝撃波を放ち続ける。強すぎる力のぶつかり合いは強力な磁場を形成し、周囲の砂鉄を同心円状に作り上げた。
「よし、なんとかおしてるぞ」
「もっと力をふりしぼれぇぇぇぇえぇぇええ」
僅かだが大地の超電磁砲がおされている。だが大地は不適な笑みを絶やさない。むしろさらに笑っている気がする。
「これはまだ全体の二割だ。残りの八割をなめるなよ」
残りの八割。全部出しきったのなら威力は今の五倍。冒険者側に勝ち目などない。
「終わりだ」
残りの八割を出した途端、冒険者側の魔法は一秒にも満たない僅かな時間でおしきられ、その姿を一瞬で消滅させた。
「ぐっ」
「大丈夫?大地」
「魔力がもうすっからかんだ」
「戻ろ」
「そうだな」
疲れはてた大地に木の上をピョンピョンと飛んでいける体力はない。木にもたれ掛かりながらゆっくりとイリス達のいる場所へと歩いた。
何分ほど経っただろうか。太陽はまだ空高く昇っている。大地はようやくイリス達の待っているはずの木に到着した。
「おい、どういうことだ」
「みんなが」
そこにはいるはずの者がいなかった。
「冒険者か?いやあいつらにイリス達の情報なんて届いてない」
「誰がこんなこと」
イリス達はいなくなっていた。場所を間違えている訳じゃない。確実にこの場所だ。
必死に脳をフル回転させる。イリス達が何故いなくなったのかを。その答えに、大地がたどり着く前に次の出来事が起こった。
「「「「わあっ」」」」
突然後ろから聞こえる声。脳の回転に集中していた大地にとってそれを理解するには二秒ほど時間が必要だった。
「ごめんね大地。一人にして」
「すいませんでした。迷惑をかけて」
「ごめんねぇおにいちゃん。もう絶対離れないから」
「感謝はしておいてあげる。別に特別な意味とかはないからね」
大地の眼前にいたのは、自身の体を犠牲にしてでも助けたかった少女達、イリス、イリア、夜空、ラミアだった。
「お前ら、なんで」
大地の問にイリス達は快く説明してくれた。
「さっき起きたばかりなんだけど、詳しいことはよくわからないや」
「確か、死んだはずですが」
「それに迷宮内にいたはずなのに」
「なんで生きてるの?」
うまく状況を掴めていないイリス達に何があったのかを説明。イリス達の死、カオスの駆除、蘇らせたこと、どれくらい時間がたったのか。説明し終えるとイリス達は涙を流した。
「そんなことが」
「あったんですね」
「迷惑かけてごめん」
「助けてくれてありがとう。私は泣いてないし」
若干一名、どう見ても泣いてるのだがわざわざ聞くこともないだろう。
「お前らが生き返ってくれてよかった」
大地からの言葉にイリス達は耐えきれなくなったのか大地に抱きつく。顔を押し付けて頬擦りまでして。
数十分後、なんとか落ち着いたようだ。落ち着いたところでイリアからの質問が入る。
「大地、以前本で読みました。人を生き返らせるには代償が必要だと」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
大地は無言で代償にした部位を見せる。
「特に変わってないように見えるけど」
大地が差し出した部位は、右腕、右目、右足、右胴。つまり、脳を除く右半身をすべて差し出したということだ。
「でも、からだあるよ」
「もう、俺の体じゃないんだ」
大地の差し出した部位は消えた。その代わり、レイアがあらゆる種族の部位を大地に合うようにくっつけたのだ。
吸血鬼の血も混じっているので、再生能力は高いままだが、新しい半身になれるにはまだ時間がかかるようだ。
「大地、そこまでして」
「なんでですか」
「おにいちゃんの体を犠牲にしてまで」
「どうしてこんな無茶を」
「決まってるだろ」
イリス達の問に、大地は考える間もなく一瞬で答えた。
「大事だからに、決まってるだろ」
イリス達の顔が一気に紅潮する。頭から湯気でも出そうな勢いだ。くねくねと悶えるイリス達はとても愛らしく、狂いそうな程だった。
「ねぇ、大地ってさ」
「なんだ?」
「ロリコンなの?」
「・・・・・違うぞ」
「あれぇ、今の間はなんだったのかなぁ?」
「歪曲」
「あぁぁぁ。それだけはやめてお願い」
「あんまりからかうなよ」
夜。イリス達が寝静まった頃。大地はレイアとちょっと楽しげな漫才を繰り広げていた。
「レイア。お前はイリス達には見えないからな」
「そうだよ。大地の中に住んでいる私は大地以外には見えないの」
「やりにくくなるな」
「ヤりにくく?」
「違う」
暗く不気味な樹海の中で、大地の声が静かにこだました。
そして朝。いつも通りの朝、のはずなのに。
「はぁ、大地。そこはぁ」
「ここがいいのか?」
「そんな強くしちゃ、あっ」
「口ではそう言っても、強くされるのが好きなんだろ?」
「そ、そんなこと・・・」
「じゃあこうか?」
「ちが・・・なんでもない」
「フフフ。どうだ、焦らされてる気分は」
「お、お願い。そこ、もっと強く」
「しょうがないな」
「んぁっぁあぁぁぁあぁ」
樹海の中で行われる大人の娯楽。大地とイリスはその娯楽に入り浸っていた。
「おにいちゃん、私にもマッサージして?」
「寝る前にやってやる」
大地とイリスのやっている大人の娯楽。それはマッサージ。間違っても淫らな行為ではない。
「大地の手、ビリビリって電気がきて気持ちぃ」
「微弱な電気でツボを刺激してるからな」
朝からゆったりしている。これで魔獣も襲ってこないのだから、樹海の別名処刑場も名ばかりなものだと嘆きたくなってしまう。
「さてと」
「どこかいくの?」
「右半身を慣らしにいくんだ」
「じゃあ私も行く」
「なら私もいきます」
「おにいちゃんについていくよ」
「しょうがないわね。行ってあげるわよ」
樹海の中の少しひらけた場所。大地達五人の姿が。
「まずは右足からだな」
大地の右足は吸血鬼の足とはあまり変わらない鬼族の足だ。攻撃に特化した足を大地が使いこなせば、以前よりも強い力を得ることが出来る。
「とりあえず、木で試してみるか」
イリス達は万が一のこともあるため木の上で見物ということに。
「ふんっ」
右足に力をこめ、眼前の木を蹴ってみる。特に意識せずに軽くはなったつもりの蹴りは思った以上に強力だったようで、
「蹴った木がバラバラになっちまった」
「蹴った瞬間の衝撃波がそのまま後ろの木にも」
「鬼の力でもこれは強すぎるくらいですね」
「おにいちゃん。かっこいぃ」
「少しはやるようになったみたいね。別にかっこいいとか思ってないから」
この調子なら鬼の足は難なく使いこなせるようになるだろう。問題は残りの三つ。
「次は、右腕だ」
右腕は、元神だった現在魔獣の右腕だ。元神だったということもあって、全ての魔法を打ち消す能力が宿っている。そのため、右手で魔法を放つことは出来ない。
「イリス、俺に紅蓮をぶつけてくれ」
「わかったぁ」
さっそく性能を試すため、イリスに魔法を放ってもらう。しかも魔法はイリスの得意な紅蓮。失敗すれば手が軽く焦げるレベルだ。
「いくよ。紅蓮」
威力は以前よりも遥かに上がっている。赤い炎ではなく、白みを帯びた炎が迫り来る。
「くっ」
大地の右手に当たった紅蓮は、当たった瞬間に紅蓮という魔法そのものを打ち消した。
「う、そ」
「痛くない。打ち消せたのか?」
こちらもうまくいったようで、残りはあと二つ。
「次は右目か」
右目は、神は神でも死神の目だ。嘘を見抜く、心を読む、他の生命体との視界のリンク。三つの能力が備わっている。
「ラミア」
「なによ」
「俺のこと、嫌いか?」
「な、なな、別に大地なんかにそんな感情抱いてないんだからね」
「嘘だな」
目の能力を使用中に嘘をつくと、目を通して大地に違和感が伝わる。さっきラミアに変な質問をしたのはこの能力を試すためというわけだ。
「夜空」
「どうしたの?」
「俺に何か隠し事してないか?」
「何いってるの?おにいちゃん。そんなのないよ(寝てる間におにいちゃんに夜這いかけようとしたのばれたかな)
「夜這いねぇ」
「えっ。なんで」
目の能力二つ目。心を読む。これは相手の心の声が聞こえるというものだ。思っていることがそのまま脳に聞こえるため、使用しすぎると相手との関係を悪化させてしまうので注意。
「イリア」
「なんですか?」
「今どこを見ている」
「粉々になった木を見ています」
「お前、俺を見すぎだぞ。ってかそこは見るな」
「なんでわかるんですか」
視界のリンク。相手の見ている視界も見ることが出来る。ただ、あまり見ない方がいいという場合もあるため見るときは十分に覚悟してからにした方がよい。
「最後は右胴体か」
右胴体は耐久性に優れた竜の体だ。超電磁砲でも一発で貫くにはそれなりの魔力が必要だ。
「ラミア」
「なによ」
「俺の右腹を思いっきり蹴ってくれないか?」
「いいけど・・・」
木から飛び降り、竜化するラミア。
「ほんとにいいの?」
「頼む」
ラミアは勢いよく、大地の腹を蹴った。あまりの衝撃に地面が大きくえぐれるほど。
「だいぶダメージ軽減が出来るみたいだな」
「私の蹴りを受けても立ってられるなんて」
結論からいうと大地は異常に強くなったということ。
「大地。強くなりすぎ」
「正直力の差がありすぎて萎縮してしまいます」
「私に教えて。強くなる方法」
「わ、私の方が頭いいもん。強いだけじゃダメなんだから」
なぜか少女四人に責められるかたちに。
「さ、さてと。二つ目の試練も攻略したことだし、次のところ攻略にいこうか」
「むぅぅぅ。ごまかした」
「ごまかしましたね」
「おにいちゃん、ごまかしたね」
「ごまかすなんていい度胸じゃない」
身長差のせいか上目遣いになってしまう少女達の愛らしさが大地を誘惑する。
「わ、わかった。なんでもしてやるから。落ち着け」
それを聞いた瞬間、イリス達のテンションは一気にオーバーヒートした。
「第三の試練、攻略出来るのか?」
誰に言うわけでもなく、ただぼそりと呟いた。
新たな冒険がもうじき幕を開ける。




