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目を覚ますまで

 心地よい風が吹き付ける。帝国のすぐ近くだからだろうか。僅かに人々のにぎわいの声が聞こえてくる。


 春のような気持ちよさに身を預け、木にもたれ掛かる吸血鬼。大地である。


「レイア。これで本当に生き返ったんだよな?」

「大丈夫だよっ。ちゃんと私を信じてよ」


 ここで一つ違和感があるのをお気付きだろうか。分かりにくいが明確な違和感がそこにはあった。


「レイア。お前は俺の中にいるんじゃなかったのか?なんで俺の目の前にいる。しかも透けてる」

「大地の体を媒体にしてあの子達を生き返らせる時に、それぞれからちょこっとだけ命をもらったんだよ。だからこうやってお化けみたいになっちゃった」


 大地の体からこっそり命を分けてもらったようだ。体が消滅しているレイアは生き返っても実体はない幽霊のようになってしまったようだ。


「今ごろイリス達はどうなってるんだ?」

「一つ言っておくけど、体がないと私みたいになっちゃうよ?」


 レイアの言葉を聞いた瞬間、心地よかったはずの風が一気に冷たく感じられた。


「イリスは体があるからいいとしても、イリアや夜空は体が残ってるか分からない」

「えっ、それってマズイんじゃない?」


 大地の表情が変わる。やるべきことは一つ。それ以外はすべて排除。大地が行動を起こすのに、一秒なんて長すぎた。


「いくぞ、レイア」

「え、あ、うん。わかった」


 即座に、カオスがあけた穴に飛び込む。百七階層まで続いている穴を百階層まで降りる。


「なんで百階層なの?」

「イリス達と戦ったあの魔獣はここの階層のやつらだ。僅かだがイリス達の血の匂いがする」

「へ、へぇ。そうなんだ」


 血の匂いでイリス達だと判断できると大地は言う。そこまでいくとだいぶヤバイ奴の気がするが、本人がいいなら別に構わないのだろう。


「一番危険なのはイリアだ」

「場所は?」

「直線距離で三百メートル」

「どこを通るの?」

「近道する」


 もうお分かりだろう。大地の言う近道とは、


超電磁砲(レールガン)


 壁にぶっぱなした。使っているのはチタン合金の為目的地までしっかりと貫けた。


「いくぞ」

「大地、大胆だね」


 穴をくぐり抜け、イリアの死んだと思われる場所に来る。


「静かだな」

「ドキドキしちゃうね」

「しない」

「このドキドキ。もしかして大地に恋をしちゃったかも」

「答えられる自信はない」

「そんな子にはお仕置きだぞっ」

「威圧」

「すいませんでした」


 ちょっと小さな漫才を威圧で無理矢理鎮圧(ちんあつ)。イリアの捜索に戻る。


「あの蜘蛛(くも)(はらわた)を引き裂かねぇと」

「怖いよ大地」

「まぁ、相手はイリアを倒した強敵だからな」

「まぁ、私は体がないから安心だけど」

「カオスから倒したときに得た歪曲。これはお前にも有効だよな?レイア」

「それだけはやめて大地」


 イリアの捜索が進まない。レイアの絡みがしつこすぎるせいで大地も応対に困っている様子。そこに


「大地、危ないっ」

「なっ」


 大地達の声にひかれてやって来たのか、天井にはあの蜘蛛がぴったりと張り付いている。


 話しに夢中で気付かないところを糸で攻撃するつもりだったようだが、レイアにばれて作戦失敗。


「登場したばっかりで悪いが死んでもらう。超級、焔」


 本当に登場して間もないが、イリア達のために派手な戦闘など繰り広げている暇はないのだ。


 大地から放たれた焔は油断しきった蜘蛛を一瞬で焦がし、巨大な灰の塊と化した。


「魔力消費、全体の8割ほどか。やっぱり百階層は強いな」

「ねぇ、あいつ焦がしてよかったの?」

「大丈夫だ。表面から一メートルほどしか焦がしてない。喰われてから時間もあまり経っていないし、体が消化されてることもないと思う」


 ちゃんと考えて行動している大地に感心しながら大地が蜘蛛の腸を裂くのを見物するレイア。


「見つけた。・・・・・・・・・・よっと」

「胃液臭がすごいね」

「心臓は動いている。なんとか生き返ることに成功したみたいだな」


 イリアをひとまず腕輪の中にいれる。腕輪内なら腕輪が壊されないかぎり中の物は安全という素晴らしい特性があるのだ。


「次は夜空だ。いくぞレイア」

「ラジャー」


 次に行くべきところは夜空の場所だ。魔獣に喰われてなければ万々歳なのだが。


 超電磁砲(レールガン)や探知を駆使しながら、なんとか夜空殺されたと思わしき場所へとたどり着く。


「あれか。ひどい有り様だな」


 夜空の体は四肢が潰され胴には黒いあざが出来ている。幸いなことに顔はかすり傷程度だった。


「心臓は・・・・・よし」

「セーフだね。あとは」

「イリスだ」


 イリスの体はカオスが盾として利用していたせいで、今よりもずっと下層にある。


「錬成」

「ほんと便利だね。その能力」

「まぁな」


 目的地に到着。あとは戦闘でボロボロになってしまった部屋の瓦礫の中からイリスを探すのみ。


「あの瓦礫に中からイリスの匂いがする」

「え、ほんと?」

「探してみればわかる」


 大地の嗅覚による情報をもとに積み上がった瓦礫を一つ一つどかしていく。すると


「見付けた。イリスだ」

「ほんとにいた。流石(さすが)大地」


 瓦礫の中からイリスを引っ張りだし、腕輪の中へといれる。


「最後はラミアだ」

「その子は百階層じゃなかったかな?」

「いや、匂いが二ヶ所からきている。腕でもちぎれたのか?」

「怖いこと言わないでよ」


 とりあえず、ラミアと白竜が交戦したと思われる場所ま向かう。



「今のところテンポよく進んでるな」

「そこでなんか出てきたりして」

「あぁ。お約束だからな」


 錬成を駆使し、ようやくラミアと白竜が交戦した場所まで来た。


「ひどいもんだな。壁が崩れかかってる。おまけに地面がドロッドロに溶けた跡まで」

「すごいね。ボロボロだよ。あの白竜と少なくとも戦えた相手は久しぶりかも」


 レイアはここの支配者だったせいか、白竜を知っているようで、戦闘の形跡を見ただけで白竜だとわかったようだ。


「いた。ラミアも心臓は動いているみたいだ」

「よかったね」


 なんとかラミアを発見。白竜の炎で溶けた地面に体が半分ほど埋まっている。


「錬成」


 すでに冷えかたまってしまった地面を錬成で取り除き、ラミアの体を地面から引っこ抜く。


 即座に腕輪にいれ、来た道を引き返そうと振り返ると、


「はぁ、やっぱりか」

「これまでうまくいってたのがおかしかったんだよ。これが普通なんだよ」


 やはりというべきなのか、大地達の眼前にはあの忌まわしき白竜が悠然と立ちはだかっていた。


「ラミアを殺した奴だな。白竜とか言ったか。実力は平均ステータス30000といったところか。勝てないかもな」

(ほとん)ど正解だよ。白竜の平均ステータスは28000。この迷宮が誇る支配者の相棒的な存在の一匹だよ」


 大地と白竜の視線が重なる。白竜は準備万端のようだ。


 一方の大地は万全の状態なら勝機はあったかもしれないが、生憎今の大地はカオスとの戦闘もあって万全とは言い難い。


 勝算の低い戦闘に、大地の行き着いた答えとは。


「・・・・・・・・・・レイア。奴に弱点はあるか?」

「残念だけど弱点と言える弱点はないよ」

「よしレイア」

「どうしたの?」

「逃げるぞ」


 全力疾走。白竜の後ろにある通路にさえ入ることが出来れば白竜の体では追い付けないはず。そう考えたのだ。


「強化五倍、いけるっ」

「ガァッ」


 白竜の横を通り抜けようと強化五倍で駆けるが、白竜は大地をノコノコ地上に返すほど甘くはなかった。


 白竜は大地を弾こうと、自慢の尻尾を亜音速で凪ぎ払うように放った。


「ぐっ」


 ギリギリで跳躍しかわすが、白竜は次の攻撃を開始しようとしていた。


「次は頭突きかよっ」

「避けて大地っ」


 跳躍して身動きがとれないところを狙って、白竜はゴツゴツとした頭部を大地にぶつけようとする。


「おらっ」

「おおっ。さすが」


 大地は向かってくる頭を受け流す。そのまま無事地面に着地。


「急げっ」

「うん」


 通路まであと三十メートル。全力で走る。


「ガァァァァァァァァァァ」

「マジかよ」


 白竜は第三の攻撃へと移った。大きく息を吸い、大地の五メートル前方に放った。


「危っ。やばいな」

「大地、髪の毛が二、三本焦げてるよ」


 間一髪のところでしゃがみ、白竜の炎を回避することが出来た大地。髪の毛二、三本は助からなかったが。


「全く、あいつの炎強すぎだろ」

「大地、愚痴ってる場合じゃないよ」


 動きが止まった大地の隙を狙って白竜は、自身の巨大な足を大地の頭上に構える。


「潰させねぇよ」

「逃げて大地」


 腹の底に響くほどの轟音と共に白竜の足が地面に衝突した。


 ビキビキと亀裂が入っていく地面、グラグラと揺れる部屋。


「くそ、このままじゃ通路が崩れちまう」

「どうするの、大地」


 いつも陽気だったレイアから珍しく緊迫感が感じ取れる。レイアも焦っているようだ。


「強行突破だ。強化十二倍で一気に駆け抜けるぞ」

「行けるの?」

「体に上級魔法の風壁を(まと)う。あとは運だ」


 運任せという無茶な賭けにでる大地。大地が死ねばレイアも死ぬ。それを懸念してレイアも大地の行動には賛同しかねている。


「いけるっ」


 崩れかけている通路に向かって走る。もちろん、白竜は通そうとはしてくれない。大きく息を吸い、どす黒い炎を吐き出した。


「強化十二倍、疾風、風壁、十二重結界」

「来るよっ」

「ガァァァァァァァァァァ」


 迫り来る炎をもろに受けながらも、一直線に進んでいく。一枚、二枚と結界が壊れていく。


 通路まであと、二十メートル、十五メートル・・・・・五メートル。そして


「着いたっ」

「ギリギリだったね」


 結界はもうない。通路に飛び込むのと同時にすべて破壊されてしまったようだ。だが、なんとか白竜を回避した。


「まだ奴はそこにいる。何かされないうちに逃げるぞ」

「そうだね」


 四人の回収を終え、白竜を回避し、来た道を引き返す。


 カオスのあけた穴を登り、地上へと帰還した。


「外だ」

「外だねぇ」


 空は透き通り、陽は燦然と輝いていた。


「手持ちが五百ゴールドしかない」

「確か、一ゴールドで十シルバーと同等の価値があって、一ゴールドで百カッパーだったっけ?」

「そうだ。生活していく上では五百ゴールドは申し分ないほどの大金だが、イリス達の服や食事、娯楽やお小遣い、武具の新調や教材、それらの他にもイリス達が欲しいものを買うことを考えるとこれじゃ足りない」


 レイアは思った。恐らくレイアだけではないだろう。皆等しく思うだろう。大地は過保護すぎるのではないのかと。


「あはは、そうだよね、ははは」


 苦笑いしかできない。五百ゴールドもありながらそれらを自分のためにではなくイリス達に使うというのだ。大地は奥が深い。


「じゃあ、ここから近いし帝国で換金してくるか」

「えっ。帝国に行くのっ?」

「嫌か?」

「嫌じゃないよ。ずっと行きたかったのっ」

「そうか。なら少し観光でもしていくか」

「やったぁ」


 元支配者とは思えないほどの無邪気さである。ここまで喜ばれると大地も悪い気はしない。


「すいません。これを換金したいんですが」

「これをですかっ?」


 さっそく帝国で、魔獣から入手した魔石を換金してもらおうと思ったら問題が発生してしまった。


「こんなの見たことありませんよ。どこで取ってきたんですか?」

「クレータ大迷宮だ」


 余談だが、受付の人は二十歳くらいの女の人だった。十人が見れば七人くらい振り向きそうなちょい美人である。


「ちょっと確認してきます」


 現在人間のクレータ大迷宮限界到達層は五十六階層まで。大地が換金するように頼んだのは百階層で殺した魔獣のものなのだ。つまり、人間達は大地の出した魔石を知らないということだ。人間にとっては未知の発見となっただろう。


「すいません。鑑定の結果、あなたが提示したものはまだ発見されていない魔石であると考えられます。これは帝国の方で研究に使用されるということです。換金すると五十万ゴールドほどです」

「換金してください」

「わかりました」


 思った以上の収穫。百階層の魔獣がここまで価値があるとは大地も思わなかっただろう。心中でひそかに喜ぶ。


「さてと。(ふところ)も暖かくなったことだし、約束通り観光でもしていくか」

「やった。ありがとう大地」


 無邪気に笑いかけるレイア。それを穏やかな目で見る大地。会って間もないが、二人の距離は少しずつ近づいていた。


 時は夕暮れ。太陽が沈んでいき、辺りが薄暗くなった頃。


「今日はここで寝るか。なつかしの樹海」


 大地は樹海に来ていた。


「大地。なんでここなの?」

「帝国には国王がいるからな。あいつは俺を殺そうとしてるんだよ」

「大地も大変なんだね」


 大地を殺そうと躍起になって国民さえも殺した国王。あの後、どうやって国民から信頼を取り戻したのかは知らないが、今ではだいぶ栄えているようだ。


「簡易式の家。木の中身をえぐるだけのシンプル過ぎる作りだが懐かしい」

「たそがれちゃって。らしくないな」


 イリス達はまだ目覚めない。といっても一日程度しか経っていないのだが。


 深い眠りの中、イリス達の顔がうっすらと浮かび上がる。実際に見えている訳じゃない。大地がイリス達を欲するがゆえのことだ。


 そんな大地を見ながらレイアも深い眠りについた。


「大地、朝だよぉ」

「あぁ。なんだ、もう朝か」


 閉じかけた目をこすり、強制的に意識を覚醒させる大地。レイアは大地の頭上をプカプカと楽しそうに飛んでいる。


「ほんとに陽気だな」

「誉め言葉だよ」


 朝から大変元気なレイア。大地も気分は悪くないようだ。


「そういえば」

「どうしたの?大地」

「これがあったんだった」


 大地が腕輪から取り出したのは、学院にいたころ店で買った爆弾だ。手榴弾のような形状でレベルが1~10まである。


「買ったはいいけど使ってなかったからな。イリス達が目を覚ますまではこれで暇潰しでもしておくか」


 爆弾で暇潰し。常人には考え付かない発想である。


「じゃ、まずはレベル1からだな」


 手頃な魔獣を見つけ、顔面めがけ時速二百キロで投げつける。


 この爆弾は魔力を流し込むことによって起爆する仕掛けになっており、離れたところからでも爆発させることができる。


 魔獣の顔面に手榴弾が直撃する瞬間に魔力を送り込み起爆させた。


「ギャアアァァッァアァアァ」


 規模は半径一メートルほど。範囲こそ小さいが威力は戦争で使うような手榴弾と同等。顔面にもろ受けした魔獣は頭部が消えてしまっている。


「まあまあそこそこといったところだな」

「思ったより威力ないね。あれなら普通に魔法の方が強いよ」


 レイアの意見もごもっとも。だがまだあと九個は試していな。どうするかは全部試してからにしよう。と言うのが大地の答えだ。


「次いってみるか。丁度魔獣も寄ってきたみたいだしな」

「瞬殺だよ瞬殺」


 レベル2~10を順番に起爆させた。いずれも魔獣は一撃で即死。範囲としてはレベル2なら半径二メートル。10なら半径十メートルといった感じだった。


「使えるといえば使えるな。雑魚を駆除するときに」

「大地、もうお昼だよ」

「そうだな。イリス達の体に栄養を摂取させないとな」


 朝、起きてすぐにイリス達の体に栄養を摂取させる。昼、決まった時間にイリス達の体に栄養を摂取させる。夜、寝る前にイリス達の体に栄養を摂取させる。これを絶対厳守。大地の中でそう決めていた。


 そしてその日の夜。栄養を摂取させ終わった大地は


「いつ、目を覚ますんだ」

「私にもわからないよ」


 ピクリとも動かずに、イリス達が横たわる姿を大地はずっと見つめていた。


「イリス、イリア、夜空、ラミア。おやすみ」


 静かに目を閉じた。

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