復活
何もない真っ白な空間。広いのかも狭いのかも分からない。ただひとつ理解できるのは、目の前に空色の髪をした少女が立っていることだけ。
「なぁ、ここはどこなんだ?」
何も分からない大地はとりあえずその少女に話しかける。しかし、返ってきた答えはにわかには信じがたいものだった。
「ここは、あなた自身の中だよっ」
妙にテンションが高くきゃぴきゃぴしているところにはつっこまない。単刀直入に聞きたいことをきく。
「おまえは誰だ」
大地の問に少女はにこりと笑うと快く答えてくれた。
「レイア」
少女はレイアと名乗る。正直聞きたいことは山ほどあるが、重要なものに絞る。
「答えろ。なんで俺はここにいる。おまえは何者だ」
強気な大地の質問にレイアはちょっとむすっとしながら答える。
「もっと力抜いてよ。あなたは私が精神を呼んでここにいるの。それで、私はカオスとか言う人間に殺されちゃったクレータ大迷宮の支配者だよ」
少女は大地の精神を呼んだと言う。それだけじゃなく、ここの元支配者と続けた。なぜそんなのがここにいるのか。大地には理解することが出来なかった。
「ねぇ」
「なんだ」
いたずらに聞いてくる質問に大地は威圧をかけるように答える。
「力が、欲しいんでしょ?」
「・・・・・・・・・・そうだ」
大地の考えはお見通しのようだ。今すぐに力を得て、カオスを倒すことこそが大地の目的。正確にはイリス達の仇をとることが。
「ここはあなたの中。私はあなたの中。つまり私はあなたのもの。あなたが望むなら力をあげるよ」
「無償というわけではないのだろう?」
「それなりの代償は貰うよ」
さすがは支配者といったところか。大地にとっては特に損な話ではない。力をくれると言うのだ。ありがたくもらいたい。だが、
「断る。ここの出口はどこだ」
「釣れないなぁ。出たいと思えば出られるよ」
少女の提案を無視し、さっさと出ていってしまう大地。
「はっ」
目を開けるとそこには薄暗い部屋が確認できた。どうやらまだ生きているらしい。
「血が少ないな」
心臓をぶち抜かれた際に大量に出血したせいか、大地には今あまり血が残っていない。
「つぎこそはあいつを狩る。イリス達の仇を」
どす黒い怨念のように通路を進む。
「探知。範囲は上層にむけ、円柱に」
円状の探知だと広い分半径が小さいので、範囲を上に絞り一気に上を確認できるというわけだ。
「ちっ。ここは百階層かよ。魔獣も警戒しないと」
慎重に通路を進む。分かれ道は勘で進み、魔獣は殺す。そんな滅茶苦茶な進みかたをしていれば当然体力の方も限界が来るわけで
「はぁはぁはぁ。全く。カオスの反応が全く見当たらない」
探知で探すも、カオスの姿は見つからない。どこに行っても、どれだけ行っても、カオスは見つからなかった。
「くそが。どこにやがる」
探しても探しても見つからない。そんな中、大地はとうとう、疲れてしまった。
「はぁ、体が言うことを聞かない」
大地の意思に関係なく体は徐々に気力を失っていく。次第にまぶたも落ち、狭い通路の途中で、大地は眠りに落ちてしまった。
見えるのは草原、いや樹海。それでもなくどこかの民家、もしくわダンジョン。再び繰り返される。惨劇の悪夢が。
四度目の悪夢が終わり、視界が一気に白くなる。
「ねぇ、カオスって人間はここじゃないよ。もうちょっと下層。百七階層にいるみたいだよ」
「レイア。なんでまた」
再び現れた少女、レイア。威嚇するような言い方だが、今の大地にはそんな気力は残されていない。
「なんで分かる」
「支配者だからかな」
「礼は仇をうってからだ」
「いってらっしゃいーい」
場に合わない陽気な声にを背中に、大地は薄暗い通路へと戻った。
百七階層。そこにカオスはいる。レイアの言葉を信じる訳ではないが、大地は百七階層へと急ぐ。
「錬成。これで百七階層まで近道ができる」
百一、百二、百三、百四、百五、百六。そして百七。
「ここの魔素は異常に濃いな」
魔素が濃い。すなわち、餌を求めてやってくる強力な魔獣が多いということ。さすがの大地も生き残れるのかすら分からない。
「ちっ。百五十メートルほど先に魔獣か」
探知にて魔獣を発見。数は三。レベルはゆうに80を越えるだろう。
その魔獣に向けて、大地は腕輪から金属を取りだし魔獣に構える。
「この前店で買った金属、チタン合金。安くはなかったが超電磁砲に最適な金属だ。くたばれ」
チタン合金なら鉄よりも超電磁砲の熱にも耐えられるだろう。ただの鉄よりも速く強力な超電磁砲が撃てるというわけだ。
「放電。距離が百になった瞬間に、撃つ」
どんどんと近づいてくる魔獣。それにあわせ、電気をためていく。すでに大地の体からは電気が発生し、周囲が明るく照らされている。そして
「三、二、一。死ね」
バチバチと電気を散らしながら薄暗い通路を駆け抜けていく超電磁砲。進むたびに衝撃波を生む超電磁砲は狂いなく三体の魔獣をぶち抜いた。
「ふぅ。さすがにこれだけの電力を使い続けるのは燃費悪いからな。効率的な方法を探さないと」
殺した死体の中から魔石をあさりながら、今後について考える。
「探知。奴の反応は・・・・・・・・・・無いか」
なかなか尻尾を出さないカオスに、大地は焦る。
「レイア。聞こえるか?」
自分の中にいると言うレイアに話しかける。
(聞こえてるよ)
嬉しそうな声が返ってくる。大地に話しかけてもらえて嬉しいのだろうか?
「カオスはどこだ」
(そこから下層の百十階層の中心部にいるよ)
「わかった」
錬成で三階層下まで降りる。ここまで来ると魔素が濃すぎるせいか呼吸がしずらくなってくる。
「はぁはぁ。くそ。クラクラする」
吸血鬼の体が上級な魔素を吸収していき、大きすぎる力に体に負荷がかかる。
壊れそうな体を引きずり、中心部へと急ぐ。刻一刻と近づいていく体のリミット。いつ壊れてもおかしくない状況に大地は耐え続ける。
「あの部屋、か」
すでに戦えるような体ではない。そんな時にようやく見つけた部屋。電磁波で探る限り、扉のむこうは縦横高さが三百メートルの広い部屋であることが分かる。
「この扉の向こうに、やつが」
両開きの扉を押す。ゴゴゴゴゴっとそれらしい音が響き、扉の向こう側が見え始めた。
「また君か。誰かと思ったけどいい加減飽きてきたよ」
レイアの言う通り、そこにはやつがいた。
「見つけたぞ、バルス」
「名前間違ってるよ。僕はカオス」
「うるさい。バルスもカオスも大差ない」
体が痛み始め、まともな思考が働かない大地にとってバルスなんてどうでもいいことなのだ。
「イリス達の仇。ここでおまえを殺すっ」
お互いの距離は十メートル。魔法を避けるには近すぎる距離。大地の上級魔法が狙いを定めカオスに襲いかかる。
「上級魔法、紅蓮、雷斬、神風、聖水」
歪曲させるなら歪曲させ切れないほどの魔法をぶちこむ。単純だが方法は他に思い付かない。魔力がなくなるのが先か、カオスが負けるのが先か。誰にも分からない。
「めんどくさいな。歪曲」
歪められた上級魔法は軌道がそれ、壁や天井、床などに激しく衝突し勢いよく壊していく。
「まだだ。まだこんなもんじゃない」
天井からパラパラと砂が落ちてくる。広い空間にも関わらず、崩壊は近い。
「このままだと一緒に瓦礫の下敷きだよ」
「うるさい。おまえは歪曲で生き残るんだろ」
カオスは歪曲で瓦礫の軌道を変えればうまく生き残れる。対する大地も、錬成を使い生き残ることができる。
つまりこの戦いは迷宮が崩れる程度じゃ終わらないということだ。
「フフフ、君の言う仲間が死んだ場所で死ねるなら君も本望だろう」
死んだ。そのたった三文字の言葉は、大地の怒りをカンストさせるには十分すぎた。
「だまれっ」
怒りは最大限に力を引き出す。咄嗟に発動した支配が空間の揺れを制止させた。
「揺れが止まった?何をしたんだい?」
「・・・・・・・・・・」
大地は驚くほど静かだ。だが、あくまでそれは外見だけ。中身の方は、
「大地。これ以上力を出すと、吸血鬼の体でも再生が追い付かなくなるよ。ただでさえ血が少ないんだから」
「レイア。口を出すな。ここから先は俺の喧嘩だ」
「・・・・・違うよ大地。私たちの喧嘩だよ」
それだけ言うと、目の前の景色が迷宮内に戻った。
「死んだみたいに静かだったね」
「あぁ、そうだな」
ひどく落ち着いた様子の大地に、カオスは困惑の色を隠しきれなかった。
「気味悪いね。殺すよ?」
「あぁ、そうだな」
気が狂ったのか大地はカオスの問いにまともに答えていない。それどころか聞いているのかすら分からない。
「そんなに死にたいならいいよ。歪曲」
カオスは空間を一気に縮め、大地を押し潰そうとした。大地の周りの空間は歪み、縮んでいく空間に閉じ込められる大地はなす術なく死ぬ。カオスはそれを期待した。だが
「歪曲・・・・・・・・・・歪曲。なんでだ?」
「ハハハ。歪曲出来ないだろ」
乾いた笑いをこぼし、カオスの歪曲を封じる。
「なんでだ。何かやったのか?」
「目には目を。支配者には支配者だろ?」
不適な笑みを浮かべ、意味深なことを言う大地に、カオスの思考は追い付かない。
「俺の能力に支配がある。これはその名のとおり、相手を支配する能力だ」
「それで、僕を支配したんだね」
「正確にはお前を含めたこの空間そのものを支配したんだ」
夜空との戦いで得た、支配。まだ完璧に習得したわけではない。が、足りない部分はレイアに補ってもらった。
「歪曲なんて使えなくても基本スペックは僕の方が上だよ」
「どうかな」
重い空気が漂う。静寂に静寂が重なり、自身の鼓動すらはっきりと聞こえる。
互いの距離は十メートル。先に動けば先手を取れる分有利だが、相手が何かを仕掛けているかもしれないリスクを考えると後手も先手もリスクは一緒。タイミングが鍵になる。
大地が意を決すように、ジリッと足を動かすのを合図に、両者真っ向からぶつかり合う。
互いの拳がぶつかり合い、大きな衝撃波と電撃を生む。衝撃波が壁に当たった瞬間に更にもう片方の手を放つ。
ぶつかり合う拳は震動を大きくしていき、支配された空間でさえピキピキと音をたて始めている。
「上級、雷斬」
「上級、紅蓮」
至近距離で殴りあいながら、大地は雷斬を放つ。カオスに避ける術はなく、受けるか相殺するか。選んだ結果、後者のようだ。
至近距離で放たれた魔法は四方八方に飛散し、大地とカオスの間で大きな爆発を起こした。
煙の中、大地の蹴りが正確にカオスを蹴りとばし、大地を中心として煙は散り散りになった。
「ごほっ。基本スペックは僕の方が上のはずなのに」
「おまえはバカか。それはいつのデータだよ。今の俺は浜辺の時ほど弱くはないぞ」
「くそっ」
大地の力を見誤り、なめてかかった罰だ。歪曲が使えない以上、大地との差は埋められない。カオスは焦る。焦って焦って、焦った。行き着いた答えは。
「超級、神雷」
神雷。雷殺とは違い、スピードは音速の四倍と遅いが、威力は超電磁砲の十倍。カオスの使える技の中でも最も威力の高いものの一つだ。
「上級、風壁」
「狙いは君じゃないよ」
神雷を当てられることを避けるため、少しでも威力を削るために発動した風壁だったが。それは無駄に終わった。
カオスは神雷を大地にではなく、真上に向けて放ったのだ。カオスを中心に電撃が散る。
「くっ」
「じゃあね」
真上に放たれた神雷は地上まで突き進み、明るい太陽の光がスポットライトのように照らしている。
カオスはその穴を登っていく。これが上層へと昇る一番の近道なのだ。
「逃がさないぞ。ここで仕留める」
どんどんと登っていくカオスを、穴の下から見上げながら大地はチタン合金を構える。
親指と人差し指に挟む。ちょうど御○美琴のような感じだ。
「強化十二倍。超級魔法、雷殺。そして、超電磁砲」
これ以上はないほど威力を高める。カオスはすでに五十階層を越えている。それでも大地はまだ撃たない。
「まだだ。ギリギリまで電気を溜めてからじゃないと」
大地の体からはバチバチと電気が溢れだし、大地が光って見える。
カオスは三十階層を突破し、あと十秒するかしないかくらいで逃げてしまうだろう。
「あと、五秒」
大地から溢れる電気が周囲の砂、つまり砂鉄を引き寄せる。
「四」
壁がビキビキとひび割れ、細かい岩が集まってくる。
「三」
壊れかけていた壁は、とうとうガラガラと音をたてて壊れ始めた。
「二」
壊れた壁はガリガリと地面を削りながら大地の元へと寄ってくる。
「一」
より集まった岩や砂鉄は大地を中心として同心円状の形を作り、何重にも丸が生み出された。
「零」
言い終わるかどうかのわずかな時間。大地の指から閃光が生まれ、一筋の光となった。
その光につられるかのように、大地を囲んでいた岩や砂鉄も上層へと弾丸のごとく登っていく。
「やった。これで出られ」
外の景色が見えた瞬間、カオスの顔は喜びに彩られた。しかし次の瞬間、カオスは刹那に消失した。
迷宮の奥深くから放たれた超電磁砲はカオスを覆い尽くし、完璧に消失させた。それはもう肉どころか骨も悲鳴さえも残さないほど一瞬で。
「はぁ。魔力の七十五パーセントを使っちまった」
(大丈夫?)
息切れ気味の大地を気遣うように声をかけるレイア。それに対し、大地は。
「レイア。お前のお陰で目的を遂げられた。ありがとう」
(・・・・・・・・・・)
黙り混むレイア。大地はレイアの顔を見ることが出来ないので分からないが、今のレイアは幸せに満たされていた。
「イリス」
ぼそりと呟く。仇はうてても、イリス達は戻ってこない。どうしようもない後悔が大地を包み込む。
(生き返らせることは不可能じゃないよ)
レイアの一言に大地は一秒の間もなく答えた。
「どうやって」
(私は支配者だよ。生き返らせることくらい出来ちゃうんだから)
確認できないが、えへんと胸を張っているレイアの姿が想像できる。
「やり方を教えてくれ」
(大地の体から命を四人分切り離すんだよ)
元気な声とは裏腹に、言っていることは理解したくない内容だった。
「百パーセントの命を二十五パーセントずつに分けるのか?」
(それだと大地が死んじゃうじゃない)
言っている意味が分からない。四人分に分けるならそうなるはずなんだが。
(大地の一部を命として与えるんだよ。足りない命は時間が経てば自然に埋まる)
「時間が?」
(そう。その人自身の体は僅かに与えられた命で少しずつ活動を開始する。あとは少しずつが段々大きくなっていくのを待つだけってこと)
「なるほど」
つまり、命が与えられたことによりその人は生き返る。しかし、命が少ないため昏睡状態のような感じで、体が回復していけば、完全に生き返ると言うことだ。
「理屈はわかったが、俺は何を差し出せばいい」
(大地の体の一部を媒体にするよ)
大地の体の一部。体の部位ならどこでもいいと言うわけではないようで。分かりやすく基準をいってしまえば、それがなくなったらどれだけ困るか、によるらしい。
「わかった」
腹をくくり、差し出す部位を決める。大地の目に迷いはなく、ただイリス達が生き返ればいい、という純粋な気持ちが滲み出ていた。




