サイクロプス
「魔獣の質がちょっと上がってきたな」
「うん、中級魔法じゃないと死なないね」
「厄介ですね」
「まだまだ余裕だよ」
「片手で十分」
現在五十九階層。そんな深い場所で楽しそうに並んで歩く大地達。そろそろ六十階層だというのに全然疲れている素振りを見せない。化け物達である。
「にしても六十階層への階段はどこにあるんだよ」
「探知してみる?」
「探知は生命体や魔力にしか使えません」
「大地確か放電を使えたよね」
「なるほど。電気で場所を把握するのね?」
電気、つまり電磁波で場所を把握する。簡単に言ってくれるがなかなか出来たものではない。大地とてそう簡単にできるはず、
「見つけた。階段は意外と近いところにあるぞ」
出来てしまった。相変わらずチート級の大地に関心を禁じ得ない。
大地御一行は電磁波を頼りに階段へと歩く。向かい来る魔獣は殺し、魔石を回収し肉は腕輪に入れ保存。本当に抜かりない。
「そろそろだな。この角を曲がって直進」
「さすが大地だね」
「当たり前です。大地ですから」
「お兄ちゃんなら当然」
「ほんとに異常よね」
四人の少女は大地をひたすらに褒める。純粋故に大地も満更ではない様子。
そうこうしているうちに階段のある場所までたどり着いた、はずなんだが、
「電磁波でここに空間があることはわかっていたが、なんのための空間だ?」
「大地、こんな部屋があるってことは」
「お約束ですね」
「やられる側になるといやだな」
「何が?」
大地とラミアを除いて他の三人は状況を理解できているようだ。
いま大地達がいるのは縦横高さが百メートルの立方体の部屋だ。ここまで大きな部屋があるのだ。言わなくてもわかると思うが、
「オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ」
案の定、魔獣が出現。魔獣の足元には魔方陣。トラップ系の魔方陣のようだ。部屋に入ってくると作動するようになっているっぽい。
「はぁ、またミノタウロスか」
ちょっと前にミノタウロスと交戦したばかりの大地にとって、二度目のミノタウロスに飽々しているのだ。
戦意喪失の大地。あんまりミノタウロスを待たせるとめんどくさいのでじゃんけんで決めることとなった。
「「「「「じゃんけん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん」」」」」
あいこの連続。なかなか終わらないじゃんけんについに終止符が打たれた。
「ああぁ。私の負け。ま、まあいいわよ。一瞬で終わらせてやるわ。大地、見てなさいよ」
負けたのはラミア。負けたのになぜかちょっと嬉しそうなのは大地にいいところを見せられるといったところだろうか。
いずれにしろ、ラミアならば心配はないだろうと部屋の隅に寄る大地達。
ミノタウロスとラミア。互いの距離は十メートル。向かい合ったままピクリとも動かない。
両者の間に緊迫した空気が流れる。
「っくしゅん」
「ふっ」
「オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ」
隅にいたイリスのくしゃみがトリガーとなり、戦闘が開始された。
勢いよく突進してきたミノタウロスを、スルリとかわすラミア。勢いそのままにミノタウロスは方向を変え再度ラミアへと突進する。
「くっ」
さすがに予想外だったのか避けきれず、ミノタウロスの突進を真っ向から防ぐ形になってしまった。
ミノタウロスのステータス平均値は低くても3000。確認された中で最も高かったのが6000。しかし、ラミアと交戦中のミノタウロスは8000ほどあるだろう。
「こいつ、意外にやるじゃない。でもっ」
両手に力を込め衝撃波を発生させる。いくらミノタウロスでもゼロ距離での衝撃波を防ぐ手はない。思わぬ不意打ちに僅かに後退。
「あんまり私を舐めないでよ」
攻守交代。ラミアは軽く息を吸う。吐くのを我慢し、ミノタウロスを引き付ける。
「オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ」
衝撃波を食らったミノタウロスは若干お怒りの様子。正常な判断の出来ないミノタウロス。目の前に敵あれば殺すのみ。
息を我慢しているラミアに向かって拳を放つ。それが直撃する前に、ラミアは息を一気に吐き出した。
「はぁっ」
しかし、吐き出されたのは息ではなく紅蓮にも勝るとも劣らない業火だった。
業火はミノタウロスを包み込みあっという間にその姿は見えなくなった。
「ふぅ、火焔の威力甘くみないでよ」
「オオオォォォッ」
甘くみるな、その言葉はむしろラミアにこそ似合っている。
業火に包まれ致命傷を与えたと思い込んでいたラミアは、業火の中から飛び出してきた拳に対処しきれなかった。
「がぁ」
飛んできた拳はラミアの胸部に強く直撃し、ラミアを部屋の壁まで吹き飛ばした。
「くっ、重いわね」
「ォォォォォォォォォォ」
業火は消え、ミノタウロスの全身が露になる。その体は酷く熱を発しており、竜ほど発熱はしていないが火傷する程度には発熱している。
「第二段階的なところかしら。いいわよ。やってやるわよ」
最後まで言い切り、竜化するラミア。尻尾、蛇のような目、身長ほどもある大きな羽、華奢な手足に生えている鋭い爪。いずれもラミアを可愛らしく引き立てているように、大地にはそう思えた。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ」
竜化したラミアの拳と怒りに身を震わせるミノタウロスの拳。二つがぶつかった瞬間、衝撃波にも似た波動が部屋に広がった。
「はぁ、ふんっ、やっ、くっ」
「オォォッ、オォッオォッオォッ」
両者の拳が衝突するたびに波動を生み、部屋全体をぐらぐらと揺らしている。
「ふんっ」
「ォッ」
ついにラミアの拳がミノタウロスに直撃。倒すまでにはいかなくても僅かに後退させた。そこにさらに蹴りを入れ追い討ちをかける。
「あぁっ」
「ォッ」
ミノタウロスの顔面を力強く蹴り飛ばした。さすがのミノタウロスも体制を維持できなくなり転倒。
「食らいなさい。私の全力の火焔を」
「オオオォォォォォォォォ」
どうやらミノタウロスも本気のようだ。ラミア同様、大きく息を吸っている。火焔に似た術。完全な力の勝負。
「はぁっ」
「オオオオオォォォォォ」
もはや光線のようなラミアの火焔。しかし、負けず劣らずミノタウロスも光線のような術を使う。
術と術がぶつかった瞬間、激しい電気が走った。バチバチと音を立てている。発生した電気が床や壁、天井までも破壊していく。
「はっ」
「オォッ、オォォォォォ」
激しい電気を生む攻撃はラミアの火焔が僅かに勝ったため、ラミアの勝利となった。
火焔の後にはミノタウロスの骨どころか床や壁を盛大に破壊していった。
「よくやったな、ラミア」
「別に、これくらい普通よ」
褒められたことに素直に喜べないラミア。いまにもニヤニヤしてしまいそうな顔をぎゅっと押さえ、あくまでも平静を装う。
「べ、別に本気じゃなかったし」
ツンとそう言うラミアがたまらなく愛らしい。百人の男が百人とも抱きついてしまいそうなほどに。
「それじゃ、次行くか」
大地の声を合図に三人の少女はとてとてと歩き始める。それをのそのそと後ろから付いていくラミア。大地に褒めてほしかったのだろうが、願い叶わず。暗い面持ちで次の階層を目指す。
ミノタウロスを倒した際に出現した 、立方体の部屋の奥にある階段を降りる。
「さてと、六十階層に着いたな」
「なんか変な感じ」
「早く出たいですね」
「きゃぁ、怖いおにいちゃん」
「何してるのよ、離れなさい」
ラミアと夜空は側で小さい争いをしているがそれにはお構い無く先へと進んでいく大地達。
六十階層。五十階層とは異なり、壁が薄紫に発光している。たいして強い光ではないが不気味に光るため精神的に参ってしまう。
「ねぇ、ラミア」
「ラミア」
「ちょっとラミア」
イリス、イリア、夜空がジト目でラミアを見る。イリス達の目線の先には、
「「「なんで大地と手を繋いでいるの?」」」
「べ、別にいいでしょ」」
「俺も構わないぞ」
ラミアが大地と手を繋いでいるのは言うまでもないだろう。
理由は至ってシンプル。ラミアは幽霊なる存在が苦手なのだ。故に六十階層のような不気味な場所では平静を保てないのだ。
「ラミアの怖がり」
「竜のくせに」
「おにいちゃんは私のだよ」
必死で抗議するイリス達。しかし、ラミアも今だけは引くことが出来ない。
「いいじゃない。私が大地と手を繋いだって誰に迷惑にもならないし」
その言葉を聞いた瞬間、イリス達の顔色が一気に黒くなった。
「誰の」
「迷惑にも」
「ならない?」
殺意のこもった視線がラミアに突き刺さる。本物のナイフが刺さるかのような視線に、さすがのラミアも体に力が入る。
「そうよ、私が大地に何しようと私の勝手でしょ?」
「許さないっ」
ラミアの発言にとうとう我慢の限界がきたようだ。イリスの手から上級魔法、絶対零度が放たれる。
ビキビキと音をたてて凍てついていく地面。縦横十メートルの通路が、先も見えないほどに凍っていく。
「ちょっと何するのよっ。危ないじゃない」
「ラミアのせいですよっ」
イリスに続き上級魔法、灼炎を放つイリア。果てしなく凍てついた通路は、灼炎により一瞬で蒸発していった。
「あっつ。だから危ないって」
「おにいちゃんは私のものぉ」
さらに上級魔法、雷斬。ラミアに向かって一筋の雷が直撃する。果てしない通路が一瞬だけ光に満たされた。
「だから、危ないってのっ」
確かに直撃したと思われた雷斬は完璧に防がれていた。
さすがに防戦一方は居心地が悪いのだろう。三人の攻撃が終わると同時にラミアも攻撃に転じた。
「ちょっといい加減にしなさいよっ」
言い終わる前に、ラミアは半径三キロ分の衝撃波を五十メートルまで圧縮し発生させた。
威力は六十倍。そんな大きな力が加われば、迷宮とて無事ではない。イリス、イリア、夜空、ラミアの攻撃を受けた迷宮の通路はピキピキと音をたてて崩壊を始めた。
「ヤバイな、お前ら走れ」
イリス達の喧嘩を傍観していた大地だが、迷宮が崩壊となれば黙っていられない。イリス達に声をかけ、迷宮の奥へと走る。
「ヤバイ、押し潰される」
逃げる大地達を追いかけるように崩れていく迷宮。徐々に縮まる距離。落ちてくる岩をよけながらでは潰される。一瞬の油断も許されないこの状況で悲劇は起きた。
「きゃっ」
落ちてくる岩に足をとられ、地面に倒れこむイリス。しかし崩壊の手は止まることなく迫ってくる。
「イリス」
「大地」
巨石がイリスの頭上に落下する。イリスの体を潰すのに十分な。いくら吸血鬼でも自分の体ほどの空間がなければ自身の体を形成できない。
岩に埋もれた状態では再生不可能。意識はあるものの体が再生されない地獄を味わうことになる。
岩が直撃する瞬間、ぎゅっと目を瞑り体を手で庇おうとするイリス。一秒もしない僅かな時間でイリスの姿は岩に埋もれて消えた。
「お姉ちゃんが」
「イリスが埋まっちゃった」
「私達だけ、助かったの?」
崩壊がおさまり、迷宮内に静寂が訪れた時。ちょっと広めの通路に座り込む三人の少女。イリア、夜空、ラミア。自分達のせいでイリスを置き去りにしてしまったことに罪悪感を禁じ得ない。
「ねぇ、大地はどこに」
「おにいちゃんも巻き込まれちゃったのかな?」
「でも吸血鬼は再生できるんでしょ?」
どうやら、というか当たり前にラミアは知らないようなので説明を施す。空間がなければ自身を形成できない。当たり前だ。
例えば、縦横高さが二十センチの箱一杯に水が入っていたとする。これにコップ一杯分の水を入れたい。しかし、そうすると箱の水が溢れてしまう。
イリスで置き換える。足を欠損したイリスが岩で埋もれている。そんなイリスは足を再生したい。だがしかし、足を再生できるほどのスペースはない。
説明されると以外と簡単。つまり、吸血鬼を行動不能にしたければ潰して埋めればいい。そこまでの過程が難しいだけであとは大したことはない。
「じゃあ、大地はぺっちゃんこになってるってこと?」
「・・・可能性はゼロじゃない」
「そんな」
それを聞いた瞬間、ラミアは埋もれた通路の岩をどかしていく。
「何してるの?」
「決まってるじゃない。大地を助けるんだよ」
「ここからどれだけ離れてると思ってるの」
「でも」
ラミアと夜空で喧嘩が始まった。
「私は行く」
「おにいちゃんは生きてるよ」
「だったら尚更助けにいかないと」
「おにいちゃんなら出来る。ここまで帰ってきてくれる」
「わからないじゃない」
「おにいちゃんを信用したいの」
喧嘩はどんどんとヒートアップしていく。お互いに大地を強く思いすぎているせいなのか、ちょっとのことで勢いが増していく。
「いい加減にしなさい」
一人の声が燃えていた二人に終止符をうった。
「喧嘩なんて無意味。今はとりあえず、この先から来る奴に対処しましょう」
イリアが指を指したその先には、1つ目の怪物、サイクロプスが立っていた。
「久しぶりの飯だ、ククク」
どうやらこのサイクロプスは人の言葉を話せるようで、イリア達のことを飯といっている。つまり
「おらぁぁぁぁぁ」
サイクロプス、1つ目の怪物。金棒を武器として使っている。人間よりも大きく、五メートルはある。
「こんな奴に出会うなんて」
「おにいちゃんのことで忙しいのに」
「魔獣ってほんと空気読まないわね」
愚痴を溢しながらサイクロプスの拳をかわす。
「「「中級魔法、雷撃」」」
三人の中級魔法がサイクロプスに浴びせられる。威力としては上級魔法に勝るとも劣らないくらいだろう。しかし、
「クックック、ぬるいな」
サイクロプスは上級魔法にも匹敵する威力をぬるいと称した。ただ者ではない。そう悟るまでが遅すぎた。
「死ねぇぇぇ」
右手に持つ金棒を地面に叩きつけると、イリア達へとその攻撃が地を通って当たった。決して少なくないダメージが三人を襲う。
「おらぁっ」
体制を崩し、建て直す前にサイクロプスの蹴りが炸裂した。
蹴りあげるように放たれた足は、イリアの腹部に直撃し天井に叩きつけた。
「はっ」
肺の空気が一気に押し出される。
「イリア」
「よそ見をしてる場合じゃないだろ?」
イリアに気をとられ、サイクロプスから注意を反らした。しかし、サイクロプスはその隙を見逃さない。よそ見をしている夜空に顔面めがけて拳を放つ。
「私を忘れんな」
「ふんっ」
夜空に拳が直撃する瞬間、ラミアがサイクロプスの拳を相殺した。
「なかなかやるじゃないか」
「ふん、モブの癖に」
サイクロプスはパワー重視の魔獣。対してラミアもパワー重視の竜。純粋に力だけの勝負。
「モブだと?調子に乗るなよ三下ぁぁぁ」
「自惚れるな、1つ目っ」
サイクロプスの放たれる拳をラミアが相殺。相殺、相殺、相殺、相殺、相殺。拳のぶつかり合う音が響き渡る。
「「後ろががら空きよ」」
ラミアの相手をしているサイクロプスの背中はがら空き。その隙をついて背後から雷斬を放つ。
「甘いな」
「「なっ」」
サイクロプスはイリア達が雷斬を放つタイミングをみて、ラミアの手をつかみ盾にする。
「あぁ」
上級魔法、雷斬。二つの上級魔法がラミアの腹部を貫いた。
「「ラミアっ」」
「ハハハハハ、滑稽だな」
笑いながらサイクロプスはラミアを足元に落とす。地面を這うようにサイクロプスから離れようとするラミアだが、
「あああぁぁあぁぁあああぁぁあぁああああ」
それを許さないのがサイクロプス。ラミアの右足をグリグリと踏みにじる。
「弱い、弱いなぁ」
「くっ」
最後の抵抗と言わんばかりにラミアは近くに転がっていた岩をサイクロプスにぶつける。
「きさまぁ」
「気持ち悪いのよ」
「殺してやる」
ラミアにカチンときたのか右手にもった金棒を大きく振りかざす。
「死ね」
地に這うラミアを嘲笑うようにサイクロプスは金棒を降り下ろした。




