過去
「ラミア、何度も言うけどあなたに選択権はないの」
「お前は俺たちに絶対服従だ。わかったな」
「はい、お母さん、お父さん」
蔑むような視線でラミアを見下ろしているのはラミアの実の親。ラミアは床にひれ伏しただ言われることに肯定するのみ。
「ったく、なんなんだよお前は。竜の癖に人間みたいな姿しやがって。鬱陶しいんだよ」
「っく」
ラミア父から拳が放たれる。拳は狙いたがわずラミアの左頬に直撃し、ラミアを吹き飛ばした。
「お前のせいでうちは周りから避けられてんだよ。わかってんのか?この疫病神がっ」
「うっ、あっ」
次々と放たれる拳。一撃一撃に憎悪が込められ気を抜けば一瞬で死んでしまいそうなほど。
(こんなのいつものこと。耐えるしかない)
ラミアにとって親はまだ必要だった。親がいなければ生きてはいけない。故に何をされても親のもとを離れるわけにはいかなかった。
「ちっ。ムカつく」
「・・・・・・・・・・」
ラミア父の猛攻が止まる。苛立ちながらどこかへと行ってしまった。
体に着いたアザは二、三日は消えない。傷を擦りながら部屋の隅の方で小さくうずくまっている。
竜属の生息場所は草も生えない岩だらけの場所だ。所々に石の柱のようなものがありその柱の中に穴をあけ生活している。
ラミアのいる穴、つまり部屋は広くはない。七畳ほどの広さでラミア、ラミア母、ラミア父の三人で生活している。
「邪魔だ。お前は今夜の飯でも採ってこい」
「はい」
竜属の生息する場所は石柱の多い地形だ。故に植物は少ないが、僅かに生えている草は栄養が豊富にあり生息する動物も少なくない。ラミア父が飯と呼ぶものはつまりその動物達だ。
石柱の根本、一匹の鹿っぽい魔獣が歩いている。レベルとしては30くらい。
「なるべく傷つけないように」
上空から狙いを定める。魔獣とラミアの距離はじゅうメートルはある。攻撃の届く範囲ではない。だが、
「竜化、衝撃波」
竜化したことにより強くなった状態での衝撃波。勢いよく右手をつき出すラミアから衝撃波が放たれる。範囲は直径五メートルほど。その僅かな範囲で魔獣にヒットさせた。
ラミアの衝撃波が直撃し、魔獣は一瞬で死んだ。
「っしょと。はやく戻らないと」
魔獣の死体を肩に担ぐ。竜化を解き親の元へと急ぎ戻る。
「おい、おせぇよ。もっとはやくできねぇのか?このカスが」
「親を待たせるなんてお仕置きが必要ね」
「・・・・・・・・・・」
ここでいうお仕置きとはその辺の生易しいものではない。命すら危ういほどの地獄なのだ。
「罰としてお前の飯はこの魔獣の足一本だ」
「それだけじゃ足りないわ。今日は外で寝なさい。これもあなたが不甲斐ない罰なのよ」
「はい」
罰と称しているが、実際はただの憂さ晴らしだ。日頃のストレスをラミアにぶつけているだけ。やられる側からしたらたまったものではない。
「・・・・・・・・・・足一本。もうなくなった」
魔獣の足一本がなくなった。今夜の食事はそれだけ。しかし、珍しいことではない。よくあることだと自分に言い聞かせる。
「今日は、どこで寝ようかな」
今夜の寝床を失い、眠れる場所を探す。
「今日はここでいいや」
ラミアの見つけた場所は石柱の真ん中にある岩が迫り出しているところだ。寝返りを一回できるかどうかの狭い場所だがしかたがない。
「・・・・・・・・・・おやすみ」
誰にでも朝は来る。王でも、虫でも、ラミアにも。
「ん、んん。朝」
目に入る光に瞬きを繰り返すラミア。次第に目が慣れ、ゆっくりと体を起こす。
「寒いな」
乾いた笑みで呟く。昨日の疲れも癒えないまま親の元へ行こうと立ち上がった瞬間、
「きゃっ」
突然たっている岩が崩れ始めた。地面に直撃する寸でのところで飛行し、岩のあった場所に戻る。
「おいおい、今の聞いたか」
「聞いた聞いた。きゃっだってよ」
「ダッセー。あはははははははははは」
ラミアの寝ていた岩が崩れたのは事故ではない。上空からラミアを見下ろす三人の竜によって引き起こされたのだ。
「お前が起きる前にやるつもりだったけど」
「お前のほうが先に起きちまったから」
「しょうがなく強引にやらせてもたったんだよ」
三人のうち一人がラミアを攻撃したようだ。恐らく衝撃波で。
(またあの三人)
ラミアは竜族にとってはただのストレスの捌け口。サンドバッグ程度にしか考えていないのだ。
「ほぉら、次いくぞぉ」
三人のうち一人がラミアに火を吹く。竜族の吐く炎の強さは異常なもので、炎にあたった生き物は一瞬で骨まで灰となる。
「強化五倍、金剛、結界」
爆発的に上昇させた能力で金剛と結界を重ねる。これだけやってようやく竜族の炎を完全に防げる。
「ちっ、また防ぎやがった」
「面白くねぇな」
「いこうぜ」
炎を防がれた竜達はさっさと飛んでいってしまった。
「家に、戻ろ」
無機質な声でそう言ったラミアはできるかぎりゆっくりと家に戻った。
「おい、今までなにやってたんだっ」
「遅かったじゃない。昨日のお仕置きじゃ足りなかったの?」
「ごめんなさい」
「だまれっ」
一度口を開けば二度目には拳が飛んでくる。そんな狂った関係にも徐々に慣れつつあるラミアに、転機が訪れたのはすぐだった。
「ラミア、渓谷に竜がいる。そいつをここまで連れてこい。俺の友人からの頼みだ。捕まえるには強すぎるんだと。失敗は許さない」
「はい」
プティア大渓谷にて体長十メートルほどの黒い竜がいる。そいつを連れてこいとラミア父は言っている。
本来、竜族としての力は、姿が竜に近いほど強い。ラミアは唯一その法則の例外。姿は人間と竜のハーフみたいだが力は圧倒的に勝っている。
「渓谷、普段はあそこほど遠くにいくことはないんだけど。息抜きになるかな?」
ストレスのかかる親から離れるのはラミアにとって至福の時。自分の意思ではなく、親の意思ということにすることで気分が楽になるのだ。
「強化五倍、飛行」
渓谷までは相当の距離がある。強化五倍でも行って帰ってくるには陽が暮れてしまう。飛行を重ねてようやく夕方に帰ってこれるほど渓谷は遠いのだ。
「ちょっとくらい、寄り道したって」
魔が差したのか、渓谷に行く前に帝国へと足を向けた。渓谷で黒い竜を生け捕りにするための時間を考えれば寄り道なんて愚かな行為だが、ラミアにはそんなことは些細な問題だった。
今まで親の言うことを忠実に守ってきたが、このときのラミアは何かに誘われるように帝国へと足を踏み入れた。
「ここが帝国。人間しかいない」
元々人間と姿が似通っているため、頭のツノさえ隠せば人間にしか見えない。
「いろんな建物がある。いつも岩に住んでたけどこっちの方が住みやすそう」
竜族故に岩で暮らしているラミア。体が人間っぽいため所々痛めてしまうのだ。それでもこれまでは我慢してきた。しかし、未知のものを知ってしまえばもう今まで通りではいられない。
「帰りたく、ないな」
そんなことは出来ない。わかっている。でも、暴力の絶えない親のもとから離れたかった。
「今晩、黒い竜を届けたら全部リセットしてやる」
今まで受けてきた数々の迫害に、ラミアの心は暴走へと走っていった。
帝国を出ると、強化五倍に飛行を重ねて渓谷へと全力で向かった。
辺りは暗い。帝国に長居し過ぎた結果、太陽は暮れつつあった。
「見えた。あれがプティア大渓谷。聞いたよりも全然大きい」
ようやくプティア大渓谷に到着したラミア。とりあえず渓谷の少し手前に降りる。歩いて渓谷を見渡せる場所まで移動し、竜の捜索を開始した。
「暗くて竜を探せない」
渓谷に着いた頃にはすでに太陽が沈み、世界は闇に包まれていた。夜眼を持っていないラミアには渓谷はただの暗闇にしか見えなかった。
「・・・・・・・・・・やっぱり見えない」
闇に包まれた渓谷はどれだけ目を凝らそうとも見えなかった。
「竜はもういい。どうせリセットするんだから」
竜を見つけられないと悟り、もう帰ろうと身体強化を使用しようとした時、ラミアから五百メートルほど離れた位置で爆発音や木のへし折れる音が響いた。
「この音。あそこに竜がっ」
音を聞いた瞬間、五倍と飛行を重ね急ぎ音源をたどった。
「確かこの辺りで音が」
音源の上空から下を見下ろす。そこには目を見張るものがあった。
「死ね」
一人の少女がもう一人の少女を宙に殴り飛ばした。宙に舞い上がった少女に向かって、もう一人の少女が魔法を発動させる。
「上級魔法、絶対零度」
飛ばされた少女は氷の檻に閉じ込められ落下と同時に粉々に砕けた。
「なにこれ。こんな凄惨な」
砕けた少女は自分の肉片同士で引き合い、結合した。
「なんで、粉々になったはずなのに」
少女の不可解な現象にただ困惑するラミア。しかし、そこに追い討ちをかけるようにある生命体が空から君臨した。
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
全長十メートルの怪物、ドラゴン。ラミアの探していた黒い竜。とある少女達の戦闘におびきよせられたのだ。
「いた。私の探してた竜」
目的の竜を生け捕りにするべく竜化しようとするラミアだったが、それよりもはやく少女が戦闘を開始してしまった。
いうまでもないが、少女はドラゴンに歯が立たず、一方的に蹂躙されていく。
とうとう勝てないと悟ったのか少女は全速力で逃げ出した。
「あの竜、まさか」
竜は少女に追い付くことは出来ない。ならばと、竜は大きく息を吸う。溜まりにたまった息を竜は勢いよく少女に向かって吐き出した。
「火焔、あんなものをここで出すなんて」
火焔、主に竜族の使う術。口から火を吹くことができる。威力は個人差が大きく関わってくるが、いずれも人を消し炭に変えるだけの威力はある。
その炎が少女に追い付こうとしたとき、何者かが少女を助けた。それも、火焔を簡単に打ち消して。
「あの火焔を簡単に。あの人、何者?」
ラミアが驚愕している間にも、何者かが竜を追い込んでいく。
そしてとうとう、何者かの拳が竜の脳天に炸裂した。しかし、竜は全身を発熱させ何者かを道づれにしようとしている。
地面に倒れ動けない何者かに竜の熱は徐々に上がっていく。このままでは、道づれどころか地形そのものが変わってしまう。急ぎ止めに入ろうとするラミアだが、すぐにその必要はなくなった。
「竜の熱が下がっていく」
少女達の魔法が竜の熱をどんどん下げていく。ピキピキと音をたえ、次第に竜は氷の檻に閉じ込められた。
「なんなの?あの三人」
不可解な現象の連発に幼いラミアの脳ではついていけるはずもなく、三人の人物がその場を去ると共に、ラミアも竜を持ってその場を去った。
「この竜を持って飛び続けるのはちょっと難しいかも」
全長十メートルの竜を持って飛ぶのはさすがに部が悪いのか、歩くことにしたラミア。
竜の体重がラミアに集中するため、一歩歩くたびに地面がボコッとへこむ。
地平線からはすでに明かりが見え始めてきた。このままのスピードで行けば確実に昼を越えてしまう。
「ちょっと無茶だけど、引きづっていこうかな?」
時間がかかりすぎるとわかったラミアは竜を地面に置くと、強化五倍で蹴り飛ばした。氷に包まれた竜はずんずんと地面を滑る。ラミアもそれを追いかける。減速すればまた蹴り加速させる。これを繰り返すことでいくらかはやく着く。
「あと、もうちょっと」
岩場までもう少し。強化六倍で一気に蹴り飛ばす。徐々に溶け始めてきていた氷はラミアの蹴りと共に壊れ、黒い竜はそのまま、岩場まで飛ばされた。
「ただいま」
ようやく岩場に到着したラミア。そこでは飛ばされてきた黒い竜をいたわるように取り囲む竜族と、そうなった原因をつくったラミアを睨む竜族の姿があった。
「おい、ラミア。これはどういうことだ」
「あの竜を飛ばして来るなんて」
「・・・・・・・・・・」
「なんとか言えよっ」
ラミア父、母の質問に答えないラミアに拳が放たれる。
「うるさい」
「なっ」
放たれたは拳は竜化したラミアには弱すぎる。片手で拳を受け止めると、拳を握りしめ、天高く投げ飛ばした。
「ラミアッ。父親にたいしてなんたる無礼。口答えは強くなってから言いなさい」
「あぁそうっ」
全身に力を込めると同時に、ラミアを中心として半径一キロにも及ぶ衝撃波が発生した。
「強くなってから。そしたら、戻ってくるから、ね」
親に強制される日々、他の竜からの理不尽な嫌がらせ、報われない努力。それら全てをうち壊すように最後に一発、半径一キロ分の衝撃波を百メートルまで凝縮し、一気に解き放つ。
地面を揺るがすような衝撃波に、例外なく、驚愕した。衝撃波のあとには、ラミアの姿は消えていた。
霧の立ち込める処刑場、樹海。樹海に入れば出ることはほぼ不可能。一直線に樹海を突き抜けるか、迷わないようなスキルでもなければ。
「ここが樹海。人間は処刑場って言うけどいいところじゃない」
樹海をいいところと言えるだけの実力者、ラミア。向かい来る魔獣は残らず消し炭となっていく。
「強くなるための近道、試練。あれをクリアできれば、私が強いって証明できる」
試練。ラミアが挑むのはクレータ大迷宮。帝国に興味があるということも含めてそこにしたのだ。
「このまま勢いだけで行っても勝てる確率は低い。もう少し戦闘慣れしてからじゃないと」
試練に挑むための下準備。食料や飲料は魔獣や川で補給できる。すむ場所は木の上等でどうとでもなる。
「待ってなさい。支配者」
とある樹海の中、ラミアのラミアによるラミアのための復讐劇が幕を開けた。
「「「「・・・・・・・・・・」」」」
「これが、私が奴隷と呼ばれる原因。家族に絶対服従がそうさせた。そして、試練突破を目指す理由」
冷たく重苦しい空気が大地達にのしかかる。
「・・・・・・・・・・そうか」
ラミアの話を聞いてなお素っ気ない反応をかえす。しかし、表情は果てしなく優しげで、暖かかった。
「ラミア、頑張ったな」
その言葉に特別な力はない。しかし、ラミアにとってはとても安心できる言葉だった。
「・・・・・・・・・・ぅん」
大地の胸にコテンと頭を預け、ぎゅっと大地を抱き締める。それに合わせ、大地も優しく、しかし強くラミアを抱き締める。
「「「・・・・・・・・・・」」」
さすがのイリス達もこの時はなにも言わなかった。なにか言いたい気持ちをぐっと圧し殺し、今だけは大地とラミアの接触を許した。
「お前の家族は酷い竜だ。でも、俺はそんなことはしない」
「ぅん」
「誰よりもお前を大事にしてやる」
「ぅん」
「だから、俺の側にいろ。ずっと」
「ぅん」
何気なくラミアを口説き落とした大地。本人は本気のようだが端からみれば少女を口説くロリコン。
少女を口説く。それすなわちロリコンと自白しているようなもの。大地のラミアに対する態度がロリコンであるということを強く証明している。
さすがのイリス達も我慢の限界はある。出会ったばかりの少女に大地を取られた感じがしないでもない。大地をね取られた感じにイリス達は激しい嫉妬心を抱いた。
「ちょっと、大」
「イリス達も、みんな大事にしてやるから」
「ふぇ?」
大地にちょっと文句を言おうとした時、大地からの思いがけない言葉に紅潮を禁じ得ないイリス達。
「ま、まったく。本当に大地は」
「誰がなんと言おうと」
「完璧な」
「ロリコンね」
四人の少女からの言葉に本来は全力で否定する大地だが、今回ばかりは
「からかうなって」
ツッコンではいるものの覇気はなく、イリス達もつい思考停止してしまいそうな魅力的な笑顔だった。




