竜
浜でのクラーケン騒動の後に、キルケを利用し大地を殺そうとした男子生徒は他の生徒よりもはやく学院へと戻っていた。
「全く、あの五人の男子生徒があんなことしなければ俺も学院に戻る必要は無かったんだが」
男子生徒は学院でキルケに教育的指導を受けている。傷は魔法で治してもらったようだ。万全の状態のキルケであれば男子生徒五人が暴れても余裕で鎮圧出来るだろう。
「あと、五秒くらいか。学院とピュロス海ってのは意外と近いんだな」
銃弾よりも圧倒的に速く走る大地。大地の通った後には強烈な風が吹き荒れる。風に当たった人には飛ばされる者もいた。
「よっっと。速すぎると止まるのにも一苦労だな」
学院の校庭で急ブレーキをかける大地。速すぎたせいか、校庭は大地のブレーキによって深い直線を描いていた。
「何の音だ」
大地のかけたブレーキの音。つまり、地面を削った音に、校舎内にいたキルケが出てきた。
「大神、テレポートの魔方陣はない。どうやってこんなにも早く帰ってきた」
「そんなことはもうどうでもいい。退学の手続きをしたい」
「急だな。訳ありか?」
「まあな。それよりも手続きだ。イリス達を待たせてるんだ」
「手続きはこっちでやっておく。お前は荷物をまとめて行け」
「そうか、それじゃ、イリス達のを回収して行かせてもらう」
「・・・・・浜でのことは感謝している」
「ん?何だって?」
「何でもない」
本当は聞こえているが、あえて聞き返す大地。それに対し、僅かに頬を赤らめ、何事も無かったかのように流す。こういうときでも大地の鬼畜は発動される。
退学手続きは任せろとのことなので、急ぎイリス達の部屋に向かう大地。
「さてと、とっとと荷物を回収するかな」
イリス達の荷物を腕輪の中に入れる。
「迷宮までは遅くても十秒くらいか。イリス達はもう着いてるよな。急ぐか」
再度、疾風と強化十倍を使用する。音速以上の速さで学院を後にした。
「よっと、このスピードにも慣れてきたな」
化物級のスピードにもたった二回で順応する大地。元が人間だったとは思えないほどである。
「・・・イリス達がいないな。とっくに着いていてもおかしくないはずなんだが」
目的地であるクレータ大迷宮の入り口にイリス達はいなかった。場所を間違ったという可能性は低い。かといって、大地の言ったことを無視して寄り道というのも考えにくい。ということは、
「その場に停滞しなければいけない理由があったのか」
ここまでの道のりで、進行を中断しなければいけない何かがあった。大地はそう考えた。
「・・・感覚操作、探知」
探知は魔力や生命体を感知できる。生命体の場合、おおよその魔力量も探知できる。イリス達の魔力ならすぐにわかるだろう。
そして感覚操作。感覚を操作し神経を研ぎ澄ますことにより、より遠くを感知できる。半径二キロほどまで。
「・・・・・・・・・・いた。距離は約一キロ。ん?魔力の反応が四つ?イリス達の他にも誰かいるのか?・・・まあいい。いけばわかる」
そこにはイリス達の他にももうひとつ大きな魔力反応があった。イリス達や大地とはどこか違う魔力を放っている。
常人なら行こうともしないが、大地は別である。むしろ、若干の笑みを見せている。
「イリス達に近づいた野郎がどんな面なのか拝見といこうじゃないか」
その顔は狂気に彩られ平気で人を殺してしまいそうだ。大地の周りにいた人は例外なくその場から逃げたという。
「待ってろよ」
凄まじい風と轟音を残して、大地はその場を去った。
「イリア、どうする?」
「わかりません、夜空はどうですか?」
「とりあえずおにいちゃんのところに行こうよ。多分待ちくたびれてるよ」
「でも、ねぇ?」
「そんな目で見られても困ります、お姉ちゃん」
イリス達が何やら話しているが、間もなく、化物が到着した。
「よっ」
とある吸血鬼の到着により、凄まじい爆風が吹き荒れた。
「見つけた。って、お前らは何をしてるんだ」
「大地、これには訳があって」
「はい、言い訳させてください」
「おにいちゃん、許して」
イリス達が慌てているその原因は、地面に転がっている物体だった。否、生命体だった。
「ん、んんん、んんんんんんんっ」
地面に転がっていたのは、拘束された少女だった。ただの少女でないことはすぐに分かった。
「これは、ツノ?」
拘束された少女には鬼に似たツノが生えていた。人でないことはわかる。だが、イリス達の属する鬼族とは違う。
「竜族か」
見た目の似通っている鬼俗と竜族だが、お互いに敵対の関係にあり、戦力も大差ないため、現在も戦争が起きている。
「とりあえず、拘束をとくぞ」
「だ、大地。これ、竜だよ」
「はい、私たちを見たら攻撃してきたんです」
「だから動けなくしたんだよ」
三人の忠告を聞かずに竜族の少女の拘束をとく大地。
「はぁっ。わ、私にこんなことするなんて、屈辱」
拘束をとくや否やで恥辱に顔を赤く染め、キッと睨む竜の少女。
「こんな屈辱初めて。覚悟しなさい」
「・・・・・・・・・・はぁ」
すでに戦闘体制に入っている竜少女に対し重いため息をつく大地。
(探知して見たときはもっと強い反応だったんだが、気のせいか)
探知で見たときの反応はイリス達と同等の力だった。しかし、この少女からはさほど強い力は感じられない。あたりに強い反応もない。
「私への侮辱、その体で償ってもらうわよ」
「お前らは下がってろ。ここは俺がやる」
竜少女の戦力は帝国兵数人分ほど。とくに大地が苦労するほどの相手でもないんだが。
「粉微塵にしてあげる。竜化っ」
「な、まじかよ」
竜化。恐らくこの竜少女のみが使える技。竜化することにより、ツノがすこし大きくなり、尾が生え、伸長と同じくらいの羽が生える。目が蛇のようになるため睨まれると弱い者は逃げられない。
「はっ」
「くそっ」
至近距離で竜化した少女に、反応が遅れ避けるのがやっとだった。
「ふぅん。よく避けたわね。でも、まぐれは長くは続かないのよっ」
「・・・・・・・・・・」
一言もしゃべらずに竜少女の攻撃をかわしていく大地。
「大地、手伝うよ」
「加勢します」
「おにいちゃん、妹を頼ってもいいんだよ?」
途中、イリス達が協力を申し出たが、大地はそれを断る。
「俺にやらせてくれ」
客観的に見れば大地は防戦一方だ。圧倒的に竜少女のほうが優勢にみえる。
「さっきから逃げてばかりじゃない。攻撃しないと私は倒せないわよっ」
「ふん、そうか。だったら攻守交代だ」
そう言い終わるかどうかの瞬間に大地はサッと消えた。突然の大地の消失に竜少女は辺りをキョロキョロとしているが大地はいない。
「くっ、どこに」
「こっちだよ」
突然の背後からの声に勢いよく腕で凪ぎ払うが声の主の姿はそこにはない。あるのは、
「これは、足音?」
一秒間に数十回もの足音が竜少女を取り囲む。そこに何かがいるのは明白なのに姿だけがどうしても見えなかった。
「卑怯よ。正々堂々勝負しなさい」
その言葉が終わった瞬間、一筋の閃光が竜少女の右太ももを貫いた。
「あぁ、ぐぅぅ。どこ、から」
足の痛みに耐えきれず膝をつく竜少女。そこにまたも閃光が走る。
「あぁああぁ、うぅぅ」
右太ももの次は左太もも。とうとう姿勢を維持できなくなり地面に倒れる竜少女。
「こんな醜態。くっ、殺しなさい」
「それは出来ないな」
死を願う竜少女の前に姿を消していた大地が現れる。
「あんた、どこに」
「簡単なことだ。ただ、超スピードで走ってただけだ」
「たった、それだけ」
「それだけだ。さあ、その傷治してやるから。おとなしくしてろ」
大地の衝撃的な言葉に竜少女だけではなく、イリス達も驚いている。
「また暴れるよ」
「いっそここで殺りましょう」
「私達にはクレータ大迷宮を攻略するっていう仕事があるんだよ」
クレータ大迷宮。その一言に竜少女がピクリと反応した。大地はあおの僅かな動作も見逃さない。
「クレータ大迷宮に何かあるのか?」
「べ、別に何も」
声は上ずっている。誤魔化すのが下手くそ過ぎて可愛そうになってくる。しかし、大地は引かない。そこからさらに追い打ちをかける。
「よし、じゃあ四肢をもいで迷宮で囮として使おう」
「え、ちょ、待って冗談でしょ」
「いや、大地は私と出会ったときもそうしたよ」
「あなた最低ね」
「よし、じゃあ四肢を切断していくぞ」
「ちょっと、やめなさい」
「それが人にものを頼む態度か?」
「くっ・・・・・・・・・・やめて、くだ、さい」
「しょうがないな」
鬼畜大地は今日もきょうとて快調のようだ。
「クレータ大迷宮に用事でもあったのか?」
「べ、別にあんたには関係ないことよ」
「さてまずは右手から」
「わぁぁぁぁぁ、分かった分かった。話す、話すからぁぁぁ」
「話せ」
竜少女は大きく深呼吸すると、小さな口を開いた。
「私は竜族のなかでも上位の家系に育った。通常、竜として生まれた子は竜の部分を色濃く受け継ぐ。鋭い爪や鋭利な牙、竜そのものの姿で生まれたのもいる。でも、私は違った」
「お前も竜になれてるじゃないか」
大地の素朴な疑問に対し、すでに竜化を解除している竜少女が答える。
「私が生まれた時の姿はツノが生えている以外は人間だったみたい。本来の竜族とは違うことに、私の家族だけでなく、周りの竜も私を避けた。最近ではみんなとは違う私に対して殺意を抱くものまで現れたの」
「その話と迷宮は何の関係が?」
竜少女はすこし間を置いて、最上級の憎悪をこめ答えた。
「復讐よ。この迷宮を攻略して竜どもを見返してやるわ」
同じ竜族であるにもかかわらず自分を迫害した家族やその他の竜族に対する、憎悪。生まれた頃から続けられた嫌がらせはもはや命まで脅かす。そんな竜達ににこの竜少女は復讐を求めたのだ。
「なるほど、つまり俺と同じわけだな」
「どういうことよ」
「俺も周りから殺されそうになることがよくあった。だから、いつか復讐してやりたいと思ってる」
「そ、そう、あんたも、なのね」
しんみりとした空気が流れ、しばらくの静寂。その静寂はイリス達によって粉々に粉砕された。
「そ、そろそろ迷宮に行こ」
「そうです。こんな少女に関わっている時間が無駄です」
「おにいちゃんは私のだからあげないよ」
「お前ら落ち着け。まあ、予定の時間もだいぶ過ぎちまったからな。急がないとヤバイな」
竜少女に出会ったせいで、大幅に時間がずれてしまった。本来なら今頃三十階層あたりにいるはずなんだが。
「急ぐぞ」
「うん」
「はい」
「うん」
その場に竜少女を残し、大地達はクレータ大迷宮へと向かった。
「久しぶりだな。クレータ大迷宮」
「これが迷宮」
「面白そうですね」
「きゃあ、怖い。おにいちゃん手繋いで」
夜空は別として各々迷宮に感心しているようだ。
すぅぅぅっと大きく深呼吸をし、意を決して迷宮に足を踏み入れた。
意を決して入ったのはいいのだが、ひとつ問題が発生した。
「ここの魔獣弱いな」
「目を瞑っても殺せるよ」
「驚くほどの生命力の低さですね」
「つまらない」
迷宮の魔獣が弱すぎる。現在、十階層なんだが、この迷宮は一階層ごとにレベルが変わる。十階層ならレベル10ということなんだが、弱すぎる。
「四十階層くらいまで走っていくか」
「そうだね」
「そうですね」
「そうしよう」
イリス達も異論はないようで、とりあえず走ることにした。
そして音速のようなスピードで数十秒後、大地達は四十階層にたどり着いた。
「やっとついたな」
「壁にぶつかりそうになったよ」
「危なっかしいですね」
「ちょっと魔獣殺しちゃった」
「これだから鬼はねぇ」
「「「「・・・・・・・・・・」」」」
グリッ×4
「イッタイィィィィィ」
四十階層にたどり着いた大地達の前に現れたのは、地上で出会った竜少女だった。当然のように大地達の会話に混ざってきた。
「いきなり何すんのよ」
「「「「何となく」」」」
「最低ね、あんたたち」
「「「「へぇ」」」」
「なにその適当な感じ」
「「「「何となく」」」」
「というか、息ぴったりじゃない」
「「「「全然」」」」
「やっぱりぴったりじゃない」
「「「「しつこい」」」」
竜少女に抱く感情はみな同じようだ。完璧に息が揃ってる。
「で、何でここにいるんだ?」
「言ったじゃない、復讐だって。この迷宮を攻略する」
「へぇ、じゃあ俺たちはあっちだから」
無理矢理竜少女との会話を切り、四十一階層への階段を探しに行こうと歩き出す大地だが、
「き、奇遇ね。私もそっちに行こうと思ってたのよ」
「あ、間違えた。そっちじゃなくてこっちだった」
「い、今のなし。私もそっち」
なぜか竜少女が大地につっかかる。
「お前はあっちじゃなかったのか?」
「ま、間違いよ。本当はこっち。絶対こっち」
「そうか、じゃあ俺はお前と逆の方に」
「あ、間違えたかも。本当はそっ」
「絶対にこっちって言ってたよな?」
大地と同じ道を選ぶ竜少女。とうとう大地ももやもやしてきたようだ。ド直球の言葉を竜少女に直撃させた。
「何で俺と一緒の道を選ぶんだ?」
「たまたまよ」
「あ、幽霊」
そう言って竜少女の背後を指差す大地。常人であればサッとふりかえって、なんにもないじゃんとツッコムところなんだが、竜少女の反応は異常だった。
「キャァァァァァ」
悲鳴をあげ、その場にペタンと座り込んでしまった。ガクガクと体を震わせ、地面に小さな水溜まりを作っている。目には涙が溜まっており耳を塞いでうずくまってしまった。
「「「「・・・・・・・・・・」」」」
「う、うぅぅぅぅぅ」
座り込んだ竜少女はとうとう嗚咽まで溢す始末。さすがにやり過ぎたと反省する大地は、座り込んだ竜少女にひとまず謝罪。
「悪かった。そこまでだったとは知らずに」
「う、うう。バカバカバカバカバカ」
大地の謝罪に竜少女は顔を紅潮させ、大地を叩く。全然いたくないが。
「と、とりあえず着替えろ。風邪引いちまうぞ」
「服、これだけ」
うぅぅんと唸る大地。方法はないでもない。今の大地の服装は黒いTシャツの上に黒いローブ的なものを羽織っている。例えるなら魔法使いのような格好だ。
一方の竜少女の服装は白いワンピースだけ。靴は履いていない。しかし、白いワンピースに白く長い髪の白尽くしがとても可愛らしい雰囲気を放っている。
「とりあえず、その服脱げ」
「えぇ?」
「俺のローブ貸してやるからその服脱げ」
「う、うん」
人前で粗相をおこし、ちょっと頭のネジが緩んでいるようだ。大地の言葉に素直に従う。
白いワンピースを脱ぐ。普通なら、ワンピースのなかに下着がある。しかし、竜少女の場合は、ワンピースの中はただひたすらに白く綺麗な肌があるのみだった。つまり、シャツもパンツもつけていないということ。
「はやくローブ、ちょうだい」
大地にそう頼む竜少女。身長差のせいか、上目遣いになってしまう竜少女。それにプラス粗相をおこし、顔を紅潮させているわけだ。顔を紅潮させ上目遣いで、ちょうだいと言われている大地には、それが破壊的なくらい可愛らしく見えた。
「ほ、ほら。とっとと着ろ」
「ありがと」
粗相をおこした少女のケアをする少年。その様子を側で見ていた三人の少女からは異様な殺気が放たれている。このあと、数時間にも及ぶ迷宮内での鬼ごっこが開始されたという。




