表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/63

異世界転移

 「起き・・だ・い」


 いつもとは違う布団、違うにおい、聞きなれない声。いろんな違和感を覚えながら大地は意識を覚醒させた。


 寝起きでボーッとしている大地に、ベッドのそばで立っているメイド服姿の少女は話しかけた。


「大地様。おはようございます」

「うん、おはよう」


 ボソボソとそう言った大地は目を擦りながら、いま自分のいる部屋を見渡し、完全に意識を覚醒させた。


「なん、だ、これ」


 大地は思わずそう言っていた。大地のいまいる部屋は、床や壁、天井までもが豪華な装飾の施された、王室のような部屋だったのだ。いままで普通の生活しかしていない高校生ならばごく普通の反応である。


「お目覚めのところ申し訳ないのですが、国王様があなたにお会いしたいとのことで、今から来ていただけませんか」


 国王、自分に様付け、なれない言葉に戸惑いながらも、会いたいという人の頼みを無下にはできない。普通の高校生であれば、その前に今の状況の説明を求めるだろうが、大地パーソナリティー。相手の頼みは断れないのだ。


「うん、わかった。ありがとう」


 こんなにおかしな状況においても、相手へのお礼はしっかりとする。時間がないそうなので、いそいそと着替える大地。


 少女に案内され連れてこられたのは、縦五十メートル、横三十メートル、高さ三十メートルの広い空間だった。ここにも豪華な装飾が施されており、壁には等間隔に柱が立っている。


「やあ、ようこそ我が国トロイアへ。私は、ヘクトル・トロイア。国王だ。急なことで状況が掴めんだろう。こうなってしまった説明をしなければいけない。別に帰りたいというなら無理強いはしない。君が決めることだ」

「大丈夫です」

「そうか、では説明をする。これを聞いたら後戻りはできんぞ」

「問題ありません」

「では・・・」


 ヘクトルの話をまとめるとこうだった。この世界にはいくつかの種族がいて、いろいろな事情で戦争が頻繁だそうだ。そのうちの、人間族、鬼族の二種は特に強い戦力を誇っていた。ヘクトルは人間側だ。だがここ最近は押されぎみだという。そこで戦力をあげるために異世界から勇者を召喚したという。つまり大地である。大地には訓練の後、戦場で戦ってほしいとのことだ。もちろんこんなぶっ飛んだ話をされても信じないのが現代の子。しかし、お人好し思考である大地は信じてしまうのだ。


「わかりました。この国のためにがんばります」


 大地は無意識のうちにそう言っていた。人の役に立てるというのが嬉しいらしい。後に地獄が待っているとも知らずに。


 次の日から訓練はすぐに始まった。庭で行うようだが、ここも相当広い。縦横五百メートルはありそうだ。広い庭に感激していると、大地のもとにいかつい感じの人が来た。


「私はアタランテ・オレス。今から君の訓練を担当する。楽ではないが頑張ってくれ。あと、私のことは、オレスと普通に呼んでくれ」

「はい、よろしくお願いします、オレスさん」

「おし、やる気十分。じゃあまずは、これでステータスをはかるぞ」


 そう言って、オレスは大地に縦横二十センチほどの透明なボードを渡した。これはステータスボードというらしい。血をつけることでその人のものとなりステータスを確認できる。他の人にはあげられない。ためしにつけてみるとボードが光り、数字や文字が見え始めてきた。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

名前:大神大地 年齢:16歳 職業:鍛治職人 レベル:1

筋力:10

耐性:10

魔力:10

魔耐:10

能力:鍛治・錬成・鑑定

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


素直に喜べない。この数値はどう解釈しても高いとは言えない。しかも勇者として召喚されたのに、鍛治職人となっている。驚かずにはいられない。


「ん?どうした?ちょっと見せてみろ」

「あの、その、はい」


 しぶしぶボードを渡す大地。そして、あり得ないものを見たかのようなオレスの表情。信じられないのか、目を擦ってみたり、コンコンと叩いてみたりしていたが、間違いないとわかったのか大地にボードを返し言った。


「そ、その、なんだ、ステータスはあれだが頑張ればお前も強くなれる・・・はず」


 「はずってどういうことだよ」とツッコミ気持ちを我慢し、その日の訓練を終えた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ペラペラと本をめくる。浮かない顔をしながら、ただひたすらに本を読む者が一人。大地である。ステータスがダメなら、知識でカバーしようということだ。職業鍛治職人。字から見て、非戦闘の職業だ。だから戦闘に有効活用できないのか勉強中なのだ。


「えっと、あったあった。鍛治は・・・」


 鍛治は、武器を生成することができる。内部の構造がよく理解できていなくても生成可能な便利能力。


 錬成は、金属や鉱石の形を変えることができる。これも便利能力。


 鑑定は、鉱石や金属の種類、性質などの詳細がわかる。もちろんこれも便利能力。


 見事に、鍛治職人っぽい能力しかない大地である。戦闘に活用することなど限られている。そんな能力でも、訓練に真剣になってくれるオレスに申し訳なさを感じる大地。そして、訓練のたびに「弱いくせに」と、帝国兵からの視線が痛く突き刺さるのだ。他にも理由はある。大地が帝国兵に恨まれる根本。それは訓練時の出来事。


「大地さん。訓練お疲れさまです。水とタオルです」


 大地を異世界に召喚した張本人。朝、大地を起こした少女がここのメイド長だったそうで、そのメイド長に頼まれて、大地の世話を任されたそうだ。名前は、アリア・アメシスト。名前に反して日本人のような外見だが違うという。気を抜くと帝国兵からの視線がグサグサと大地に突き刺さる。アリアはここでは相当人気なのだそうだ。ふぅっとため息ををつくと、


「あの、ごめんなさい。王様の命令とはいえ、急にこんなことして、迷惑ですよね?」


 アリアは大地を召喚したことを後悔しているようだ。ただの一般人を異世界に召喚し、戦争に加われ、すなわち、召喚されて、戦争に行き、死んでこい。そういうことだ。間違ってはいない。確かにこれは命のやり取り。勇者として召喚されたとはいえ、死なない保証はどこにもない。もしも大地が死んでしまったら、アリアはひどく傷つくだろう。自分のせいで大地を殺した、と。だが、アリアが悩むことではない。大地はアリアの顔をまっすぐに見て・・・言った。


「大丈夫、君は悪くない。悪いのは、君にここまでの重荷を背負わせた僕だ。だから悪いのは、君じゃなくて僕。君は、ただ、自分のすべき事をしただけ。それに迷惑なんかじゃないよ。君とこうやって話せているのも、君が僕を召喚してくれたから。むしろ、感謝しているよ。ありがとう」


 大地は自分が言ってしまったことの重大さに気づいた。あれだけの恥ずかしい言葉を言ったのだ。当たり前といえば当たり前。顔を真っ赤にして、怒られると、目をつぶっていたが、その反応は予想外のものだった。アリアは、


「そ、そんな、そんなこと言われたら、なんて言い返したらいいか分からなくなります」


 アリアは顔を赤くしながら、メイド服のスカートをぎゅっと握り、大地から顔を反らした。朝は寝ぼけていてよくわからなかったが、メイド服を着ている女の子、というのはなかなかに萌える。それは大地とて例外ではない。二人でしばらくそうしていると、


「コホン、取り込み中悪いが休憩時間は終了だ。訓練を開始する」

「「ひゃっ」」


 情けない声をだす大地。可愛らしい声をだすアリア。ずいぶんと長い時間、ラブコメをしていたことに気付き、両者、いそいそと自分の仕事に戻った。


「おい、どうした。そんなもんか」

「げほっ、げほっ、ハァハァ」

「次いくぞ。おらぁ」

「ぐぁっ」


 相手から放たれる魔法に必死に耐えながら、この地獄のような時間が終わるのをただ祈ることしかできない。そして、とうとう体が限界を向かえ、目の前がボンヤリとし始めた。


 訓練はいつもハードだ。だが、今回は特にハードだ。今回は、魔法を使った模擬戦なのだが、相手が異様に殺気だってる。「アリアさんと仲良くするな」と、言わんばかりの剣幕である。大地に攻撃の隙を与えず、一発では終わらせずわざと弱い威力でいたぶってくる。こうなったのはアリアと仲良くしていたからだ。よほど人気のようだ。これからは気を付けよう、と沈み行く意識の中で心に決めた大地である。


「起きてください」


 悲鳴にも似た声に、飛び起きた。しばらくするとズキリ、と体が痛む。自分の体に目を向ける。大地は、包帯を巻かれた状態でベッドに寝かされていた。そしてそのそばには、メイド服を着た、今にも泣きそうな表情のアリアがいた。どうやらここは最初にいた部屋で、魔法でボコボコになったところを運ばれたようだ。


「んん?あ、あれ。ここは・・・」


 はっきりとしない視界の中、傷だらけの体をさすりながら、自分がどうなったのかを思い出す。


「大丈夫ですか?」


 せっかくの美人が台無しになってしまうほどアリアは泣いていた。大地の傷が気になるようだ。大地が君は悪くない、と言ってくれたことで更に心が痛む。かろうじて、耐えていたようだが大地の無事を確認すると、床に膝をつき、ベッドに体を預け、嗚咽を出しながら泣いてしまった。


「すみません。ぜんぜん力になってあげられなくて」


 嗚咽を出しながらも懸命に謝るアリア。ようやく状況を理解出来たのか、大地はそっとアリアの頭に手を置き、優しく優しく撫でた。一瞬ビクッとするアリアであったが、撫でられたことに顔をあげ笑っていた。嬉しかったからなのか、安心したからなのか、普通の人ならアリアの笑顔にも納得がいくのだが、そこは大地パーソナリティー。大地はギャルゲーの主人公並みに鈍感なのだ。


「心配してくれてありがとう。もう大丈夫だよ。今回は僕が弱かっただけなんだから」

「で、でも・・・」

「大丈夫。本当に大丈夫だから」


 何かを言いかけたアリアの言葉を遮るように、自分に言い聞かせるように言った。大地は、帝国兵にすら遠く及ばない。その事実を受け入れたくなかったのだ。自分は大丈夫だ、と言い聞かせ気を紛らわせる。その事を理解したのか、アリアは黙って大地を見ていた。


「治癒魔法を持っている先生が不在なのでそれまでは我慢してください」


 そう言ってアリアは部屋を出ていった。治癒をかけられない今、何もすることはない。ただひたすらにペラペラと面白くもない本を読むだけ。と、思っていたがこれはなかな興味深い本だった。大地は食い入るように読む。辺りはもうすでに薄暗いがそんなことはお構いなしに本を読み進める。


 錬成魔法はダンジョンでは有効活用できる。洞窟のなかには金属、鉱石が豊富にあるため、錬成があると便利だ。なお、魔物には体の一部が金属や鉱石でできている場合もある。その場合、通常の攻撃は効かないが、錬成であれば一瞬で相手の金属や鉱石の皮膚を崩せる。


 大地はこんな鍛治職人が欲しがりそうなほどの鍛治能力を恨んでいた。だが、この本に書いてあることを実践すれば相当な戦力になれる。大地の目に光が宿った。自然と笑いがこぼれる。体の痛みが気にならないほどに、今の大地は興奮していた。


「フフフフフ、ふはははははははは。やった。やったぞ。こんな能力でも役に立てる。やったぁぁぁぁ」


 たまらず歓喜の声が出てしまう。自分でも抑えられない。嬉しすぎて涙がこぼれる。能力が有効活用できることへの安堵、役に立てるかもしれないという期待が大地を突き動かした。途中、メイドの人に声をかけられてしまうほど大地ははしゃいでいた。はしゃいで、はしゃいで・・・・・夜が明けた。


「やばい、起床時間までおよそ二時間。今のうちに寝ておかないと」


 はしゃぎすぎたせいで辺りは明るくなり始め、鳥がチュンチュンと鳴いている。寝ていないせいでどっと眠気が襲ってきた大地はそのままベッドに倒れこむように深い眠りについた。


「大・・ん。大・さん」


 声が聞こえる。聞きなれた声だ。短い期間に同じような体験を三回もすることになる。しかもこんなことを帝国兵の誰かに知れたら殺されかねない。大地の肩に手をあてられゆさゆさと揺らされる。何が起きたのかわからないが何か大変なことになっているようだ。もう少し寝ていたいと言う体に鞭を打ちモゾモゾと起きる。


「んんん?どうしたの?アリアさん」

「いえその大地さんを起こしに来たら涙を流していたので何かあったのかと思い・・・」


 どうやらアリアはこの涙を負の感情から出たものだと思っているようだ。本当は狂喜にも似た感情から出たものなのだが。ここで本当のことを言うと傷つけてしまいそうなのであえて誤魔化す。


「いや、何でもないよ。大丈夫。ありがとう心配してくれて」


 うまく誤魔化せたか分からないが、多分大丈夫だ。アリアなら信じてくれるはず。そう思っていたのはどうやら大地だけのようだ。


「何でもなかったらどうして涙なんか流したんですか」


 驚いたことに大地は怒られてしまった。心配をかけすぎたみたいだ。大地が涙を流したことがきっかけになり今まで溜め込んでいた大地に対する感情が決壊したようだ。口では大丈夫といっている大地だが本当は辛いのではないか、という思いがアリアのなかにはあった。その感情は日に日に大きくなっていき、空気を入れすぎた風船のように破裂した。そして思っていたことを全部大地にぶつけた。


「いつもいつも大丈夫大丈夫っていってくれてたけど、模擬戦ではボロボロで、普段から暗い顔ばかりして、そして涙まで出して・・・本当のことをいってください。苦しいんですよね。この世界に来たことを後悔しているんですよね」


 怒りながら大地の腕を掴む。そのまま、泣き出してしまった。どうやら、大地をここにつれてきたことをまだ後悔しているようだ。この状況を妥協する方法は一つ。大地が苦しんでいると思ったからアリアは怒った。なら、楽しそうにしているところを見せればいい。心からこの世界を楽しんでいることを。


「明日、僕の訓練に付き合ってくれる?」

「え?は、はい。構いませんが」


 怒った顔から一変して困惑した表情になるアリア。大地の言っていることがいまいち理解できていないようだ。だがそんなアリアにはお構い無く大地は話を進める。


「オレスさんに頼めば、訓練っていうかたちでダンジョンに行けるんだ。明日そこに行く。アリアさんは世話係という口実でついてきて。そこで僕がこの世界に来て後悔してないことを証明するから」

「ダンジョン、ですか。訓練には適していますが、その・・・」


 何かを言いかけたアリアを押しきり部屋を出る。オレスさんにダンジョンに行くことを許可してもらうために。アリアは後ろの方から追いかけてきた。ダンジョンに行くことを反対しているようだ。だが、アリアに大地が後悔していないことを伝えるためには口ではなく行動で示さなければ。オレスを見つけると大地は覚悟を決め、話しかけた。


「オレスさん。ダンジョンに行きたいのですがいいですか」


 大地は、力強く言った。驚いているオレスだが、大地のやる気に負けたようだ。優秀な部下をつけるという条件で許可してくれた。アリアは世話係の口実でついてくることになった。だが、自分の力を試したくてウズウズしている大地は気がつかなかった。ダンジョンについていく部下達の目に憎悪の色が宿っているのを。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ