交流
「なんか、学園に通ってから大地と一緒にいられる時間減ってない?」
「はい、私もそう思います」
「大地、寂しいよー」
学園の女子寮にて。三人の美少女が顔をぷくぅぅぅっとさせながら可愛いことを言っている。もちろん、美少女というのはイリス、イリア、夜空である。学園に通ってからというもの、会える時間が少なくなりイリス達の不満が増大していっているのだ。
「あっ、ちょっと耳かして」
「何か?」
「ん?」
思い付いたようにイリスが、イリア、夜空にゴニョゴニョと耳打ちをする。正直悪い気しかしないイリアと夜空。だが、それでも気になってしまうのだろう。可愛らしく耳を傾ける。どんな話だったかというのは今はまだ。
「三日後、帝国の外にある海に行く。だが、遊びではない。あくまでも勉強だ」
「臨海学校みたいなもんか」
キルケの発言でクラス中がザワザワしている。そのなかには大地もいる。大地もまだ十六歳。海と聞くと興奮してくるのだ。
「私、海でもう一回告白してみる」
「ちょっと強引に言ってみる」
「押し倒してみようかな」
クラスの女子達のそんな声が聞こえた気がしたがあえてスルーする大地。告白禁止令は役にたたないどころか火に油を注いでしまっていると、心の中で愚痴を放った。
「海か、ここらで集団で泊まることができ、なおかつ近場の海と言えば・・・あそこか」
この学院のある場所から一番近い海はピュロス海と呼ばれる海。地図で見ることで初めて分かったが、この海は行ったことのある海。旅館のあるあの海である。
「ん?そういえば」
疑問符を浮かべる大地は昼休み、夜空のもとへと向かった。
「ふふーん。おにいちゃんから会いに来てくれるなんて嬉しいな」
「ちょっと気になったことがあってな」
「私のスリーサイズは教えてあげないよ」
「・・・・・俺がお前と海で会ったときのことを覚えてるか?」
「無視なの?まあいいや。うん、覚えてるよ」
大地が学園に来るや否やで微塵の無駄もなく大地に抱きついた夜空。周りにはいくらか生徒がいる。もちろん大地と夜空が抱き合っていたのを見た生徒達は驚愕だった。
生徒達がいては話しにくいということで場所を変えた。校舎裏だ。一通りが少ないため会話を聞かれる心配はない。
海で会ったときのこと。つまり、夜空がまだガイアという名前だったときのこと。その時のことで大地は気になっていることがあった。
「お前はあの時まだ支配者だったはず。だが、なぜ外に出ることが出来たんだ?」
「ん?言ってなかったっけ?」
「言ってない」
「えーと、試練の場は支配者を外に出さないために結界っぽいのが張り巡らされてるんだよ。でも数十年に一度、その結界が弱まる時期があるみたいなの。それがたまたまあの日だったってだけ」
「なるほど」
「だから、助けてもらった時は嬉しかったんだよ。おにいちゃん」
遠い昔を思い出すように笑うと優しく大地に抱きついた。本当に優しく。その優しさに触れた大地は、無意識に夜空の頭を撫でていた。
「っと、昼休みが終わっちまった。俺は学院に戻るがしっかりやれよ」
「わかってるよ、おにいちゃん」
イチャついていたところで昼休みの終わりを告げる鐘の音が聞こえてきた。日本でいうチャイムというやつだ。
夜空と別れて急ぎ足で学院へと戻る。その顔が若干嬉しそうだったのは言うまでもないだろう。
「海へ行く準備はできているか?当日になってからでは遅いぞ」
臨海学校。ここ最近はその話題で生徒達がおおいに盛り上がっている。それはもう迷惑なレベルで。
大地はというと、
「この臨海学校は学院学園合同、生徒総数は千二百六十人。イリス達に何かあったら対処しきれない。今回は厳しい戦いになりそうだ」
ただの臨海学校から戦闘になってしまっている。他の生徒達とはレベルが違う。
その日の放課後、大地はいつものように学園に訪れていた。
「イリス、イリア、夜空」
学園の玄関近くにいる三人の美少女、イリス、イリア、夜空に声をかけた。
「あ、大地。一緒に帰ろ」
「この学園の勉強は簡単すぎますね」
「お・に・い・ちゃ・ん」
相変わらず夜空は抱きつきてくるが、もう慣れてしまった大地は華麗にスルー。イリスは何気なく大地を女子寮に連れ込もうとしているが、学園のルールだと言った途端におとなしくなった。イリアはというと、帝国の最先端の学園の授業をつまらない扱い。さすがである。
「なあ、お前らは海で泳いだりするのか?」
「えっ、泳ぐよ。海だもん」
「私はすこし、肌を焼いてみようかなと」
「おにいちゃんと一緒にいる」
「そ、そうか」
寮までの短い道のりの中、臨海学校についての話題をだす大地。三人とも見事にバラバラだ。しかし、そんなことは問題ではない。大地が本当に気にしているのは、
「泳ぐも泳がないも構わないが、水着は肌の露出の少ないのにしておけ」
「もとよりそのつもりだけど」
「はい、大地以外の男にあまり肌を晒したくありません」
「私の大事なところはおにいちゃん以外には見せないから」
こういう時でも大地は抜かりない。もはや、イリス達を大事にしすぎている。これでは本当にロリコンという称号が授けられてしまう。
「それならいい」
イリス達が普通の水着を着るということを確認した大地は、すこし安心したような表情をした後、自分の寮へと急いだ。取り残されたイリス達は理解が追い付かないようだ。三人とも言葉が出ない。
「さてと、後は俺の方でどうにかしておかないとな」
意味深な言葉を残し大地は夜な夜な何かをし始めた。何をしているのかは誰にも分からない。
陽が出始めたころ、早朝。大地はすでに起床し臨海学校の準備を済ませていた。後は海に行くのみのようだ。
ピュロス海へは学院にあるテレポート用魔方陣を使う。すでに職員がピュロス海に魔方陣を書いているため可能なのだ。
「いい、ちゃんとやるんだよ」
「あんまり甘く見ないでくださいよ、お姉ちゃん。私もやるときはやります」
「完璧だよ」
何やら怪しげな事をしているのは大地だけではない。イリス達も何か企んでいるようだ。
学院の校庭に集まるおぞましいまでの生徒達。総数千二百六十人。臨海学校は三日間にわたり行われる。海近くの街で魔法に関しての講演会のようなものに出席、街の中にある大きな施設を借り実技授業、街の学院学園と交流、海で遊ぶ、これを三日間で行う。
「それじゃ、準備できた奴から魔方陣に入れ。テレポートした後は先に海に行っている教師の指示に従え」
キルケの指示通り、生徒がぞろぞろと魔方陣に吸い込まれていく。もちろん、大地達も。
テレポート用魔方陣に入ってから海につくまで本当に一瞬だった。たった一度瞬きする間に、海へとついてしまった。
ピュロス海。以前、異常に強い人間と戦闘を繰り広げた。その前にここにいた人間は人間に殺されたようだ。今はそのようなことがあったとは思えないほど綺麗な海だが。
「学園の生徒は街の方の旅館に泊まる。全員揃い次第出発だ」
「学院の生徒は海沿いにある旅館だ。各自向かうように」
どうやら学院と学園で別れるようだ。イリス達は街の方の旅館に、大地は海沿いの旅館へと。
数十分後には学院学園の生徒全員の移動が完了し、その日の活動を開始していた。
「学院は、街の生徒との交流を行う。失礼のないようにな」
キルケはそれだけ言ってさっさとどこかへ行ってしまった。
臨海学校では、すべてが自分の判断で行わなければいけない。目的地に教師が先導するわけでもなく、このあとの予定について話すわけでもない。すべては自分で。
さすがに何も無しでは辛いので、事前にしおりのような物が配布されている。それを使えということだ。
「最初は交流、街の中心の学校か。集合時間は今から三十分。遅れた者はペナルティ」
ペナルティが何なのかはよく分からないが、とりあえずしおりに載っている地図を見ながら進む。しかし、ここで問題が発生した。
「ここから街の学校まで十五キロ。走っても間に合わないぞ」
そう、たった三十分で十五キロ離れた場所に行くのは不可能。それは大地だけではなく他の生徒も同じようで。
「ここから三十分なんて出来る分けねーよ」
「どうなってんだよ」
「先生、頭逝っちまったのか?」
生徒達がどんどんと混乱していくなか、とある一人が呟くように小さく言った。
「魔法を使えば、行けるかも」
その一言で、混乱して騒いでいた生徒達が一気に静かになった。呼吸の音すら聞こえるくらいの静寂は、次の瞬間一気に壊れ去った。
「そうだ、魔法だ」
「魔法なら、なんとか」
「皆、いそげぇ」
魔法を利用するということを失念していた生徒達は、打開策を知った途端に次々に街の学校へと向かった。
「さて、俺もぼちぼち行くかな」
学院の生徒は、中級魔法を使っているが、大地だけは下級魔法だ。理由はもちろん目立たないため。
「中級魔法なら十五分くらいで行けるだろう。俺はちょっと遅れていけばいい」
すこし遅れていくことで魔法が苦手という印象を植え付ける。相変わらず抜け目のない。
学院の生徒達が中級魔法で街を駆け抜けていくなか、大地だけは下級魔法でのんびりとしていた。
下級魔法くらいなら三十分ギリギリで目的地につけるだろう。しかし、何を血迷ったか大地は、以前ステータスボードを買った店に来ていた。
「ここに面白そうな物があったんだが」
ここでいう大地の面白そうなものとは、手榴弾のような爆発物である。駆け出し冒険者からベテラン冒険者まで愛用する爆弾である。
「レベルがあるのか。1~10。10が最高のようだが、爆発の規模が書いてないな」
品揃えはいいのだが、若干テキトーなところが残念なコス○コのような店。とりあえず、1~10レベルの爆弾を十個ずつ買っていくことに。
「荷物はなんでも収納可能な腕輪を使う」
合計百個の爆弾は腕輪にしまうことにした。重さも大きさも関係なくなんでもいれることが出来る。以前買った便利アイテムだ。
「いろいろやってるうちに集合時間まで残り十分を切ってるな。ちょっと急がないと間に合わない」
と、いうことなので身体強化十倍。以前よりも強くなった大地の体なら十二倍くらいまでなら余裕で耐えられるだろう。
「この調子なら後二十秒ほどか」
何気なく口にした大地だが、言ってることはあり得ないことなのである。
普通の学生だった場合、たかが数十秒で移動できるのは精々一キロ程度。その何倍もの距離をたった数十秒で移動するのは不可能なはずなのだ。
しかし、普通の学生でない大地は不可能も可能にしてしまうのだ。
「おっと、そろそろスピード落とさないときづかれちまうな」
弾丸のようなスピードから一気に下級魔法程度のスピードに戻す。ちょうど目的地が見えてきた頃だ。
「街の生徒と交流。面倒だが、やるしかないのか」
一日目にすることは街の生徒との交流。街の学院、学園で行う。交流といってもただ遊ぶようなものだが。
「学院の生徒はここに並べ。今日一日、街の生徒と交流してもらう。迷惑はかけるなよ」
キルケの指示に学院の生徒は適当に返事をし、各々街の生徒と戯れ始めた。大地はというと
「俺と一緒に魔法の勉強をしないか?」
交流を深めるべく、渋々女子生徒に声をかける大地。一応勉強という目的でここに来ているので、勉強に関して誘ってみた大地だったが。
「は、はい。えっと、その、あの」
大地が話しかけた女子生徒は顔を紅潮させ若干体がふらついている。いつ転んでもおかしくないくらいフラフラしている女子生徒を見かねた大地は。
「そんなにフラフラしてると危ないぞ」
「す、すいませっ・・きゃあっ」
「!!!!!」
フラフラ女子生徒はとうとう足を滑らせ後ろに勢いよく倒れていく。その女子生徒の近くに五、六人ほど女子生徒がいる。恐らくフラフラ女子生徒の友達だろう。友達全員があっという表情をしている。しかし、もう遅い。フラフラ女子生徒はそのまま地面に体を叩きつけた・・・・・と、フラフラ女子生徒の友達は思った。
「だから言ったろ?危ないって」
「は、はぅぅぅ」
女子生徒が倒れるよりも速く、大地は女子生徒を抱き止めた。その動きには一切の無駄がなく、滑るようだった。
抱き止められた女子生徒はこれでもかというくらい顔を紅潮させ黙りこんでいる。
しばらくの静寂の後、
「「「「「キャァァァァァァァァァァ」」」」」
フラフラ女子生徒の友達と思われる女子生徒達が一斉に声をあげた。悲鳴ではなく、大地の行動に対する称賛の声。
女子生徒の声に、はっと我に返るフラフラ女子生徒は大地の腕の中から飛び出すと、ペコリと一礼して走っていってしまった。
「交流を深めるつもりだったんだが・・・まあいい。他をあたるか」
決して嫌われているわけではないのに、妙に釈然としない大地はとりあえずフラフラ女子生徒の友達と思わしい一人に話しかけた。
「俺と、勉強しないか?」
「はい、もちろん」
かわりというと聞こえが悪いかも知れないが、この場合はしょうがない。友達と思わしき女子生徒と、街の学院の図書館へと向かった。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
本当ならここでラブコメ的な展開になってもおかしくない、はずなのに、大地が勉強に夢中になっているせいで女子生徒はおいてけぼり状態だ。
「・・・さてと」
「魔法の勉強は終わり?」
大地が魔法の教科書を閉じると、もう終わったのかと女子生徒が満面の笑みで大地を見る。しかし、女子生徒は甘かった。大地の鬼畜っぷりは意識していなくても発動する。
「ああ、魔法はここまでだ。次は外で実技の練習だ」
「へ、へぇぇ。そうなんだぁ。ははははは」
無意識に発した大地の言葉に女子生徒は一瞬逝きかけたかと思うと、すんでのところで踏みとどまり、すでに意識の宿っていない返事をする。
黒髪イケメンは女子生徒を連れ外へと出る。今回は雷系魔法の実技。
「地を走れ、地雷」
大地の使っている魔法は下級魔法、地雷。戦争で使われるものとは異なる。自分のいる位置から任意の場所まで電気を走らせることが出来る魔法。ただし、目視できる範囲までしか走らせることはできないうえに、電気を通さないものには当然意味がない。
大地の放った地雷は、地面を滑るように走り、やがて消えた。
それを隣で見ていた女子生徒はなぜか自慢げに大地を見ている。その理由を尋ねようと声をかけようとする大地だったが、遅かった。
「あ、あの、見ててください」
「え、あ、ああ」
「神速の如く突き進め、雷撃」
妙に自慢げだった女子生徒の行為に合点がいった。大地が使ったのが下級魔法、それ以上の魔法を使えるということで自慢げになっていたのだろう。
「雷撃か、なかなかすごいじゃないか」
「あ、ありがとう、ございます」
はにかんだように笑う女子生徒と一緒にしばらく魔法を放ち続けた。
「おっと、気づけばもう時間だ。後三十分後には戻らなきゃいけない。今日は楽しかったよ。ありがとう」
「は、はい。こちらこそありがとうございました」
爽やかな笑顔を女子生徒にプレゼントし、街の学院を後にした。
「・・・・・フッ」
夕日が沈みかけ辺りが暗くなり始めた頃、沈む夕日にかかる大地が少し微笑んでいることは言うまでもないだろう。




