学院と学園
小さな空間に多くの生命体、生徒がいる。四十人いる生徒のうち一人は大地。帝国での知識を活かすわけではなく、平凡な成績をキープしていた。
「今日の授業は、薬の配合、魔法の実技か。はぁ、簡単すぎて死にそうだ」
学院に来るまでに、樹海や海で常人離れした戦闘を繰り広げてきた大地にとって、学院の授業とは一秒一秒時を数えるほど暇なのだ。
暇すぎて暇すぎてなにもすることがない大地は、とてつもなくくだらないことをしていた。といっても、これから先使うかもしれないことなので、そこまでくだらなくはない。
「支配、コントロールするには時間を有すると言っていたな。この暇な時間は都合がいい」
支配、相手を意のままに操る。それがたとえものであっても。支配したい対象に自分の魔力を入れ、相手の魔力を自分の魔力に塗り替えることで支配が可能。簡単そうだが常人なら飽きるほどの時間がかかる。授業中の暇時間を埋めようと大地も支配に挑戦。
「これは少し難しいな。他の魔法とは訳が違う」
ためしに、自分の使っているペンを支配する。しかし、いくら大地といえど、最初からなんでもは出来ない。支配を受けたペンは僅かに浮かび上がりくるくると回りだす。
「字を書くようにしたはずなんだが、なかなか難しい」
授業中、大地は延々とペンを支配し続けたが成功はしなかった。
太陽が真上に上り光の雨を降らせる、昼休み。大地は学園の方へと足を運んでいた。理由は言うまでもない。
「イリス達はうまくやってるよな?」
イリス達に会うために学園へと来た大地。学院と学園は距離が近いため簡単に行き来出来るのだ。
校舎内へと入り、イリスとイリアのいる教室を目指す。AクラスからEクラスまである学園なだけあって、校舎内は果てしなく広い。一階に職員用の教室、二階に一年と二年の教室、三階に三年と四年の教室、四階に五年と六年の教室がある。大地はイリア達のいる五年Eクラスへと向かった。
「イリス、イリア」
五年Eクラスの教室の扉をあけ、イリスとイリアの名前を口にする。大地にとっては自然なことなのかもしれないが、五年にとってはあまりにもあり得ない行為だったようだ。
「イリス様とイリア様を呼び捨てだと、貴様何様だっ」
クラスでも一際強そうなのが大地に向かってジリジリと詰め寄ってくる。その見た目からムキ男君と名付けた。そしてそのムキ男君がなぜかイリスとイリアに様付け。首をかしげる大地だったがようやく一つの答えにたどり着いた。
「お前、イリス達が好きなのか?」
「なっ」
ド直球な答えにさすがのムキ男君も硬直している。ムキ男君だけではない。男女含むクラスの全員が大地に驚愕の視線を注いでいた。
「残念だが、好きという個人的な感情だけで人の行動を制限する権限はない。退いてもらうぞ」
「い、いや待て。どうしてもイリス様、イリア様に近づきたいのならこの俺を倒してからいけ」
ありがちな台詞を堂々と口にし、そのうえ大地に向かって宣戦布告とは。衝撃的なことに、ムキ男君と大地を除くクラス全員が驚愕せざるをえなかった。
一日のうち最も気温の高くなる昼。そんな中、校庭に出ている五年Eクラスの生徒達には冷や汗が滲んでいた。
「貴様が誰かは知らんが、イリス様、イリア様には近づけさせん」
「決闘、か。つまらないことを考えるんだな」
「うるさい。俺は五年だが筋力面なら学院の二年に相等する。そんなショボそうな体では俺に勝てん」
「はぁ」
教室での宣戦布告のあと大地とムキ男君は校庭に出た。この学園では下克上制度がある。下のクラスの者が上のクラスに決闘を挑み、勝つことが出来れば昇格できる。負ければ降格。厳しい制度だが生徒達にはなかなか好評なのだ。
今回の決闘は学年どころか学院を隔てての決闘。本来は成立しない決闘だが、ムキ男君の強い意志で教師に頼み込み承諾された。前代未聞の決闘に、五年の他クラスどころか他学年の生徒らも見に来ていた。
「ルールは、どちらかが戦闘不能になること。魔法の使用は許可する。ただし、殺害、武器の使用は反則とする」
教師の注意に耳を傾け、戦闘体制に入るムキ男君。しかし、一方の大地は構えるどころかただ立っているだけ。ギャラリーからは、バカにするな、キャァァァカッコイィィィとか聞こえたりする。二つ目については今回スルーしておく。そうこうしているうちに、とうとう始まるようだ。
「それでは、戦闘開始っ」
「アアアアアアアアアア」
先手を取ったのはムキ男君。姿勢を低くし、そこそこのスピードで大地に突進していく。しかし、吸血鬼の動体視力からすれば、ムキ男君のタックルはただひたすらにゆっくりにしか見えなかった。
「ふん」
最小限の動きでタックルをかわす。勢いよく突進してきたムキ男君は勢いが強すぎたのか、体制を崩しそのまま地面を転がっていった。
「おい、今の見たか?あのタックルを避けた奴初めて見た」
「おれも。学院の人はすげぇな」
「ねぇ、あの人なんかかっこ良くない?」
「うん、すっごいタイプ」
ムキ男君のタックルは学園の人から見ると相当凄まじいものらしく、速さで表すと秒速二十メートルにまでなるらしい。学園の生徒で今のタックルを避けられる者はなく、数々の生徒が犠牲になった。
一方で、大地の技術よりもルックスを称賛する学園の女子は、大地の一つ一つの仕草にきゃあきゃあはしゃいでいる。どうやら大地のイケメンっぷりは学院だけではないようだ。
「貴様、どうやって俺のタックルを避けた」
「は?何を言っているんだ?むしろ、そんな遅いタックルは避けて当たり前だとおもうんだが」
「あ?貴様図に乗るなよ。ぶっ殺してやる」
自分の十八番の技をバカにされた怒りから、ムキ男君はおもむろに呪文を詠唱し始めた。
「邪を滅し聖を照らす地獄の炎、紅蓮」
「なるほど、紅蓮か」
力にしか能がないムキ男君にとって、魔法は苦手中の苦手だった。そんなムキ男君が上級魔法をぶっぱなすものだからギャラリーは騒然としている。
「錬成」
ドラゴン戦でも使ったが、酸素がなければ火は燃えない。二酸化炭素があれば火は燃えない。これらを利用し、大地の一メートルほど前方に酸素のない二酸化炭素の壁をつくる。向かってくる紅蓮は、酸素のない二酸化炭素だらけの壁に激突し威力を失っていく。
「そ、そんな。上級魔法をあんなたやすく」
「錬成」
上級魔法を防がれ放心状態のムキ男君の周りの空気を一気に圧縮する。こうすることで、ムキ男君の周りの気圧が高くなりムキ男君が押し潰されていくわけだ。ただし殺しはしない。あまり騒ぎを起こさないために。
「そ、んな」
高い気圧の檻に囲まれ、次第に薄れゆく意識のなか、最上級の恨みを込め、ムキ男君は深い闇の中へと意識を落としていった。
三分足らずで終わった決闘、圧倒的破壊力を持った者をさらに強い力でねじ伏せた。学園のなかでは五本の指に入るほどの強者がなす術もなく敗けた。その事実は学園に大きな影響を及ぼした。
「全く、余計な手間をとらせやがって」
若干イラつきながらギャラリーの中にいるだろうイリスとイリア、夜空を探す。
「イリス、イリアと夜空」
人混みの中に三人の姿を確認すると、歩み寄り声をかけた。
「力抑えるんじゃなかったの?」
「さすが大地です。一連の行動にブレがありませんでした」
「おにいちゃん、かっこよかったよ」
イリス、イリア、夜空、各々大地に称賛の言葉を贈る。イリスは頬を赤らめモジモジと、イリアは大地の華麗な戦闘に興奮し、夜空は学園では会えないと思っていた大地に会えたのが嬉しいのか、大地に抱きついている。
「ねぇ、五年のイリスさんとイリアさん、四年の夜空さん、あの学院の人と付き合ってるのかな?」
「えええ、そんな。このあと告白してみようと思ってたのに」
「私もなのにぃぃ」
イリス達と仲良さげな大地を見て、付き合っているのではないのかという疑惑が学園の女子に生まれる。しかし、それは女子だけではなかった。
「えっ、イリスちゃん付き合ってるの?」
「イリアちゃんに夜空ちゃん。タイプだったのにな」
「告白、まだしてないのに」
女子だけではなく男子のなかにも同じような疑惑が生まれる。さらには男女の目的は大半が同じようだ。女子は大地に、男子はイリス、イリア、夜空に告白すること。どうやらイリス達も相当人気のようだ。
昼休みの騒動から数時間後、学院ではちょっとした現象が起きていた。
「あ、あの、付き合ってください。お願いします」
「・・・悪い、付き合えない」
「な、なんで、ですか?」
「俺じゃ、君が望むようなことはしてやれない。悪い」
大地が告白を受けている。元々イケメンだったうえに、学園での戦闘が華麗過ぎるという噂が広がり、数時間の間にすでに七回もの告白を受けている。しかしその度に大地は断る。すでに七回断っているということだ。
「ふぅ、授業は終わったのになんでみんなさっさと帰らないんだ?ましてや告白なんて」
いくら大地といえど告白を断るのは辛いようで、精神的に参っているようだ。しかし、告白のパレードは大地だけではなかった。
イリスは、
「お願いします。付き合ってください」
イリアは、
「僕と、付き合ってください。結婚前提で」
夜空は、
「俺と付き合ってくれないか?」
大地だけではなくイリス達も告白のパレード真っ最中だった。
陽が沈み辺りが暗くなった頃、大地は寮のベッドにバタリとたおれこんだ。数々の告白を断り続け大地は精神的に疲労しているのだ。もちろん、イリス、イリア、夜空も同じだ。
「告白を断るのも辛いもんだな」
大地とはいえど、悪意のない人には普通に接する。ましてや、悪意のない告白を断るなんてもってのほかだ。疲れた大地はそのまま意識をシャットアウトした。他の三人も同じく。
朝、というのは誰にでも平等に訪れる。それはもう残酷なくらいに。
「朝、か」
昨日の告白責めを思いだし朝からテンションダウンな大地。しかし、学院にはいかなければならない。無常である。
「だ、大地さん。私と、付き合ってください」
(またか、断るのも精神的にキツいんだが)
朝から学院の裏に呼び出され告白を受けた大地。平均的な高校生なら内心泣いて喜ぶだろうが大地は違った。
「そういうのはよく分からないから、悪い」
「・・・そう、ですか」
また一人、学院の女子をふった大地。すでにその人数は二十四人にものぼる。学院の男子からおぞましいほどの恨みをかっていることは言うまでもないだろう。
「最近、学院内で告白が頻発している。授業にも身が入らない者が多く出ている。よって、隣の学園含めこの学院は一切の告白を禁ずる、告白禁止令を発令する。破った者には厳しい罰則が待っている。厳守するように」
いつも適当そうなキルケの態度が真剣なことを察した大地は、内心異常なほど焦っていた。この告白の嵐は大地を中心に起こったものだ。あまり目立ちたくない大地にとって、騒ぎの中心になってしまうのは極力避けたかった。そもそも、学園であそこまで派手にやっておいてという今更感があると言うのは野暮だろうか。
「全く、面倒になったな」
しかし、告白禁止令が発令され告白率が減ると考えたキルケ含む教師達は生徒達の心情を読みきれていなかった。
「お願いします」
「私と」
「付き合ってください」
告白は減少するどころか爆発的に増加した。思春期真っ盛りの男女の恋心は、禁止されることによりさらに勢いを増したのだ。大地に対する告白の数はすでに三十八人。
「恋愛とかはには興味がないんだ、悪い」
また学院の女子からの告白を断った。この頃にはすでに、告白クラッシャーという異名までついていた。
幸いなことに告白の影響は授業にまでは及んでおらず、比較的静かに過ごせている。しかし、例外もある。
「今日は風系魔法の実技だ。ペアを組んで交互にやってみろ」
キルケの指示に従い、生徒達は各々風系魔法を発動させていく。下級から上級まで様々だが、力を抑えておきたい大地はあえて下級魔法を放つ。
「吹き飛ばせ、突風」
魔力を直接操れる大地にとって、詠唱は必要ないのだがそうしないと怪しまれるため、それらしく詠唱する。
しかし、さすがは大地。下級魔法でもかっこよく見えてしまうのだ。
「「「「「キャァァァァァァァァァ」」」」」
下級魔法を放つ大地を見た女子は例外なくきゃあきゃあ言っている。一方の男子からは憎悪に満ちた視線を注がれた。
「よし、じゃあ実際に風系魔法を使った戦闘をするぞ。ただし、使えるのは中級までだ」
キルケのその言葉をトリガーに、クラス中の男子が大地に戦闘を申し込む。
「俺とやらないか?」
「棄権する」
「お手合わせ願います」
「棄権する」
「勝負だ」
「棄権する」
女子にモテまくっている大地をボコボコにしてやりたいという男子の願いは、無惨にも一瞬で砕け散った。
「あいつ、もしかしてスゲー弱いんじゃねぇの?」
「授業でも下級魔法しか使ってなかったし」
「ステータスボードも見せてくれないしな」
「なあ、あいついつも昼休み学園に行ってるよな?」
「ああ、ってかどうした急に」
「なるほど。その間にステータスボードを見てしまおう、そういう魂胆だね?」
「ああ、あいつの本性暴いてやる」
大地に強い恨みを抱く三人の男子。今回の実技授業でとうとう日頃の不満が爆発したようだ。実技で下級魔法しか使わない大地を弱い、と判断した三人の男子は大地のステータスボードを盗み見てしまおう、という悪質な計画を実行しようとしていた。
「さて、学園まで行ってくるかな」
いつも通り昼休みが始まるのと同時に学園へと向かう大地。それを見届けた三人の男子は大地の鞄の中からステータスボードを取り出す。しかも堂々と。その上、Eクラスの生徒を誘いみんなで見ようという悪質極まりない行為だった。
「さてと、あいつのステータスはいかほどか」
「早く早く」
「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・エッ」」」」」」」」」」
大地のステータスボードを見た生徒達は例外なく硬直した。誰もが凝視してしまうような光景が目の前に広がっていた。
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名前:大神大地 年齢:16 職業:鍛治職人 レベル:10
筋力:20
耐性:20
魔力:20
魔耐:20
能力:錬成[+気体]
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生徒達が驚いていたのは、大地があまりにも強すぎるというわけではなく、弱すぎるということだった。この数値は、学園の一年Eクラスと同等もしくは以下くらいの数値。学園のムキ男君を倒したはずの人物がこの程度のステータスのはずがない。生徒達は誰しもが頭をかかえた。
「あいつが・・・・・弱い?」
「でも、さすがにこれは」
「弱すぎる」
あまりにも低すぎる大地のステータス。それを見た者すべてが平等に思考が停止した。




