帝国
西洋を思わせるような街並み、トロイア。少し前に、とある元勇者を殺そうと、帝国兵と国民の血が街を染め上げた。言うまでもないが、とある元勇者というのは大地である。
「あんまりいい記憶はないな」
「おにいちゃん、何かあったの?」
大地に向かっておにいちゃんというのは、試練の場にて大地が助け出した幼女、ガイアこと大神夜空である。いろいろあって、いまは大地の妹だ。
「大地は人間に裏切られて、逃げてたんだよ」
「はい、ひどい話です」
「それ以上は言うな。思い出しちまう」
大地は勇者として召喚されたものの裏切られ、逃亡生活をしていたのだ。イリス達も裏切られることの辛さを知っているが故に大地の気持ちがよく分かるのだろう。
トロイアと呼ばれるこの街は広大な面積を有している。帝国なだけあって、ここで揃わないものはないという。大地以外の三人は、帝国というのを初めて見るため、子供のようにきゃっきゃとはしゃぐ。実際夜空は子供だが。
「お前ら、遊びに来たんじゃないんだぞ」
「ぶぅぅ。いいじゃんちょっとくらい」
「そうです。あの店とか行ってみたいです」
「大地、見たことないものがいっぱい」
もう無駄だと悟ったのか大地は抵抗を諦めた。わがままな少女、幼女を落ち着かせる方法は一つ。目一杯疲労させる。それだけ。そうと決めれば善は急げ、ありとあらゆる店を案内した。
「ここは、街一番のレストラン。庶民的なものから王族っぽいものまである」
「ねえ、大地お腹すいた。食べていこ」
「食事は大事です」
「おにいちゃんに食べさせてもらいたいな」
「・・・・・高いのはダメだぞ」
「「「やったー」」」
はしゃぐ三人を落ち着かせ、レストランに入る。大地を除けば、三人は体が小さいため、レストランでの滞在時間はおよそ二十分ほどだった。ふくれた腹をさすりながら、店を後にした大地達が次に向かうのは、
「次はここ。鍛冶屋。ありとあらゆる武器が揃っている。もちろんここで揃わない武器はない」
「大地、試練のためにも何か買っておこう」
「武器は必須です」
「おにいちゃんに選んで欲しいな」
「・・・・・ちょっとだけだぞ」
「「「やったー」」」
鍛冶屋に入ってみると、中にはおぞましいまでの武器が鎮座していた。斧や剣、弓やハンマー。どれも強そうな武器ばかりで、思わず見とれてしまった。ハッと我に返ると、店内できゃっきゃしている三人を連れ、そとに出た。次に向かったのは
「ここは学校だ。知ってるとは思うが、ここで魔法や体術を習う。しかもこの学校は名門中の名門で、数多くの逸材を輩出してきた」
「行ってみよう、大地」
「興味があります」
「おにいちゃん、ダメ?」
「さすがに学校は無理だ」
「「「ぶぅぅぅ」」」
「どうしようもない」
ほっぺをぷくぅぅぅっと膨らませて怒る美少女が三人。この顔を見るとついつい何でもしてあげたくなってしまうが、それを理性で押し殺す大地。次の場所へとスタスタ歩いていってしまった。
「次はここだ。洋服店。西洋風のものから等洋風のものまで何でも揃っている。値段は高いが品質と釣り合っている」
「ねえ、大地」
「これを、買ってください」
「お願いします」
なぜ、文章を三人で分ける必要があったのかわからないが、各々自分の服を手にして、眩しい眼差しで大地を見る。三人分買うとなると相当な費用。だが、大地は退かなかった。
「それだけだぞ」
「「「やったー」」」
なんだかんだ言って、イリス達に甘い大地である。
「そして、ここが最期。この国の中心、城だ」
「「「おぉぉぉぉぉ」」」
大地達の目の前には、言葉どころか感覚を失いそうなほど立派な建物が鎮座していた。
「大きい」
「作るのにどれくらいの費用と人材を有したのでしょう」
「ね、おにいちゃん。入ってもいい?」
「関係者以外立入禁止」
看板なんかによくある言葉で丁重に断る。実際に位の高い人や王家の人しか入れないため、嘘ではないのだ。あまり思い出したくないこともあるというのは内緒だ。
城を後にして大地達は、広場にいた。広い円の形をした広場の真ん中に噴水がある、シンプルな造りの広場だ。大地達は噴水に腰掛けている。今後の方針について考えるために。
「さて、さっそくだが問題が発生した」
「なに?」
「買い物による出費が激しく、宿代が払えない」
「何でですか。あんなにもあったじゃないですか」
「お前達、今回買ったものはどれも決して安くない。少なくとも所持金の半分が消えた」
「まだ、半分残ってるよ。おにいちゃんは算数が苦手なの?」
「ここの宿はどこも、最低一週間は泊まらなければいけない。しかも、高い。一週間でさらに半分なくなる」
「なるほど、この国の宿に泊まれば少なくとも二週間で資金がそこを尽きる。だから打開策が必要なんですね」
「ああ、そうだ」
四人で必死に考えた。一人の幼女は噴水の水に足をつけくつろいでいる。一人の金髪ツインテールは大地にもたれ掛かり意識をシャットダウンしている。一人の金髪ボブカットはどこからか持ってきた分厚い本を読んでいる。ここで大地は疑問に思う。
「ん?これまともに考えてるのは俺だけじゃないのか?」
口に出して確認するまでもなくそうであった。三人の美少女は考えることを放棄していたのだ。それも、清々しいくらいにきっぱりと。
グリッ×3
エグい音が三つ聞こえるのと同時に、三人の美少女が頭を抱え、悶える姿が晒された。
「大地、いきなりなんてひどいよ」
「そうです。少女を殴るなんて犯罪です」
「おにいちゃん、いたいよ」
「真面目に考えろ」
若干キレつつも、やり過ぎたと反省もする大地。やはり三人が大事なのだろう。
「誰かの家にお邪魔するという方法ではダメなんですか?」
「その方向でいくと出来なくもないが、面倒なことになる」
「えっ。出来るの?じゃあやろうよ」
「・・・・・・・・・・一つ、条件がある」
透き通るような青い空、肌にあたる心地よい風、広い地面、西洋風の大きな建物。その建物へ同じ服を着た男女がぞろぞろと入っていく。
「ここが、学校」
「私たちの国にはありませんでした」
「おにいちゃん、ここで勉強するの?」
「ああ、くれぐれも粗相はするなよ」
そう、今大地達がいるのは、帝国内でもトップの成績を誇る学校、帝国の名前と同じ、トロイア学園。数々の逸材を輩出してきた学園で、帝国からは太鼓判を押されている。丁度人数に空きがあったとのことで、大地達の入学を快く承諾してくれた。
「一応確認だ。手続きでは、俺は三年Eクラス。イリスとイリアは俺とは学校が変わって、五年Eクラス。夜空は四年Eクラスだ。間違えるなよ」
「「「はぁぁぁい」」」
簡単に学校での過ごし方について補足をいれておき、各々それぞれの教室に向かった。
ここ、トロイア学園では一年から六年まである。その隣には、トロイア学園を卒業した後に進学するトロイア学院がある。学院では一年から三年まである。大地のいたところ、日本での小学校と中学校と同じようなものだ。唯一違うのは、この学園、学院では、優れた者ほどランクが高いクラスになるということだ。上位から、S、A、B、C、D、Eと分けられている。大地達は最弱のクラスだ。
「さて、あいつらに注意はした。あとは俺自身がヘマをしなければ問題ない」
大きく深呼吸をし、心を落ち着かせる大地。キュッと引き締まった表情で、学院へと足を進めた。
一方のイリスはと言うと。
「だ、大丈夫。大地に教えてもらったことをそのまま行動に移すだけ。簡単、簡単。アハハハハ」
大丈夫とは言っておきながらも精神的に相当な追い詰められているのは誰の目から見ても明らかだろう。
「すぅぅぅ・・・・・はぁぁぁ。よしっ、行こう」
緊張と不安で震える体を、理性で奮い立たせる。ふわふわのツインテールをなびかせながら、落ち着きを纏って学園へと入っていった。
さらに一方のイリアは。
「ここが学園ですか。思っていたよりもいいところですね。もっと汚くて、狂気に満ちたところだと思っていたんですが」
イリアにとって、学園は予想外に良かったようだ。それまでの学園に対する偏見はともかくとして、学園という施設に興奮を押さえきれていないのがよくわかる。
「それでは、行きます」
これから見る新たな世界に胸を弾ませつつも、平静を保ちながら吸い込まれるように、学園へと入っていった。
さらにもう一方の夜空はと言うと。
「学園でうまくやっておにいちゃんに誉めてもらうんだ」
もはや勉強することよりも、大地からのご褒美が動力源となっている夜空。
「おにいちゃん、私がんばる」
大地に向け、自分の決意を表す。聞こえるわけではないが、気休め程度にはなるのだろう。夜空もまた、胸を弾ませながら学園へと入っていった。
この学院は一クラス四十人まで入ることができる。一般の人から金持ちまで入学することができ、毎年毎年教室は四十人から下がったことがない。
「にしても、学院とはいっても設備が完璧すぎじゃないか?」
全部屋季節に左右されない部屋の造りになっており、壁は上級魔法でも当たらない限り壊れないほど丈夫、授業は電子パネル、移動教室ではテレポート用魔方陣を使い一瞬で移動。ここまでくると学院とはかけ離れたものになってくる気もするが、紛れもない学院なのだ。
「授業の時間割なんかは日本と変わらないのか。覚えやすくていいな」
異世界とはいっても日本とは変わらない事実もあるのだと、一人小さく驚いている大地であった。
学院内を軽く見回り、職員室的なところへと行く。他の生徒達は随分前に入学しているため、転校生と言う形でこの学園に入るのだ。もちろんイリス達も同じ理由で。
「これがお前の教材だ。言っておくが、成績が悪ければ容赦なく退学だ。まあ、せいぜいがんばれ」
この妙に口の悪い女の教師が大地のクラスの担任、キルケ・テイレシアス。態度こそふざけた感じだが、授業は分かりやすいと評判だ。年齢は不明だが、腰まで届く銀の髪に、大人特有のセクシーさも兼ね備えているため、学院内の男子からは毎日が告白のオンパレードなのだ。
「さてと、とっとと教室に向かうとするかな」
それだけ言うとさっさとどこかへ行ってしまった。キルケの態度にため息をつきつつ、これから自分の通う三年Eクラスへと向かった。
「ここ、だよな」
Eクラスと思われる扉の上の方に[3-E]と書かれている。その文字を確認すると、大きく息を吸い勢いよく扉をあけた。丁度ホームルームが始まったばかりらしい。大地を除く、キルケ含め四十人の視線が大地に向けられる。
「ああ、言い忘れていた。そいつ、今日からこの学校に通うことになったからな。ほら、自己紹介」
「あ、ああ。大神大地。趣味、特技は特にない。以上」
「それだけか?つまらんなぁ。もっとないのか?ほら面白いの」
「し、質問いいですか?」
「お、いいぞぉ」
自己紹介を終えた大地に、つまらないと批判するキルケ。教師としてその発言はいかがなものかと抗議したいところだが、一人の男子生徒の質問によって遮られた。
「えっと、その黒い髪あんまり見かけないんですけど、どこ出身ですか?」
「俺は日本というところで生まれた」
「日本?えっと、聞いたことないですね」
「遠いところだからな」
「そうですか」
複雑そうに首をかしげ質疑応答を終える。実際に大地の生まれた日本は遠いところにあるのだから間違いではないのだ。
「お前の席は一番後ろの窓際だ」
「はい」
大地にとって、一番後ろで窓際の席は人との関わりが比較的少ないため、好都合なのである。・・・・・と思っていたのだが、
「あ、あの、得意な魔法はなんですか?」
「特にない」
「じゃあ、好きな人はいますか?」
「特にない」
「勉強はできる方ですか?」
「人並みには」
「「「「「キャァァァァァ」」」」」
なぜかしらないが大地に話しかけてくる女子生徒はきゃあきゃあ言っている。大地は気付いてないかもしれないが、大地はなかなかイケメンなのだ。本人はそんなことないと言っているが、十人の女子が十人とも二度見するくらいイケメンなのだ。それに加え、黒髪と言うのも一つのステータスなのだろう。
きゃあきゃあ言われながらも授業は滞りなく進んだ。魔法の特性や効果、普通に社会や実験、一般的な授業が終わり、生徒が帰る時間。しかし大地は学院を出ると、イリス達のいる学園の方へと向かった。
「あいつらはうまくやってるだろうな」
すでに幾人か生徒が帰っているところを見ると、学園の方も授業が終わっているようだ。イリス達の姿を探していると、金髪ボブカットの少女と黒髪ロングの幼女を見つけた。イリアと夜空だ。
「イリア、夜空。イリスは?」
「えっと、お姉ちゃんはクラスの男子になにか言われてどこかに行きました。・・・・・私たちはお邪魔なようなのでここは二人っきりにしておきましょう」
「ん?イリスが邪魔だって言ったのか?」
「はぁ、分かってませんね。いいから行きますよ」
「お、おう」
行く宛のない大地達が向かったのは、学園の近くの建物。日本ではこの施設を寮と呼んでいた。こちらの世界にも同じような制度があり、大地達は寮に泊まるということで宿泊費を安く済ませたのだ。セコい考え方である。
「じゃ、俺は男子寮だから」
「そうですか。では私たちは女子寮へと向かうことにしましょう」
「おにいちゃん、行っちゃうの?私もおにいちゃんと同じがいい」
「ダメです、我慢してください。仕方がないことです」
「我慢?仕方ない?そんなこと言って、ほんとはおにいちゃんと一緒に寝たいんじゃないの?」
「ち、違います。そんなんじゃ、あ、ありません」
分かりやすい、呆れながらそう思う夜空だった。大地はそんな二人を、よく見ないとわからないくらい小さい笑みを浮かべ見ていた。
「勉強に関して問題はない。あとは実技の授業か。ま、がんばるか」
男子寮のとある一室。六畳くらいの部屋で、ベッドと机が置かれているだけの部屋だ。そこでベッドに仰向けになっている大地は、勇者として城にいたときに勉強だけはこなしていたせいなのか、学院の勉強は苦ではないのだ。
「はぁ、大地も無理難題を押し付けますね?力を抑えろ、なんて。はぁぁぁ」
女子寮のとある一室。意味の分からないことを言っているように聞こえるが、実は大事なことなのである。
「大きすぎる力は身を滅ぼす、か。おにいちゃんの言ってることは奥が深いなぁ」
これまた女子寮のとある一室。容姿に似合わぬことを言っている幼女。しかし、学園生活においては厳守しなければいけないことなのだ。
「大地が出した条件。力を抑えろ。大きすぎれば周りから恐れられる、か」
そう、のこり少ない宿泊費を節約するために入ったこの学園と学院。寮を利用しようという大地の案には一つの条件があった。力を抑えろ。学園、学院で普通に生活をしていくには大きすぎる力はデメリットでしかない。周りから恐れられる存在になってしまえばここでの生活が苦になってしまう。それだけは避けたい。イリス達にそんな思いをしてほしくないという大地なりの優しさなのだ。
ちょっと暗くなり、三人が各々寮でくつろいでいる時、とある男子に呼び出されたイリスは、
「ひ、一目惚れしました。つ、つつ付き合って、く、くくください」
ちょっと下手くそな告白を受けていた。




