圧倒的な力
なにも見えない暗闇の中。自分がどこにいるのかもわからないほど深い闇の中。そんな場所にただひたすらに自分を呼ぶ声だけが聞こえる。その声は今にも決壊しそうで聞いているだけで辛くなるような声だった。
「大地」
瞬間、飛び上がるように起きあがった大地。その声の主は、床に座り込み大地の体を力強く抱き締めていた。
「ん、俺はどうなってたんだ?」
「・・・大地。大地、大地、大地、大地」
起き上がった大地を見ると、その少女は可愛らしい顔を涙でくしゃくしゃにしながら大地の名を連呼する。抱き締める力は先程よりも強くなり、嗚咽を出しながら大地の胸に顔を押し付ける。
「んん?どうなってんだ?」
「だいじ・・ざん」
事態の把握をしようと辺りを見回すと、これまた可愛らしい顔をくしゃくしゃにしながら泣いている少女がいる。とても事態を把握している余裕がないと悟ったのか二人の少女をあやすことに努めた。
ひとしきり泣いた少女達、すなわちイリス達は手で涙を拭い、大地を見て今に至るまでの経緯を話した。
大地は身体強化の使いすぎにより、大量に魔力を消費した。それによりその場で倒れた。後は、大地が死んでしまったのではないかと、イリス達が悲しんでいた、というわけだ。大地が目覚めるまでの十数分間、イリス達は泣き続けていたという。
「悪いな。あいつを殺るにはこれしか思い付かなかった」
「大地。次無茶したら怒るから」
「私だって、怒ります。全力で怒ります」
「悪い。本当に」
ちょっと短い反省会を終えると、大地にピッタリとくっついているイリスが、そうだっと思い出したように口にした。
「大地、何であの時、ドラゴンの鱗に亀裂が入ったの?」
「急激に熱したり冷やしたりを繰り返したから、徐々に鱗が脆くなっていったからだ」
「おお。そんなことが。さすが大地。頭いい」
この知識は、こっちの世界にくる前に覚えたことだ。正直、効くかどうかはわからなかったが、うまくいったことに安堵する大地。
「ああ。そうだな」
「あと大地もう一つ」
「なんだ?」
「大地って身体強化あんなに使ったら体が壊れちゃうんじゃない?でも、大地は壊れなかった。どういうこと?」
これに至っては発送の問題だ。身体強化は読んで字のごとく、体を強化するスキルである。体を。そこで大地は考えた。大地は、体ではなく腕にだけ身体強化をかけたのだ。それにより、腕だけが強くなるので体側には、多少の負荷はかかるものの、比較的小さく抑えられるのだ。
さらさらっと説明を終えるとまたもや称賛の声が。この様子だけ見ていればただの無邪気な少女なのだが。
「じゃ、そろそろいくか」
「もう行くの?」
「ああ、せっかくだから支配者の面を拝んでおこうと思ってな」
「大地・・さん。次は本当に死ぬかもしれませんよ」
イリアが大地の身を案じ、声をかけると、決まって嫌な顔をする。大地からすればさん付けで呼ばれることに抵抗を感じているのだが、イリアからすれば、嫌われているのではないのか、と思い気分が落ちてしまっている。
それを全く理解できていないイリスは異常すぎるくらいハイテンションでどんどんと奥へと進んでいく。
すると、またもや大きなドーム状の部屋に出た。サッと身構える大地達。
しかし、しばらくそうしているがなにも来ない。若干あきらめて先へと進もうとした矢先に、
ドゴォォォォォォォォォォン
床を思いっきり突き破り、そこからなにかが這い出てきた。体は鱗に覆われ、手足はなく、トカゲのような目、細長い胴体。その容姿はヘビのようであった。しかしその大きさは桁違いだった。全長およそ十五メートル。ヘビではなく大蛇の方がぴったりだ。
しかし、そんなヘビを前にしても大地は一歩も引かない。むしろ自分から近づいていく。
「キシャァァァァァァァァァァ」
大蛇は大地に向かって威嚇する。だが、それを受けてなお大地は大蛇へと近づく。どんどんどんどんどんどん近づいていく。そして大地と大蛇の距離はわずか三メートル。
「ヘビ。俺のために死んでくれ」
「キシャァァァァァァァァァァ」
ダンッ。大きな音が一発。青い閃光と共に一筋の光が大蛇を貫く。頭部への直撃は避けたものの腹部あたりに大きな損傷が見られる。そこに更に銃声が鳴り響く。
ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ。
刹那の間に五発もの弾丸を受け、ヘビの体はグチャグチャになっている。しかし、それでも殺すにはもう一押し。
「イリス、イリア。しばらく時間を稼いでくれ。十秒くらいでいい」
「あ、うん」
「は、はい」
見慣れない武器、聞きなれない音、他に類をみない圧倒的な力。それらに驚愕しつつも足止めをする。
「上級魔法、紅蓮」
「上級魔法、神風」
イリスによって放たれた業火はイリアの激しい風によって乱れ威力をました。その威力をそのままに大蛇の傷口に直撃した。
「キシャァァァァァァァァァァ」
甲高い咆哮をあげ苦しむ大蛇。そこに準備を終えた大地が戻ってくる。
「お前ら。危険だから下がってろ」
「うん」
「はい」
大地が十秒間で準備したのは、イリスに食らわせた水石を使った爆弾。これをどうするのかは火を見るより明らかだ。案の定大地はそれらをヘビの傷口や口の中、残りは適当にばらまき、そして一斉に、
ドガァァァァァァァァァァン
爆破させた。数十個もの爆弾が一斉に爆発した。部屋が揺れ、至るところに大蛇だったものの肉片が転がっている。
「ふん、試練の場の魔獣にしては張り合いが無さすぎるな」
「「いや、その武器が強すぎたんだよ」」
姉妹に揃って突っ込まれてしまった大地は訳がわからないといった感じだが、お構い無く先へ進む。が
(ここから先には行かせません。おとなしく引き返してください。従わないのなら実力行使に出ます)
頭の中で声がしたかと思うと、さっきまで大蛇のいたところに、背中から羽を生やした少女、いやもっと幼い。幼女がいた。体は驚くくらい白く、瞳は血のように紅く彩られている。全身から黒いオーラを放っており、ヘビやドラゴンなど比ではないほどの力を感じる。
「立ち去ってください。私も無意味なことはしたくありません」
「俺らがそう簡単にやられるとでも?」
「そうですか。とても残念です。では、仕方がありませんね」
そう言った幼女は、サッと手を横に払う。刹那、激しい突風に吹き飛ばされる。三者壁に激突する。幼女はそこに追い討ちをかけるようにして炎の玉を放つ。それは上級魔法と同等。壁に激突した直後では避けられない。
「ああああああああああ」
炎の玉はイリスに直撃し体を焼いていく。叫び声をあげながら床にたおれこむ。
「よ、よくもお姉ちゃんを。このぉぉぉぉぉ」
「まて、危険だ。行くなぁぁぁぁぁ」
大地の忠告もむなしく、イリアは巨大な光の槍で体を貫かれた。
「おえっ、うう、おえぁ。ゲホゲホ」
「まだするの?もう無駄だよ。あなた達は勝てない」
「・・・・・チッ」
敗けを悟った大地はイリスとイリアを抱え、来た道を戻る。
「賢明な判断だね。もう、来ないでね」
「いつか、いつかお前をぶっ殺してやる」
捨て台詞を吐き捨てその場を去る。全速力で去る。
試練の場の入り口を勢いよく飛び出した大地は足に身体強化をかける。
「強化、十倍。あああああ」
地面を強く蹴り、大きく跳躍する。自分一人なら強化三倍ほどでよかったが、二人を抱えた状態だと十倍でもギリギリなくらいだ。そして案の定、足の骨が砕けてしまった。激しい痛みと共に、高い崖の上に着地した。
「おい、お前たち。大丈夫か」
「な、なん、とか」
「もん、だい、あ、り、ま、せん」
吸血鬼でも血を失えば再生能力が下がる。どうやら今回の戦いで相当多くの血を失ったらしい。大地の足も、完治するには一分、通常の三十分の一のスピードだ。
「チッ。しばらく激しい戦闘は無理か」
「ごめん大地。私が弱かったから」
「私こそ。不甲斐なくてすいません」
「いや、こればっかりは俺でもどうしようもなかった。誰も悪くない」
自分達を責めるイリスとイリア。それを慰める大地。今回の敗北は思った以上に三人に刻み込まれたようだ。羽の生えた黒いオーラを纏った幼女。それがなんだったのか大地達は後に知ることになる。
「とりあえず、ここはしばらく離れよう」
「「・・・・・」」
二人はなにも言わずにコクリと頷いた。まだ頭がさっきまでのことを理解しきれていないようだ。
大地達は何も言わずまま樹海へと歩き出した。今の大地達なら樹海内の魔獣でも苦戦はしないだろう。
樹海の奥まで歩いた大地は、以前と同じように大きな木の中に拠点を構えた。大きいとはいっても三人で入れば動けるスペースも限られてくるが。
精神的なダメージを負っているイリス達に付き添っている大地。二人は思ったよりも重症なようで、今までは強い敵でも何とか勝ててきた。だが、あの幼女は、圧倒的すぎた。どんなことをしても勝てない。そう悟った瞬間、戦う事への恐怖を抱き始めた。そんな大変な状態に追い討ちをかけるように、
「おーい。ほんとにこの辺りに強い奴がいるのか?」
「ああ。この辺りを通った冒険者が偶然見たらしい。とんでもねえ力でやりあう奴をな」
「それで、そいつを倒そうという冒険者がわんさかいるわけだ」
「そいつを倒せば俺ら一気に注目だぜ」
どうやらこの樹海でイリスとやりあったこと、イリスを殺そうとした鬼達とのことを誰かに見られていたようだ。イリス達が動けない今あの冒険者達とやりあうのは無謀と言えよう。なにせ、相手の数は四、この樹海の魔獣はかなり強力。倒せるのはレベル20くらい必要だが、それは生きて帰ることを考えなかった場合。生きて帰りたいならレベル30は必要。つまり、余裕かましているあの冒険者達はレベル30以上であることがわかる。
「タイミング最悪じゃないか。ったく」
いくら大地が強いからといってもレベル30を四人相手して勝てる確率は半分ほどだ。血の少ない大地にとっては怪我は避けたい。そのうえ、イリス達を巻き込んでしまっては精神的に苦痛を与えてしまう。
「悪い。イリス、イリア。ちょっと出てくる」
「「・・・・・」」
やはり二人は何も言わない。膝を抱え顔を伏せている。見ているだけで辛くなりそうだ。
木の中から出た大地は、五百メートルほど離れたところにいる冒険者に狙いを定めた。吸血鬼になってから、五感が良くなったのだ。故に離れたところにいる冒険者の声も聞き取れたのだ。
「さて、行くか」
徐々にこちらに向かってくる冒険者。装備からして相当レベルが高そうだ。キッと顔を強ばらせる大地。
ゆっくりと冒険者に向かって歩く。両者の距離がどんどんと縮まっていく。
「なあ、向こうからなんか来るぞ」
「おい、気を付けろ。奴かもしれないぞ」
「黒い髪、見た目に反して鋭い目付き、体格は良い、勇者に似ている、もしくは勇者本人、その他の特徴もピッタリ当てはまる」
「構えろっ」
冒険者も大地に気付いたようだ。冒険者のあいだで噂の奴とわかった瞬間、冒険者の目は捕食者の目付きになった。
両者の距離が五メートルほどになったとき、両者は足を止めた。ほんの数秒の静寂が訪れたあと、冒険者の咆哮にも似た叫びに、戦闘は開始した。
「「「「オオオオオオオオオオ」」」」
ものすごい勢いで攻めてくる冒険者。その動きはレベル50に値するほどすさまじかった。
「クッ、思ったよりも強い」
さすがにレベル50を四人相手にするのは厳しいようだ。防戦一方だ。
「いける。いけるぞ」
「おらおらぁ」
冒険者は余裕のようだ。次々に魔法やら個人のスキル、固有魔法を撃ち込んでくる。
「クッ。相手の固有魔法は、どいつも厄介なもんばっかだ」
だったらと、大地は身体強化を三倍にした。今は血が少ないため再生スピードが遅いのだ。そのため余り無茶は出来ないということだ。
「あんま、俺をなめんなっ」
急に動きの変わった大地に驚いた冒険者は、それが仇となり一人がバランスを崩した。大地はそれを見逃さない。バランスを崩した冒険者を、勢いよく蹴りあげた。十メートルほど上空に吹き飛ばされた冒険者に気をとられた仲間の冒険者は、当然だが助けようとする。しかし、大地相手にそんなことをするのは無謀以外にほかならなかった。案の定、隙を突かれて腹部に拳を叩き込まれた。そのまま木をへし折りながら十数メートル吹き飛ばされていった。
「お、おい。なんだよ、今の」
「き、急に強くなりやがったぞ」
一気に二人の仲間が飛ばされたことに驚愕している。大地が身体強化を使えることを冒険者は知らない。故に急に強くなった大地に恐怖すら抱いているのだ。
身体強化三倍の蹴りと拳を食らった冒険者二人は気を失っている。油断していたとはいえレベル50がたった一撃で負けた。これは国に名前が知れ渡るほどの強さだ。
「くそ、これでも食らいやがれ」
そう言い放ったのは上級魔法、紅蓮。だがイリスよりは劣る。大地は、二酸化炭素を集め一気に火を消した。上級魔法を一瞬で消された冒険者はただ口をパクパクさせ硬直していた。
「終わりだ」
刹那、大地は強化五倍で冒険者との距離を詰め、一方にはみぞおちに蹴りを、もう一方には顎にアッパーをかました。その一連の行動は時間にして一秒ほど。冒険者はなす術なく気を失った。
「か、勝った。さすがに五倍は魔力消費が激しいな」
勝利の余韻に浸っていると、ふと思ってしまった。吸血鬼は相手を吸血する際、自分のスキルを相手も使うことができるようになる。相手にスキルを渡す、なら、奪うこともできるのではないか、大地はそう考えた。
「やってみるかな」
大地は地面に倒れている冒険者の血を吸った。吸って吸って吸いまくった。その結果、
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名前:大神大地 年齢:16 職業:鍛治職人 レベル:???
筋力:10290
耐性:10290
魔力:10290
魔耐:10290
能力:鍛治・錬成[+気体]・鑑定[+魔法]・身体強化・夜眼・魔力操作・千里眼
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どうやら大地は吸血鬼の力を六割まで引き出せているようだ。そのうえ、冒険者のスキル、千里眼を奪うこともできたし、鑑定に魔法の種類や、効果についてわかる追加技能も手に入れた。血も補給できて一石二鳥という訳である。
「他の三人の奴もいただくか」
残りの三人からは感覚操作、探知、放電。この三つのスキルを奪った。
感覚操作はその名のとおり、感覚を操作する。つまり五感である。これは場合によって使い方を考える必要はあるが便利なスキルだ。
探知は、生命や魔力を探しだすことができる。ダンジョン内では魔獣を発見するために使われている。
放電は、読んで字のごとく電気を放出するスキルである。これをバレットと組み合わせることでさらに強化される。これは大分お世話になりそうなスキルだ。
新たなスキルにご満悦な大地は足軽に木の中へと戻っていった。この事がきっかけで国ではさらに噂になり、本格的に大地殺害の計画がたてられていることを一部の権力者を除き、誰も知る余地はなかった。
 




