プロローグ
ぼんやりと明るくなる視界。目の前には見慣れた天井。肌に触れるこの感触は、いつもお世話になっているベッド。そして、体を締め付けるかの如く巻き付く、おびただしいまでの包帯。そう、僕はただいま入院中なのである。それもただの病院ではない。僕が今いるのは異世界なのです。体をおこし、今に至るまでの経緯を思い出す。
時は数週間前までさかのぼる。異世界に来るまでは僕、大神大地はいたって普通の学生だった。成績も、スポーツも、どれをとっても一般人なのだ。でも、周りのみんなは口々に僕に向かって罵声をあびせる。
「おい、キモオタ。今日も遅刻ギリギリだな」
「どうせ、徹夜でエロゲやらソシャゲでもしてたんだろ」
そう、僕はいわゆるオタクというやつなのだ。でもキモオタじゃない。確かにアニメやラノベは好きだけどエロゲなんてやってない。そもそもそんなのできる年じゃない。オタクが世間ではいいイメージじゃないのはわかってるけれど、ここまで言われると腹もたってくる。
「エロゲなんてやってない」
全力で言い返してやる。そして相手は、笑うだけ笑って去っていく。こんなことが毎日毎日続くのだ。はぁっと重いため息をつき席に着く。
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チャイムがなり今日の授業はおしまい。自分の鞄を片付けると、そそくさと教室をあとにする。
ガチャっとドアを開け「ただいま」と言ってみる。だが返事は帰ってこない。うちは親が共働きで帰りが遅く、僕は一人っ子なのだ。夕食は一人で済ませることがおおかった。
さっさと風呂に入り、ラノベ片手に布団にダイブ。毎日風呂上がりに布団のなかでラノベを読む。これが僕のちょっとした楽しみだ。
そうして変わらない日常を楽しんでいると、ピンポーンとチャイムが鳴った。現在夜九時。親は十二時に帰ってくる。じゃあ誰だ?不思議に思いながら玄関のドアを開ける。誰もいない。こんな時間にピンポンダッシュとはたいへん迷惑である。若干怒りぎみで自室に戻ると僕のベッドの上になにかいた。正確には布団にくるまった状態で。
ピンポンダッシュに続き、ベッドの上に意味不明な物体。今日は騒がしい日だ。内心うんざりしながら、謎の物体を調べるため、布団の上からツンツンっとつついてみると
「ぁん・・・」
とっさに手を離した。布団をつついたら中から艶かしいあえぎ声が聞こえたのだ。しばらく硬直し、ハッと我にかえる。そっと布団に手を近づけ、覚悟を決め布団をはねのける。
布団から出てきたのは、身長百五十センチくらい女の子だった。白のブラウスの上に、黒のブレザー、黒のミニスカ。そう、まさに女子高生が着るような服だった。黒く長い髪、整った顔立ち、きゅっと引き締まった体。雪のように白い肌。思春期男子ならば即、トイレに引きこもるだろう。だが、そこで引かないのが大神大地である。ラノベを読みまくっているせいかこういう展開にはなれているみたいだ。まあ、急なことで動揺はするが。
動揺した自分を落ち着かせていると、ムクリと黒髪の少女が起き上がった。ビックリして尻餅をついてしまった。なさけない。起き上がった少女はまっすぐこちらを見ている。ヤバい、これは「大神さんのエッチー」って叩かれてしまうんじゃないか?なんてアホな事を考えていると、
「あのー、付き合ってくれませんか?」
自分が予想していたのと違い、少女の発した爆弾発言のあとしばらくの沈黙が続く。僕は情けなくも口をパクパクしてうまく声を出せない。
そして、ようやくだした一言が、
「なんでやねん」
しくった。完全にしくった。こんな美少女に付き合ってと言われたらYES以外の答えはないだろう。なのに、その告白をツッコミで返すなんて僕はなんて失礼な事をしてしまったんだ。
「いや、なの?」
少女はベッドから降り、僕の胸に手をあて、眠たそうな上目遣いで聞いてくる。ダメだ。こんな顔をされてはもう限界だ。我慢できない。
「ただいま、大地起きてるのか?」
ひゃうっと情けない声をあげてしまう。親が帰ってきた。今はまだ十一時だ。どうやら今日は仕事が早く終わったらしい。「こんなときに限ってなんで早く帰ってくるんだよ」とツッコミたい気持ちを抑え、目の前の少女をどうするのかを考える。家に、しかも自分の部屋にこんな夜遅くにいたいけな少女を連れ込んでるなんて誤解されたらいくら親でも引かれてしまう。
「あなたのご両親ですか?」
「え、あ、ああ、そうだよ」
「では、挨拶をしなければいけませんね」
「え、いや、別にいいよ」
「いえ、これから息子さんにお世話になると、伝えておいたほうがいいと思います」
「いや、ほんと大丈夫だから」
全力での説得の末ようやくわかってくれたようだ。しかし、これだけでは終わらない。一難去ってまた一難。
「おーい。大地?まだ起きてるのか?」
ギクッという効果音が飛び出してきそうだ。今この状態を親に見られたら、間違いなく殺られる。とにかく、この子をどうにかしないと。ベッドは。ダメだ。膨らみでばれてしまう。クローゼット。いや、あそこには物が多すぎて人が入れるだけのスペースがない。じゃあベッドの下。いや狭くて入れない。くそ、こうなったら。
「ごめん」
少女に一言言ってから布団に押し倒し上から掛け布団をかける。この時僕も一緒に布団に入っている状態だ。僕が布団にいれば膨らみで気づかれることもない。若干膨らみが大きいのはごまかしがきく。電気を消して完璧だ。
「大地?はいるぞ」
ガチャリとドアが開く。
「大地?なんだ寝てるのか?いつもなら起きているんだが珍しいな」
若干怪しまれたかもしれないが少女のことはばれていないのでセーフである。
「もういいよ。ごめんね急にこんなことしちゃ・・・」
言い終わる前に僕は自分がしてしまったことの重大さに気づいた。いくら、親を騙すためとはいえ、女の子をいきなりベッドに押し倒すのは強引すぎた。涙目で両腕を押さえて、ベッドの上で座り込んでいる少女を見ればよりいっそう罪悪感が強くなる。
「ご、ごめんなさい」
僕は見事な土下座で謝罪をした。許してもらえるかはわからないがとりあえず謝罪はしなければいけない。少女は驚いた表情をしている。
「いや、そんなことしないでください。反応に困ります」
どうやら僕は許してもらえていないようだ。だったら。
「土下座じゃ足りないっていうなら、何なら許してくれるのか言ってくれ。なんでもするから」
「な、なんでもしてくれるんですか?」」
「もちろん。僕にできることならなんでもするよ」
「じゃあ、付き合って・・・ください」
一番最初に言われたことだ。次は間違えないぞ。さあ、覚悟を決めろ大神大地。言うぞ。
「僕で、よければ、こちらこそよろしくお願いします」
言えた。言えたぞぉ。フフフどうだ。すごいだろう。僕はこんな美少女を前にしてもちゃんと会話ができた。今なら神にでもなれる。・・・・・なに言ってるんだろう、僕。
「あなたならそういってくれると思ってました」
ばかな自分にツッコミをいれていると、少女が最初から分かっていたかのような口ぶりで言う。いや、待て。そもそもよく考えてみれば初対面の人と付き合うか?答えは否だ。初対面で付き合うなんてあり得ない。きっと何か裏があるんだ。ここは慎重にと僕は身構える。
「どう・・・か・・・しまし・・・た・・か?」
言葉が途切れとぎれでよく聞こえない。もう一度聞き直そうとしたところ、少女はバタリとベッドの上に倒れこんだ。具合が悪いのかと思い顔を近づける。緊張と興奮を理性で押さえつけ熱がないかどうか確認をする。熱はない、というかこれはただ寝ているだけ?
「・・・・・・・・・・」
よく考えたらこの状況やばくね。美少女が目の前で寝ている。今なら手を出しても、いやダメだ。そこまでしてしまったら犯罪だ。で、でもこんな美少女を前にしてやらないというのは、いややっぱダメだ。うん、ダメなものはダメだ。幸いなことに明日は休日。対策をたてなければ。
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休日の午前中。僕は無理をして朝早く起きた。親に少女を見られたら大変なことになるからだ。なので早起きして、少女を家に帰そうとした。そう、昨日少女が寝てから起きてくれなかったのだ。おかげで、大変だった。主に下の方が。
「ねえ、起きて。起きてよ。朝だよ。家に帰らなくてもいいの?」
体を揺さぶり声をかけると、少女はムクリと起き上がった。そしてしばらくボーッとしてようやく、
「おはようございます」
「うん、おはよう」
じゃねーだろ。なんで僕はこんな落ち着いて挨拶をしているのだ。
「ええと、君は家に帰らなくてもいいの。親が心配してるんじゃないかな」
「大丈夫。ちゃんと言ってある」
「そう?それならいいんだけど」
「それじゃ、いきましょう」
「え、どこにいくの?」
「私の家に、です」
時が止まった。僕はその場で硬直し、目の前で「何があったの?」というような表情をしている少女を見る。これは、思春期男子ならば当然の反応である。いきなりこんな美少女に家に招かれたら誰でもこうなる、はずである。
「そんな、悪いよ」
「大丈夫です」
「で、でもそれはちょっとできないよ」
「そう・・・ですか」
とぼとぼと歩き部屋を出ていこうとする少女。そこに階段を上る音が聞こえてくる。
「しまった。もう起きたのか。ねえちょっと待って」
「来てくれるんですか?」
部屋を出ていこうとする少女をとめ、ベッドに押し倒す。僕もベッドに入ろうとした。だが遅かった。そうしようと思った頃にはもう部屋のドアは開けられてしまった。
「だ、大地。お前何してるんだ」
「はじめまして。昨夜は息子さんにお世話になりました」
「大地、お前」
「ごめん、父さん」
僕はそう言って少女とともに家を出た。とても家にいられる雰囲気ではなかった。
「なぜ逃げるのですか?」
「ごめん、でもあれしか方法がなくて」
「しばらくは家に戻れないということですね。ちょうどいいです。では私の家にいきましょう」
その少女は「これはチャンス」と言わんばかりに家に誘う。まるで狙っていたかのようだ。だが今の僕にはいくあてがないため、とにかく付いていくことにした。
だが、歩けど歩けど家には着かない。どれだけ遠くにあるんだ。太陽の光が真上からさし、本当に暑い。だがそんなことはお構い無く少女はどんどん先に進んでいく。
「もう少しです。頑張ってください」
もう少しもう少しって、これでもう五回は聞いたぞ。だいぶ遠くまで来たはずなのに少女は疲れたような素振りは見せない。不思議に思っていると、
「ここが私の家です。いえ、正確には家にいくための道です。」
やっとついたと思ったのに、実際に着いたのは、山道だった。遠距離の歩行で疲れているのに、さらに山登りなんて、冗談じゃない。しかも、家に行くためってどういうことだ?全く意味がわからん。
「それではいきますよ」
「ちょっと待って、少し休憩しない?」
「そんな時間はありません。一分一秒でも速く行かないといけないんです」
少女は、焦っているように見えた。何をそんなにあせる必要があるんだ?この山に何があるって言うんだよ。
心の中で愚痴をこぼしつつ、渋々少女のあとを付いていく。登って登って登って登って登って、そしてようやく頂上へとたどり着いた。辺りはすでに薄暗い。しかもこんなところ見たことない。どこなんだろうか?という疑問は少女によってかきけされた。
「それではいきましょう」
そう言って少女は手をパチンとならした。直後、足元に複雑な模様のかかれた円が現れた。その円はまさしく魔方陣そのものだった。間違いようのないほど見事な、そして綺麗な魔方陣。
「うわぁ、な、なんだこれ。どうなってるんだよ」
困惑する僕に対し魔方陣は容赦なく僕を包んだ。激しい光を発しながら、次第に弱まって魔方陣が消える。そのあとには人間のみが姿を消していた。この日から僕は行方不明として世間を騒がせた。親も、心配していたようだ。これにより僕は町ではちょっと有名だ。いい意味ではない。僕という存在が町から消えたことにより、学校でも家でも、迷惑をかけてしまった。僕はいろんなところにさまざまな亀裂を残し、存在を、消した。