架空のノンフィクション 1~3
シリーズ・ノンフィクション その1 『シリアルキラー』 緋火灯ヶ岬 大成(仮名)
第一章 それは冬に起こった
彼の名を初めて知ったのは、とある新聞記事だった。それまでの筆者の記憶には無かった、凄惨な殺人事件。東練馬大学学生ら総勢20名が一夜にして命を奪われた、東練馬大学生大量殺人事件。見出しに踊っていた『平成史に残る凶悪事件』の文字列は、その事件の凶悪さを物語っていた。
事件発生から四日後、一人の男が容疑者として逮捕された。緋火灯ヶ岬 大成。(この名前は仮名である。仮名でならば取材に応じるとの条件を提示され、承諾した。もっとも、彼の本名は既に報道されているが)彼は犯行を認め、次のように語ったと言う。
「その事件だけじゃない。もっと多くの人を殺しました。僕は人を殺し続けてきた」
彼のことが知りたかった。早速私は行動を起こした。弁護士を通じて面会を申し込むと、一週間後、機会を設けてもらうことが出来た。彼を担当する弁護士は東海苔巻 文裕洋氏。犯罪心理学も精通し、数多くの凶悪事件を担当してきた敏腕弁護士だ。
面会当日、東海苔巻氏の表情は険しく、蒼白だった。驚いたのは私の方だった。過去数度ではあるが講演会にも参加させていただいたことがあり、東海苔巻氏はバイタリティ溢れる方と言う印象が強かったためだ。
「私には、彼をどうすることも出来ません。弁護士と言う仕事に、これほど限界を感じたことは無い」
開口一番、東海苔巻氏はこう漏らした。真意を測りかねたまま、私は緋火灯ヶ岬 大成氏との面会時間を迎えた。
「あなたが、緋火灯ヶ岬 大成さんですか?」
「はい。私が緋火灯ヶ岬 大成です。今から二十日前、20名の命を奪いました」
まず感じたのは、表現の使用のない、異常な……穏やかさだった。ルポライターとして飯を食うようになって十数年経つが、かつて一度も使用したことのない、語彙の中には無い比喩表現が必要な、そんな印象を受けた。
大量殺人犯には、大きく二つの種類がある。乱暴な言い方をすれば、異常か、そうでないか、だ。精神的に異常をきたし、犯行に及ぶものが居れば、責任能力を認められながらもおよそ平常とは言いがたい精神構造を持つものも居る。彼の場合は、どちらにも当てはまらない。殺人とは無縁の、ごく善良な、良心的な市民そのものだったからである。まずは、尋ねてみた。
「あなたが事件を起こした。間違いありませんね」
「私がやりました。そして、これは私の人生の中で、おそらく最後の殺人となるでしょう」
私の知りたい答えに近い、しかし、最も遠い答えが帰ってきた。
「今から五年前、5人の命を奪いました。十年前には2人、三年前にも1人。それと、半年ほど前にも2人。七年前には一家4人を殺しました」
愕然とした。彼は悪びれる様子も無ければ、気負いすらなかった。ただ、昔の思い出を語るような、否、殆ど記憶に無いような出来事を思い出すようにして、私の質問に答えたのだ。真性のシリアルキラー、緋火灯ヶ岬 大成。まずは彼の、特殊性の欠片もない、平凡で、平和な生い立ちから辿っていくことにしよう。
シリーズ・ノンフィクション その2 『ITシャーマン』 道玄坂 太夫
第二章 ITシャーマンの一日
ITシャーマンと言う職業を耳にしたのは、つい最近のことである。インターネット上の情報を使い、対象に呪術を行使することを生業とした、現代に生きるシャーマン。それが、道玄坂 太夫だ。
未だ謎のベールに包まれた職業の彼の一日に、幸運にも密着取材をさせていただくことが出来た。まずは起床時間。一般に呪術とは、丑の刻参りのような、草木も眠ると形容される真夜中に行うもの、というイメージが根強く浸透していることだろう。だが、彼の起床は朝の七時。真夜中に仕事を行うような生活リズムではない。どうやら、思い描いている呪術師像とはまったく違ったもののようだった。
「朝早いですか? まあ、健康には気を使うタイプなので。それに、古くから呪いをかける姿は決して他人には見られてはならない、見られてしまえば効力を失うという言い伝えがあります。験担ぎじゃないですが、私も呪術を使う姿を人に見られないようにしている。今の世の中、ワンルームマンションとカーテン一つあれば姿を隠すことは十分に出来ます。あまり時間帯は問題になりませんね」
呪術師が験担ぎとは恐れ入ったが、確かに言うとおりである。ITシャーマンは対象者の本名などと言った個人情報だけでなく、IPアドレス、果てはハンドルネームなどからも呪いをかけることが出来ると言う。そういった意味では、活動時間はあまり関係ないのだろう。
かつて高度経済成長の時代、企業はこぞってライバル企業の業績を落とすため、いわゆる伝統的な呪術師の元を訪ねることが多かったと言う。しかし、そういった風潮も近年では変わりつつある。インターネットの普及により、より手軽に、呪術師の元へ足を運ぶことなく、呪いを依頼することが出来るからだ。
朝食を済ませた後、彼が向かったのは、一軒の大型電器店だった。開店時間前にも拘らず、彼は店員に導かれて売り場へと足を踏み入れる。どうやら、今日の依頼主はこの店の関係者のようだった。
「好奇心がある限り、私たちのような職業はなくなりません。十年ほど前は企業や特殊な事情を抱えた方からのご依頼が多かったですが、近年は一般のご家庭からもご依頼をいただくことが増えてきましたね。今日の仕事は、伝統的なケースのほうですが」
好奇心がある限り、とは奇妙だと思ったので、尋ねてみた。それだけで足りるのですか、例えば、人の憎しみなどは。
「憎しみですか? 何をおっしゃるのか。無くなるわけがないでしょう。だから安泰なんです。私たちのような仕事は、人類の歴史が続く以上、必ず必要になるものですから。食いはぐれることもありませんよ」
依頼人はドアの向こう側に居ると言う。だが、道玄坂がドアを開けることは無かった。依頼人とは顔を合わせず、インターネットを介したやりとりでのみ仕事の内容について打ち合わせる。彼が使用しているのは、仕事用のスマートフォンであり、通信手段はもっぱらLINEなどのSNSだと言う。ならば、今回現地に赴いたのは何故なのか。
「私の存在を疑うじゃないですけど、直接気配を感じたい、という方も中には居ます。一般の方の場合はお断りしているのですが、今回は常連の紹介だったもので。あと、帰りに買って帰りたいものもありますから」
呪いに使うものですか、と聞いてみると、彼は笑った。
「そうですね。呪術に使う、空のCDが底を尽きそうだったので。今日は特売らしいですし、少し多めに買って帰ろうかな、なんて」
現代に生きる呪術師は、思っていたよりも庶民的だった。
シリーズ・ノンフィクション その3 『転生者』 シュート・アマギゴエ
第三章 転生者としての生活を振り返って
ずらりと並べられた、勲章。部屋の壁を覆いつくすように飾られた、賞状。そして、隙間を埋めるように並べられた、楯の数々。名のある名工の鍛えた剣や、旧魔導時代の貴重な遺産など。彼の功績を称える証は、枚挙に暇が無い。
王都セルフィア、その中心であり象徴たる、セルフィア王宮。その離宮の一つが、彼のものだった。
英雄、シュート・アマギゴエ。数年前、彼は突如東の古戦場に現れ、数に勝る魔物を相手に苦戦する正規騎士団の目の前で、魔物の群れを殲滅してみせたのが伝説の始まりだ。以降彼は革新的な発想と伝統に囚われない柔軟さでセルフィアのため尽くしてきた。腐敗した貴族らを正し、私腹を肥やすことしか考えない元老院を抜本的に改め、騎士団の強化を図り、王国の民に向けた技術革新を提起するなど、数多くの成果を上げてきた。積み上げた実績により、王立騎士団を初めとする軍部は元より、王族らへも強力なコネクションを築くこととなる。現在の地位は、セルフィア軍正軍師、王都魔導研究所特別顧問、特例名誉筆頭貴族、元老院監査官……書き上げるだけで章が終わってしまうので割愛するが、今や彼を知らぬ国民も、彼を慕わぬ国民も、このセルフィアには居ないだろう。
シュート・アマギゴエ。我々には発音のしづらい、聞きなれない名前である。彼は異世界(脚注:この世界とは違う世界、この惑星とは違う惑星のこと。彼が言うには、世界とは流転表層面が違うだけであり、その根幹である世界固定層は同じだからこそ、流転表面層がずれるとこのようなことが起こってしまう、とのこと。なんとも理解の及ばぬ話であるが)からこの世界に紛れ込んでしまった、いわば招かれざる来訪者であり、だからこそこの世界に対して客観的な判断が出来る。
「それがたまたまこの世界には無い発想だったってだけで、俺は別に何もしていないよ。この世界だって、放っておけばそのうち誰か気づいてたさ」
机の上を占拠する勲章をぶっきらぼうに押しのけ、ティーカップを置いた。愛飲しているのはボードン港から届いたばかり(光速送行路は新たな輸送手段であるが、彼の理論を元に整備された)の新茶。故郷の味に近いものだという彼の表情は、心なしか寂しげに翳って見えた。
「それで、何を話せばいいかな。スフィーリア(脚注:スフィーリア・フィルリド=セルフィア十七世を指す。彼は不敬罪を特例で免除されている)とのお茶会があと三十分で始まっちゃう。その前に終わらせてもらえるとありがたいんだけど」
数多くの困難を乗り越え、魔物・蛮族・果ては死竜デスドラゴンをも退ける英雄と言えど、女性には弱いようだ。まずは、この世界との出会いを振り返ってもらうことにした。
「知ってのとおり、俺はいきなり戦場のど真ん中に投げ出された。騎士団のリキティさんには感謝してる。あそこで出会えなかったら、俺は今頃どこかでのたれ死んでいただろうね。それと、商人のリーガスさん。いつも珍しいものとか見せてもらって、かなり刺激になってる。……王族? ああ、フィルリドのおっちゃん(脚注:ウィンデルキア・フィルリド=セルフィア十六世を指す。彼は不敬罪を特例で免除されている)には良くしてもらってるよ。当然、スフィーリアにもね」
セルフィアに来て、まず彼が行ったのは貴族の意識改革だった。
「貴族たちは好きじゃなかった。スフィーリアを困らせてたからね。王家と一緒に国を引っ張るはずの存在が、足を引っ張っているようにしか見えなかった。貴族としての誇りが感じられなかった。だから俺が全員殺してやったよ」
つまり、彼は力による改革に訴えるしかなかったのだ。それほどまでにこの国の貴族は、民のことを思っていなかったのである。
「元老院はこの国に連れてきてもらったときから対立していたよ。彼らの言い分は、一見筋が通っているようだから性質が悪い。例えば、『王都の守りを固めることは王を守るために必要な措置であり、だから魔物が攻めてきている東側の村に駐屯している兵士たちを王都に引き上げさせるべきだ』とかね。逆らいづらい言葉で、自分たちの利益を守る連中さ。だから俺が全員殺してやった」
この章の締めくくりに、彼がこの世界に降り立った瞬間、その第一声を記そう。
「俺は……いや、ここは俺の世界じゃない! 異世界……異世界だ!!」
一瞬にして自分の置かれた状況を見抜く洞察力。判断力。そして、自分のものではない世界のために、努力を惜しまない献身。彼はまさに、このセルフィアに現れた救世主なのである。第四章では、そんな彼を取り巻く状況を見ていこうと思う。