吸血鬼のいる街《DUO》
Q.今回の内容を一言で表すと?
A.全ッッく話が進行してねぇぇぇぇ!?
クラブに繋がる路地裏奥の地下階段を下る。カモフラージュされて分かりにくいが近づいてよく見ると腕だけ入れる事が出来る扉がある。その扉の中にあるスイッチを押すとガチャリと何かが外れる音がした。その後もう一階下に行き同様に隠されている扉を開け中に入ることが出来る。
一々こんな面倒な入り方なのは前科がある人間がそれなりに出入りしているから入り口を簡単には見つからないように隠さなければならない……というのは建前だ。ひとえにここの女王サマの下らない趣味でこうなっている。
ホールから正面にあるカウンター席に座っている女王サマに声をかけ一応の報告をした。
「マーサ、吸血鬼の被害者がまた出たみたいだ」
「知ってる。警察の捜査が一通りすんだらハッキングして情報持ってくるからもう少し待機で」
そう言ってマーサはセロリの野菜スティックをポリポリと音を立てながら食べつつ一つのスマホで吸血鬼の最新情報がないかを探しながらもう一つスマホで今までの事件の情報を整理していて、スマホを触ってないときは目の前のパソコンに物凄い速さで何かを打ち込んでた。相変わらずこの気紛れな猫みたいなコイツは一つの事に集中する事が出来ないらしい。しかも、かれこれ3日は軽くしか寝てないはずだ。
「少しは休めマーサ、明日からは普通に学校にも行くんだろう?休むのが嫌ならせめて食べながらの作業を中断しろよ。もの食べながら過労死なんてしたら、ここの連中から笑われかねないぞ」
「最後の最後で皆を笑顔にするなんてさすが私!」
「おい、マーサ」
「やめなさいよ颯。どうせ言っても聞く耳持たないのは知ってるでしょ?」
「そーだそーだ。さっすがナディアちゃん!」
「あのねマーサ、私は別にアンタの行儀認めてる訳じゃありません。颯の言うとおり少しは落ち着いて食べるように心がけなさい」
「いや、言っても聞く耳持たないって言ったのはナディアさんだろ」
普段のバーテンダーの服装ではないラフな格好のエプロン姿で今日の料理を仕込みながらナディアさんが俺たちの会話に混ざってきた。
「それで颯。アキと一緒だったんじゃないの?」
「少し電話する事があるとか言って出てった。多分今はタバコ吸ってるよ」
電話は本当なんだろうし、かける相手もだいたい予想はつく。だがあの人に話を聞いてもあまり意味はないだろう。それに頼るくらいなら本物の吸血鬼二人と狩人のお嬢さんの行動を監視した方がまだ情報は集まりそうだ。
「で、颯ちゃん?」
マーサは目をこすりながら意味深な笑みを浮かべ俺を上目遣いに見てくる。こういう時は録な事を聞かれない。
「アキ君の目論みは上手くいくと思う?」
「……いや無理だろ。いくらアキでも今回ばかりは上手くやれるわけがない」
ナディアさんが「何の話しよ?」と俺たちを交互に見る。それにマーサ「ひ・み・つ♪」なんて答える。確かに答えられる話ではないが少しは言い方を考えてほしい。
「はぁ。秘密ってことは絶対に面倒事でしょ。知ってるのよ、新しく銃とナイフを揃えてる事ぐらい」
「面倒ってわけじゃないんのさ。ただ颯ちゃんは意味も勝算もあるように思えないって言ってるだけ」
「ふぅん?」
当然だが納得してはいないようだ。
(いっそのこと話すか……?)
別に口止めはされていない。なら話しても文句を言われる筋合いはない。他に大勢いるならともかく今はナディアさんだけだし、加えて彼女は口の固さだけで言えばAMADEUSの中では最も信頼できる。問題ないと言えば問題はないかもしれない。
「颯ちゃん、言っちゃだめだよ。私と颯ちゃんだけなら個人的なアキ君への協力で話しは終わる。でもナディアちゃんや他のメンバーに話したらこれはアキ君と私たちだけの問題で済まなくなってくる。
話すんならアキ君が上手くやって生きて戻ってきたらか、完全に死んだからかのどちらかだよ。最低でもそこは守って」
「だからといってこっちも無関係じゃいられないだろ。AMADEUSの中にも被害者はいるんだぞ」
真朝はともかく俺が積極的にアキに手を貸している理由がそれだ。AMADEUSのメンバーの一人が吸血鬼の6件目の被害者だ。別段そいつと親しかったというわけではないが、彼は俺たちの仲間だった。ならば、犯人を探さないと俺はともかく他のメンバー達が気が済まない。
「そう。AMADEUSの中にも被害者はいる。ならここのリーダーとしてやらなきゃいけないことはイタズラに首を突っ込んで被害者を増やすリスクを大きくする事じゃなくて、これ以上の被害者を増やさないようにするってことだよ。今回ばかりは今までのお遊び感覚で手を出しちゃいけない。だからアキ君と颯ちゃん以外は動くなって命令してるんだよ?分かる?」
「……高く買ってもらって嬉しい限りだ」
つまり吸血鬼を自力で対処出来そうな俺たち以外は引っ込んでろって話だ。しかも俺もアキと一緒に行動するようにコイツは言っている。本来なら無関係なはずのアキと一緒にいろと。
「ねぇマーサ。颯はアキと一緒に動いているって言ってるけどアキは本来はAMADEUSの人じゃないんでしょ?ならどうして颯と一緒に行動させているのよ?」
「純粋にアキくんは強いからね。颯ちゃんの危険を少しでも減らしたいのさ」
そんな風に嘯くマーサは急に真剣な表情になる。
「颯ちゃん。アキくんはなんだかんだで上手くやって戻ってくるよ。彼がこの手の分の悪い勝負で敗けるわけがない。どうせまた生き残るよ。本人がどう思うかは知らないけど」
無理だと言ったのは自分だがマーサの言葉には同意しかなかった。
_腐肉の化け物。
_20余りの男たち。
そんな事を思い出しながら荷物を置きにいこうとした。
「あと例のツキカゲちゃん。多分、今日明日にでも二人の吸血鬼に接触するよ。遅くても今週中には確実だね。死なない程度でアキくんのフォローよろしく」
「分かった」。そう言って今度こそ荷物を置きに行った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今朝発見された吸血鬼の13件目の被害者の現場検証もある程度は終わり、被害者の身元を調べている最中だ。今は少し遅めの昼休みだが、この昼休みが終われば今日もずっと捜査だろう。なにせ被害者が10人を越えている。お偉いさんも体面や沽券に関わると言ってずっと声を荒げているのだ。休む暇など昼を食べる少しの時間程度しかない。
ため息を吐きながら弁当を食べている時、電話が鳴った。表示は非通知。嫌な予感しかしない。恐る恐る電話に出る。そして、
『もしもし、ハダかい?ケイリィンだけど今祭苑にいるんだ。それでこの街の殺人事件の情報知っていること全て教えてくれないかな?報酬はださないけど』
すぐに切った。
(いやいやいやいや。まてまてまて。何であの人が祭苑にいるんだよ!?というか一人で来てるのか?サングイスも一緒とか言わないでくれよう、頼むから!)
「……羽田くん?どうした?顔色が悪いが体調が良くないなら休め。事件が事件だから休めるかは分からないが」
「あ、あぁ。悠莉さん。いや別に体調が良くないとかじゃないんですよ。ただ嫌いな知り合いから連絡がきましてね……。
そう言えばあの例の赤いドラッグ。どうなりました?俺の所もそうですけど、そっちも大変でしょ?」
「そう、だな……本当に大変としか言いようがない」
俺に話しかけてきた悠莉さんは少し頬がこけ目にクマができている。連日の勤務であまり睡眠も食事も取れていないのだろう。だが彼の心境や今の状況を考えると無理に休めとは言えない。
「……すんません。まだ奴の手がかりは見つからなくて……」
「お前が私に謝ることじゃないぞ。吸血鬼が我々よりも上手なだけだ」
この人は本当は赤月の天園と呼ばれるドラッグよりも自分の娘が被害者であるこの殺人事件を調べたいはずだ。だが一課ではなく組織犯罪の所属な上に家族が被害者の悠莉さんは捜査には参加できない。しかも赤月の天園とやらのせいでどの課も人手が足りない状況だった。
休めばきっと娘さんの事を思い出してしまうのが本人が分かっていたからオーバーワークにも弱音一つ吐かずにいた。
(死んだら元も子もないのに無理しすぎだ。ただでさえ人間は自分で思っている以上に脆いってのに。その姿勢には尊敬するけど)
悠莉さんの携帯が鳴り、名前の表示部分を見て顔をしかめた。あの表情から察するにたぶん上司からだろう。
「すまん、少し席を外す」
立ち去った悠莉さんを見送りながら弁当を食べ進め、少し疑問を感じた。
(上司相手の電話だってのに離れすぎじゃないか?)
いくら担当している事件が別とはいえ聞かれて困るような話でもないだろう。どこから情報が漏れるか分からないと言えばその通りだがここは警察署の内部だ。そんな心配もしなくてもいいような場所だ。とすると相手は
(ってことは奥さんか……あの人も気の毒な)
そんな風に世話になった先輩の家族を心配しながら弁当箱を捨て午後からの予定を見直し、先ほどの電話の相手をどうしようかと頭を悩ませた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
羽田に声をかけ席を立ち電話に出る。思った通り誰よりも気に入らないガキの声がした。
『こんにちは。また死んだらしいな、お義父さん?』
「…………お前が私を親などと呼ぶな。汚らわしい」
電話の向こうから鼻で笑われる。娘がなぜこんな男に惚れたのか意味が分からない。
「何のようだ。お前の容疑はまだ完全には晴れていない。喫煙をネタにお前を引っ張てもいいんだ」
『したきゃしろよ、んなもんどうでもいい。それより吸血鬼の件で伝えておきたいことがある。本物の吸血鬼が今祭苑に来ている。死にたくないなら今のうちに赤月の天園からも手を引いた方がいい』
「……なんだと?」
本物の吸血鬼という単語も意味が分からないし、それがどうして赤月の天園に繋がるのかも不明だった。
「どういう事だ?あのドラッグと吸血鬼が繋がっているのか?」
『教えるわけないだろ。そもそも警察の仕事はそれを調べることだろうが。一般人に聞くなよ、プライドないのか?だから娘殺した頭に蛆湧いてるバカを捕らえられないんだよ』
「貴様……ッ!」
電話越しに叫ばなかったのは最後の理性がまだ仕事していたからだ。それがなかったら場所も弁えず声を荒げていただろう。そして、男が_本條暁人が目の前にいたらどうしていたか。
くぐもった笑い声が聞こえる。どんな風に生きていたらここまで人を馬鹿にしているのを隠さずにいられるのか。
『ともかくだ。こっちが伝えてやろうと思ったことは伝えた、じゃあな。お互い運悪いし多分またアンタの世話になるだろうよ』
そう言われて電話は切られた。
「クソッ、何なんだ!?」
思い切り携帯を投げ飛ばしたいが、何とか堪える。思い出したくはないが八つ当たりよりも先に電話で本條が言っていた事を考えなければならない。とは言え内容は要約すると一つだけだ。
(本物って意味は分からんが赤月の天園と吸血鬼は繋がっているのか……?)
赤月の天園が出回り始めたのは吸血鬼が事件を起こす半年ほど前だ。確かに時期的に近いと言えば近いと言えるかも知れないが。
_だから娘殺した頭に蛆湧いてるバカを捕らえられないんだよ。
「…………」
恐らく、いや絶対にあのガキに利用されている。だが、それでも犯人を見つけられる可能性があるのなら賭けなければならない。娘のためにも。そして被害者を増やさないためにも。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「分かりやすいな、あのおっさん」
電話を切ると煙草に火を着ける。煙を吐き出しながらこれから起きる、そしてこれから起こす事を考える。
「赤月の天園はある……狩人と本物の吸血鬼も来た……武器もある程度は揃った……警察も二つの事件の関連性に気付くための布石も打った……問題は俺か」
ここまでは想定通り。あとは自分の狙いが達成出来て尚且つ自分と狩人が生き残らなければならない。全く、こんな時にだけ命を惜しまなければならないなんて。
「…………勝負は今日か明日ってところか」
壁にもたれながら煙草をくわえ空を見る。穏やかに雲は流れ、思わず目を閉じたくなるほど眩しい日の光。ぼんやりと死にたくなるほど清々しい天気だ。
「あぁーつまんね。何やってんだろうな俺は」
暁人は誰にともなく呟く。これから蝶野たちを巻き込んでやることは建前の目的も、本当の目的も関係の無いただの思い付きの私闘みたいなものだ。それで自分が死んでも別段どうでもいいのに色々と面倒な準備をしている。それが自分の事なのに不思議でたまらない。
先程よりも大きく煙を吐きながら、携帯を見る。ちょうど電話中にメールが入っていたようだ。相手はやはり蝶野だった。
『例の吸血鬼の二人はホテルにチェックインしたみたいだが、どうする?』
事態が進む。まだゆっくりと。だが確実に加速するだろう。赤月の天園も吸血鬼もこれだけ部外者が介入するんだ。我先にと事件の核心へと手を伸ばす。
『狩人のお嬢さんの動きに合わせる。そっちを主にマークするようにマーサに言ってくれ』
短く『分かった』とだけ返事がくる。狩人が動けば一気にこの膠着状態も進展する可能性が出てくる。あとは、そうなることを待つだけだ。
そうなって動いて始めればいい。この街の事件の終わりの始まりを。