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吸血鬼のいる街《NIL》

は黒きかいなもって、森羅を握る者なりー


 これは夜に生きる吸血鬼(幻想)の物語だ。

 数多の者達は吸血鬼などという全能感に酔いしれ殺され、蹂躙されるだろう。他ならぬ人の手によって。己もまた人の延長でしかない、そんな事実を忘却して。


は黒き血を宿し、流血を拒絶する者なりー


 これは徹底的に手段を選べなかった愚者(狂人)達の物語だ。

 彼らには熱もなく虚無もなく、ただ己の目的の為に疾走する銃弾のような意志しかなかった。ひたすら真っ直ぐ、ただ最短で、絶対の速度をもってして。


は黒き夜を歩き、慟哭と嘲笑を放つ者なりー


 これより夜の闘争が始まる。人を捨てた者達の。吸血鬼を凌駕せんと足掻く愚者の。手段を選べない狂人の。復讐へ身を焦がす凡人の。殺戮こそが己の使命と血を滾らせる狩人の。


ー我は夜を憎み、暁を滅ぼし、黄昏を喰らい、宵を殺すー


 千と三百の時を経て、吸血鬼達の歴史が終わる滅亡劇が始まる。黒き血が流れる者達の死が始まる。


ー我が月に血の薔薇供物として捧ぐー


 狩人達には届かず、人間達には分からない。最後に咲く滅亡の夜陰。


ー集い、啜り、滅ぼし、混ざり、回帰せよー


 夜の王は吸血鬼の世界を作る。己以外が死滅する地獄を。


は我等であり、我等ははであるー


 二人の吸血鬼はただ待ち続ける。


我が名は(其の名は)


 王たる人形はただ微笑み、初となる来客へ礼賛の言葉を。

 始祖の姫は眠り続け、己達の終焉を夢見て待ち焦がれる。


其の名は(我が名は)


 そして、狂気の狂喜が狂器を産み落とし不死を冠す夜の帝が新生される。吸血鬼達の終焉を辿って。


ー我等はー


 故に奏でられる、吸血鬼(我等)の滅亡劇をー


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「外れ……だな、これは」


 服の内ポケットから取り出した煙草を燻らすと、周囲の探索を始める。だが、大体分かっている。ここに()は来ていないと。現場に残っている雰囲気などで大体勘づく。

 散らばっている空き瓶の破片を足でどかしながら煙草以外の匂いを確認する。


(酒に愛液、クスリ……それに血か。場の荒れ具合から見るに単なるセックスパーティーって訳じゃねぇな)

「……安酒しかないのかよ」


 割れた酒瓶のラベルを見ながらぼやく。死体は見当たらない。仮にあっても、ある意味困るんだが。

 煙草の薄い煌めき見つめながら煙を吐く。安酒に睡眠薬と覚醒剤。ボロボロに破られた衣服の布地。そして、血で赤黒く染まっているナイフ。あぁ、嫌になるほど分かりやすい。

 煙草の煙をもう一度吐くと目当てのモノを探す。()()は思いの外すぐに見つかった。


「ま、当然使用済みだわな」


赤月の天園(ルベル・カエルム)


 今、巷で出回っている覚醒剤。()を突き止めるための少ない手掛かりの一つ……なのかもしれない俺の探し物。

 依存性が高く、致死量も従来の物に比べて少ないため死亡者も出やすい。しかも安く大量に出回っているせいか売人も多い、そんな嫌なおまけ付きの赤い粉。


「女神の居る天園を見たければ赤い月を飲め……ねぇ?意味が分からないだろ」


 そもそも危険性の高さはこのクスリが出回って暫くすると誰もが理解したのだ。なのにいまだに様々な人間に渡っている。その理由はこのクスリを使用した際に起こる幻覚作用だった。


『赤い月を飲んで生き残れば天使が見える』


 そんな噂と笑われた真実のせいでクスリの乱用者は少ないものの絶えることはなかった。


「飲めば死ぬ。結果、使用者は少ない。何故ならそのほとんどが死人だから」


 『天使』を見るためだけに飲むなんて馬鹿馬鹿しい話ではあるし、それを飲んで勝手に死んだ奴の事なんて知ったことではないが()が関わっている可能性があるのなら首を突っ込む。ーーそう俺の意思で決めたのだから。

 鬱陶しげに右前方にある扉を睨みながら声をかける。


「で?お前は誰だよ?一体そんなところで何してやがる?」


 ベルトに刺してあった大振りのナイフを抜き取り、その切っ先を相手がいるであろう方向へ向ける。だが、相手は何も行動はしなかった。それを疑問に思い、俺は軽く黙祷するように瞳を閉じる。

 カチリッ、と頭の中で何かが外れるような感覚に呑まれながら、一度鼻で呼吸をする。あぁなんだ。そう言うことかよ、下らない。扉を蹴り壊し、部屋の中に倒れている女の胸ぐらを掴み上げる。


「よぉ天使ってのは見えたのか?」

「……もっと……もっと……お話を……」

「チッ」


 舌打ちをすると鼻頭を潰すように女の顔を思い切り殴る。グシュリと、顔の真ん中が赤く染まり血が飛び散る。鈍い痛みを手に感じつつ、女に再度問いただす。


「天使は見えたか?」

「……違う……違う……私は……貴女に、選ばれたいの」

「……もう、末期か」


 胸ぐらから手を離しその部屋を見渡す。まだ使われていない赤月の天園(ルベル・カエルム)の袋を見つけそれを拾うと、女に足を捕まれる。


「返して……彼女に会え……なくなる。私を……選んで……ほしいのに」


 赤月の天園(ルベル・カエルム)の末期症状になると目が赤く染まり、何処かに手を伸ばしながら何かを求めるように戯言を繰り返す、この女のように。


「ハ、本当に救いようがないな」


 女に対して嘲笑と軽蔑を乗せた一言を呟き掴んだ手を蹴り払うとその場を後にした。この女をどうにかしようとは思わなかった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ふーん?じゃあ回収できたのはこの二つだけ?」

「あぁ。他はもう使われていたよ。それより、あそこで一体何があったんだ?レイプパーティーにしては場所を選ばなすぎなんじゃないのか?」

「それは今調べてるよん。何があったか分かったらアキ君にも教えるから」


 この街の裏__一種の無法地帯(アンダーグラウンド)とも言うべきクラブ・AMADEUS(アマデウス)、その女王クイーンである幼馴染みに先程の場所で見たものを話した。


「予感はしてたけど進展はなし、か。なかなか難しいね。私的にはそろそろ引き際だと思うけど、どう?って聞くだけ無駄かな」

「分かっているなら聞くなよ。前にも言ったがお前はお前が退きたい時に退け。俺は一人でも続ける」

「分かってるってば。いざとなったら、私は私の為にもアヤちゃんやアキ君の為にアキ君を見捨てるから」

「ああ、それでいい。助かるよ」


 自嘲するよう笑むと氷が溶けきって薄くなったウイスキーを一気に煽り、その足で出口に向かう。


「ちょっと、もっと静かに飲んでよ。ここら辺の機器高いんだよ?」

「お前だって飲んでるのに言うなよ。それに、かかってないから大丈夫だろ。じゃ何か分かったら連絡くれ。あと……」


 振り向くと、しかめ面で俺に文句を言う真朝マーサが居る。頼まなくても大丈夫だと思うが、それでも一応言っておこう。


「拳銃とナイフを用意しといてくれ」


 もし、俺達の…いや、俺の想定通りなら相手はまともじゃない。ならこちらも真っ当じゃない手段で対抗するしかない。

 マーサは意地の悪い微笑を浮かべる。


「りょーかい。十字架と聖水とニンニクは必要?」

「アホかよ。安心しろ、()にそんなバカな手段は多分効かない。()の能力は俺が前に殺りあった四番目とは恐らく比べ物にならないだろうしな。

 化物を殺すには化物をーーそれが一番の方法なんだろうが、こっちは多少頭に異常があるだけのい先短いただの人間だ。なら他の手段もので足りない暴力ものを補うしかない」

「訂正しよっか。アキ君はただの人間じゃないよね?」


 どうやらこの不愉快な幼馴染みには俺がただの人間に見えないらしい。まぁ異常者とは言われ慣れているが。


「私は赤月の天園(ルベル・カエルム)の方で引き続き追うけど。それ以外で何か分かったら言ってね、ダーリン」

「誰がダーリンだよ。処女ヴァージン捨ててから誘いやがれ女王クイーン

「じゃあ、今アキ君で捨てちゃおうかな?」

「悪いな、俺の方が気乗りしない」


 ガキゴキと指の骨を鳴らし、目を閉じる。思い出すのは一つの殺し合いと一つの死体。


「俺が死んだら彩香の親父に俺の死体を解剖させてやってくれ。あの人なら有効活用してくれるさ」

「珍しくない物言いだけどさ、アキ君が完全に死ぬことが前提なの?」

「まさか。バカ言うなよ」


 もう一人の幼馴染みと同じくらいの鬱陶しい黒色の長髪。それは赤黒く染まっていた。彼女はその時はまだ生きていた。致命傷ではあったがまだ生きていたんだ。そして、それを見捨てたのは俺だ。助からない彼女と視界の端に映った奴、天秤にかけて奴を優先したのは俺なんだ。


赤月の天園(ルベル・カエルム)は吸血鬼が売っている。

ーあの人はきっと吸血鬼の為の天使なんだ。

ーあの人に選ばれたいのなら吸血鬼になるしかいない


 そんなにイカれた噂を割りと信じているのはきっと吸血鬼と一度本気で殺し合っているからだろう。だからこそ、奴も吸血鬼なんだと疑っている。


「奴はーー例の吸血鬼は俺が見つける。それで、確かめるんだよ」


ーあ、暁人……だ


 奴が食い散らかしたであろう血にまみれの元恋人を見てその瞬間、一瞬だけとはいえ思考が止まった。それが最後に聞いた彼女の言葉だった。


「どうして悠莉を殺したのか、ってな」


 赤月の天園(ルベル・カエルム)と平行してこの街で起きているもう一つの事件。

 発見された被害者の血が半分以上無くなっているという奇怪な連続殺人事件。血の少なくなっているその死体から巷では『吸血鬼(ヴァンパイア)連続殺人事件』、等と捻りのない呼ばれかたをしていた。

 その第一の被害者、悠莉桜乃(ゆうりさくの)彼女の死の理由を知ることが今の俺の__本條暁人(ほんじょうあきと)の目的だった。


「もう一度確認するけどさ、あくまで知ることが目的なの?復讐とか自分に掛かっている容疑を晴らすことじゃなくて?」

「別に容疑を掛けられている事自体はどうでもいい。あんな状況なら俺が一番に疑われるのは当然だし、俺がこの件の犯人として逮捕されても構わないと言えば構わない。ただ奴の殺し方が気に入らないから、犯人にされたくないってだけだしな。

 要は殺され方と殺された理由によるって話さ。最初に狙った奴がたまたま悠莉だったなら、まぁそれでもいい。奴を殺してそれで終わりだ。でも、もし別な理由があるなら俺はそいつを知りたい」


 現在十二人の被害者を出しているくだんの吸血鬼と呼ばれる犯人は当初は俺だと警察側は考えていた。だが、証拠が不十分な上に二件目以降のアリバイがある以上いくら疑わしくても解放せざるを得ない。

 そして、俺は出来損ないだったとはいえ吸血鬼に一度出会っている。吸血鬼の事を端から信じて事件を見ている、それが警察やその他大勢の連中との違いだ。何より無法地帯(コミュニティ)以外は吸血鬼と赤月の天園(ルベル・カエルム)が繋がっていることを知らないはず。俺にはそのアドバンテージもある。


「つー訳で武器の方は頼む。銃はオートマチックがいい。ナイフはなるべく大振りで」

「りょーかい。帰り道に気を付けなよ容疑者さん」


 舌打ちをしながら俺は帰路につく。


《私は出来損ないの吸血鬼だよ。こうして拳銃こんなものがあってもお前一人殺すことさえ叶わない。

 そして、お前は人間失格だ。銃を突き付けられて何も感じる事が出来ないなんて人でなしもいいところだ》


 右胸と鎖骨の間をなぞりながら初めて殺した相手の言葉を思い出す。彼女の言葉と存在がきっと俺の原点なんだと思う。


「化け物を相手にするんだ。人でなしが丁度いいだろ。お前だってそうだったじゃないか、ケーシャ」


 武器の用意が出来次第本格的に動く算段をつけようか、そんな風に自分が何をしたいのかを考えながら夜空を仰いだ。


「さて、どうするかな」


 無関心に吐き捨てるように呟き煙草へと火を灯した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 日本行きのファーストクラスの飛行機、そこに座っている二人の男を表すなら「浮いている」というのが適切だろう。

 一人は銀髪のまるで刃物のような鋭い雰囲気を纏っているコートの男。

 一人は赤毛の長髪を乱雑に一括りにしているモデルのような柔和な男。

 両者に言えることは一つ。この二人の男たちは只人と何もかもが違う、そんな簡単で明確な事実。

 赤毛の男は何かを思い付いたように近くにいるキャビンアテンダントへ声をかける。


「済まない、日本までどれくらいかかる?」

「飛行時間は六時間を予定しております」

「そう、ありがとう。あと、頼みがあるんだがツレを起こさないでやってくれ。彼、死ぬほど疲れているんだ」

「は、はぁ……」


  赤い長髪の青年はキャビンアテンダントの戸惑う様子を可笑しそうに微笑んだ。


「おい、そりゃ何のドラマだ?」

「映画だよ。日本で有名らしくてね。暇潰しに見たのを思い出したんだ。それより、寝ていたんじゃないのか?」

「別に眠ってはないぜ?ケリアの情報と俺達が持っている情報を整理していたんだ」

「そう。それで何か見えたかい?」

「いや、現地に行って色々と実際に見ない限りは何とも言えねぇわ」


 銀髪の男は己の同行者であり親友である赤毛の男に不機嫌気味に言葉を投げる。それに赤毛の男は微笑みながら言葉を返す。


「ケリーが嘘を言うとは思えないし何よりそんな事をして彼女にメリットがある筈がない、そう考えてるんじゃないの?」

「あぁ。ケリアが俺達を騙した所で何になる?お前も俺もその手の罠にはかなり勘がきく方だ。仮に騙されていると仮定しても、俺達二人を同時に相手しないだろ。返り討ちにされるだけなのは分かっているはずだしな。

 それにルベル・カエルムと同名のドラッグなんて笑えない物はジョージのバカくらいしか作らねぇさ。その点でもケリアの話はそれなりに信用してもいい」

「彼がまだ《ジョージ・デザード》を名乗っているとは思えないな。その辺りも調べておいた方がいいんじゃない?」

「それはリスティに探らせる。ジョージの娘なんだから親くらい追えるだろ」

「……君、人使い荒くないか?」

「ハッ、いつもの事だろ。気にするなよ」


 苦笑を浮かべながら銀髪の男の閉じられていた金色の瞳が開く。獰猛(どうもう)さと麗艶(れいえん)さを兼ね備えた双眸そうぼうが射抜くように、あるいは見透かすように赤毛の男ーーケイリィン・ハウルヴァーンを捉える。


「ようやく見つけた。カエルムめ、あのバカどんだけ探させやがったよ」

「気が早いな。まだ見つけた訳じゃないのに」

「いや、今回は割りと見つかりそうな気もする。多分会えるぜ」

「その台詞、前も聞いたような覚えがあるんだけど?」


 からかうようなケイリィンの言葉を聞きながら苦虫を噛んだような表情になる銀髪の男ーールーレスト・サングイスは「そうだったか?」とケイリィンの言葉をはぐらかす。


「まぁ、外れにせよ当たりにせよ行ってみれば色々と分かるさ。ジョージの事も例の赤月の天園(ルベル・カエルム)の事も祭苑サイエンに行けば分かるだろうよ」

「サイエンか……」


 祭苑市、吸血鬼と関わりがあったらしく、あまり良い噂は聞かない土地だった。昔の事ではあるし、そもそも事実かどうか不明な話もある。それの事で気がかりな点も幾つかある。


(まぁ、それでも)


 ちらりとケイリィンは隣に座る親友を伺う。金色の瞳はもう閉じられている。だが、口元は少し吊り上がっている。


「楽しそうだね、レスト」

「楽しそうってより、楽しめそうって感じだ。中々、状況が読めないしな。つーか、それはお前もだろリィン」

「まぁ、否定はしないよ。実際、僕自身少し楽しみでもあるからね」

『皆さま、本日もご利用頂きありがとうございます。

 当機はまもなく出発いたしますので、シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締め下さい』


 そろそろ飛行機が出発するらしい。本来ならしてもしなくても大丈夫なシートベルトをしつつこれから向かう地に思いを馳せる。


「サイエンに着いたら俺はケリアの所へ向かう。お前は?」

「そうだね……なら僕はリスティとハダから少し話を聞いておこうかな。バーで落ち合えばいいだろ?」

「あぁ分かった。狩人ベラトールも多分動くだろうからそこも気を付けろよ」

「君もな」


 二人の男ーー否、二体の吸血鬼は日本へ向かった。

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