こぼれたカケラ
あきらめて仕事に戻ろうとした、その時。物置となっている倉庫から、声が聞こえてきた。使わないけど、捨てられない書類などが、分類と言う名の段ボールに詰められて、棚に並べられているだけの、こんな場所に、用がある人間は、そうそう居ないはずだ。
ドアの隙間から覗き込んでみる。
「まだ改良の余地がありそうだね、調子はどうだい?」
「皆さんには気付かれていないようです」
「それは良かった、今後も注意するようにね」
「はい」
棚の向こう、入り口に背を向けて、座っている彼女の横には、見覚えのない白衣の男性が、立っていた。年はそれなり、だと思われるが、顔がよく見えないのでわからない。
隙間をそっと広げて、中に入り込む。
何故か、声をかけてはいけないような気がして、息をひそめた。
白衣の男は、工具を片手に、彼女の頭を触っている。
小さな精密ドライバーを、差し込んでいるようにも、見えた。
「同じ言葉で返すばかりだと良くないな」
「はい」
「理解はできるようになったのだろう、しっかり自分の言葉で返事をするようにしないと」
「はい」
あたかも彼女を改造しているかのようだ。
「おっと」
ちん、と金属音を立てて、男の手から、何かが床に落ちた。
そのまま、こちらに転がってくる。
思わず掴んだ、それは、小さなネジだった。
「どこへ行ったかな」
こっちに来る。
思わず後ずさった。
幸い、棚だらけのこの部屋には、身を隠す場所が、たくさんある。そのうちの一つに隠れると、ほどなく、自分の居た辺りに、白衣の男がやって来た。丸い鼻に丸メガネ、漫画のキャラのようだ、と、息を止めたままで、なぜか冷静に観察していた。しゃがみこんで、棚の下をのぞきこむも、早々に探すのを諦めたようだ。
「埃が多いな、ここは。機械に良くない」
彼女の元に戻り、かちゃかちゃと、手元の工具箱のような、ケースの中を探り始めた。
出るなら今しかない。
ドアの隙間をすり抜けて、慌てて抜け出した。
足音を立てぬように、でも急いで、自分の部署まで戻り、席について、大きな息を吐く。何か見てはいけない物を、見てしまった気がした。
ぎゅっと、にぎりしめていた手を開く。
真新しい小さなネジは、窓からの光に照らされ、銀色に輝いていた。