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《殺戮因子》と《蛇腹》③

「あんまり買い物とかしないんだ」

 全国展開をしている牛丼屋の一席で、殺戮因子が足元に置いてある紙袋見て微笑む。

 彼の格好は、真っ黒な薄い生地の手袋以外は、一般的で無個性なリクルートスーツ姿へと変わっている。

「ごめん」

 対する情は、その格好はやはりテンプレート的な就職活動姿ではあるが、内定取り消しを受けたような悲痛な面持ちだ。殺戮因子の正面に座って、お冷の入ったグラスを滑らせて遊ぶことで気を紛らわしていた。

 その原因は足元の紙袋にあった。

 一着買うと二着目がお得らしく、二人でスーツを合計四着買ってしまったのだ。

 その要因はすべて情にあった。

「就活用のスーツが欲しい」「二人。おそろい」「ズボンも欲しい」

 この三言だけ言うと、後は店員の言葉に「うん」「いい」「はい」日本人愛用の曖昧三種の神器を駆使して買い物をしてくれた。その結果が、コーディネートも自分らしさもない、リクルートスーツ姿。終始落ち着きなく店員と殺戮因子の間に視線を走らせる姿は、飼い主の指示を待つ子犬の様だ。間違いなく。この買い物が面接官に見られていたら、情は落ちていただろう。

 そんな苦い思い出は、三十分前の物。今は四人がけの机に向かい合って、情の奢りとなった牛丼を今か今かと待っていた。因みに、スーツ代は全て殺戮因子が出した。その金の出所は情と大差ない。所謂RPG方式である。ただ情とは違って、他人の家に押し行って奪って行く勇者タイプで手に入れた金である。

 休日だと言うのに、店内は他にもう一組カップルらしき高校生がいるだけで、店内はガランとしている。大通りから外れているとは言え、やや不自然な程だ。

「神知教時代は、欲しいものは大抵何でもそろったし、殺人鬼になってからは奪っていた」

 なるほど。通りで自分の上着のサイズも知らないはずだ。

 その事を茶化そうとも思ったが、あまり調子に乗りすぎるとカッターナイフでバラバラにされかねないので、殺戮因子は無理矢理に話題を変える。

「情は、超能力者になってから、随分経って殺人鬼になったんだ」

 超能力《殺戮因子》に目覚めると同時に殺人鬼と化してしまった殺戮因子には、それは少しだけ不思議な話であった。能力の意味と、殺人鬼としての行動が噛合っていたから考えもしなかったが、別にその二つは同一ではない。もっとも、どんな人格を持っていようと《殺戮因子》の能力を持ってしまったら、殺人鬼に成らざるを得ないだろうが。

 その質問に、情は複雑な表情で口を動かす。

「似たようなもの。ちょっと家族を戮っちゃて、神知教に保護されて実験動物していたけど、研究所を脱走して、やることがないから殺人鬼していた」

 夜の自己紹介では研究員と言っていたのに役職が大きく下がっているが、大方こちらが本当の扱いだったのだろう。神知教ならば、それくらいは平然と行うにちがいない。

「超能力の実験体ね。でも、それを研究して何をする気なんだろ?」

 神知教が貪欲なまでに知識を集め、技術を作り出しているのは周知なので、そのことに不思議はない。だが、無益なことをする集団でもないので、超能力を突き詰めて何を得ようというのだろうか?

「はっきり言って、超能力なんて研究しても無駄だろ? 情の能力なんて特に。どんな目標があるか知らないけど、身体能力の高い人間……オリンピック選手を手軽に作りたいなら、脳や身体に電極をぶちこんでサイボーグを造る方が手軽じゃないのか? 人を大量に殺したいんなら、核ミサイルでも量産すればいい」

 超能力者が世の中か隠された存在であるのは、別に希少だからでも、異常だからでもない。単純に数が少なく、使い勝手と効率が悪いからだ。本当に超能力が便利なものなら、携帯電話と同じくらい、世界中にありふれた存在になっていなくてはおかしい。それが殺戮因子の考えだった。

「その通り」

 情はその問いに頷き、肯定の意を示す。

「でも、超能力者を倒せるのは超能力者だけ。人間を超越した能力を持っているから超能力者」

 それもまた真実だった。超能力者とは、肉体の運動能力、治癒能力、脳の処理能力……つまり五感等の全てが常人のそれを遙かに超えた存在である。それらを全て駆使すれば銃弾程度はかわして見せるだろう。その異常なまでな身体能力に付けくわえて、特異な能力まで持っているのだ。一対一で超能力者を御せる存在は超能力者を措いていない。勿論、戦争でもするような兵器を引き合いに出せば話しは別だが、費用対効果を考えれば、あまりにも馬鹿馬鹿しい。

「って、超能力者を倒すことが、神知教の目的だっていうのか?」

「そう。カテゴリS。《竜神天帝》の打倒。もしくは《絶対強者》の創造が目標」

 ウインドウに映る自分のスーツ姿を確かめながら、情はポケットに入れたカッターナイフを強く握り締める。

 神知教が定めた五段階ある超能力者のカテゴリ。その最高位。

「『虹』の上から六番目『起源』唯一のメンバー。究極にして絶対。起源にして頂点。歴史上たった一人のランクS。神知教が最も憎む神そのもの。普通の能力じゃあ絶対に倒せない化物」

「《竜神天帝》ね。名前からもう敵いそうな気がしないね」情の現実離れした大仰な説明に、興味なさそうに相槌を打つ。「でも、何でそんな能力者一人を倒すことが目標なんだい?」

「神知教の目的が神の存在を否定することだから」

「それって比喩じゃあないんだ」

 過去の大戦で、原爆に家族と故郷を焼き尽くされた榊友と言う学者が、悲惨な運命を生んだ神への復讐を目標として作ったのが、神知教。そんな都市伝説染みた『神殺し』の話は有名だが、どうやら真実であったらしい。

「でも、寿命で死ぬんじゃあないの。どんな素晴らしい能力の持ち主かは知らないけど、人間なんだし」

 不死身の人間に会ったばかりだというのに、間抜けなことを言う殺戮因子。情は溜め息もつかずに、説明を続ける。

「死なない。《竜神天帝》は少なくとも、七十二億年は生きている。と言うより、人間と言う括りで語ると語弊が出る。《竜神天帝》はこの宇宙と同等の生命体。寿命はあっても、私達から見れば無限に等しい」

「はあ」最早御伽噺を聞く心境だった。そんな奴がいるわけがない。不死身はいるし、殺人鬼もいれば、恐ろしく強い侍もいるだろう。だが、そんな人間がいるとは信じがたい。「そいつの話はもういいや。もう一人、《絶対強者》って言うのはなんなんだ?」

 名前からして胡散臭い人物の説明は、「その名の通り。何よりも絶対に強い人間」それだけだった。わけがわからない。と、肩を竦める。その様子に、情は困ったように話を続けた。

「三十年程昔に産まれたその人間は、ただの一つも弱い点を持たなかった。それだけの話。何よりも強く、自分よりも強い」

「なるほど。《竜神天帝》さんよりも理論的には強いはずだってか?」

 先程の『普通の能力なら……』等と含みを持たせた理由はそれか。呆れたように納得する《殺戮因子》。打倒と創造。まったく繋がらなかった話が繋がる。

 カテゴリSを殺す。そのためには、《絶対強者》が必要。それだけのこと。

 それだけのことなのだが、それだけのことが理解できない。

「意味がわからないよ。神知教の功績と謳われる、戦後の経済復帰も、平均寿命の大幅な上昇も、三桁を超えるノーベル賞クラスの発明も、無数の特許も、そのたった一人の人間を倒すための副産物なのか?」

 世のため人のために研究をしているとまでは夢想してはいないがそんなよくわからない目標の為に、世界中から科学者と技術者を集め、世界中に技術と情報を提供して、世界中から様々なものを搾取しているとは、俄かには信じ難い。

 世界中に影響を与える組織の目標が、『《竜神天帝》を倒す』なんて、あまりに馬鹿らしい。『倒す』なんて物騒な言葉を少年漫画以外で、目標に掲げるなんて信じられない話だ。

「そう。あの巨大な組織はそれを目標としている。神の打倒と、神を超える存在の創造。全く持って馬鹿みたい」

 幼少期の七年と言う決して短くない期間を神知教で過ごしたにもかかわらず、情は酷評する。「ふーん。で、馬鹿らしくなって抜け出したのか?」

「違う。私は挫折した」首を振りながら否定する情。その表情は苦々しいものだった。「私も最初は楽しかった。様々な訓練、多種の実験。苦しいこともあったけど、人体改造によって昨日よりも今日、今日よりも明日と強くなっていくのが楽しかった。欲しい物は望めば手に入るし、ある程度の自由もあった。自分は優秀だと思ったし、実際優秀だった。同じ年頃の子供達よりも私は遥かに強かった。勝てないのは、七つ年上の《野性制裁》だけ。でもすぐに勝てると思ったし、疑うこともなかった」

「順風満帆じゃん」

「十歳になった時に《絶対強者》に会うまでは」

 茶々を入れると、情が自虐的に笑う。

「奴は、乗り込んできた。どうやったかはわからない。でも、誰にも気付かれないように神知教の研究街に侵入した彼は、誰にも気付かれないようにヘリコプターを一機盗んで、誰もが気付いてくれるように一番大きなビルにそれで突っ込んで来た。ビル全体を揺らす衝撃と怒号に、最初は全員が驚いた。原因がわかるとそれは歓喜へと変わった。研究員達が『嵐だ! 嵐が来た!』って子供みたいにはしゃいでいた。《野性制裁》が今までの研究の成果を見せ付ける為に、完全武装で《絶対強者》の元に向かわされた」

 その《野性制裁》がどれほどのモノかはわからないが、殺戮因子が手も足も出ない情よりも強いらしい。恐らくは相当な手練には違いない。

 しかし情の口振りは、《野性制裁》が手も足も出ずに負けたような、悲痛な物だった。

「私は直接見ていない。ズームし過ぎて画像の荒くなった監視カメラの画像で見ただけ。世界で一番強いと思っていた《野生制裁》がなす術もなく、やられていく所を」

 それは描写する価値もない、まさしく嵐だったのだろう。圧倒的で壊滅的で一方的な、勝負になりえない自然災害との対決。

「殺されたのか?」

 相槌も打たずに聞いていた殺戮因子が、そこが一番重要だと言わんばかりに訊ねる。

「違う」情も、そこが一番大切なポイントだと言外に断言した。「怪我の一つもなく負けた」

 それがどう言う意味なのかわからないが、ポケットに突っ込まれた情の右手は羊のように震えていた。

「《絶対強者》には絶対到達できない。あれは、人間の形をしているだけで、目に見えるというだけで、人間では有り得ない。どれだけ鍛錬を積もうと、どれだけ人間離れしようと、どれだけ鬼になっても、嵐に勝てる人間はいない」

 嵐。情がまたその比喩を口にする。神知教のスラングかなにかだろうか? 言葉の指すものはわからなかったが、情の挫折の意味は染み込んで来る。上には上がいる。たったそれだけのことが耐えられないと言う気持ちは、殺戮因子にも分からなくはない。

「だから、私は神知教に協力するのを止めた。自分は特別ではないと悟ったから」

 だからなのか、殺戮因子は子犬のように落ち込んだ表情の情の顔に右手を伸ばすと、その綺麗な指先で彼女の頬を二度突いた。

「変なこと聴いて悪かった」思いのほか感触が良く、殺戮因子は続けて更に頬を突く。

「子供扱いしないで」

 すると情はむっとした声で頬を膨らませ、その指を払って不機嫌そうに唇を尖らせる。

「ごめん、ごめん。なんか、触っても死なない人間に触れるのは久しぶりで、楽しかった」

 この四年間、彼が誰かに触れる時は、人を殺す時だった。だから、触ってみたくなった。それに、情の悲痛な表情は見るに絶えず、殺戮因子はそんな情を見て――――

「どうしたの?」

 ――――見て? その先を考えようとして、殺戮因子の動きがぴたりと止まる。

 悲痛な情の顔に、言葉にできない曖昧な感情を抱いた。それはこの四年の間に感じたことのない心の動きであり、それでいて懐かしいような矛盾した不安定な気持ちだった。

「いや、なんでもない。それよりも、牛丼遅いな」

 が、それも一瞬。それを理解しようとした瞬間、その感情は何処かへと消えうせてしまい、検討をすることができなかった。

 一体、今、何を思ったのだろうか? 情を見て何を考えていたのだろうか? 殺戮因子は手を自分の方に引き戻し、手袋を嵌め直しながら頭の隅で考える。

 よくよく振り返れば、その違和感は情に会った瞬間から存在していたのかもしれない。幾ら、その同じイロの瞳に共振するような感覚を覚えたからと言っても、情の話を真剣に聞いている段階でおかしいのだ。自分の名前以外の物は、全て好きでも嫌いでもない。そしてそれ以外の存在を認めないからの殺人鬼であって、殺戮因子なはずだ。

 自分は一体、情に何を思ったのか。この感情の名前は何なのか。この変化は正しいのか。

「じゃあ、牛丼が来るまで、お話でもしませんか?」

 そんなことを漠然と考えていると、声変わりをしていない少年の声が殺戮因子の鼓膜を揺らした。面を上げて見ると、テーブルの横には高校生らしき男女が立っていた。


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