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《殺戮因子》と《蛇腹》①

「私は姉ヶ崎情。神知教第三研究街の元研究員。《蛇腹》の殺人鬼。十九歳」

「神知教の元研究員? その若さで?」

『情け』と言う字を『こころ』と読ませるセンスは一旦置いて、殺戮因子は彼女の所属に驚きの声を上げる。ついでに言えば、二人が肩を寄せ合うように座る小さなベンチは、ベキベキと悲鳴を上げていた。

 神知教と言えば、銀河系最大(現時点で、銀河系内に知的生命体を発見したとされる報告は確認されていない)を誇る研究機関の名称である。戦後の日本に突如と現れたその機関は、僅か七十年の間に世界中で知らぬ者はいない巨大な存在になり、そこの研究員と言えば、この地上で最も名誉ある職業の一つと言えるまでになった。

 若干十九歳の若さで、神知教に研究員として所属していたとなれば、彼女の頭脳は平均を大きく飛び越えた素晴らしい物であろう。

「超能力のサンプルとして、五つの時から十二になるまで神知教にいた」

 が、現実は違うようだ。彼女は無機質な声で『サンプル』と口にする。世界最大最先端の神知教ならば、身寄りのない子供を使って実験する程度、当たり前にやって見せるだろう。神を科学的に否定する為に生まれたあの狂気の研究所は、何者よりも貪欲に知識を求めている。特に、超能力なんて曖昧模糊としていて理論整然としてないものを放っておくわけがない。実験材料の一つとして、保護されていたと言った所だろうか?

 そうとなれば。気になるのは、当然その超能力だ。《殺戮因子》も効果がなかったようだし、一瞬で間合いを詰める瞬発力は、《地獄期間》以上のモノがあった。易々と教えて貰えるとは思いがたいが、殺戮因子は訊ねずに入られなかった。

「説明すると難しい」

 案の定、情は回答するのを渋った。口をへの字にして、情は殺戮因子の足元に置かれたコンビニ袋へと、熱烈な視線を送る。明日の朝食にと、逃走中に購入した物で、パンやらオニギリやらが適当に入っていた。

 殺戮因子が「腹減ってるの?」と訊ねると、情は素直に頷く。仕方がないので、殺戮因子はコンビニの袋から適当にパンを取り出して渡す。この程度の情報で教えて貰える能力と言うのも、中々ないのではないだろうか。

「簡単に言えば、私に向けられる感情の分強くなる」

 パンの袋をいそいそと開けながら、情が一言でその能力の説明を終了した。

「その、もっと詳しくないの?」

「パサパサする」

 黙って缶コーヒーを渡す。微糖だが、大丈夫だろう。

「ありがとう」

 口調こそ平坦だったが、はにかみながらコーヒーのツマミを起こす。

「例えば、私を殺したいと思う男がいる。男が私に向ける殺意の分、私の身体能力と、私の持つ武器の精度が上がっていく」

「白面の者みたいだな」

 殺戮因子が思ったまま口にすると、「その通り」と情は満面の笑みをつくる。年相応の表情で、とても殺人鬼とは思えない。ちなみに、死体は取り敢えず公園の木の茂みに捨てて置いた。恐らく、犬の散歩中の主婦とかが見つけることだろう。

「なるほどね。だからさっきはあんな高速移動術? みたいのが使えたんだ」

「それは、私も驚いた」

「情も?」

「普段はあそこまで出来ない。スピードもそうだし、『落葉』からの『針枝』の連携なんて私の技量じゃあ不可能だった」

 コーヒーをゴクゴクと喉を鳴らして残りを煽る情を見ながら、殺戮因子には情のパワーアップの原因を口にした。「それは、ぼくのせいだな」

《殺戮因子》は殺気と狂気の坩堝だ。情の能力が自分に向けられる感情の分強くなると言うのなら、情は殺戮因子と対峙するかぎり無敵だろう。殺気を測る単位は知らないが、人類で一番殺気を放っているのは、他ならぬ彼である。

「ぼくは《殺戮因子》だからね」

 その通りを教えると、目を剥いてコーヒーの缶を落とし、わかりやすいくらいに情は驚く。

「あの、『殺人鬼の中の殺人鬼』。町一つを滅ぼした、『殺人記録』の?」

「そうとも言われてるね」

「凄い。有名人だ」

 確かにテレビに出た日には物凄い反響を呼ぶだろうが、その言い方は不適切ではないだろうか。殺戮因子は苦笑する。

「情には負けてしまったけどね」

 日に二度の敗北を恥じることなく呟く殺戮因子に、情は両掌を見せて首を振る。

「有名なことと、強さは違う。それに相性と言うものがある。能力強度で言えば、あなたが断然上になる」

「能力強度?」

 聴きなれない単語に殺戮因子が首を捻ると、うきうきと表情を輝かせた情が人差し指をぴんと伸ばして説明を始める。同じ殺人鬼に出会って、若干興奮気味なのか、それともコンビニのパンが美味かったのか上機嫌な少女だった。

「その能力その物の強さを、神知教が大きく五段階に分けたもの。私の《蛇腹》は下から二つ目。カテゴリC。殺人が可能な能力。大抵の能力者はここ」

「アバウトだなー。そもそも、殺人に使えない能力なんてあるの?」

 人を殺せないものなんてない。そう殺戮因子は考える。蟻の一匹だって、やろうと思えば人を殺す凶器になるだろう。結局、人を殺すのに必要なのは、殺意だけだ。他ならぬ殺戮因子が言うのだから、間違いないだろう。

 そう言うと、「私も同感」と情はあっさりと同意する。その上で、説明を続けた。

「あくまでも、その人間の人柄や身体能力を無視して、殺傷能力が優れているかどうかを審査する。最低のカテゴリDは、誰も傷つけないだけで、凶悪な能力が多い。例えば、『虹』の二つ目、『燈篭』の全ての文字を司る《魔道大全》。五番目『絶海』の闇を覗き込む《無限深淵》が有名所」

「そう言われれば、《地獄期間》だって決して殺人できる能力じゃあないな」

 不死に不老に不滅の矛盾と豪語した、白髪みたいな銀髪の青年の名を呟く。確かにアレは、絶対に殺人に向かない能力だ。《殺戮因子》の対極と言っても問題ないほどに。

「知ってるの? 新里世界」

 その独り言が聴こえたらしく、情は再び驚きの表情を作る。当然、殺戮因子も思いもがけない繋がりに目を丸くする。

「彼に殺されかけたから、ここまで逃げてきたんだよ。それより、情も知ってるんだ」

 あの強さと能力を考えるに、もしかして、有名人なのだろうか?

「私も殺されかけた!」

 殺戮因子の考えに首を横に振り、笑顔で答える情。何故、殺されかけたことを嬉々と語っているのだろう? 確かに、嫌な偶然過ぎて笑うしかないと言えば、笑うしかない。

「でも、あなたの《殺戮因子》でどうして負けるの?」

「言い方が悪かったね。殺されかけたけど、勝ち星は拾ったよ。彼の義兄には殺されそうになって、急いで逃げたんだよ」

 一足す一の答えが三になってしまったという口調で情が訊ねてくるのを、殺戮因子は少しだけ恥かしそうに答える。

「和服で、ぼさぼさ頭。髪の色は黒くて、背はあんまり高くない。歳は、二十代後半かな?」

 覚えている限りの情報を情に教えて、何か攻略のヒントが出てこないかと願う。

「多鞘関守」すると、情は全く間を置かずに、その名を呟いた。「《十本刀》。カテゴリはB」

 カテゴリB。日本では今現在、大体200人前後の人が部類されている。《殺戮因子》が通っていた中学校の全校生徒の数よりも少ない、偶然出会う確立で言えば、殆どゼロに近い数字だろう。

「どういう能力なんだ?」

「詳細はわからないけど、それ以上に、彼の技術自体が凄まじいと聴く。現存する刀剣使いの中でも、『刀聖』と呼ばれる腕前らしい。それに、『殺人鬼殺し』としても名高い。後、新里世界の姉、新里鈴音の恋人としても有名。『魔女の騎士』とも言われている」

「『殺人鬼殺し』とは、またニッチな職種だね。しかし、なるほど。ぼくがその関守と出合ったのは偶然じゃあなく、必然ってわけか」

 細い首で二度頷き、殺戮因子に羨望の眼差しを情は送る。どうやら、そんな《十本刀》から逃げられたことに感激しているらしかった。

「でも、殺人鬼殺しって矛盾してない? 人を殺す人を殺すなんて。そいつも殺人鬼じゃん」

「普通だったらそう。でも、殺人鬼は普通じゃあない」

「人を常習的に殺すと言うだけで、普通じゃあないなんて」殺戮因子はゆっくりと息を吐き出す。「生き難い世の中だよ。まあいいや。それよりもさ、その《地獄期間》のお姉さんってのは、何者なわけ?」

「カテゴリA、《四真屋敷》」

 それだけで十分だと言わんばかりに、情はお尻を動かして殺戮因子との距離を詰める。暫く無言でジーっと殺戮因子の目を見ていたが、鏡の中の自分の顔が違うようで、居心地が悪かった。

 一体何事かと殺戮因子は戸惑ってしまうが、「不思議な目」と彼女は呟き、話しを続けた。

「姿形は知らないし、能力も知らない。でもカテゴリAと言うだけで脅威」

 例えば、カテゴリCがナイフだとすれば、カテゴリBは銃だ。凶器と武器の違い。このくらい差なら、条件を整えさえすれば、まだ何とか乗り越えることが出来るかもしれない。が、カテゴリAは別格。例えるなら戦車。武器と兵器の違い。最早、強い弱いの差ではなく、持っているかいないかの違いにしかならない、差と表現するには大きすぎる隔たり。

「カテゴリAは、世界中で27人しか確認されていない」

 今、宇宙空間にいる人間よりも少ない人数。その数字だけで、カテゴリAがどれだけ途方もない領域なのかがわかる。

「…………凄まじい連中を敵に回してしまったかもしれない」

 頭を抱えて、殺戮因子は自分の不運に呆れる。今なら、運命の女神様を嫌いになれるかもしれない。

 そんな悲痛そうな殺戮因子に、情は自分のことを自慢するように笑う。

「でも、あなたもカテゴリAの一人。無闇に恐れる必要はない」

「え?」

 思いがけない言葉に、殺戮因子は隣の情の方を掴み、身体ごと顔を自分の方に寄せる。息がかかる距離……実際コーヒー臭い吐息を感じながら関守は話の続きを迫る。

「どういうこと? それ?」

「どういうも何もない。《殺戮因子》は紛れもなく、カテゴリA。町一つを一日で殺す危険な能力がAでないわけがない」

「でも、《十本刀》の前には逃げるしかなかったし、情には手も足も出なかったぞ」

 最近の実績を口にすると、情けないことこの上なかった。とてもではないが自分がそんな怪傑な人物とは思えない殺戮因子だった。

「私だから、あなたの殺気を力に変換してお喋りできる。私以外だったら、もうとっくに死んでいる」

 強い能力が必ずしも勝つのが勝負ではない。強さには優劣がある。情の能力はピンポイントで《殺戮因子》を殺すことができる。言わば、《殺戮因子》という戦車に情は乗ることができる能力なのだ。自爆以外の倒し方は存在しないだろう。

「それに、《十本刀》は、一対一の戦闘に秀でた戦士。その土俵で戦えば、あなたに勝ちはない。と、言うより、この日本に彼と戦って勝てる人間なんて、十指にも満たない」

 そして戦車も、何時でも何処でも戦えるわけではない。進める場所は限られているし、その分整備や持ち運びにも手間がかかり、攻撃範囲も広いが、死角も多い。

「場所と戦法。それに相手を知らないと勝ち目はない」

 伊達に五つの時から超能力者として活躍していたわけではないらしく、すらすらと情は殺戮因子の敗因を見事に指摘してみせる。思い当たる言葉が多過ぎて、苦笑いしか出ない。

 年下の頼りないお嬢ちゃんと思っていたが、どうやらそれは甘かったようだ。同じ殺人鬼のよしみで命拾いしていなかったら、殺戮因子は今頃この世にはいないだろう。

「そこで、そんなカテゴリAであるあなたに頼みがある」

 情は浴衣の襟を直して、姿勢を改める。人のご飯をねだる時にも取らなかった態度の変化に、殺戮因子も自然と背筋を伸ばしてしまう。

「私と、手を組まない?」

 手の中のカッターの刃を出したり引いたりしながら言うので、最初は脅迫かと疑ったが、顔を見てみると不安そうに瞳が揺れていた。落ち着かないときの情の癖なのだろうか。周りの人間まで落ち着かなくなるので、是非直して欲しいと思った。

「ぼくは構わないけど、君は何か徳があるのかい? それが分からない限り、考えられないな」

 情が自分と手を組むメリットがわからない殺戮因子は、怪訝な表情でそれを見返す。殺戮因子は情報も持っていないし、将来性は限りなく薄い。何といっても敗戦兵なのだから。

「私は、《地獄期間》と因縁がある。多分、今も彼に追われている」

 状況を呑み込めていない殺戮因子に、情が自分の事情をゆっくりと話し始めた。

 それは一ヶ月以上前、三月も終わる頃の話だった。情がより面白いものを探し、日本中を旅している最中のこと。気がついたら、彼女はいつも通りに人を殺してしまっていた。人が死ぬと言うのは極々当たり前のことで、一々、他人が死んだ程度で驚きはしない。その時は別に何の気にもしなかった。

 しかし『いつものことなので』と、適当に放置しておいたのが失敗だった。三日もしない内に、新里世界が情の前に立ち塞がったのだ。

『お前か? お前だろ? お前だよな? お陰で、春休み返上だよ。取敢えず、アイツの墓の前で謝って貰おうか? それくらいは、人殺しのクズでもできるだろう?』

 愛車である肉食獣のようなバイクに跨った世界は、アクセルを派手に吹かすと、そのまま情へと真っ直ぐに突っ込み、戦いの火蓋が切って落とされた。

 二人の実力は伯仲し、勝負は熾烈を極めた。結局、技量は情がやや勝っていたが、不死に不滅に不老の矛盾を屠ることは手持ちの装備では不可能で、敗走を選ばざるを得なかった。

「私は《地獄期間》に追われているかもしれない。今度戦ったら、もう決着はわからない。もしかしたら、勝てるかもしれないし、負けるかもしれない。最悪、《地獄期間》と浅からぬ仲である、殺人鬼殺しの《十本刀》も襲って来るかもしれない。そうなったら、もう勝ち目所の話じゃあない。私は絶対に殺される」

 妙に自信満々な情の言葉に、殺戮因子はその言葉の意味を素早く理解した。

「なるほど。でも、ぼくが横にいれば勝てるかもしれないってことか」

「そう。貴方が横にいれば、私は普段よりも遥かに早く動ける。あの状態なら、きっと勝てる」

「ぼくは外付けのバッテリーかい?」

 実際に関守の凄まじさを体験した殺戮因子は、情の強気な発言を若干疑いながらも、その提案を悪くないと考えた。そもそも長年研鑽を積んだ関守と戦うならば、付け焼刃のテクニックで戦うなんて馬鹿げている。百戦錬磨の殺人鬼殺しとして熟練している相手に対して、二日三日で覚えた技術が役立つわけがない。

 それならばまだ、ある程度円熟している技を持つ情が戦ってくれた方が勝率も上がるだろう。しかも自分は戦わなくていいと言うのだから、願ってもない話だ。

「了解だよ、情。手を組もう」

 情がカッターを浴衣の帯にしまうのを見届けて、殺戮因子は手を差し出す。すると、この四年誰とも手を繋ぐことのなかった掌に、小さな手が重ねられた。

「でも、危なくなったら、君を置いて逃げるよ?」

「それでいい。私も嵐が来たら逃げる。これで交渉成立?」

 嵐? 超能力者独特の比喩だろうか? 

「どちらかと言えば、契約成立だな」

 自分の言葉を聞いて少女のように微笑む鬼を見て、殺戮因子は髪の毛を掻き混ぜる。どうやら、懐かれてしまったようだった。

「殺戮因子じゃあ、呼びづらい。さっちゃんでいい?」

「…………ありがたいけど、殺戮因子と呼んでくれ」

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