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《殺戮因子》と《地獄期間》②

「ありえねー! 何? あの化物!」

 駐車場の攻防から、殆ど一日経過していた。場所は殺し合いのあった場所から遙かに離れた、人口よりも羊の数が多いような某道の、時代と子供達に置き去りにされた小さな公園。持てる限りの知識と財産と体力を駆使し、わざとばれるようにチケットを買ったり、飛行機に乗るふりをしたり、一回女装までして、殺戮因子は見つからないようにここまで逃避したのだった。

 殺戮因子はある程度、正しくない生き方をする人間たちの世界を知っている。超能力者と呼ばれる人間、神知教と言う巨大すぎる組織を。世間の裏と言うよりは、文字通りの極端に存在する日の目を浴びない場所の住人達。

 知る度に驚きを覚え、会う度に命懸けだった。が、どのような人種でも、彼に触れられて生きているものはいなかった。殺戮因子は無敵で、《殺戮因子》は絶対だった。

 しかしそれも昨日までの話。今日、殺戮因子はあっさりと負けてしまった。自分が弱いと言うよりは、あの和風侍男が常軌を逸していた。今まであったどの存在よりも、洗練された強さを持つ男。今まで会った超能力者とはレベルの違う存在。

「戦闘用の超能力者……と言ったところかな?」

 余り手入のされていない公園の腐ったようなベンチに寝転がって呟く。逃走劇は一旦ここで終了させるらしい。まだ少し肌寒いが、死ぬようなことはないだろう。一日と半分眠っていない頭が、眠る前にぼんやりと自分の武勇伝を紐解いていく。

 超能力者と言うのは、わざわざ言う必要もないくらい、少人数しか存在しない。しかし超能力者同士が接触することは、それ程珍しくはない。超能力と言う存在を産まれ持ってしまった者同士、なんとなく惹かれ合うのかもしれない。もっとも、出会った所で友好的な会話ができた記憶は殺戮因子に殆どない。基本的に、ゲームよろしく目があったら戦闘開始であることがほとんどだった。友好的に他人と話しあえるような能力でも、人格でもないので仕方がないことだったが、思い出せるだけでも、十回は自分とは違う能力者を殺して来た。年に二回以上、命の削り合いをして来た。これは相当に多いのではないだろうか?

 しかし、ある時は強力な、ある時は思考の虚をつく、又ある時は理解不能な現象に、殺戮因子は今まで全て勝ち抜いてきた。

 特殊な暗殺拳を学んだわけでも、戦闘におけるセンスがあるわけではなかったが、何とか全てに勝利することが出来たのは、自分に殺意を向けるものを殺す、狂気を纏った《殺戮因子》といつの間にか名づけられていた能力のおかげに他ならないだろう。

 そしてもう一つ重要なポイントは、彼らが何と言うか、戦いなれていなかったことだろう。能力は凶悪でも間合いを理解していなかったり、自身から不用意に近付いてきたりと、油断の塊だった。

 だからこそ勝ち続けてきたのだが、今回の二人は違った。《地獄期間》は、全力で攻めたにも関わらず、殺意も抱かずに飄々とそれを受け流していた。単純な技量と体力では負けていただろう。それに、和服男の最後の構え。一体どの様な能力か検討も付かないが、必殺の一撃であることに疑いはない。

 自分のような超能力者と戦う為に鍛え上げられた能力者。そう考えるのが妥当だろう。

「対能力者。これからは真剣にならないとな」

 間違いなく、関守は全力で自分を殺しに来るだろう。仲間に情報を教え、徒党を組んでくる可能性もある。それに、殺戮因子は町一つを滅ぼした大量殺人者なのだ。もしかしたら正しくない生き方をする世界では、賞

金首なのかもしれない。

 ならば、今日出会ってしまった男達のような存在の対処方法を、殺戮因子は考えなくてはならない。そうしなければこの先を生き残ることはできないだろう。もし、今のまま死んでしまったら、自分がただ名前を嫌いになる為に産まれて来たという、あまりにも寂し過ぎる人生を過して来たことになってしまう。それだけは避けたかった。

 新たな決意を胸に、殺戮因子はゆっくりと瞼を下ろす。今日はもう、寝てしまおう。明日の朝、目覚めてからゆっくりと考えればいい。疲れていた身体は直ぐに休息を求めて意識を手放し、

「お譲ちゃん。こういう所が好きなの?」

「そう」

 声を聴いただけで脂ぎったおっさんの顔が浮かぶような下劣な笑い声と、静かな少女の声によって、直ぐに覚醒を強制された。殺戮因子以来のお客様が、公園に入ってき来たようだ。別に気配に敏感なわけでもない彼は、新たな利用者が声を上げるまで、間抜けにもその存在には気が付くことができなかった。

 一瞬「ばれたら面倒だ」と思ったが、二人はこちらに気が付く様子はない。コートは真っ黒で、ベンチに寝転がっている彼は、闇夜に完全に紛れこんでいるようだ。

「じゃあさ、はやくやろうよ」

「お金が先」

「はいはい。三万円だったよね」

 そういう人達か。男の声に、殺戮因子は眉を顰める。どうやら二人の関係はあまり良いものではないらしい。一体どの辺りが援助で、何故交際と呼ばれるのかさっぱり謎な違法行為による薄っぺらな人間関係。そうなると、少女達はその行為に励む為にこの公園をチョイスしたのだろう。別に大した倫理感も持ち合わせていないし、その行為自体に嫌悪も好意もないのだが、派手に騒がれると安眠妨害になる。それはいただけない。

 やはり出て行こうか? それとも気力で無視をするか? 目を閉じたまま逡巡している内に、

「違うわ。有り金全部よ」

 カチカチカチと、カッターナイフの刃を押し出すような音が静かな公園に響いた。

 こんな遊具も殆どない寂れた公園で、一体どんな特殊なことをする気なのだろうか? 流石の殺戮因子も気になり、薄眼を開けて二人の情緒を覗き見る。思い返せば、最初に犯した罪が殺人で、こんなせせこましい覗きは初めてだった。

 自分の犯罪遍歴を思い返しながら、消えたり点いたりする電灯の下に二人を発見する。予想通り若い女と、三国志で例えると董卓と言われそうな悪人顔の男が突っ立っていた。予想と違うのは、少女が清楚な感じの美少女で、黒い浴衣を着ていることだろうか?

 その浴衣美少女が、董卓の口に大きなナイフを突っ込んで殺しているのは、まあギリギリ予想の範囲だった。殺戮因子だって、刃物を持っていたら取り敢えず人の口に突っ込むことは多々ある。珍しいことでも何でもない。

「財布ありがとう」

 小さく呟いて、少女はナイフを口から抜き取る。喉が簡易の噴水と化した董卓は、力なく後ろに無言で倒れていく。なるほど、魔物を倒してお金を貰える理由は割りと単純だな。財布を捜す少女の手に握られた凶器を観察しながら、そんな悠長なことを殺戮因子は考える。

 鮮やかな手並みで息の根を文字通り止めた獲物は、やはりカッターナイフだった。どこのホームセンターでも売っていそうな、青色のプラスチック製のカッターナイフ。あんな物で人の肉を貫いて、大人一人を絶命させると言うことは、市販品では不可能だ。

 恐らく、少女は超能力者だろう。

 そしてもし、本当に超能力者だとしたら、彼女の恰好は余り受け入れられる物ではない。

 背中の中ごろまである長い髪。眉の上で切りそろえられた前髪。白い顔に大きな黒瞳。真っ赤な小さな唇。黒と赤の艶やかな浴衣。年は、恐らく殺戮因子も少し下の二十歳前だろう。何と言うか、ベタな言葉を使うと、まるで日本人形のような少女だった。

 そう、日本人形のように浴衣――和服を着ていることが殺戮因子にとって重要だった。

 五月になったばかりの今、この日本でも寒いことで有名な某道で浴衣を着るような人間がいるだろうか? あの董卓(今更だが、本名では決してない)の趣味の可能性もなきにしもあらずだが、もしかしたら侍和服男の関係者ではないだろうか? 現代日本で和服を日常的に着ている超能力者に、続けて出会うなんて偶然がありうるだろうか?

 もしかしたら、あの男の仲間なのかもしれない。殺戮因子がそう考えるのは自然だろう。

「あった」

 しかし財布に入る程度の金欲しさに、殺人するような人間があの侍の仲間とも考えにくい。一度会っただけだが、彼が儀や仁と言った者に厚い人間だと言うのは簡単に想像がつく。非常で冷徹な人間ならば、世界を見捨てて殺戮因子を殺しただろう。そもそも世の為人の為に、殺人鬼と戦うわけがない。

 財布の中身を調べる少女を薄めで見ながら、熟考の末、殺戮因子は彼女を無視することにしておいた。触らぬ神に祟りなし、だ。第一に今日はもう、体力が限界に近い。幸い、二人の騒ぐ声に邪魔をされることもない。心の中で死体と少女にお休みと呟く。

 が。

「後は、あの男の財布」

 平坦な声によってあっさりと、殺戮因子の目論見は破綻する。彼の周りで人が狂うように、彼の計画も大抵は狂ってしまうのだろうか。

「お兄さんは、お金持ち?」

「お嬢ちゃん程ではないと思うけどね」

 腐ったベンチから身体を起こしながら、太った男の死体に目を向ける。指には豪奢な宝石、腕には高価そうな時計が目に入る。きっと財布の中身もさぞ暖かかっただろう。

「全部偽者だから。財布も五枚しかなかった」

 残念そうに、キリキリとカッターナイフの刃を伸ばしていく浴衣少女。

「なるほど、確かに、君みたいな可愛い娘には安すぎるね」

「ありがとう」

 お世辞に顔を赤く染めて頭を掻く少女は、カッターナイフさえなければ絵になっただろう。

「どうだい? お兄さんならその倍は出すけど? 一緒に寝ない?」

「初めては好きな人じゃないと嫌」

「そう。じゃあ、初めての殺人もそうだった?」

 首を横に振って、少女は静かに答える。

「大嫌いだった」

 その言葉を引き金に、少女が動き出す。距離は優に十メートルはあったが、浴衣を着ているとは思えない敏捷な動きで、少女が公園の悪路を駆け抜ける。時に身体を左右に振り、意図的に歩幅を変え、《地獄期間》のような一直線ではなく、緩急を交えた蝶のような優雅さをその身に纏った高度な移動術であり、彼女がタダ者ではないことが、その走りから窺がえる。

 だが、そんなカッターナイフを煌かせる疾風の攻撃も、殺戮因子には通用しない。殺意がそこにあれば、どんな攻撃だろうと察知することは容易い。例外は、相手と距離が離れ過ぎた場合のライフル等の遠距離攻撃。そしてわかっていても反応することができない程の、ショートレンジからの高速攻撃。

「短気だね? お話でも……」

 《地獄期間》にやったように、少女が袈裟切りしてきたタイミングに合わせて、その腕を払おうと殺戮因子が手を伸ばす。とっくの昔に来ること分かっていた斬撃を避け、細く長い手が少女のそれと交錯した刹那。

「っ!!」

 殺戮因子の身体が、少女の細腕を払うことも出来ずに後ろに吹き飛んだ。身長、体重、リーチ。どれも勝っていたはずの彼は、ベンチの後ろの茂みの木々の細枝を折りながら、小さな茂みを転がり続けた。

 中学二年生の時、おばちゃんの運転するスクーターに跳ねられたことを思い出しながら、殺戮因子は少女のパワーに驚くよりも、自分の浅慮な行動に激しい後悔を覚える。

 直前の動きで、戦闘慣れしていることは安易に想像が出来たのに、大した考えもなく素手で迎え撃ってしまった。もっと慎重になるべきであった。もしも触れた瞬間に勝負が決まるような類の能力であったら、もう死んでいる。

「嬢ちゃん。俺の初めての殺人は、別に好きでも嫌いでもない他人だったよ?」

 痛む身体に鞭打って、殺戮因子は出来うる最速で起き上がり、コートと手袋を脱ぎ捨てて獰猛に笑う。考え方を変えれば、これは幸運と呼べる。先程の一撃は、凄まじいものがあったが、あの和服男より大したことはない。《地獄期間》にすら劣るレベルだろう。

 仮想敵としては、丁度良い。対能力者の戦い方。ここでモノにして見ようではないか。

「嬢ちゃんも、好きにも嫌いにもなれそうにないな」

「不思議」

 そんな決意を秘めた殺戮因子を一瞥もせず、少女は自分の手に握るカッターナイフを見つめていた。まるで何かに囚われたようにカッターナイフを一心不乱に見つめる彼女を見て、殺戮因子は自らの能力を思い出す。

 手袋越しとは言え、彼女は殺戮因子に触れた。言葉だって何度か交わしたし、攻撃をしたと言うことは、少なからず殺意を抱いたはずだ。何といってもあのカッターナイフは目の前で人を刺したばかりの品である。

 つまり、彼女はもう障られてしまっていてもおかしくない。

 殺戮因子が今まで対能力者の戦い方を考えなかったのか、その理由はシンプルだ。

 必要ないのだ。少しでも触れあえば、語り合えば、それだけで相手は殺意に障られてしまう。結局は、今日会った二人がイレギュラーなだけで、殺戮因子を見たり聴いたり触れたりすると言うのは、それだけで死を意味する。

 練習相手を探すにも一苦労必要そうなことに、殺戮因子は溜息を吐いた。自分に使えるとは思わないが、《地獄期間》や少女の独特な歩法術は是非その理屈を知りたかったのだが、あの様子では無理そうだ。さっさと止めを刺そうと、殺戮因子は無造作に少女に近付いていく。

「いや、この無防備さから直したほうが良いのか?」

 自分の能力を過信しすぎるのはあまり宜しくないのではないか? 殺戮因子は少女まで十歩の所で歩みを止める。

 その判断は、正しかった。

「力がいつもより湧く?」

 少女は、はっきりとそう呟いた。殺意に唆された高揚感を含んでいない、落ち着いた声で。

 言葉の意味を聞き返すより早く、少女が動き出す。先程とは又違った、《地獄期間》が見せた(同一かも知れないし、もしかしたら別の技術なのかもしれないが、殺戮因子には判別がつかなかった)直線的で爆発的な速度を持った歩法で、少女は殺戮因子の懐まで潜り込む。

 が、どれだけ早かろうと、どれだけ鋭かろうと、距離と殺気さえあれば、殺戮因子には関係がない。十歩と言うのはそのギリギリの間合いであり、少女の小さな顔が急接近したのと同時に、後ろに跳び下がり距離を再び取る。

「無駄」

 すると、低く呟いて、再び少女が高速移動を開始する。それを見て、同じ様に殺戮因子は後ろに跳ぶことで間合いを測る。

 それが拙かった。

 少女が今回行ったのは、最初に見せた緩急溢れる歩法であった。どちらにしろ、通常では考えられない速度だが、今回の歩法は動きが増える分だけ遅い。つまり跳ぶタイミングを完璧にずらされてしまった。少女は殺戮因子が後ろに跳んだのを見ると、矢のように前方に弾け跳ぶ。

 急な方向転換が出来ない空中で、殺戮因子は少女に殺される自分を想像する。

 まず、あの普通のホームセンターで売っていそうなカッターナイフで、何処を刺されるだろうか? 脇腹だろうか? その後は、彼女の突進に耐えられず、そのまま後ろに倒れて背中を強打。彼女がそのまま身体の上に乗っかって来るだろうから、受身も取れずに悲鳴を上げる。それからは、どうなるのだろう? マウントを取られてしまったのだから反撃は難しそうだ。何故か、《殺戮因子》の殺気も平気のようで、恐らくは成す術なく殺される。親父にもぶたれたことがないのだから、脇腹に刺さったカッターの痛みだけで、死ぬかもしれない。

 やっと死ねるのか、もう死ねるのか。殺戮因子はそんなことを考えて、最後に自分が見る破目になるであろう少女に向かって微笑む。敵対者に、苦しむ顔だけは見せたくない。そんな意地が自分の中にあることに驚いた。

「じゃあね」

「ばいばい」

 言葉に合わせて少女がカッターを振り上げる。

 これから自分の命を奪うであろう刃には目もくれず、殺戮因子は少女の瞳だけを見続ける。

 その黒瞳には、自分の顔が映っていた。

 その黒瞳には、何のフィルターもなさそうな、純粋とすら呼べる不純が見えた。

 きっと、彼女の前では、赤ん坊も年寄りも。健康も病人も。死人も生者も。偶然も必然も。たいした差のあるモノではないのだろう。何モノにも価値を見出さない、全てを俯瞰する絶対的な平等主義。

「…………っく」

 その黒瞳を見て、殺戮因子は、嗤った。

「くっあーはっはっは」

 何がおかしいのか、何が楽しいのか、何が嬉しいのか、ただただ嗤い続ける。

「…………っぷ」

 少女も、殺戮因子に肉薄するまで近付くと、カッターナイフを無造作に投げ捨て、子犬がじゃれるように殺戮因子に飛び掛った。

 重心が後ろに行っていた殺戮因子は、少女の勢いを殺しきれずに後ろ向きに倒れる。予想通り受身は取れず、肺の中の空気が口から一気に漏れ出す。が、苦しいとは感じなかった。

 それは当然だった。

「今日は、なんて愉快な日なんだ」

 真っ黒な瞳。全ての価値を見失った、透明な瞳。

 鏡に向かわなければ見ることは出来ないと思っていた瞳が、そこにはあったのだから。

 こんな愉快な日はない。自分の同類に出会えた愉快な夜を、殺戮因子は笑った。

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