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《殺戮因子》と《十本刀》③

「私が最初に人を殺したのは五つの時だった」

 九死に一生を得てから半日が経過していた。空には雲ひとつなく、名前も知らない星達が中途半端に欠けた月と共に深いアオイロの夜空に浮かんでいる。太古から多くの人間が思いを寄せ、神秘を見出し、物語を創造しただけあって、見ていても中々飽きがこない。例え情が言っていた《竜神天帝》でも、この雄大さには敵わないだろう。

 そんな感動さえ覚える宇宙の偉大さの元、二人は昼前と変わらない場所に寝転がっていた。もっとも、関守との戦闘に備えて探し出したこの場所は、登山道から五百メートルほど離れた雑木林の中にあるエアスポットのような場所で、火でも起こさない限り誰かに見つかる心配はない。脅威が去った今、下手に動くよりはよっぽど安全な場所だろう。

「ん? 昔話? 自虐話?」

 一瞬でダイエットに成功した右腕を眺め、殺戮因子はあまり興味なさそうに相槌を打つ。

「暇だから話は聴くよ」

「そう、ただの暇潰し」

 昼前に大泣きしたせいで、整った顔をクシャクシャにしてしまった情も、同じ様にあまり積極性の感じ取れない声で答える。完全燃焼という表現が似合いそうな、気の抜けた声だった。殺戮因子が倒れた後、急いで町に走り(当然ズボンは穿いて)応急処置に必要なものを集める為に駆けずり回った後、七年前神知教で習った知識を総動員して殆ど手術みたいな傷の治療をしたのだ。燃え尽きたという表現は、今の彼女にピッタリなものだろう。

「私は割りと裕福な家庭で育った。父親の母親が神知教最初の出資者の一人で、呼吸しているだけで金が入る類の人間だった。母親はその父親の同級生で、こちらも良い所のお嬢様だったみたい。家にはメイドさんとか執事とか沢山の人がいて、欲しい物は全部持っていた、私はそんな家庭に育った」

「そりゃ、幸せな家庭だね」

 包帯でグルグルに巻かれた右手の切断面を撫でながら、自分の家庭とは大違いだと小さく漏らす。自分の両親は顔も覚えていないし、自分を引き取った母の弟夫妻とは余り話したりもしなかった。

「それも長く続かなかった」

 幸せは長く続かないとは言うが、情の場合も例に漏れなかったようだ。幸福というのは、性急に手放さないと危険なものらしい。

「どんな悲劇が起きたんだい?」

「弟が産まれた」

「へー。ぼくにもいたな、弟」

 本当は従弟なのだが、殆ど生まれた時から一緒にいたので、弟と呼んでも支障はないだろう。従弟だろうと弟だろうと他人には変わりない。流石に悲劇呼ばわりするのは気が引けるが。

「私の弟はあなたの弟より絶対可愛かった」何故か情は悲劇を自慢する。「柔らかくて、暖かくて、凄く優しい気持ちになれた」

 恐らく赤ん坊だった時の話をしているのだろうが、そんなことは赤ん坊全般に言えるだろう。普段ならそう突っ込んでいるところだが、右隣で同じ様に地面に身体を預けて天を仰いでいる情には言えそうになかった。

「私は、毎日弟の世話をして、それが楽しくて、笑って、喜んでた」

 ますます悲劇から話が遠のいていくのだが、その内容に反比例するように情の声のトーンは相変わらず低い。

「そんな私を眺める両親の視線に気がつくのには時間がかからなかった」

「視線?」

「と、言うよりは悪意。私の両親は、弟が生まれて以来、私を疎ましく思ってた」

「そりゃまた何で?」

「私は、本当の子供じゃないから。正確に言うと、私は法律的に人間かどうかも微妙」

 余りに突飛な発言に、殺戮因子は身体を起こして「はぁ?」と本音をこぼす。

「生まれたときから超能力を、もっとハッキリ言えば《絶対強者》を持った人間の作成を目標とする、神知教のラインの一つ。試験管で生まれた人造人間とでも言えばわかりやすい。それが私だった。もっとも、それを知ったのは神知教に入ってからだけど」

 空前絶後の超能力者、《絶対強者》が生まれてから十二年。神知教はその模倣を試みていた。

 最初は、中学生にもならない彼を懐柔しようとしたらしい。彼の力を持ってあの《竜神天帝》を屠ろうとした。が、交渉に向かった人間はことごとく門前払いされ、実力行使をしようと雇った『虹』の一角、死神と恐れられていた『黄昏』の《兇刃乱舞》はたったの一撃で葬り去られてしまう。

 ようするに彼は一人で無敵で、一人で生ることの出来る人間。それだけのことだった。故に彼にとって組織と言う集まりは、無駄と弱者の集合体でしかなく、そんな下らない馴れ合いの場所を《絶対強者》が良しとするわけがなかった。

 そうして、神知教は《絶対強者》の勧誘を諦め、同等の存在を一から造ることに決めた。それが、『《絶対強者》人造計画』。聴いただけで内容まで大体わかってしまうその計画は見事に失敗した。《絶対強者》はおろか超能力が発現した固体すら殆ど確認されず、普通の人間を造り出したにすぎなかった。当然ただの人間を造っても意味等ない。千二百体に及ぶ人の形をしたその失敗体達は、実験動物と同じ末路を歩むことになった。

「私も薬漬けのモルモットか廃棄処分される運命にあったのだけど、両親は子供が長年できなかったらしく、沢山の失敗作の中から私を選んで育てることに決めたらしい」

 その事実を知ってなお、未だに両親と呼ぶ理由が殺戮因子には理解できなかったが、情はその事実が自慢であるように語る。

「でも、本物が産まれちゃった」

「情だって娘だったんでしょ?」

 思ってもない台詞がスラスラと口を付く。殺人鬼の過去に優しい嘘なんて必要ないのに。

「私は違った。本物でなければ偽者ですらない。ガラスの胎内に薬品の羊水に浸って生まれた有機物の塊。産まれる前から《絶対強者》の代用品で、産まれた後には子供の代用品」

「そして弟君が生まれると同時に、代用品から廃棄されるべき粗悪品。酷いね、そのご両親」

 人が自分と違う人間を認める心は昔から小さい。肌の色や出身地と言う差異で諍いが生まれ、違う神を思うだけで争いを起こし、ほんの少しの優劣で他者を責める。出産と言う生命の神秘を経験した情の両親からしてみれば、ガラスと薬品から生まれたモノなどおぞましくて堪らなかっただろう。人の形をした得体の知れない何かが、腹を痛めて産んだ愛の結晶にベタベタと触るのだ、それは恐ろしかっただろう。

「両親はそれでも普段どおり私に接してくれた。その視線は醜い憎悪が混じっていたけど」

「質問だけど、五歳にもならない情にわかるほど両親は露骨だったのか?」

 幾らなんでも、普通の人間が小さな子供にそんな視線を向けるとは思えないし、それに幼い情が気付くとも思えない。

「私はその視線で能力に気がついた」

「なるほど。《蛇腹》の能力でそれがわかってしまったのか」

 情の簡潔な答えに、殺戮因子は苦笑する。相手からの感情を受けて身体能力を上昇させる能力。そんな能力がなければ、せめて《蛇腹》と言う悪意を喰らう能力でなければ、弟の誕生と言う最高のプレゼントは、悲劇に成りえなかっただろう。とことん運命は残酷だ。

「能力の意味と使い方は自然と理解できた。だから、私はカッターを手に取ると、悪意に悪意を返した。それが私の《蛇腹》のあり方だから」

「殺したんだ」「うん」

「父親を?」「母親も」

「使用人も?」「男も女も」

「ペットも?」「小鳥も子犬も小亀も」

「建築物も?」「真っ赤に染め上げた」

「観葉植物も?」「花壇は死体で埋まった」

 殺人鬼達の質疑応答は朗らかで、まるで歌うようだった。

 が。

「当然弟も?」

 その質問に音楽は止まった。

「殺せなかったんだ」

 隣で情が首を振る気配を感じ、やっぱり情と自分は同類なのだなぁ、そんなことを思った。

「そうだよね。家族は殺せないよね」

 少しだけはにかんで、《殺戮因子》は答えた。

「ぼくも、自慢じゃあないけど家族は殺しことがない」

 警察官、高校生、野球選手、ホステス、浮浪者、司書、哲学者、チンピラ、医者、ホームレス、超能力者……大抵の道端に転がっているような人間は殺してみたが、家族だけは殺したことがなかった。

 何故なら、

「ぼくの両親は、顔を覚える前に他界してしまったからね」

 銀行強盗に巻き込まれ、爆弾で影も形もなくなったと聴いていた。

 それが、殺戮因子の家族の全てだった。

「その後、母親の弟の家庭で暮らすことになったんだけど、情と違って彼らを家族と呼ぶ心の広さはぼくにはないね」

 血の繋がり云々ではなく、アレを家族と呼ぶのは根本的に違うような気がした。

「遺産目当てだったのかな? なんでぼくを家族に入れようと思ったんだろう? ぼくより小さい赤ちゃんまでいて、もうそれだけで完結しているはずなのに、ぼくなんて言う異分子を入れちゃうからかな? 家庭は凄くギクシャクしてた。テーブルにはぼくの分の皿はあるのに居場所はなかった。そんな違和感がそこら中にあった」

 思い出すことすらない、十八年間の思い出。

 何にも震えなかった自分の感性。名前以外の全てに興味を持てず、ただ消費するだけの毎日。

『学校又は図書館か部屋に篭って勉強していました』×三六五日で説明できてしまう人生。

 何の為に自分は生きているんだろう? 哲学とも稚拙とも言えるその考えの答えは何処にもなかった。

 三つの死体を見るまで。

「一番酷かったのがさ、神知教プログラム生に合格した日だよ。それを伝えようと、家に帰ったら三人が首吊ってんだよ。糞尿垂れ流して、あほみたいな面になって死んでんだよ。『あーあ。こういう時って警察だよな』ってわけで警察よんでさ、三人だったものを眺めるわけさ。二分で飽きたよ。十七年くらい見続けてきたわけだし。それで、小便が引っかかってる遺書を、死体の足元に発見して、読んだんだ」

 詳細は覚えていないが、確か借金が返せないとか有り触れた内容だったはずだ。そんな中身よりも、殺戮因子に向けられた最後の一説が未だに印象強く頭の中に残っている。

『君は関係ないから生きろ』

 その通りだった。否定のしようがない事実だった。

 ただ同じ空間で生活をしていただけなのだから、そんなものは他人と呼んでも構わない。

「その時、無性に怖くなった」

 生まれてかずっと一緒にいた三人にさえ、その程度の感情しか芽生えない自分が怖くなってしまった。

 震えない心が、恐ろしく思えてしまった。

 誰が死んでもそうなのだろうか? 自分が殺してもそうなのだろうか?

 それを試さないと恐怖に殺されるかと思った。それを試すのに躊躇はなった。

「どうだった?」

 珍しく多弁な殺戮因子の話を聴く一方だった情が、興味深そうに訊ねる。

「何が?」

「人を初めて殺したときの気持ち」

「それは、ぼくも気になるな。情はどうだったんだい?」

「んー」「どうだったかな」

 二人は暫くお互いの顔を見ながら質問の答えを考えると、思い人の名前を告白するように、二人同時に声を出した。

「「好きにも嫌いにもなれそうになかった」」

 二人の声が、貸切の野外展望場に響く。「だよな」と人差し指でお互いの顔を指す。殺戮因子が歯を見せて笑うと、情も恥かしそうに笑った。

「ねえ」

 酸素が恋しくなるまで夢中で笑い合うと、間を置かずに高揚感を引き摺る情の優しい声。「なんだい?」と同じくらい穏やかな声で殺戮因子が返事をする。

「そっち行っても良い?」

 そっちも何も、と殺戮因子の頭の中に疑問符を浮かべる。二人は川の描きかけみたいに既に並んで寝ていて、その距離も殆ど密着状態だった。

 わけがわからないと言った風の殺戮因子を無視して、情はゆっくりと立ち上がると、《殺戮因子》の右側から左側へと大股で移動する。

「こっちが良い」

 闇に紛れて殺戮因子はわからなかったが、そういう情の頬は薄っすらと朱に染まっていた。ダメ押しのように「だめ?」と問う情を蔑ろにする理由は何処にもなかった。

「どうぞ、お嬢様」

「子供扱いしないで」

 扱いに悪態をつきながらも、殺戮因子が伸ばした左腕を枕代わりに情は再び汚れも厭わずに地面に背中を預ける。一メートルも動いていないのに、大地はさっきよりもしっかりとそこにあった。

「こんなんはぼくのキャラじゃあないんだけどなー」

『呼吸殺人』『町殺し』『殺人鬼の中の殺人鬼』『殺人記録』《殺戮因子》とまで呼ばれ、恐れられていたはずなのに。誰でも構わず殺すから殺人鬼だったはずなのに。今では少女の枕と化す自分がおかしかったのか、小さく殺戮因子は嗤う。

「今までしたことがないだけなんじゃあない?」

 キャラクターなんて自分の思い込みで、本当はずっとこうしていたかったんじゃないの?

 腕枕に満足げに頭を預ける情が、そんな有り得ないことを言う。

「ぼくの天職は殺人鬼じゃあなくて枕だったのか」

 美少女に圧迫される仕事と書けば、そういう趣味の人が寄ってきそうな仕事ではある。

「少なくとも、どんな枕よりも私は落ち着く」

「それは、同じ殺人鬼だからじゃあないのかい?」

 枕に転職する気はないので、殺戮因子の口からは否定の言葉が飛ぶ。そんな様子が気に食わないのか、情は「そうかも知れないけど、私とあなたは違う殺人鬼」と口を鋭く反論する。

「何処が違うのさ。家族を持たない孤独の海に身を埋めるしかない殺人鬼じゃあないか」

「姉ヶ崎情と言う殺人鬼は、模造品でも失敗作でも代用品でもないことを証明する殺人鬼」

「このぼくが名前以外の何かを好きか嫌いになれることを確かめる殺人鬼であるように?」

 返事は言葉ではなかった。情の頭が縦に動くのを左腕が感じ取る。

 同類であって同一では有り得ない、二人の殺人鬼の他者から見れば大差のない明確な差異。たしかにその差は、重要な気がした。同属は嫌悪の対象にしかなりえないのに、同類は一つにまとめることが出来る。

 孤独とは良い物だ。ならばその孤独を分かち合える人間を持つことは最良だ。

 そんな言葉を思い出すと、殺戮因子の心は不思議と落ち着いた。関守との対決時に燃え切れなかった何かがじわじわと熱くなり始めるのすら感じ取れる。

「情、これからどうする? 《十本刀》はどうやら俺達を見逃してくれるらしいから、手を組む必要はなくなったわけだし」

 脅威のなくなった今、二人して並ぶ理由はもうない。

「……あなたは、どうしたいの?」

「ぼくは、情の意見に賛成さ」

 元々、情が主張した同盟である。殺戮因子は主導権を譲る。自分を主張しない優柔不断と取れるその発言に、情は誰にも聴こえないように安堵の息を漏らす。

「じゃあ、その腕も治そう?」

 まだ責任を感じているのか、尻すぼみに情は恐る恐る提案をする。

「腕って、治るの?」

 右腕を見て、殺戮因子が首を傾げる。少なくとも切り落とされた腕は指紋を潰した後、情が埋めてしまったので使えない。もちろん緑色の宇宙人でもトカゲでもなんでもない一介の地球人である彼の腕が切断面から生えてくると言うことも有り得ない。

 少しだけ迷った後、情は渋々口を開く。最初からその選択肢しかなかったとは言え、気が進む方法ではなかった。

「神知教に行けば、血肉の通った腕も、機械制御の義手も手に入る」

 情がいた七年前の時点で、そういった自動義手や万能細胞で培養した腕を付けた人間は多かった。特に多少の費用はかかるが、コンピューターによって完璧な精密動作が可能な自動義手は、効率や機能性を重視する研究者の間で人気が高く、百人いれば二・三人は自動義手をつけていたものだ。

 だが、そんな自動義手やら万能腕も結構だが、大きな問題がある。

「そんなもの盗んでも情に接続手術とかできるの?」

 ハイテクノロジーすぎて使えないのだ。止血処理程度なら戦闘の技術の範疇だろうが、流石に接続手術は出来ないだろう。少なくとも、殺戮因子には不可能だ。

「出来ない。だから協力してもらう」気まずそうに情が告げる。「神知教の馬鹿達はきっとまだ《絶対強者》の創造を試みている。成功するはずのない実験を繰り返す彼らにしてみれば、一度裏切ったとはいえ、私レベルの超能力者の協力は断らないはず」

「そうかい? ぼくだったら殺人鬼の援護なんて要らないけど」

 自分のことを棚に上げ、不安そうにぼやく殺戮因子。いつ自分を殺すかわからない人間を下に付ける人間なんて想像しにくい。

「彼らは全員研究中毒だから平気。多少のリスクは丸呑みにする。下手をすれば私の帰りを喜ぶかもしれない」

 どんだけんマゾなんだよ。行く前から不安が募って仕方がない殺戮因子が呟く。

「それに私達はどの道、殺人できないから安心。もう二度と、多鞘関守には会いたくない」

 二人の脳裏に、勝者の義務を果たした侍の顔が浮かぶ。

「この業界は狭いから、そのことは神知教が調べればすぐにわかる」

「そっか。じゃあ手の件はそれでいこう」

 情の話を聴く限りでは行きたくない場所ナンバーワンだが、二人ならなんとかなるだろう。楽天的だが、きっとそうなると信じることができた。

「うん。多分、まだ私のパスは生きているから、すんなり行くと思う」

「そうと決めたら、どんな腕にしようかな? バリエーションとかある?」

「自動義手なら、精密動作用と力作業用とか機能によっていっぱいある。銃とかナイフとかついたのもあれば、防水機能とか、簡単メンテナンスのもある」

 携帯電話の宣伝文句のようなことを情がつらつらと上げていく。

「《野性制裁》は両腕とも自動義手で、八本腕にしてた」

「そんなの人間に制御できるのか?」

「電流を操る能力だったから、彼女専用の義手」

「じゃあ参考にならないじゃん」

「個性を付けたいなら、万能腕の方。鱗の生えた腕とか昆虫の腕とかある」

「枕を首になりそうで素敵だな」

「その時は今みたいに左腕を借りる」

 そんな他愛のない未来を二人で描いた。

 そこには殺人も超能力もなく、ただただ平和な日常だけがあった。

 話は尽きず、尽きたら次の話題へと、途切れることなく続いた。

 まるでそれが永遠のように。

「だから、ぼくは言ったんだよ。『それじゃあロシア人と区別がつかない』ってさ」

 殺戮因子の中で情に感じた違和感は薄れ、それが当然になり、気にもならなくなる。

「私の戦ったなかでも、《灰燼回帰》の驫木は五指に入るほど強かった」

 情は、腕の温かさに浮かれて笑う。

 無邪気に笑いあう鬼達は絵にしたくなる程、綺麗で奇跡だった。

 しかしそんな奇跡は誰にも必要とされない誤植のようなもので、訂正される運命だった。

 そして運命はいつだって突然現れる。

 今回も例外ではない。

「マジだ。鬼が二匹いらぁ」

 静かな森の中に、嵐の声が響く。

 いつからそこにいたのか、黒いタンクトップにジーンズを穿いた男が二人の顔を見下すように、足元に立っていた。

「さーて、お楽しみと行きますか!」

 二人の知らない間に時は進む。

 星の動きからでは曖昧にしかわからないが、五月三日と言う時間が新たな一日により上書きされ、全てが過去になった。

 五月四日という日は、二人の殺人鬼にとって忘れられない日になるだろう。


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