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《殺戮因子》と《蛇腹》④

「面白そうな話をしているじゃあないですか。ぼく達も是非混ぜて欲しいんですけど」

 少年の声の正体は、先程までカウンター席で牛丼を食べていた高校生だった。連休中だというのに、制服らしきブレザーを校則通りにきっちりと着た、いかにも優等生といった風貌だ。

 隣には似たようなデザインのブレザーを着た少女。こちらはブレザーのボタンは全て外しており、じゃらじゃらと細い金属製のネックレスやブレスレットをつけている。あまり素行が良さそうな顔ではない。そんな対照的な格好の二人の手はしっかりと繋がれていて、カップルなのだろうと予想が付いた。

「ちょっと、東? 突然何を言ってるの?」

 彼氏の突拍子もない発言に、隣に立つ少女が眉を顰める。いや、少女だけでなく、殺戮因子も情も自然と眉根にしわが集まる。

「千鳥姉は確か女王様みたいな名前のバンドが好きだったよね?」東と呼ばれた少年は、困惑する三人をよそに、勝手に喋り続ける。「そのバンドのメンバーがこの場にいたら、話しかけてサインの一つでも貰いたいと思わない? それとも、自分の中だけの思い出を作ろうと必死にならない? あの名曲はどうやって生まれたのか知りたくならない? 何故、バンドを組もうと思ったのか訊きたくならない? ぼくにとって今がまさにそれさ。殺人鬼とお喋りできる機会なんて滅多にないからね」

 東と呼ばれた少年の言葉に、三人が弾けるように動いた。

 殺戮因子は無言で立ち上がり、手袋を外して机の上にそれ投げ捨てる。情も同じく無言。対面の殺戮因子の方へと勢いよくテーブルを飛び越え、カチカチとポケットの中のカッターナイフを鳴らす。

 千鳥と呼ばれた少女のみが、「東?」と驚きの声をあげていた。しかし手の中からは、一冊の和綴じの古書を取り出した所を見るに、何かしらの能力者であり、戦闘の意思が見て取れた。

「能力者……追手?」

「だろうな」

 手から本が浮かび上がると言う非日常を、殺人鬼二人はあっさりと受け止める。どんな能力者かは知らないが、追手がもう来たと言うのなら、殺さなければならない。二人は「面倒臭いな」という表情を丸出しにして、いつでも動けるように重心の位置を高くし、次のアクションに備える。

 それだけで、「ひっ」と、少女千鳥が小さく悲鳴を上げ、一歩後ろに足を下げた。世界が昨晩距離を取った理由は、未知に対する恐怖への警戒であったが、彼女の場合はそこまで深いものではなかった。原始的な怯えから来る逃避だ。

 無論、現存する中でも最悪と言える能力の一つであろう《殺戮因子》を前に、そうならない人間は少ないだろうし、いたのならば人として少しおかしとも言える。

 対する東は、千鳥よりも年下であるだろうに動ずる気配がない。

「まいったな、ぼくは戦う気はないんだけど」

 殺人鬼と同じ「厄介ごとは勘弁してよ」そんな表情で、千鳥の手を離すと、足を大きく前後に開いて拳法のような構えを取る。

「…………」「…………」「…………」「…………」

 四人の放つ気配が混ざり合い、街角の牛丼屋を異界へと変える。

 呼吸や瞬きでさえ憚られる緊迫した空気は、正に一触即発。いつ誰が動き出してもおかしくない状況で、一人の男が無造作に動き始めた。一切の躊躇なく、足並みに乱れもない。少しだけ困惑した表情ではあるが、彼の意思がそれを顔に出すのを拒んだ。男はそのまま机の横につくと、

「並牛丼二つお持ちしました」

 慣れた手つきで丼を机の上に置いた。その後もマニュアル通りのことを一通り言い終わると、何故か席に付いていない客を見て不思議そうに厨房に戻っていった。

 四人はその様子を黙って見送り、

「…………戦うって空気じゃあなくなったね」

 最初に椅子に座ったのは東だった。ネクタイを少しだけ緩めて、情が座っていた椅子に腰を下ろす。

「…………情。食おう」

 その様子を見て、隣の椅子を叩きながら、殺戮因子は席につく。手袋をはめ直すことはしなかったが、割り箸を一本引き抜くと、几帳面にそれを割った。

 その様子を見て、情も不承不承と言った面持ちで殺戮因子の隣に座る。箸を殺戮因子に取ってもらうと、ついでに七味と紅ショウガも渡してもらう。

「食べる前に味を変えるなんて信じられないな」

 殺戮因子の白い目も気にせずに、情は薬味を乗せていく。

「いただきます」「いただきます」

 情のトッピングが終わると、二人は行儀良く手を合わせて礼をして食事を始める。

「え? 本当に戦い終わり? って言うか、牛丼来ちゃったじゃん」

 その様子に、千鳥が不服そうに漏らす。あの古書はいつの間にか消えてはいるが、殺戮因子の座る席から距離を置き、敵意を剥き出しにして睨みを利かせている。殺人鬼コンビは千鳥のそんな視線に顔をしかめた後、無言で牛丼を口に運んだ。敵対する意思がある限り、情は自分の力を更に有効に利用できるのだから、その余裕も当然だろう。

「とりあえず、話は聴いてくれるってことでいいですよね?」

 何がそんなに楽しいのか、東だけが笑みを作って会話の続行を選ぶ。完全に場違いとしか思えない彼は、二人の無言を勝手に肯定のものと受取ったようだ。

「ちょっと! だから私は反対だって。何処の誰さんかは存じませんけど、殺人鬼なんて危ない人とお話だなんて!」

 殺人鬼と相席してニコニコと愛想を振りまく東のこめかみに拳を当てて、千鳥は一人声を荒げる。

「ああ、千鳥姉は知らない?」

 ぐりぐりと押し付けられる拳を笑ってやり過ごしながら、東はまず情を指差す。

「まず彼女。殺人鬼の《蛇腹》姉ヶ崎情。色っぽい感じの浴衣とか、健康的なタンクトップ姿の画像なら見たことあるけど、リクルートスーツ姿は新鮮だね。もしかして、就職活動でもするの? 家で雇って上げようか?」

 旧知であるかの如く、東は千鳥に情を紹介する。「知り合いなのか?」殺戮因子が横目で情に訊ねると、情は首を横に振って答える。

「何で知っているのかって顔ですね。良いですよ。出会った記念日です。お答えしますよ」

 殺人鬼のアイコンタクトを理解して、東が嬉しそう口を動かす。その笑顔を見て、千鳥は攻撃を止め、疲れきった様子で椅子にもたれかかった。

「あーあ。勝手にしてもう。一度すると決めたら曲がらない臍曲がり野郎が」

「ははは。ごめんね。千鳥姉。あっ、彼女はぼくの護衛で、名前は赤星千鳥。ぼくは紫東だからよろしくね」

 今までのやり取りで名前はもう既に知っていた殺戮因子は、「能力者は、変な奴が多いよな」と自分のことを棚に上げて情に同意を求める。が、隣の席に座る彼女は、驚愕に表情を変え、指から箸を落とす程に激しい動揺をしていた。

「ゆ、『紫』……東?」

 そう呟く情の表情からは、血の気が引く。

「『虹』の最下層…………《没落奈落》の『紫』?」

「ふふふー」色を失った情の子犬のよう顔に、初めて千鳥が歯を見せて笑う。「そう。正真正銘あの『紫』の直系。時期首領。紫東よ。ついでに、私は護衛ってわけ。殺人鬼風情が口を利いていい存在じゃあなくてよ?」

「家柄自慢みたいで嫌なんだけど、これでぼくが《蛇腹》について知っていてもおかしくないでしょう? それに、ぼく達に手を出すと言うことは、『紫』そのものを敵に回すことになりますよ? まあ、殺人鬼を敵に回す気もないですけど。喧嘩はこの場では止めておきましょう。お互いの為に」

「そーよ。言っとくけど、あんたらが幾ら強くても、東の《没落奈落》には絶対に…………」

 どうやら、『紫』と言う苗字(と、言うよりは家柄)は随分と高名のようで、東は謙虚に、千鳥は堂々と、情は怯え、それぞれに名前の意味について教えてくれたが、

「ってか、ユカリってなんだ? 恥ずかしながら、知らないんだが」

 殺戮因子は寡聞にしてその名を知らなかった。まるで常識とでも言うようなその会話に、質問をするのは憚れる雰囲気であったが、結局は疎外感に負け、恥ずかしそうに手を小さく上げて問うた。

 殺戮因子が過去に出合った能力者は今日の時点で一六人。まともに会話をした数は三分の一にも満たないたったの五人。そんな殺戮因子が、超能力者の中にある常識を知るわけがなかい。

「わかりました、説明しましょう。簡単に言えば、超能力者の互助会……今風に言えばギルドと言えるかもしれません」

 その事情を察したのか、東が嬉しそうに口を開いて説明を始めた。今日は説明を聞いてばかりだと、殺戮因子は自分の無知に恥じた。

「細かい話をすれば百個以上あったんですけど、特に巨大で御伽噺みたいに昔から日本を支配している七つの組織があります。あなたの能力にも劣らない極限の超能力者が纏め上げた組織が。

 それが、

 戦神《灼熱竜燐》の『血袴』。

 賢者《魔道大全》の『燈篭』。

 死神《兇刃乱舞》の『黄昏』。

 聖域《霊木萌芽》の『葛城』。

 邪眼《無限深淵》の『蒼海』。

 絶無《竜神天帝》の『起源』。

 狂喜《没落奈落》の『紫』。

 以上の七つ。この七つをまとめて『虹』と呼ぶわけですよ。もっとも、今はその内の三色しかないんですけどね」

「そーそ。んで、その中でも現状、一番権力持っているのが『紫』なわけ。まあ、今じゃあ、神知教の馬鹿にも負けちゃう為体だけどね」

 高校生に裏社会情勢を聞きながら、殺戮因子は牛丼に紅ショウガを乗せ、心の中で「嘘くさいな」と呟く。どうも今日を境に、世界観が変わってしまったようだ。

「嘘じゃあない」

 すると、いつの間にか放心から回復した情が、床に落ちた箸を拾いながら口を開く。

「心を読むな」

 紅ショウガの追加を要求する情に、一掴みだけ丼の中に紅ショウガを落とす。それだけでは満足しないらしく、紅ショウガの瓶を奪うと、たっぷりとそれをご飯の上にかける。無料なのだし、ちゃっかりしているとも取れるが、どう考えても卑しいだけだ。

「地球の影が夜だということに気がつく人間はそうはいない」

 もしゃもしゃと既に紅生姜丼と化したものを租借しながら、情は答える。拾った箸で食べているが、誰一人突っ込むことはなかった。

 大き過ぎると、当たり前過ぎると、その存在は逆に薄れてしまう。そして、その中にいるという事実すらうまく認識することもできない。情が言いたいのはそういう類のことだった。この牛丼屋でさえ、広義では『虹』の所有物と呼べるのだ。隠蔽や、情報操作といった領域ですらないない存在。

 それが『虹』。

 目の前にいる少年はその『虹』の一色を担う『紫』の次期首領。総理大臣や大統領にも似た、権力者。しかも、政治的にではなく、能力の実力により選ばれた猛者である。東が持つ能力、政治力、経済力を総合して考えれば、恐らくはあの関守すら話にならないだろう。情が一瞬とは言え、怯んでしまうのも当然と言える。

 まったくもって好きにも嫌いにもなれそうにない男だ。

「ぼく達の自己紹介はこんなところで良いかな?」小首をかしげ、殺戮因子に微笑みを向ける。「次は貴方の番ですよ。『呼吸殺人』『町殺し』『殺人鬼の中の殺人鬼』『殺人記録』《殺戮因子》の――」

 自己紹介を要求しておきながら、自己紹介を始める東の表情が、

「名前を呼んだら殺す」

 その言葉に初めて凍りついた。

「名前を口にしたら殺す。隣の嬢ちゃんも殺す。さっきの店員も殺す。厨房も殺す。店外の連中も殺す。『紫』だろうが『虹』だろうが、この町そのものだろうが、お前がいたあらゆる場所を地図から消滅させてやる」

 地の底から這い出てきた低い声。その言葉そのものが呪詛のような常人なら気が触れてしまいそうな悪夢。《殺戮因子》が通用しないはずの情でさえ、緊張にゆっくりと唾を飲み込む。

 殺戮因子の声には『殺意』があった。

 眉根には深いしわを寄せる、表情には明確な嫌悪があった。

 そして、その言葉に虚偽はない。

「たった一つ。自分の名前がこの世で唯一つ嫌いなものなんだ。傲慢も嫉妬も憤怒も怠惰も強欲も暴食も色欲も不実も不遜も許すけど、名前を口にすることだけは許さない。絶対に」

 一転して、にこやかな口調と表情でグラスにお冷を注ぎながら、殺戮因子はそう説明した。

「東。この人、やばいよ」

 しかしその気配は止まることを知らない。グラスの氷や、机の隅の爪楊枝ですら、この場にいる全ての人間を鏖殺すべく、鋭い殺意を周囲に振り撒いて狂気に笑っている。

 既に千鳥は殺気に障られているかいないかの瀬戸際らしく、ただ椅子に座っているだけなのに、膝は諤々と笑い、快適な筈の店内で汗をかいている。

「ぼくも同じことを考えていたんだ、千鳥姉。少し、甘く見ていたよ。殺人鬼と言う人種を」

 流石の東も、余裕をなくしたらしく、乾いた笑い声を口から漏らすしかない。

「そりゃ、なんてったって、俺は鬼だからね」やばいのは当然だろ? と殺戮因子は丼を両手で持って肩を竦める。「そう言うわけで、殺戮因子とでも呼んでくれ」

「わかりました。では、話を続けても?」

 殺戮因子の機嫌というか身に纏うオーラと呼ぶべきなのか、とにかく殺伐とした雰囲気が霧散したことに東が安堵する。

「構わないよ」

「では、遠慮せずに」流石と言うべきなのか、東は咳払いもせずに声の調子を戻すと、にこやかに会話を再開させた。「貴方達は、殺人鬼なんでしょう? 何でそんなことをするのかずっと聞きたかったんですよ」

 何故、その道を選んだのか。プロ野球選手だろうとミュージシャンだろうと、最も多くの人から訊ねられるであろう疑問。

「本当は、貴方達を遠目で観察するだけにしようと思ってこの店に来たんですよ」

 割り箸を抜き取り、手の中で転がしながら淡々と喋り続ける東に、違和感を覚える。まるで、この店に殺戮因子入ることを知っているような言い草ではないだろうか?

「ちょっと待て、俺達が来ることを知っていたのか?」

「そりゃそうですよ」あっけからんと東は答えた。「有名な反逆児《蛇腹》と、殺人鬼の中の殺人鬼が並んで街を歩いているんですよ。これはもう太陽が北から昇る様な物です。そりゃあぼくだって重い腰を上げますよ」

 その回答に驚きの声を上げたのは、何故か千鳥だった。

「じゃあ、珍しく私の補習についてきたり、この店に入ったりしたのも、この人達に会いに? 私がどれだけ誘ってもコンビニにすら付いてきてくれないのに?」

「だって、気にならないかい? 人殺しなんて平均から大きく反れた、異端で異常で無意味で高リスクで低リターンな行為を繰り返す非生産的な人間達にぼくは会って聞きたかったんだ。『どうして普通でいられないのですか?』って」

 原稿を読み上げるような滑らかなさで東は言い切ると、勝手に情のお冷に手を伸ばして唇を湿らす。千鳥はまだ喚いていたが、気にする東ではない。

「なんで、平均内で生きていこうと思わないんだろう。誰かのテストの点数を気にして、進学する大学の偏差値に拘り、給料の多寡で一喜一憂する。ぼくにはわからない。全人類の成績を足して割った半分のラインに届かないことがそんなに恐ろしいことかな? 他者の代用品で十分だと思わない? 競わず、争わず、決して真剣にならない。それがぼくの哲学さ」

 幾つだか知らないが、まだ学生の身分で、随分と厭世家気取りの東の言葉に、情がようやく牛丼から興味を移した。

「私はそんなことは思わない。私は誰よりも幸福になりたい。だから、私は人を殺す。それだけのこと。難しくはない」

 ただしその言葉は簡潔で、東の言葉にはあまりにも興味がない。詳しく説明する気もないのか、情は再び紅ショウガを貪り始める。

「いやいや。どうして幸せになる為に、人を殺す必要があるのよ」

 そんな情に、千鳥が独り言のように小さくツッコミを入れる。場の空気に慣れて来たのか、それくらいのことが言える程度には場に慣れて来たらしい。流石に、『紫』の重要人物を護衛するだけはあって、それなりに《殺戮因子》にも耐性が有るらしい。

 その図太さに免じたわけではないが、殺戮因子は千鳥の問いに答えた。

「例えばさ、この地球上には決まった比率って言うのがあるよね? 大気中の酸素濃度だとか、陸地と海の割合だとか、働きアリと働かないアリの数とか、人類の男女比とかね。幸せにもそれが有ると思うんだよね。地球人類が全員幸せになれないのは、その比率が決まっているからだと思うんだよ」

 不思議なことに、何故か殺戮因子は情の考えが手に取るように理解が出来た。きっと殺人鬼と言う人種は、根が同じなのだろう。咲くのは血の華でしかないが。

「まあ、理屈はわかります」

 情に対してはタメ口だった千鳥が、敬語で殺戮因子に応える。

「俺達みたいな殺人鬼は、多分『最悪の人生』にカテゴライズされているだろうね。きっと、七十億人の中でも、五十八億位じゃないかな?」

 殺戮因子の言葉に「意外と上の方ですね」と千鳥。

「え? そうかな? そんなに不幸そうに見える? なんか死にたくなった」

 心にもないことを言うと、情が慰めの言葉をかける。「どんまい」 

「…………話を続けるとね、順位を上げるのに一番手っ取り早いのはさ、自分よりも上の人間を殺すことだよね。分母を変えれば、自然と幸せの方にぼくも入れるからさ」

「意外と論理的なんですね。好感が沸いてきましたよ」

 殺戮因子の説明に、東は意外なことに「なるほど」と好意を示した。なるほど、彼に《殺戮因子》が利き難いのは、彼も何処か殺人鬼としての素質があるからかもしれない。

「貴方達も、努力することを馬鹿馬鹿しいと思っているんだね。なるほど、確かに誰も彼も死んでしまえば、下らないことに悩む必要もないか」

 しかし素質があると言うだけで、彼は殺人鬼からはまだまだ程遠い。今しがた殺戮因子が口にしたのは『後付の理由』であり、別にそんなことを考えて人を殺したことなどない。実際問題として、殺人鬼に取って人を殺すと言うのは生態の一部であり、生理的要求なのだ。殺人鬼としての根に、殺人衝動に従うのがその全てであり、理由を付ける程に大した物ではない。

 恐らく、もう一度訊かれたら、今度は全然違うことを堂々と説明するだろう。

 人殺しに理由を求めるなんて、殺人鬼としての完成には程遠い。逆に言えば、この笑顔の上手な少年が、真っ当な人間としての感性を未だに持っていると言うことだ。そのことを少し残念に思いながらも、殺戮因子は大した興味もなく最後の肉の塊を口に運ぶ。

 その程度の人間では、やはり好きにも嫌いにもなれそうにない。

「んじゃあ、もう行くよ。お会計、お願いしても良い?」

 殺人鬼は適当に言うと、お冷を飲み干して席を立つ。

「勿論。これくらいなら奢りますよ。貴重なお話をありがとうございました。

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