昏倒酩酊
「悪かったわよ、私だって入ろうと思って入ったんじゃないわ!」
「じゃあ何でいたんだよ!おかしいだろうが!」
「はいはい、二人ともぉ、落ち着いて?はたから見ると痴話喧嘩だよ?」
朝。学校に行く電車の中。
”痴話喧嘩”をする二人は俺の言葉を聞いて、赤面しながら黙った。 二人はまだ言いたい事があるみたいだけど。目に見えて分かる。そういうのも”恋人”に見えるから面白いんだけどあえて言わない。言ったら古雅ちん怒るし。
何故か古雅樹の家に初瀬夏樹がいた。なんとなく予想はついてたけど。やっぱりあえて言わない。予想がつくのにはもちろん理由はある。昨日、古雅ちんと俺が注文したピザ屋の支店長は俺の兄貴だ。最近新しく物凄い美少女がバイトに入ったと聞いた俺は 「それって初瀬夏樹って子?」と聞いてみた。案の定兄貴は驚きながらも頷いた。兄貴と古雅ちんは面識がある。住所はもちろん知ってる。ま、ここまできたら粗方予想はつくよね〜。要するに兄貴の悪ふざけ。履歴書とか見てるはずだから学校もどこか知ってる。俺と古雅ちんと同じ学校だったから驚かせたかったんだろ、どうせ。ここまでは初瀬ちんがピザを届けに来たタネ明かし。
家にいたのは、兄貴が初瀬ちんを家に帰したくなかったからだ。変な意味じゃなくて。
「兎に角!もううちにピザ配達してくんじゃねぇぞ!心臓に悪ぃ!」
古雅ちんがそう言うのと同時に下車駅に到着した。
「じゃー、古雅ちん、俺はユナと行くからお二人でごゆっくりどうぞぉ」
俺はさっさと電車を降りて改札で待ってるユナのトコまで走った。
はぁーーーー。気疲れ半端ねぇ。学校一どころか日本一の美少女とか言われてる初瀬と二人で登校とか。無理。じゃあ一人で行けっつー事なんだけどよ。そうもいかなかった。何でかって?初瀬が学校に行きたくないとか言うからだよ!連れてかなきゃこいつは今日どころか明日も明後日も明々後日も学校に来なさそうだ。だから今日無理矢理にでも連れてかなきゃいけない。俺みたいに不真面目な生徒ってワケでもないんだから、ちゃんと通わなきゃダメだ。まぁサボろうとしてる時点で不真面目なのかもしれないけどよ。
「古雅くん?何そんなに盛大にため息ついてるのよ。辛気臭いわね」
「黙っとけ…お前が学校に行きたくないとか言わなきゃいいんだよ」
「行く行かないは私の自由だわ。何勝手に背負ってるのよ」
「うるせぇ!兎に角、お前が学校行かないっていうのは、なんとなく、やなんだよ…」
最後の方はほとんど口の中で言った。初瀬が地獄耳じゃなきゃ聞こえてない。たとえ隣にいたとしても。なんで尻すぼみになったかは分からないけど、聞こえてなきゃいいと思う自分がいた。
「…仕方がないわね、今週は行くわよ…今日火曜日じゃない、後三日も学校あるのね」
「今週は土曜もあるぞ」
俺がそういうとものすごく嫌そうな顔をした。その気持ちはわかる。俺も土曜日の学校とかマジで行きたくねぇ。すげぇ面倒くせぇじゃん。休みだぜ?他の学校の奴ら。違う高校にすれば良かったかなー。
そんな事を思ってるうちに学校の正門近くまで来た。…なんか、視線がすごいけど気にしない。気のせいだ。羨むような恨むような、そんな目線をかいくぐり教室まで行く。初瀬は一組で靴箱から比較的近い。一年だっつーのに教室のある階は五階建ての校舎の四階。朝っぱらから息切れしなくちゃならない。
「おお!噂の古雅樹入場っ!!」
ガラッと戸を開けると立連がこっちを見て大声で言った。
「はぁ?うわさ?なんのうわさだよ」
「ばっかお前、朝初瀬さんととーこーしてきたろっ!?できてんじゃないかって、知らぬは当人たちだけだ」
「!?」
しまった、そうだ、それがあった。この年頃の男女の組み合わせってそうじゃないのにそう見られる。つかそう見ちゃう。俺の困惑を他所に立連はギャーギャー言ってる。でもそれは俺の耳には届かない。
何故なら頭が初瀬と、俺が、そういう関係になった、光景を作ってるからだ。
途端に目眩が襲ってきた。額をおさえながらフラフラと席に着く。その間しきりに立連が初瀬との事を言ってくる。
「つかお前ら付き合ってんの?」
その言葉は俺にとって爆弾だ。頭痛と目眩が兎に角酷くなって俺はその場に倒れこんだ。脳裏には初瀬と俺が映ってた。
人工的な滝だ。
滝って言っていいのか、どっちかって言うと滝みたいな噴水だ。段になった壁から水が溢れてる。それは音を立てて落ちていく。オレンジ色の光が淡く、綺麗に辺りを照らしている。夜だからかそれが際立っている。デートの待ち合わせにはもってこいだ。別れる、場所にも、待ち合わせを、するのも。無数の椅子と机が並んで無数の人が喋っている。一人の人はほとんどいない。
「何してんのよ」
「…初瀬…」
ビル群の間にぽっかりと空いたそこに俺はいた。時間はもうかなり遅い。恒例の、夜歩きだ。
「朝よりも辛気臭いわ。それにその服。何なのよ。真っ黒じゃない」
「うっせ。引っ張りだしたのがこれだったんだよ。つかお前こそ、なんでここにいんだよ」
昼間ぶっ倒れた俺は二時間後に起きるとそのまま帰った。帰っても特にする事はなく、夜になるのを待っていた。
人工的な”滝”を背後に座っているとそこに、制服姿の初瀬が来た。
「うるさい。私の自由よ」
俺の隣に座ると初瀬はスマホを取り出してある画面を表示した。
「メアド?」
そこに表示されていたのは初瀬のらしきメアドだ。そんなもん俺に見せてどうすんだよ。
「私今度舞台に出るのよ。小さい舞台だけどね。その稽古に付き合ってほしいの」
「はぁ?舞台?お前女優にでもなんのか」
「違うわ。舞台って言ってもそういう舞台じゃない。ジャグリングよ」
目が点になった。ジャグリング?初瀬が?俺は多少ジャグリングを見たことがあったけど、すごいなー程度で特に感想を持った事なんてなかった。周りでやってる奴なんていないし、ちょっと遠い世界だと思ってた。
「俺何すんだよ」
「ペアで出たいんだけど、いないの。気軽に話せる男子。だったら古雅くんが適任でしょ」
「なんで適任なんだよ」
「私、この学校に入ってまともに長文話した男子ってあなただけなの」
は、ナニソレ。超意外。初瀬だったら寄ってくる男子全員おとせるだろうに、俺が初めて長文喋った相手?笑える。
だからか、俺は初瀬のメアドをメモってた。
「出来るか分かんねーぞ」
「いいのよ。出来るようにさせるから」
夜歩きは。
まともな事が起きない。
こんな、デートの待ち合わせに最適な場所でメアド交換とか。予想外すぎて目眩が酷い。