1937年 海軍の改革結果
時代はうつり1937年になった。
大輔は海軍の中佐となっていた。大輔の助言の元、海軍は改革進めた。
金剛型戦艦の内2隻《榛名、霧島》扶桑、山城はドイツへ売却した。その見返りに大量の工作機と最新の電探と潜水艦、対潜電探を手に入れた。それを自国製品化した。残る金剛型2隻は空母にした。
最新鋭空母 翔鶴型空母
搭載機は108機で最高34ノットさらに最新の電探を持っている。 翔鶴、瑞鶴、《予定》蒼鶴、進鶴だ。
雲竜型空母
搭載機は96機で最高39ノットを誇る。電探も全艦搭載している。雲竜、葛城《予定》衣笠、翔龍、
大鳳型空母
搭載機は96機で最高32ノット、そして電探と対800㎏爆弾に耐える装甲がある。大鳳《予定》 海鳳
三河型高速戦艦
38センチ2連装4基 対42センチ防御 最高速度は35ノット 三河、常陸、丹波、近江
越後型戦艦
46センチ3連装4基 対46センチ防御 最高速度は32ノット 越後《予定》甲州
大和型戦艦
51センチ3連装4基 対51センチ防御 最高速度は29.5ノット 《予定》大和、武蔵
重巡は重防御で生産力の高い千畝型を大量生産、軽巡と駆逐艦は対潜と対空に特化、魚雷はもちろん酸素魚雷。潜水艦もかなりの数が揃っている。