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泣いた――――!!!!
やばい!!
今どこに泣く要素があったんだ?
くっ!!こんな時こそ、女ったらしの『ミドラドル』の出番だ!!
と思っていたら、『ミドラドル』も焦っている!
役に立たねー!!
女の涙に弱いのは、誰でもいっしょだよ!
そりゃそうだ!
そもそも何で泣き始めたんだ!?
この場合の、理由の選択肢は4つ。
①俺が今している洗濯が下手すぎて泣いた
(でも以前は何も言われなかったし)
②昨日までの俺の仕事内容が酷すぎて失望した
(これはちょっと考えられるな。ヘドロとか黒い悪魔とか、女の子は嫌いだもんな)
③ただの花粉症
(この世界にあるのか!?可能性は薄いな)
④薬に感動
(希望はこれだ!むしろこれ以外は考えたくない)
「大丈夫か?」
少し躊躇ったが、手を拭いて、ミリアの頭を撫でてみる。
ミリアは驚いて顔を上げる。
しまった!これはセクハラかー!!
訴えられる?!
「すいません。ちょっと…目にゴミが…」
まさかの⑤番――――!!
ここはウソでもいいので、④と言って欲しかった…!
秘かに落ち込む俺に気付くことなく、ミリアは涙を拭く。
「ああ、あんまりこするな、赤くなってしまう」
ポケットからハンカチを取り出すと、少し前かがみになり目線を合わせるように覗き込み、ミリアの涙をそっと優しく拭く。
おい!これもセクハラじゃないのか?
と思ったら、ミリアは真っ赤になって俺を見上げてくる。
「だだだだだいじょうぶです!!!」
動揺がすごいな!
…顔がいい奴はいいな、おい!!
「これはやるから、顔洗いに行ってくるか?」
そう言うと、ミリアはすごい勢いで顔を縦に振って、行ってきます、と言うと走って行ってしまった。
「…小動物みたいだな…」
俺の胸くらいまでしか身長がないミリアは、ふわっふわの赤毛に大きくてくりっくりの瞳をしている。
リスかハムスターを思い起こさせる。
だけど、ミリアはあれでも俺より50歳は年上だ。
本当にエルフって年齢がよく分からない。
基準が欲しいが、どうやら外見の成長が止まったら、大人って扱いのようだ。
となると、『ミドラドル』はまだ子どもの部類ってわけだ。
だって、俺はまだ身長が伸びている。そろそろ190㎝を超えそうだ。
いや、もう超えているかもしれない。
なにしろ基準のものがないので、推定の身長だ。
さすがにもう身長はいらない。
ミリアはしばらく戻ってこないだろう。
座って洗濯を始める。
黙々と桶で布を丁寧に洗う。
小さな中庭の一つとはいえ、上から日が照り付けているのでまぶしい。
ミリアの手荒れが気になるので、今日は俺が洗って、ミリアが干すということにした。
ミリアは、ダメですダメです、と拒否していたが、押しきった。
ん?もちろん洗濯の話ですよ。
しばらくごしごしと洗っていた。
ふと顔を上げて、あれ?と思う。
顔を上げたことに、深い意味はなかった。
気配とかを感じたわけでもない。
だけど、顔を上げ、目を向けた先に『それ』はいた。
なんだ?!
座り込んで桶に向かい布を洗う姿勢のまま、俺は固まる。
なんだ?!!
それは、一言でいうなら 影 ―――
小さな中庭の植え込みの陰に、何か黒くうごめくモノがいた。
あまりに黒い『それ』はその形状さえもよくわからない。
それは、人のようにも見えたし、まるで違う『なにか』にも見える。
「っっっ…!!」
なんだあれは!?
なんなんだあれは!!!??
黒い『それ』はそこから動かない。
いや、正確には、うごめいているのだが、移動しようとはしない。
意志があるのか?
だが、気持ち悪い。
あれだ!
某国民的アニメ映画に出てくる、真っ黒で丸い生き物がいっぱい集まったもののようだ。
『なにか』は分からないが、ひどく嫌な予感がする。
魔物か?それに近いものか!?
まずい!!剣は置いてきた!
あんな得体のしれない『なにか』に声をかけるには、あまりにも装備が弱い。
心臓が早い。
心拍数が上がっていく。
どくどくとうるさい音が耳のすぐ傍でする。
向うに聞こえてしまいそうだ。
ああ、そうだ!俺は…
もう二度と…
ぐっと手に力を入れる。
あんな意味の分からない『なにか』に声をかけるのは、ひどく抵抗がある。
だけど…放っておいて、もし『ミドラドル』の家族に害があるものだったら?
そんな事になったら、俺は…
また後悔してしまう!
ふっと笑う。笑ってしまう。
こんな想いが恐怖を凌駕するなんてな…
『なにか』に視線をむけたまま、立ち上がる。
そして、『それ』に向かって歩き出そうとした!!
『なにか』が俺に気付いたように、少し植え込みから離れようとした。
俺は、少し震える足を前へ出す。
その時!!!