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「父上、俺は伯爵に騙された!!」
言ってしまえば、ただの告げ口のようなものだった。
そんなに深く考えていたわけじゃない。
俺はまだまだ子どもで、そんなところまで『罠』だなんて…
思ってもいなかった…。
でも、今ならわかるんだよ。
あの頃、もうすでに言葉では傷つかなくなっていた『ミドラドル』。
それでも、『家族』の情にまだ縋り付いていた。
ならば、そんな『ミドラドル』に『家族』との縁を切らせるにはどうすればいいのか。
頭のいい貴族たちだ。
父上の性格まで考慮していたのだろう。
「何を言うんだ、ミドラドル。伯爵がそんなことをするわけがないだろう?」
そう言われた瞬間、自分の中の血の気が引いていくのが分かった。
「でも!!証人もいるんだ!!」
説明する俺に父上は言った。
これが、俺が『絶望』した瞬間――――――
「いいか?ミドラドル。滅多なことを言うものじゃない。
それに、その男たちが、お前に嘘をついているのかもしれないぞ。
伯爵はそんな方ではない。
お前の言うそれは、何の証拠もないことではないか」
そう言って、俺の出した証拠を暖炉の火の中に入れてしまった。
あまり疑うものではないよ、と言って笑う父上と燃えていく証拠を見ながら、ただ茫然としていた。
ああ…
わかりました…。
父上…。
あなたは…あくまで民を、伯爵を信じ切るのですね。
そして、そのためなら、あなたは、大切だと言い切る『家族』を疑っても構わない。
俺のことを『殺しても』構わないのですね。
あなたが俺を信じる事は…全くないのですね。
俺があの後、集めた証拠も、暖炉の薪にもならないものなのですね。
「……わか…っりました。
…国王陛下」
これが、俺の決別だった。
俺を罠にかけたのは伯爵でも…俺を絶望に叩き落としたのは、父上だった。
「兄上、あなたは陛下と同じですよ」
ああ…
笑いが止まらない。
滑稽だ!愉快だ!
なんて立派な王様!!民のことを一番に信じる、素晴らしい王様!!!
「あなたは、さっき伯爵がそんなことを、大臣がそんなことをする訳がない…
そう思いましたよね?」
気付いたさ。だって、兄上の顔にそう書いてあった。
本当に顔に出やすいな。
「……」
「それは肯定ですか?」
くすくすと笑いがこぼれる。
「兄上、あなたは忘れないでください。
この国は、いずれあなたが治めるべき国です。
だから、何を信じるべきかを、自分の頭で考えてください」
俺は座ったままの兄上を少しかがんで、視線を合わせながら真剣に言う。
兄上は、目を逸らさない。
「……れは」
兄上から視線を離し、俺はベッドに向かう。
その時、背中に声をかけられた。
振り返ると、兄上はまだ、俺に視線を向けていた。
「…俺は…お前の兄か?」
「ええ、兄上。
あなたは、今はまだ俺の兄上です」
ごめんね、兄上。
俺は性格が悪いな。
わざわざ、「今はまだ」なんて言い回しをするなんて。
「兄上、俺は今回の馬鹿な行動の言い訳をするつもりはありません。
ですが、『家族』を避けているとしたら、それが理由です。
俺は、信じてもらえないことに絶望したんです」
兄上は、じっと俺を見ていた。そして、ふっと笑う。
「俺は…お前を信じる」
ぽつりと言う兄上に俺は何も言わなかった。
俺はずっと考えていた。
なぜ、あの瞬間…
あの誕生日の日…
前世の記憶が戻ってしまったのか。
「『ミドラドル』…お前が何年も諦めていた『救い』が…
俺だったのか?」
一人になった部屋でつぶやく。
あんなに馬鹿な行為を繰り返しながら、『ミドラドル』は救ってくれる何かを探していた。
「俺が助けてやるよ」
『日本人』の俺は、もう死んでるけど…
それでも、お前のことを一番に理解しているのは、俺だ。
もう一人の『俺』…
「やばいな…。本当に二重人格に近い…」
俺は自嘲気味に笑って、ベッドに横になった。
…そういや、アルマーは元気かなぁ。
謹慎終わったら、会いに行ってみるか。
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。




