10 とある兄弟の想い①
「兄上、俺はずっと、ここではないどこかに行きたかったんです」
そう聞いた瞬間、俺ははっとした。
決して、本心を語らない弟だと思っていた。
昔から、何を考えているのか分からない。
だから…俺は誰です、と聞かれたとき、考えた。
王子?いいや…そんな答えなら、聞いてこないだろう。
ならなんだ…?
弟だ!大切な弟だ!!
そう答えたら、安心したような顔をした。
その顔を見た時、俺は今まで、この弟の何を見ていたんだろう、という気になった。
俺は…あまりにも、ミドラドルのことを見ていなかった。
そして…この弟は、ここではないどこかに行きたいという…
「兄上、聞きたくないことお聞かせするかもしれませんが…
俺は、俺のために存在してくれる、俺のことを必要としてくれる…
『何か』が欲しかったんです。
だから、俺は14歳の時、街に出ました。
街には、俺のことを王子と知らない旅の者もいました。
そこで俺は、ある人物に出会ったんです」
俺は思わずギュッと拳を握りしめる。
「彼は…とても面倒見のいい…みんなから兄貴と慕われているような方で…
俺が王子と知っても…何も変わらない。
俺は俺だと言ってくれました。
俺に…
居場所がないと言った俺に「旅に一緒に行くか?」と言ってくれました」
何も言えない。
それほど?
それほど、ここから消えたかったのか?
「俺は、行く、と答えました」
思わず顔を上げる。
ミドラドルはこちらを見ていなかった。
窓の外を遠い眼で見つめている。
どこを見ているんだ?
俺は…お前の兄にはなれていなかったのか?
「…だけど、俺は行けませんでした。
…俺はいつかまた来た時に一緒に連れて行ってくれる約束をして、旅に出る彼らを見送ったんです…」
悔しそうな色が瞳に浮かぶ。
なんだ?
「…俺が、旅の途中、彼らが谷底に落ちて…
…死んだ、と聞かされたのは…
…それから一ヶ月後でした……」
はっとした!!
「俺はバカで、どうしようもない王子です。
出ていけるなんて本気で考えていたわけではありません。
それでも…俺は…
彼らとの約束があれば、生きていけると…
そう思っていたんです」
そうか…それで、お前は希望を失ったのか。
だから、あんなにも荒れてしまったのか?
ミドラドルは、視線をこちらへ戻す。
「でも、それは…罠だったんですよ」
「…………は?」
思わず声が出た。
罠?何の?誰の?
「…彼らにたまたま再会したのは、それから更に一年後でした」
……………え?
死んだ彼らに?
なぜ?何が?
いったい何の話をしているんだ?
「彼らは、ある貴族の命令で、俺を陥れるつもりだったようですね」
貴族?なに?
なんの話なんだ?
そんなことをして一体、なんの得が?
「…その貴族は、ヨルムンドの最有力婚約者候補の父親です」
!!!!!
つながる!!
いや、つながってしまった!!
ヨルムンドは、大のミドラドル好きだ。
むしろ、女よりもミドラドル!!
昔から、隠すこともしないくらい、大大大大のミドラドル好き。
女などに興味も示さない。
そんなヨルムンドの婚約者に娘をしたい貴族はどうするか。
簡単だ。
ミドラドルを家族から実際に遠ざけるか、希望を崩し孤独感を強調させ心の距離を取らせればいい。
そして、ミドラドル好きのヨルムンドの中にできた心の隙間に娘をねじ込めばいい。
だが、候補ということは、うまくは行かなかったんだろうな。
「何が目的だったのかはさっぱり分からないのですが…」
…そうだった!
ミドラドルは、ヨルムンドがそんなにも自分を好いていることに気付いていないんだった…。
あんなに分かりやすく後をつけたり、ミドラドルが捨てたゴミまで拾ったり…
変態としか言えない行為を繰り返しているのに…
「俺を傷つけるつもりだったのなら、成功です…」
「っっつ!!」
15歳…
確かに、あのころからミドラドルは、家族と距離を置くようになっていった。
「……お前は、その話を誰かにしようとは思わなかったのか?」
ミドラドルは、くすと笑う。
「俺が絶望したのは…そこですよ」
ミドラドルは、笑いが止まらなくなったのか、可笑しそうに、愉快そうに、クスクス笑う。
「俺は、小さなころからいろいろ、貴族や大臣たちに心無い言葉を浴びせられてきました。
だから、騙された、罠だなんて知ったって、今更どうでもよかった」
…なに?
ばかな!?
あの優しい大臣が?あんなにもいろいろ手を貸して、気を使ってくれるのに?
「ああ、兄上、あなたも同じですよ」
ミドラドルは、立ち上がって、まるで踊るようにくるりと回る。
「あの方々は、本当に内面を隠すのがお上手だ」
くすくすと、まるで諦めたかのように笑う。
「全く気付かせることなく、悟らせることなく、見事に『ミドラドル』の心を砕いてくれるなんて」
「え……?」
「おっと、失礼。失言でした」
今…まるで、他人のことを言うような言いようだった。
「兄上、知っておいてください。あなたはいずれこの国を背負うもの。
全ての人を、物を、心を、何もかもを信じてはいけないのです」
俺の目の前に立ち、視線を合わせる。真剣な表情だ。
「だから、覚えておいてください。
この国には、どす黒く仄暗い部分も存在しているのです」
「兄上、俺は国王陛下に信じてもらえなかったから、絶望したのです」




