兎の詩
彼女はもうすぐ死んでしまう。
彼女は車イスを手放せず、僕は彼女を手放せない。
僕と彼女は幼馴染だった。
良く遊んだ。
良く笑い合った。
良く喧嘩をした。
いつの間にか好きになっていた。
僕は彼女の黒くて長い髪が好きだ。
口に手を当てて、楽しそうにお腹を抱えて笑う彼女が好きだ。
時折見せる切なそうな横顔が好きだ。
ある日、彼女を病魔が襲った。
彼女は、その黒くて長い髪を薬の副作用で失った。
彼女は、入院してから僕の大好きな笑顔を見せなくなった。
彼女は、切なそうな横顔だけを見せるようになった。
僕はそんな彼女を見ているのが辛かった。
ある日、病院で飼われていた兎が死んだ。
彼女の大好きな兎だった。
彼女はわんわんと声をあげて、泣いて、
ぼくもその姿を見て、泣いた。
兎が死んで、彼女が戻ってきたのだ。
それからの彼女は徐々にこころをとり戻していった。
良く笑うようになった。
よく辛いと涙をこぼした。
切なげな顔は見せなくなった。
けれど、僕とは目も合わせてくれなくなった。
――そして、彼女はその半年後に亡くなった。
火葬場の煙突から湧く黒い煙は風に流され雲になって、
風に流された雲は兎のかたちになった。
それはまるで、兎を殺した僕を責めているようだった。
兎の詩 -終-