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ストレート  作者: 業平アキラ
第七章
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58:敗者の不幸と幸運

ゴールデンウィーク真っただ中のその日、私たちは授業も無く他の生徒も居ない静まりかえった連休中の高校の校舎の隅にある教師専用の駐車場に居た。

時刻は猫も微睡む午後三時。

だけど、みんなはこのうららかな日だまりの中でも眠気を感じるどころか、そわそわしていた。


「ねぇカオ、伊奈実ん。私変なとこないよねぇ?」


くるりと二人の前で小さく一周回って、全身を確認してもらう花。


「ん?無いぞ。さっきもスカートにブラシかけたし、ホコリは一個も付いてない!」

「うん。髪も制服のリボンもバッチリだよ」


それにカオは右手の親指を立てサムズアップなポーズで、伊奈実は頷く事で花に答え、異常の無い事を伝えた。


この間、学校帰りに一緒に買い物に出掛けた時に悩んで買った紺地に白のレースのラインが入ったシュシュ。

やっぱり花に似合っていてかわいい。

カオは部活の鞄にいつもくちゃくちゃに押し込んで皺だらけになっていたスカートを一生懸命アイロン掛けして、元の状態に戻っている。

花と二人で教えた成果が出ていて、カオが火傷していなくてよかったなー。


二人を見て伊奈実は彼女達の早る心を感じている。

今日はいつもとは違う。

特別に楽しみな日なのだ。


「そう気合い入れても別に制服なんだし、いつもと変わらないぞ三崎」

「うっさいわねぇ、乙女心よぉ!」

「乙女…どこだ?」

「司ぁ!」


辺りを見渡して乙女とやらを探し出した司に、今にも噛みつきそうな勢いで一喝吠え返す花をカオが両腕を掴んでおさえた。


「花、落ち着け!」

「落ち着いてられないわよぉ!私のキュートさが理解出来ないなんて目が腐ってるってのぉ!」

「なるほど。キュートな乙女ってのは暴れながら男子に吠えて来るヤツの事か」

「司ぁぁぁ!」


怒りの炎にしれっと思いっきり油を注がれた花はもう一度司へ吠えだした。


「わわっ、花!?落ち着け!!」


カオが必死で押さえるが、花の体のどこにそんなパワーがあるのかと言う程暴れている。


司君わざと花を怒らせて楽しんでるな。もう…。


「ご乱心だね花サマ☆ほんと司と仲がいいっていうか、ラブラドールVSポメラニアンって感じかな?」

「おー、合ってる合ってる。そんな感じだ。司は黒のラブだな」


秋穂くんの喩えにちゃっかり乗っかる環南先輩は、二人を眺めて頷いている。


「いいっすね。じゃ、それで☆」

「「俺・私は人間ですけど!」」


「おー、シンクロ☆」

「わかったわかった。お前らそろそろ落ち着け?TOKARISHINに会える興奮はそろそろ発散出来ただろ?」


声が揃った事に感心する紺。

そして環南は落ち着いた声で二人をなだめる。


「了解…」

「はぁい…」


核心を付かれた二人は少々気まずそうに目を合わせてから環南へ返事をし、シュンと元のテンションを取り戻した。


「はぁ〜い♪少年少女達。お待たせ」

「あー、沢ちゃんだ☆」


皆の背後から聞こえてきた声の方を振り返ると、そこに居た人物の名を紺が呼んだ。


「「「「「「こんにちは」」」」」」」

「んふふ、揃ってるわね。はい、こんにちは」


艶やかな口調で片手をちょんと上げヒール音をさせながらこちらへやって来たのは、ばっちりメイクに派手めな服装だがそれが似合う大人女子。

生徒会顧問の沢城じゅん子(さわしろじゅんこ)。

こんな教師とは思えないナリだが担当教科は家庭科。

好きなものはファッションと酒とクラブ。手放せないのはタバコ。

ネイルで整えられた爪は赤を基調に品良く装飾されていて、彼女らしさが現れている。

生徒達からは沢ちゃんと呼ばれて親しまれている。

決して”沢城先生でしょ”などとは返さないし、敬語もかゆいから公の場以外は要らないと言う彼女。

普段は会計などの細かい確認・監査を手伝ってもらう以外はあまり活躍しない…と言うより手と口を出さない放任…いや、生徒主導主義な存在だが、今日は彼女がいないと成り立たない。

生徒会のメンバー五人にカオ、それから伊奈実は挨拶とともに先生に礼をした。


沢ちゃん先生今日も派手だけど綺麗だなー。

授業はわりとためになる事をわかりやすく教えてくれるし、ざっくりサッパリした性格はどこかミナミさんに似たものがあって伊奈実も彼女に好感を抱いている。


「あなた達元気ねー」

「そう言う沢ちゃんは二日酔いか?」


ちょっと気だるそうにそう言う彼女に環南が尋ねる。


「………んふふ♡」


艶やかな笑いの肯定に”うわー”な表情ながらも微笑み返す環南。


「どのくらい飲んだの?」

「んー、赤三と白二と…それから焼酎をロックと色々割って一升?」

「なんで疑問形なの?沢ちゃん☆」


とんでもない酒の量を聞いて、もの凄く楽しそうに質問する紺。


「途中から記憶無いのよねー」

「「ダメじゃん」」

「大人なんてそんなものよ。ちょっと一本いいかしら?」


環南・紺からそろってのダメ出しにもぶれず、我が道を進む大人女子はタバコを一本取り出し、この場の皆にさらっと許可を求めながらも返事は待たない。

煙が少し苦手な伊奈実はさりげなく風を読んで自分が風上に居る事を確かめながらも一歩下がった。


「ところでさぁ、沢ちゃん」

「んあ?何かしら」


紫煙を空へ吐きながら花に視線を向ける。


「助っ人ってのはぁ、一体だぁれ?」

「もうすぐ来るはずよ…で、助っ人Carに乗るのはどの子?」

「私です」


名乗り出たのはこの間のジャンケンで、なんと一発で一人負けというミラクルをたたき出した人物。

何を出して負けたかと言うと、グーだ。

心理的に一番出しやすいとされるそれは、この個性的な面々が出すはずが無かったと後から気づいた。


「あら、九谷さん?」

「はい」


負けちゃったんだよね…。

一人かぁ…助っ人さん話しやすい人か、沈黙に耐えてくれる人だと良いな…。


手を少し上げ名乗り出た伊奈実を見て、少しだけ驚いた表情をする沢城は三秒ほど空を見て何か考えた様だが、すぐに視線を戻した。


「んー、あなたしっかりしてるし大丈夫そうね。頑張って頂戴♡」

「え?」


大丈夫?!頑張って?!

い、一体どんな人が助っ人なの…?

謎の意味が込められた言葉が飛んで来て、伊奈実は混乱したと同時に沢城の言うところの助っ人Carへの不安が更に募った。


「ほら、噂をすれば。あのシルバーの車よ」


くいっと顎で示した先にはこちらへ向かって来る一台の高そうな車。


「え、あれって…」

「伊奈実?」

「伊奈実ん?」


あの車…それにエンジンの音。更には運転席のあのシルエット…。

見覚え、聞き覚え、雰囲気に覚えがあるそれに伊奈実は思わず思考が零れていた。

その声を両隣に居るカオと花は拾い、彼女の方を見た。


「あれ?あの運転席の人って…」

「いやいや、環南先輩まさか☆」


更に近づいて来た車の運転手に気づき始めた環南と紺だが、思考がまさかと打ち消そうとする。

何せ彼は先生だが、彼らに直接関わる教科担当の先生ではないからだ。

そして車は彼らの横に止まり、中から一人の人物が現れた。


「こんにちは〜」

「「「「「「「珠洲先生?!」」」」」」


現れた意外な人物に皆、挨拶を忘れて思わず名前を呼んだ。


「え?うん。そうだよ〜?」


一方、なぜそんなにも驚かれたか分からない楓は、名を呼ばれきょとんと返事をする。


珠洲先生なんでここに?!

ってういか昨日、”僕も明日仕事入っちゃって〜。学校で一瞬でも会えるといいね〜”って言ってたのにどうして?

伊奈実は心底驚いて固まっていた。


「ほら、あんた達。こんなのでも挨拶ぐらいはしときなさい。TOKARISHINの居る所まで連れてってくれるんだから」


沢ちゃん先生が驚く皆にシタリ顔を決めながら言う。

そう、今日の本題はTOKARISHINへ挨拶をしに行くことだ。

ハッと我に返った少年少女たちは珠洲先生へ向かって頭を下げた。


『こんにちは。今日はよろしくお願いします』

「はい、こんにちは〜。”こんなの”って先輩酷いな〜」

「先輩ぃ?」


花が二人の先生を交互に見て疑問を投げかけると、沢城がタバコをくわえたまま答えた。


「こいつ、私の大学の後輩。で、先輩権限で助っ人にしたのよ」

「へー。珠洲先生、やっかいな先輩持ちましたね☆」

「ははは、僕もそう思うよ〜」

「うっさいわね…。あんた達」


二人の頭を持っていたバインダーでバシバシと叩く。

それを受けた紺は”痛ー☆”頭を抱え、楓は動じず、相変わらずのニコニコを保っている。


「で珠洲、あんたが今日乗せるのはこの子よ」


大人女子はくだらないと言わんばかりに話題を変え、伊奈実の背後に回り背をポンと押し楓の方へ一歩進ませた。


「あ〜、九谷さんだ〜」

「…はい」


伊奈実はどう返事をすれば良いのか分からず、少し小さい声で答えた。


ここのところ学校で先生に会っていなかったから”九谷さん”って聞くの久しぶりだな…。


「珠洲とは面識あったわよね?」

「体育館で倒れちゃった時にね〜?九谷さん」

「はい。お世話になりました」


伊奈実へ問われた質問を楓が拾って、更に伊奈実へ返され、それを沢ちゃん先生へ伊奈実は返した。


「なら良し。三時間も初対面の人とは厳しいものね。あーよかった」


さすがの沢城も頑張ってなどと言ってはいたが、先生としてそこは少しばかり気にしていた様だ。

伊奈実の前へ更に一歩楓が近づいて来た。


「よろしくね~九谷さん」

「は、はぁ。よろしくお願いします」


楓から伸ばされた左手に自然と手を握り返して、握手をしていた。


「はーい。じゃ、残りのあんた達はそこの荷物を珠洲の後部座席に乗せてからアタシの車乗りなさーい」

「うーっす」

「はぁい。伊奈実んまたねぇ〜」

「伊奈実、後でな!」


「うん。後でね」


鶴の一声で皆素早く荷物を楓のそれへ乗せ、沢城の車へ乗り込んで行った。

それを見届けた大人女子はタバコの火を携帯の灰皿へ入れ、楓を見る。


「珠洲」

「なんですか〜?」


こちらの力が抜けそうな間延びした返事にも動じず楓を下から上へじっと観察してから口を開いた。


「可愛いからって喰うなよ?」

「ははは〜。先輩、僕もう大学の頃とは違いますよ〜?そんな理由じゃ動きませんって〜」

「そう。大人になったものね」

「誉めていただいて光栄です〜」

「じゃ、ちゃんと彼女を連れて来なさい」

「は〜い。後で〜」


踵を返し颯爽とヒール音を響かせ自身の車へと進んで行った。

手を振って見送り終わった楓は助手席の扉を開く。


「伊~奈実ちゃん♪ど〜ぞ」

「は、はぁ。ありがとうございます」


急にいつもの調子に戻った楓に伊奈実はまた少し動揺した。

素早く自分も運転席へ乗り込んでエンジンをかけながら伊奈実へ話しかけた。


「まさか伊奈実ちゃんだったなんて僕嬉しいよ〜」

「私は驚きました」


昨日はサクラさんに招かれて、結局先生のお家でごはんを頂いた。

その時に先生の予定を聞いていただけに、私のビックリ度合いは跳ね上がったんだから。


「僕は仕事だって言ってたもんね〜」

「どうして教えてくれなかったんですか?」


知っていたなら言ってくれればさっきまでの不安は要らなかった。

私の心の消耗返せ。


「は〜♡嬉しいな〜」

「は?」


な、なんで喜んでるの…この変態。


「伊奈実ちゃんからそんな言葉が聞けるなんて…」

「そんな?」

「うん♪」


うんって返事になってないし…。

伊奈実の疑問そっちのけで微笑み返す楓に伊奈実は頬を引きつらせた。


「僕ね〜、一時間前に先輩…沢城先生に内容聞いたんだよね〜」

「へ?」

「あの人、サプライズが得意技なんだよ〜。だからさ、僕慌ててガソリン入れて来たんだ〜」

「そうなんですか」


沢ちゃん先生らしいと言えばらしい。

珠洲先生を振り回せるなんて大技を使える人、先生の身近な人以外にも居たんだ。


「さ、伊奈実ちゃん。先輩の車も出た事だし僕らも行こうか〜」

「はい。お願いします」


でも助っ人が珠洲先生でよかったな。

先生なら勝手に楽しそうだし、気まずさも無い。

ジャンケンで負けたのは残念だけど、不幸中の幸いってこういう事かな。


「ん~、これってさ~」

「先生?」


あいさつと一緒に下げた頭を元に戻すと、伊奈実の視界いっぱいにご機嫌な楓の顔がそこにあった。


「デートみたいだよね〜♪出発〜!」


は……?


先生、沢ちゃん先生にサプライズ仕掛けられて頭のねじ更に飛んじゃったのか…。


ため息の中伊奈実はそう確信した。



   ***



「”そんな理由じゃ”…ね」

「沢ちゃん何か言った?」

「んー?……いいや。バカだなと思ってた奴もバカじゃなくなったかと思ってね」

「へー☆じゃ、沢ちゃんも酒癖の悪さ直さな…いでっ!」

「秋穂、何か言ったかしら?」

「事実を言ったまいででで…もう言いません。ギブ」

「そう」


助手席の秋穂少年を長い指を駆使したアイアンクローで黙らせると、大人女子は後ろに付いて来たシルバーの車を一瞬見て、楽しそうに微笑んだ。

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