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ストレート  作者: 業平アキラ
第五章
56/63

52:行動の意味

「………」

「…」





…どうしよう。

沈黙ってこんなに居心地悪いもの…?




店からパークもそのまま真っ直ぐ突っ切って車に乗せられ、かれこれ三十分の間無言のまま先生は運転している。


瞬間移動とかできたら、間違いなく今使ってるよ…。




伊奈実がファンタジーへ現実逃避しかけたのも、無理はない。

通常ならば車内で楓があれこれと話題を伊奈実へ振って、彼女は淡々と返事をする中で時々怒ったり、あきれたり、困ったりして少々うるさいなんて思ったりしていたのだが、そんな彼女は今回は別の意味で困っているわけで。


この沈黙する空気に無いはずの重さをずんと感じて、そろそろ耐えられなくなってきている。




このピリピリ?…いや、ピンとした線が張られている感じをどうにかしないとだよね。




「あの、先んんっ!?」



何で?!



かなり勇気を振り絞って喋りだしたのに、先生は真っ直ぐ前を見たままその手のひらで私の口をそっと塞いだ。




これはつまりこのまま黙ってろって事?!




「…………」

「………」



伊奈実はせめてそれを目で訴えるべく、彼の方をじっと見つめたがこちらへ一瞥もくれないままで対向車のライトに照らされるその表情は未だ変化が無い。

早くも、この状況下で彼女にできる事はなくなってしまった。




……取り敢えず、大人しくしておくのがベストかな…。



口は塞がれているので鼻からため息を吐き出し、肩の力を抜いてシートの背もたれに体重を預けた。

そんな伊奈実の諦めを察したように、スッと手が離れていった。





それにしても、先生どうしたんだろう?


そっと目だけを動かして改めて冷静に先生を盗み見る。

先生は先生なんだけど”初めまして”って挨拶したいくらい別人感漂ってるよ…。


いつもは元気っていうか、昼行灯なくらいのに鬱陶しいニコニコ顔なのに。

時々見る真面目な感じともちょっと違う。

やっぱり普通じゃない。


あ、いやいや?

先生は普通じゃないのが普通っていう変わった人…言い変えると変態なんだけど、表情が無いなんてさすがに異常。



先生何かあったのかも…。


でも喋ってくれないし、私は声出すと口塞がれるしで、何にも聞けない。




―――心配だな。





そんな伊奈実の心境をよそに、夜景を突き抜ける様に車は走りもう三十分の沈黙を過ぎて二人が見慣れた景色の中で楓は車を止めた。


ここ、前に来た海だ…。


以前は夕焼けの中ここに居たが、今は照らされる暗い水面が月光そのままの色を反射している。

闇の向こうからまだ少し冷たい潮風が運ばれて来る。

車を降りた楓が助手席の扉を開け、無言のまま伊奈実へ左手を差し出した。

彼女は彼の表情を伺おうとしたが、暗くて分からない。


体はいつの間にか勝手に先生の手へ自分のそれを伸ばしていた。


「わっ…!」


手のひらが重なった瞬間、彼の方へ強く腕を引かれ彼女の体は浮遊感の中、砂浜へ足を置いた。

そして勢いそのままにその胸へ閉じ込められ、さらさらの地へ膝をつく。



「あの…?」


先生?


この急な行動に伊奈実は体はもちろん頭も追いついて行けない。


ただ、ひとつ分かるのはこの体に伝わる先生の腕の強さ。





「――――――無事で良かった……」




「え…?」


無事??

どういう…こと?



暫しの間再び訪れた沈黙を破った彼の口から零れた言葉は、意外なものだった。

楓はそのまま言葉を続ける。




「家に行ったら居ないし、不思議屋と伊奈実ちゃんが買い物するスーパーにも、それから僕の家にも……。

心当たり全部探しても君が居なくて、誘拐とか事故とか何かあったんじゃないかって…」


「せんせ…」

「サクラの店に行く約束をこの前車でしてたの思い出して行ったら、店閉めてる八屋くん見つけて聞いたら、サクラと一緒に出かけたって。それでも直接無事を確めたくて…」


消えそうな程の声が先生の胸に密着している耳を通して私へ響く。


顔は見ることが出来ないが私を抱き締めるその腕が、背中が、強ばっていて本当に私を思っていてくれているのが伝わって来た。




心配かけてたのは私の方だ…




彼女の腕は強張る彼の背にそっと回った。


「先生、心配かけてごめんなさい」

「ううん。僕こそごめんね。こんな風にしか君の無事を確かめられなくて…」



行動の意味がほんの少しわかって、力が抜けた。

でも、まだわからない事がある。


「先生、サクラさんとどうしてケンカになっちゃったんですか?」


「あれは…」――――――




――――*一時間前*―――――



「サクラ…なんで僕に一言も言わなかったの?」


「あら、カエデ?よくここがわかったわね~」


「なんで僕に一言も無く伊奈実ちゃんをつれ回してるんだ!」


「ぷぅ!良いじゃない。なんでカエデに言わなくちゃならないのよ。いっつもキューちゃん独り占めしてる癖に!私の方がキューちゃんと知り合って長いんだから!」


「二人とも落ち着けって…」


「「リーヤは黙ってて!!!」」



「伊奈実ちゃんは僕のお気に入りなんだから僕のなんだ!急に居なくなったら心配するじゃないか!」


「もともとは私のお気に入りよ!キューちゃんの携帯に連絡取れば良いじゃないの!」


「くっ…知らないからここに居るんだ!」


「あら。私は交換してるわよ?ということは私の方がキューちゃんと仲良しね。ふふふ♪」


「それでも僕の方がサクラより彼女を思っている!サクラがリーヤを想う様にね!今はまだ彼女に伝わって無いけどそれでいいんだ!…伊奈実」


「え?」




―――――――――――――




「あれはお気に入りの取り合い…かな~?」

「…お気に入りですか?」


何だろう、それ。

イマイチわかんないな。


「うん。あ~!それより携帯!」

「へ?携帯ですか?」


先生の言葉と一緒に腕が解け、肩をつかまれて、目が合う。

表情がいつもの先生に戻っていて、なんだか無性にほっとした。


でも、いきなり携帯って…何?


「伊奈実ちゃん番号教えて?居場所が知りたい時闇雲に探すより早いからさ~」


ああ、そうか。

心配してくれてるんだ…


「わかりました。でも、今は無理です」

「え~?やっぱり僕のこと嫌いなの~?」


半泣きの顔がぐんと目の前に迫ってきた。

この顔…


「ぷっ…くくくっ」

「伊奈実ちゃん?」

「ごめんなさい。先生の表情鬱陶しいのになんだか笑えて…ははははっ」


「さりげなく鬱陶しいって言われてるけど、それ誉めてくれてる~?」


「もちろんです。先生は表情豊かな方が似合ってますし、そっちの方が私は好きですよ」


さっきまでの表情の無い先生よりも、やっぱりいつもの先生の方が鬱陶しいけど、断然いい。


「すき?嫌いじゃない…?」


今度は少し呆けた様な顔で聞き返してきた。


「はい。いつもの方が」

「やった~!」

「ええっ?!」


突然立ち上がったと思ったら、私の脇に手を入れ、持ち上げられて旋回し始めた。


「ちょ、先生?!」

「ははは~」


駄目だ…。なんか私を巻き込んでるのに、話し掛けても無駄だ。一人で楽しそうだし。

それから一分くらい私は宙を舞った。


「じゃ~番号教えてくれるよね~?」

「今は無理です」

「好きって…言ってくれたのに何で~?

僕の何が悪いの~?教えて~」


砂浜に膝をついて、先生が足元にしがみついて私の体を揺らして来た。

何が悪いかって…


「頭揺れるんでやめてください。

敢えて言うなら…私を引っ張って来た事ですかね…」

「お姫様抱っこなら良かったの~?」


「いえ、それは嫌です。荷物リーヤさんの車で、携帯もそこにあるんです」


「そういう事か~。覚えてたりしないの~?」

「携帯替えたばかりで覚えてないんです…」

「そっか~。じゃ、リーヤ達が帰ってきたら教えてくれる~?」


「はい」


「じゃ~荷物僕の家に届くと思うから行こっか~。あ、もう夜遅いから泊まってってね~」

「それはご迷惑になりますから…」

「全然~。さ、行くよ~♪」


私の言葉を即否定して、先生はまた私の手を引いて車へ近づいてく。


「あ、伊奈実ちゃん」

「はい?」


突然振り向いた先生に腕を更に引かれ、その方へバランスを崩す中、私の頬へ唇が触れてきた。


「記念のチュ~♪」


何の記念だか知らないけど…この行動の意味が一番わからない。

って言うか…


「勝手に唾付けてくんなこの変態がー!」


夜の海辺に、いつもの二人の…主に彼女の怒りの叫びが響くのだった。


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