51:お祝いと乱入者
「「ハッピーバースデ~、キューちゃん♪」」
「ありがとうございます」
それぞれが持つグラスがテーブルの中心で心地よい音を立てた。
あれから車に乗った私たちは今、クローバーパークの中の商業施設内にあるレストランLuck (ラック)に居ます。
わぁ…、雑誌と同じだ!
Luckは雑誌やTVといったメディアによく取り上げられる有名ぶりで、以前本屋で開いた雑誌で伊奈実も知っていた。
新進気鋭のデザイナーが店舗をプロデュースしているそうで、店内はベージュの壁紙とオレンジの落ち着いた照明を基調にアンティークな色合いのテーブルや椅子を大胆に置き、一席一席の場を広く設けている。
中でも、カトラリー類には大変な力の入れようで、それぞれの料理に合わせたモチーフの模様が繊細に刻まれている。
こんな素敵なお店に居るなんて、夢みたいだけど良いのかな。
「いらっしゃいませ、藤堂様・珠洲様」
「笹目オーナー、久しぶり。今日はありがとう」
「笹目君久しぶり〜」
こちらへやって来たダークスーツのお兄さんは、楽しそうに至近距離で手を振るサクラさんに少し微笑んで「お久しぶりです」と返事をする凛としたこの人は、オーナーさんみたい。
お二人の知り合いかな?
つい、キョロキョロと周りを見渡してしまう庶民な私とは違って、サクラさんとリーヤさんは優雅な大人な振る舞いだ。
「いいえ。藤堂先輩と桜さんのお力になれるなら。で、こちらの暖かな春色ドレスのお嬢さんが?」
オーナーさんがこちらを見ていらっしゃいませと微笑んだ。
「あぁ。今日の主役で僕らの大切な友達・キューちゃんこと九谷伊奈実さんだよ」
「私、藤堂先輩の大学時代の後輩でこのレストランLuckのオーナーをしています笹目夏紘(ささめ なつひろ)といいます。よろしくお願いします」
「は、はじめまして。九谷伊奈実です。こちらこそよろしくお願いします」
「ドレスよくお似合いです。私もキューちゃんとお呼びしても?」
「あ、ありがとうございます…。名前はお好きに呼んでください」
いきなりドレスを誉められて、なんだか私の緊張感が増した。
「あ〜!笹目くん、かわいいからってキューちゃんを誘惑しないの〜。私が選んだんだから似合うに決まってるでしょ〜?」
「桜さんのチョイスでしたか。さすがですね。それから、誘惑はした覚えはありませんが…個人の自由ですよ、ね?先輩」
そう言ってちょっといたずらっぽく微笑む笹目さんは背後にバラを背負っている感じ。
「笹目、キューちゃんは高校生だぞ」
「これだけ綺麗なら…え?高校生?!」
呆れながら答えたリーヤさんの答えに驚いた様子でこちらを向いて、問いかけてきた。
「はい…高校二年生です」
マジか…と笹目さんが誰に言うわけでもなく小さく呟いた。
私、そんなに老けて見えるのかな…?ちょっとショック。
「先輩、桜さん…反則ですよ。お二人の知り合いなら間違いなく二十歳はいってるかと思うじゃないですかー」
「それは思い込みよ〜。キューちゃんは私のお店で知り合ったの〜」
「っていうか笹目はこの間、例の彼女に出会ったんだろ?」
「まあ!あの初恋の彼女〜?!」
「そうですけど…」
明るい話題みたいだけど、なんだか元気の無い返事をする笹目さんにリーヤさんとサクラさんは互いに顔を見合わせた。
「笹目。上手くいかなくても、自分の想いに嘘はつくなよ。今度話ししような」
「先輩…」
「そうよ〜笹目くん、一途な方がきっと良いし、何よりあなたに似合うわ〜」
「先輩、桜さんもありがとうございます。料理奮発させていただきますね」
「ま〜!その一言を待ってたわ〜♪」
「サクラちゃん…」
「桜さんその現金な感じ…最高です」
桜さんの一言で湿っぽい雰囲気から一気に明るいものに変わって、笹目さんは笑いを堪えながらも肩を揺らしている。
「では、藤堂様・珠洲様・九谷様。Luckでのひと時をどうぞ明日への幸運へ」
「「ありがとう」」
「あ、ありがとうございます」
微笑んで一礼した笹目さんは去って行った。
「ごめんなー、キューちゃん。笹目は良いオーナーだけど中身があんなで…」
「笹目君って一途なはずなのにちょっと色気が押さえられないのよね〜」
ん?色気って…あのバラ背負ってる感じのことかな。
「いいえ、全然。笹目さん”初恋の彼女”さんと上手くいくと良いですよね」
「そうよね〜」
「だな。今度ちゃんと話きいておこ」
*
「失礼いたします。前菜のコンソメスープでございます」
しばらく会話を楽しんでいると、料理が運ばれてきた。
この本格的な雰囲気、初めてで何だか緊張する…。
「わぁ…綺麗な琥珀色」
「ありがとうございます。本日は特に良く出来たとシェフが申しておりました。どうぞお楽しみくださいませ」
思わずきれいな色に声を上げてしまった私にギャルソンさんが優しく声をかけてくれてから、テーブルを後にした。
このお店の世間から一番評価の高い料理は、前菜の中の一つ、コンソメスープ。
綺麗な金にも近い琥珀色が、奇跡のようだと雑誌などのメディアは評している通り、本当にきれい。
確か、前菜なのにメインだとも書いてあったな…。
「さぁ〜キューちゃん、見てるだけじゃ勿体ないわよ〜」
「はい、いただきます」
金色の繊細なスプーンを沈ませると、その中にとけ込んだみたいに見えた。
そっと掬って、口に運んだ。
「…おいしい」
「ん〜♪」
「なー。笹目は本当良いシェフつかまえたよ。キューちゃん、スプーンの内側見てごらん?」
「内側ですか…あ!」
掬う部分に刻まれていたのは、四葉のクローバーの模様。
「気付いた?」
「はい、四葉のクローバーですよね」
「うん。このスープだけの模様なんだけど、”前菜なのにメイン”って言われている理由はこれなんだよ」
「どういうことなんですか?」
「私も聞いた事無いわ〜。リーヤ教えて〜?」
「笹目がよく言う台詞があるよね。キューちゃんはさっきあいつの去り際に聞いたと思うんだけど」
えっと、去り際…
「Luckでのひと時をどうぞ明日への幸運へ…ですか?」
「そう、それ。サクラちゃん、Luckの意味は?」
「運とか…前置詞にもよるけど、笹目くんの台詞を考えると”幸運”ね」
「キューちゃん、四葉のクローバーは?」
「えっと、見つけると幸運が訪れるとかっていわれています」
二人ともよくできました。とリーヤさんは私たちを誉めてくれた。
「で、このスープ専用のスプーンだけ、この模様なんだよ」
「つまりお店の名前とこのスプーンのクローバーが同じ意味を指しているってことですか?」
「うん。そういうこと」
リーヤさんはにっこり笑った。
明日への幸運へ…か。
どこかほんの少しオム晴れマークに似ている気がして、ミナミさんを思い出した。
「ま〜!笹目くんやるわね〜♪」
「あいつはそれを認めずにごまかすんだけどな」
「あら、そうなの〜?」
残念そうなサクラさんのため息が漏れた。
それから、数々の料理が出てきて、どれも程よい量で全部とってもおいしかった。
*
「はーい、誕生日おめでとうキューちゃん」
「へ?あ、ありがとうございます」
Luckからケーキのプレゼントです、と笹目さんがたくさんのフルーツが乗った小さなホールケーキを持ってきてくれた。
17の字のロウソクが温かなオレンジの火をゆらゆらと灯している。
「笹目、サンキューな」
「いえいえ、かわいいお客様への当然のサービスですよ」
ニッコリとまたもやバラを背負って微笑む笹目さん。
「こらこら〜、笹目くん無駄に色気を垂れ流さないの〜!」
「すみません、桜さん。生まれつきなんですよ」
「「嘘つけ!」」
「はは、先輩も桜さんも厳しいなー。では、失礼します」
そう言って笑いながら笹目さんは別のテーブルへと去って行った。
「さ、キューちゃん願い事してから消して~」
「願い事…ですか?」
あれ?そうしたこと無いかな?とリーヤさんが戸惑っていた私に声をかけてくれた。
「ひとつ願うんだよ。近くても良いし、遠くても良い。未来の自分を想像してこうなりたいって思う事を」
”なりたい自分”か…。
「ちなみに声に出さないのがポイントよ~。
叶うまで自分だけの秘密よ~」
サクラさんがウインク付で可愛らしく自身の唇に指をそっと添えた。
んー…どんな願いが良いかな?
「キューちゃん、そんなに真剣に考え込まなくても気軽にパッと浮かんだ事で良いんだよ。
ちなみに俺の十歳の時の願い事はサクラちゃんの婚約者になることだったな」
「まぁ、リーヤ~そうだったの~?」
「そうだよ。サクラちゃんの叶った願い事は?」
「私は九歳の時の~、リーヤがいる日本で暮らすことよ~。後は、自分のコーヒーのお店を出したいって十三歳の時に思ったことかしら~。
ほら、キューちゃんも自分の心に問いかけて一番最初に見えたものが願いよ~」
自分の心に、問いかける…か。
伊奈実は目を閉じて自分の心に問う様に意識を集中させた。
それをサクラとリーヤは微笑みを浮かべながら見守っていたその時、三人の座るテーブルにダンっ!と衝撃が響いた。
「珠洲先生…?」
音に驚いて開いた彼女の瞳は、すぐ目の前に現れた先生を映した。
な、何でここに?
って言うか、なんか様子が…。
テーブルに手を置いたまま、肩で息を切らしている彼の異変に伊奈実はさっそく気づいた。
誰でも分かる程、いつもの彼・珠洲楓とは明らかに違う点が一つあるからだ。
その顔に表情がない。
”珠洲先生は笑顔が標準装備”のイメージが大きい伊奈実にはテーブルに響いた音よりも衝撃があったが、それは彼の双子の姉とその婚約者でもある彼の親友をも、驚かせている事に伊奈実は気づいていない。
「Sakura …еЧШбФФοχωσヵヴΒヮヶ↓↑∋▼△●〒&○*▲▲※!!!」
「ヵ∋ωχ↓*ヵΒ●ヮ▲∋σ↑↓χ↓σσ**ヵヵω↑χヴ&σ▼※」
「△Βω*△∋∋▲Β●ヵ*↓ヵ▼△∋▲**!!」
「*※σ▼οω―――」
突如、サクラさんと先生が英語ではない言葉で言い合いを始めて、それを見たリーヤさんも加わり三人での口論に。
何を言っているのかサッパリだけど、リーヤさんは二人の間に入って仲裁をしているみたいで、私はそんな先生とサクラさんを見ているしかできなくて。
伊奈実自身、気づいてはいないが、普段の彼とのあまりの違いに彼女は両の手で強く拳を握っていた。
「↑ヴ∋↑ヵヵ▲△ヵ〒ヮ*ω▼△χ※!!!……伊奈実」
「え!?」
突然、名前を呼ばれ手を捕られた伊奈実の体は楓が引く方へと浮き 、そのまま席を立ったかと思ったらあろうことか出口へ進み出す。
この意に沿わない行動に文句を言いたいが、彼の表情は先ほどから変わらないままで、伊奈実はそれ以上声が出せなかった。
視線をサクラとリーヤへと移すと、楓へ不満そうな視線を向けているサクラをリーヤは宥めている。
伊奈実の視線に気づいたリーヤはちょっと困ったような表情でこちらへ手を振ってきた。
まるで見送られている気が…
ん?
…つまりこのまま解散って事?!
カツカツ真っ直ぐ進む楓に引きずられる様にして伊奈実は店を後にした。




