43:黄色のたまごは空を飛ぶ
「よっと」
えっと次は…
「すご~い!きれいに黄色だわ〜。キューちゃんホント上手に作るのね~。感心しちゃう~」
目の前のお皿に乗った、だし巻きたまご見てサクラさんが声を上げた。
「ありがとうございます。でも世の中のお母さん方のほうがもっと手際よく作ると思いますよ」
「まぁ?!そうなの~?伊藤」
厨房で私を見守っていてくれる料理人の伊藤さんに話が振られた。
「そうでございますね。
九谷様もお若いのに手慣れたご様子ですが、世の中には時間短縮のため、幾つもの料理を同時進行で進める方もいらっしゃいます」
「すごいのね~。忍者とか千手観音みたいな動きをするのかしら~?」
「………」
「………」
「くはっ!桜お嬢、発想が海外からの観光客で、しかも料理出来ない感じ全開だぜ?」
伊奈実と伊藤のコメントに困った沈黙を破ったのは、自分の調理スペースから顔を出した波乗り好きのコゲコゲパティシエ・日野だった。
わあ…日野さんまたお腹抱えて笑ってる。
よく笑う人だなー。
「ちょっと日野〜!口悪いしさりげなく料理ダメなことバラさないでよ~!」
「桜お嬢、言わなくても忍者とか言ってるからバレバレだぜ?だから大丈夫、大丈夫」
「ひっど~い!!」
サクラさんは余程悔しいのか地団駄をガシガシ踏んでいた。
「ところでそっちのお嬢ちゃんは、伊藤さんの城で何やってんだ?」
「お弁当作ってます」
「何で?そこにプロ居るじゃん」
私だって伊藤さんのプロなお味の方が断然おいしいって思う。
思うけど………
「先…楓がしつこく五月蝿いので」
「なるほどねー。坊っちゃんに作って攻撃されたって事か」
「そんな感じです」
本当に、攻撃だった。
私が闘う系のゲーム(カオがやってるのを見たことしかないけど)のキャラクターだったら、それこそ一方的に残りの命が危険ゾーンギリギリいっぱいまで減らされて、警告音が鳴ってるあの危機的状況。
そこにいつもの笑顔で追い込まれたんだ……。
______一時間前________
「伊奈実ちゃんはお弁当とか作れる〜?」
「はい…作れますけど?」
突然振られた話題に疑問たっぷりすぎる返事をした。
「じゃ〜僕と伊奈実ちゃんのお昼の分、作ってくれる〜?」
「何でですか?」
「作って〜?」
「いや、だから…わっ!」
「作って、作って、作って、作って、作って〜」
この体勢、お願い事する人のするものじゃないだろ。
「……重い。離れろ変態」
「え~?作ってくれるって言うまで離れない~。むしろもっと近付くよ~♪」
私をソファーに押し倒してマウントとって更には顔を近づけて来る。
言葉は"作って~"だが
"作れ"と言わんばかりのこの状態。
理由を話してくれないなんて怪しすぎでしょ。
「作ってくれるよね〜?伊奈実ちゃん」
ますます近づいて来る先生…もとい変態。
に、逃げられないし。
こういうの笑顔の圧力って言うんじゃ…?
ああ…確実に空耳なのに聞こえる。
ピコンピコンってあの音。
_______________
「で、その楓坊っちゃんはどこに居るわけ?
料理してるお嬢ちゃんが見たい~とか言って離れなさそうなのに」
「ふふふ~♪甘いわね~日野。
キューちゃんがそんな鬱陶しいの許すわけがないわよ~」
ちょっと得意気にサクラさんは答える。
そう、鬱陶しくうろちょろしそうな先生が居ると料理中は危険だからリーヤさんが
「カエデ、約束のやつやって」
とさりげなくストッパーになってくれたおかげで、今先生はここに居ない。
最初は駄々こねたけど、リーヤさんが先生の耳元で何かを言ったとたん、大人しくなった。
それからはパソコンとなにやらもの凄いスピードで格闘し初めて…。
「確かに料理中、昨日リー坊運ぶために別れた後みたいに絡まれたらウザいな…」
昨日を思い返した様な、苦笑いな表情の日野さん。
っていうか、抱きつかれたの見てたなら助けてくれても良かったんじゃ…。
「ちょっと日野?何!?何があったの~?!」
「あれ?お嬢、さっきの得意気な感じはどこへ行っちまったんだ?」
「日野のせいで地球のあっち側まで飛んでったわよ~!バカ!」
「お嬢、あっち側って適当すぎだろ。
ポポーンと軽く銀河系飛び出しそうな伸びしろがあって、なんか怖いぜ。
言いたいのは対蹠地(たいせきち)…俗にいう地球の裏側ってやつか?」
笑いながら手のひらを肩辺りまで上げて、Ha…!って言わんばかりのポーズを決めた。
「む〜!宇宙まで飛んでけ日野のバカ〜!!」
あぁぁ。
サクラさんがあっけなく形勢逆転されてむくれている。
何があったかなんて私に聞いてくれれば、答えますよサクラさん。
でも割り込める雰囲気じゃない…。
「まったく…俺のサクラちゃんを論破するのいい加減やめてくださいよ、日野さん」
「リーヤ~!」
サクラさんの絶大的な味方という名のお助け舟、リーヤさんが現れた。
「おう、リー坊。第一声が毎度酷いなー。高校の先輩を敬え」
「嫌ですよ。
サクラちゃんいじめるし、日野さんみたいに授業もろくに出なくて、家庭科室に籠る様な奔放なクセに首席で卒業した人、敬えません。
敬語なだけマシでしょ?」
「そう怒んなって、リー坊。
お前と楓坊っちゃんを木登りとかで色々鍛えた様に、かわいい妹分の桜お嬢を正しい日本語という名の谷底に涙を飲んで放り込んだだけだぜ?」
「笑いながら論破して打ちのめしたの間違いですよね。まったく…」
「あ、バレてた?」
舌を出して楽しそうに笑う日野さんを、不服そうな顔でリーヤさんは見ている。
いる…っていうか、居るぅぅぅぅぅぅ!!?
「り、リーヤさん…」
リーヤさんがここに居るってことは…
「は!キューちゃんごめ…」
「わ〜!伊奈実ちゃんの卵焼きおいしそう〜」
「……」
来やがった。
リードの外れた犬…いや、リーヤさんという名のストッパーが外れた先生が。
「本当ごめんな、キューちゃん」
「ごめんね〜」
「いえ、リーヤさんサクラさん。お二人が謝る必要なんてないですよ。良い歳して鬱陶しい人が悪いんです」
「え〜?伊奈実ちゃんがかわいい顔してひどいよ〜伊藤〜」
「え?!楓様…」
「坊ちゃん、ウザイこと言ってお嬢ちゃんと伊藤さんを困らせちゃダメだろ?」
わ。日野さん私以上にオブラートを持たない物言い…でも最良の援軍!
ありがとうございます日野さん!
「うう…伊奈実ちゃん〜」
辺りを見回してすがれる者が居ないことに気付いたのか、先生は一周回ってまた私の所へやってきた。
しょうがないな…
「ほら…だし巻き一切れあげますから、もう少し向こうにいてください。ね?」
「伊奈実ちゃんっ…優しい〜!」
「わっ!」
「「「あっ」」」
「うん。お嬢ちゃん、上出来の味だ」
差し出していた一切れのだし巻きたまごは、先生のハグのせいで空を飛んで、日野さんの口に飛び込んでいった。




