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ストレート  作者: 業平アキラ
閑話の章
46/63

閑話:雲の切れ間から・4

あれから、いくつもの季節が繰り返されて。



伊奈実は大きくなったけど、あの頃から変わらず続いているのは食事を、”食べる”という事を無意識のうちに避けるということ。

本人は気付いていないみたいだけど、これはなかなか深刻だった。


”食べる”って”生きていく”ことでしょ?


伊奈実の場合、あの時の心の傷がそういうカタチで現れたんじゃないかってお医者さんも言っていた。


だからこそ、私は伊奈実には料理を教えたの。

機械的でも時間で動き出せるように。




そうして、伊奈実が中学三年生になった時、伊奈実と私の間にとある問題が浮上した。


「伊奈実〜」

「…なに?ミナミさん。その呼び方、嫌な予感しかしない」

「おー!さすがは我が娘。感が良いわ♪あのね、決まったのよ」

「なにが?」

「海・外・転・勤☆」

「へー…うそ?!」

「エイプリールフールじゃあるまいし嘘言ってどうするのよー?あ、もちろん伊奈実も一緒に行くからね」

「え?!せっかく青野高校決まったばかりなのに嫌だよ!」

「あら、反抗期かしら?」

「せっかく受験したんだもん。ミナミさん、私青野に行きたい!」


それから一週間、押し問答を繰り返したけど、頑として青野に行きたいと伊奈実は言い続けた。

初めて自分の気持ちをごり押ししてきた伊奈実の熱意に私が折れるカタチになって、ある約束とともに伊奈実は高校進学を機に一人暮らしを始めることになった。




その約束は唯一つ、”体重を三キロ以上減らさない”。




パッと耳に入る音としては、約束にする程の事じゃないようなことだけど、これが私の一番不安なことだった。

もちろん、それだけじゃなくて小さな不安もあったわ。

かわいい見た目が災いして同性から敵意を向けられやすい伊奈実。

けどあの子はそれには気付いてないみたいだし。


鈍感さもかわいいのよね…じゃなくて。


その根本は、あの出来事が起因しているせいか、他人との関わり方が上手くないと言うよりも期待とか希望を持てない、そんな風に私の眼に映っていた。




でも転機が知らぬ間に伊奈実に訪れていたのよ。




「娘よ、高校生活はどんな感じなのかしらー?」


あれはまだ私がシンガポールへ出張していた頃、伊奈実も高校生活が始まったばかりのある日、さりげなく聞いてみた近況。

普段だと「うん、特に変わった事は無い」って言うあの子から意外な返事が返って来た。


「楽しいよ」

「あら?何か良いことあったの?」

「うん。ミナミさん、私ね友達ができたよ」

「まぁ!良かったじゃないっ!!で、どんな子なの~?教えて~!」

「えっとね_____」



電話を切った後、嬉しくって一人でジャンプしちゃったわ。




日本へ帰った時に何度か会ったけど、花ちゃんもカオちゃんもいい子だったわ。

そして何より、伊奈実があの懐かしい笑顔を二人に向けていて。


あぁ、この子は友達をようやく作れたのね。

その時、実感できた感動を私は今でも覚えている。



無理に私と一緒に連れて来なくて良かったと心から思った。


長い、長い雨が、待って待ち続けてようやく止んだ。

そんな出来事に思えたわ。









それでも、あの子を蝕む毒は変わらずそこにある。








昨日の電話でそれを実感させられたわ。

…根は深い。

やっぱり全部が一気にうまくはいかないものね。


でも楓くんという味方も得たわ。


プラス思考、プラス思考よミナミ!!









その日の明け方、再び携帯に楓くんから電話がかかって来た。


「はーい、楓くん?」

「ミナミさんですか〜?夜中にすみません〜」

「全然良いわよー?どうしたのかしら?」

「伊奈実ちゃんをこの土日も家に泊めさせても良いですか〜?」

「オッケーよ!でもどうしたの?伊奈実に何かあったのかしら?」


不意に不安が押し寄せた。


「今日身体測定あったんです。それで伊奈実ちゃん僕の予想より軽くて、記録を見たら前回より減ってたんです…」

「…またやらかしたのね、伊奈実」

「それで、僕とご飯食べてもらわないと、僕が安心出来ないんです」


緊迫した声で言葉を紡ぐ楓くん。

その声の先にはあの子を思いやってくれる心を感じた。


「そっか。楓くん、伊奈実を好いてくれてありがとう」

「はい。あ、僕の一方通行ですけどね~」


あら。

鎌かけたって言うか冗談半分だったのに、こうもあっさり肯定して良いのかしら?楓くん、一応先生なのに。

んー…まぁ、いっか♪

何だかその逆境も恋心が燃えるわよね☆



「伊奈実は間違いなく手強いわよ?」

「それはもう実感してますよ〜」

「ふふふ、そうなの?伊奈実の性格からしてまたぐだぐだ言いそうだから私が電話しとくから。楓くん、娘を…伊奈実をお願いします」

「はい」


そうして、電話を切ってしばらくしてから伊奈実に絶対命令をだしてもう一度眠った。








次の朝、空は相変わらずの曇り空。



けれど見上げれば雲の切れ間が一つ。


そこから一筋の光。

ふと、楓くんの事が頭をよぎった。




この目映い光は伊奈実の心へ続く、そんな兆し。


ハッピーへの二度目の転機はもう訪れているのかもしれない。



「さーて伊奈実、あとはあなた次第かしら」



どんな未来へも始めの一歩は自分で決意して歩み出すものだもの。




ねえ、伊奈実。

あなたの次の一歩を私はここから見てるからね。







_______閑話・雲の切れ間から(完)_________

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