閑話:雲の切れ間から・1
私が初めて出会った時のあの子は泣かなくて、名前もまだ付けられていない、小さな体一つのまっさらなままの命だった。
___閑話・雲の切れ間から_____
『ミナミ!あなたの携帯鳴ってるわよ!』
『ちょっと今手が離せないから代わりに出て、お願いジャスミン!』
この時間にかかってくるのは大体、日本から。
って言うことは九割九分、伊奈実。
あの子ならリスニングは大体出来るし、ほんの少し喋る事もできるから大丈夫。
『ミナミ!あなたに代わってって言われたわ。Mr.Kaede SUZUって人よ。
イケメンからラブコールなんて隅に置けないわねっ☆』
『ジャスミン、イケメンって電話でわかるわけ?』
『や〜ん、そんなの乙女の感よ、感!』
五十代になっても乙女心を失わないジャスミンって凄いわ〜。
見習わなくっちゃ!
にしてもMr.Kaede SUZUって誰かしら?
「もしもし?九谷ですけどあなた誰?」
「伊奈実さんの高校で養護教諭をしています、珠洲楓という者です」
養護教諭って保健室の先生って事よね?
そんな人から電話ってまさか…!
「あの、伊奈実どうかしたんですか?!」
「それが___」
伊奈実が貧血で一日に二度倒れたことと、今彼の家で伊奈実を保護していることを彼は丁寧に説明してくれた。
なんとありがたい事に、伊奈実を泊めても良いかとまで尋ねてくれた。
「申し訳ないんですけどお願いできますか?私今、海外に居て…」
「はい、もちろん。カナダにいらっしゃるんですよね?」
「あら、よくご存知で」
「伊奈実ちゃんから聞いたんです」
「まー?そうなの?」
伊奈実が家の事を話すなんて、珍しいわ。
あの子は人への警戒心がとっても強い。
だからこそ、そういった事を話せると言う事は、伊奈実にとって割と心を許せる相手ということ。
この先生信用しても大丈夫そうね。
「親切にしていただいてありがとうございます珠洲先生。…楓くんって呼んでも良いかしらー?」
「ははは〜どうぞ〜。信用してくださったみたいで嬉しいです。僕もミナミさんって呼んでいいですか〜?」
「もちろん♪あなたもゆる喋りでいいわよ」
「ありがとうございます。それに伊奈実ちゃんが来てくれて嬉しいの僕だけじゃないんですよ〜」
「まぁ?楓くん実家なの?」
「はい。サクラ…双子の姉も以前から伊奈実ちゃんと知り合いなんです〜。
それに使用人たちも久々のかわいいお客に喜んでいますし〜。
シェフに頼んで今日の夕食は鉄板焼きに決定しましたから伊奈実ちゃんにはお肉で力をつけてもらいます〜」
楓くん先生だけど、お坊ちゃんなのね。
「そう言ってもらえると安心だわ。楓くん、先生のあなたに頼むのはちょっとルール違反なのはわかっているんだけど…」
「いいですよ。今は勤務中じゃない、ただの珠洲楓ですから、言ってください」
少しためらった私に楓くんは自ら立場というハードルを壊してくれた。
もしかして、楓くん…
「娘を…伊奈実を気にかけてやってください」
「はい」
間髪入れずに力強い返事をくれた。
「ありがとう。よろしくおねがいします。
伊奈実にはメール出しておきますから、ぐだぐだ言ったら携帯見ろって言ってやってくれるかしらー?」
「はい、お願いされました〜」
「ふふふ…また何かあったらいつでもこの番号に電話ちょうだい登録しておくわ」
「ありがとうございます。僕の方にも気兼ねなく電話してくださいね〜」
こうして電話を切った。
『ミナミ。彼イケメンだったでしょ?』
ジャスミンがウインクしながら言った。どうやらイケメンって冗談だったみたい。
でも…
『そうね。相当イケメンだったわ♪ジャスミンの感って凄いわ』
『まぁ…!』
ねえ、伊奈実。
あなたを気に掛けてくれる人がまた一人増えたわよ。
この出逢いが、あなたに良い変化をもたらせますように。
降り続ける雨を見つめて、空に祈った。
ミナミさんは昼夜関係ない感じのお仕事してます。




