42:君の心の迷路・珠洲視点
僕が好きな九谷伊奈実という女の子は、実に律儀な性格だ。
”説得”を僕はご飯のついでの口実にして彼女を僕の家に居させてしまっている。
けど、伊奈実ちゃんはいつだってきっちりと説得してくれるんだよねコレが。
なんともストレートな君らしいよ。
それだけじゃ少し楽しさが足りないから考えた。
礼節をきちんとしている彼女は”先生”の僕には特にきっちりと一線を引いて、悲しいくらいに”珠洲先生”って呼ばれる。
伊奈実ちゃんのお友達や、サクラやリーヤはもちろん、生徒会長までも名前で呼んでいて。
あぁ!僕が先生じゃなければっ…いや、僕が先生だから伊奈実ちゃんとこうして居られるよね!?
プラス思考、プラス思考!!
他の人と僕への唯一の違いは、怒ったときだけちょっと暴言になること。
これがつい楽しくてついちょっかいを出してしまう僕で。
そこで、伊奈実ちゃんに僕を名前で呼んでもらう様にゲームにしたんだ。
そしたら
「か、楓」
ってちょっと慣れない感じで呼んでくれて…僕の鼓動はドキドキ早まる一方!!!
翌朝には直っちゃっている所も、伊奈実ちゃんのかわいさのエッセンスだ。
ま、強制的に名前呼びに戻させたけどね♪
ほら、ゲームは楽しまなきゃって言うじゃん?
でも、どうしても何かが引っかかる。
一人で家事とか家のこと、色々出来てしまう。
これって良いことだとは思うけど、伊奈実ちゃんの場合は何だか違う。
気になるのは、
自分の体に傷を負うことを恐れない事。
ご飯をあまり積極的に取らない事。
それから特に引っかかったのは、高速から一人で帰ろうとした事。
あの場合、まずは連れ回していた僕を責めるとかそういうことを、伊奈実ちゃんはしなかった。
それどころか彼女の第一声は
「どうやって帰ろうかな…」
で、何か思考を巡らせて居たからその手段をきっと頭の中で探っていたんだと思う。
あまりにも不自然なくらい割り切るのが早すぎる。
なんだか焦りを感じて僕は彼女を担いで車へ行った。
信用されていないのかと
「僕が伊奈実ちゃんを置いてく訳がない」
と思わず口から零れたこの言葉は
伊奈実ちゃんの表情を固いものに変えてしまった。
それに人と話をする時、必ず相手の目を真っ直ぐ見る彼女が視線を下げた。
しばらくの沈黙の間、伊奈実ちゃんがぐっと奥歯を噛み締めていて
何がそうさせているのかわからない僕はただ彼女を見つめるだけで。
「も~、僕ってそんなに信用ないの~?」
あまりにも緊迫した表情に変わった伊奈実ちゃんの空気を変えた方がいいと、いつもの調子で軽く言った僕に
彼女は判るか判らないかのほんの一瞬鋭い視線を向けた。
「………き。っ…!!」
言葉になりきらない何かを呟いて、我に返ってそれを言った自分に驚いた。
そんな様子で。
でも、そこからはいつもの彼女に戻っていて。
この違和感に僕は伊奈実ちゃんのナニカに触れてしまった気がした。
その手がかりは再び朝日が昇り始める日曜の朝、夢の中にいるはずの伊奈実ちゃん自身がくれた。
陽が瞼に当たって目が覚めると、何かにうなされている伊奈実ちゃんが居て。
嫌な夢なら起こした方が良いと彼女の肩に手を添えようとした時、
「…かないで」……………………
………………「…と…さん」
そう零れた言葉と
一筋の涙。
伊奈実ちゃん、何がこんなにも君を苦しめているの?
例えるなら…
表層上の彼女は、直線で組まれて出来た誰でもゴールに行ける、そんなわりと簡単な迷路。
多くの人はここまでの君としか接していないんじゃないかな?
でもよく目を凝らすとそのゴールの先には心の迷宮へと続く小さな小さな扉があって。
僕は今、その扉の前にようやく辿り着いた。
触れてしまったナニカはきっとこの扉の鍵。
だとすれば僕は_____。
ねえ、伊奈実ちゃん。
僕はこの扉を開けようと思うよ。




