40:夜桜
「夜桜も良いよね~?」
「そうね~、お酒が進むわよね~?」
「ほら、サクラちゃん飲みすぎないようにな」
頭上には綺麗な夜桜です。
昼間とはまた違って、桜の白が夜を拒むみたいに浮き上がって凛としています。
こんなんですが、夕飯タイムです。
メニューは伊藤さんお手製、花見御膳です。
お刺身をメインに色とりどりのおかずがずらり。
味はもう言うまでもなく、とってもおいしい。
サクラさんはお酒にも手が伸びております。
場所は、先生のお家の裏庭です。
って言うか、こんなに大きな桜の木があるのに先生はどうして昼間出かけたんだろう。
まぁ、あっちの方は更に綺麗だったけど。
「ふふふ~キューちゃんも飲みましょ~?」
「サクラさん、ごめんなさい。私ダメなんです」
「ま~?!そうなの~?じゃ~リーヤどうぞ~」
「サクラちゃん…」
「リーヤは婚約者の私が注いだお酒は飲めないって言うの~?」
お酒を手にうるうるの目で酔ったサクラさんはリーヤさんを見つめている。
「サクラちゃん…
カエデ、佐藤さんごめんな。俺、サクラちゃんを悲しませるなんて出来ないんだ!」
「わかった~、屍は僕達で家に置いておくから~。ね~?佐藤?」
「はい。藤堂様、いつもありがとうございます」
「キューちゃんもごめんな」
「は、はい…」
何について謝られているのかさっぱりだけど、佐藤さんまで出てきているこの空気感を壊せなくて、とりあえず頷いた。
悲しませるとか屍とかっていう単語が引っかかるんだけど。
「リーヤ~いってらっしゃい~」
そんな中でも先生は変わらず楽しそうにリーヤさんに手を振った。
「おう!」
そう言うとサクラさんが注いだお酒の入ったコップを持って上に掲げた。
「後は頼んだ!」
グイっとそれを喉に流し入れた。
「ふふふ~リーヤ~。さすが私の婚約者~」
その姿に拍手で喜ぶサクラさんはかわいい酔っぱらいだ。
「ぷはー…ぁぁぁ」
バタン!
「え?リーヤさん?!」
飲み干した瞬間、リーヤさんはバタンとゴザの上であぐらをかいたまま、後ろへ倒れてしまった。
「ふふふ~♪リーヤおもぴろひぃ…」
「えぇ!?サクラさん?!」
その隣のサクラさんも後ろへ倒れてしまった。
「伊奈実ちゃん大丈夫だよ~」
「どこがですか!?」
姉と幼なじみの異変に、何のんきにご飯食べてるんだ!この変態!
「ほら~見てごらん?二人とも寝てるだけだもん~」
「へ?……本当だ」
リーヤさんはコップを片手に、サクラさんは日本酒の一升瓶を腕に大切そうに抱えて穏やかな寝息をたてている。
「お酒飲むとね~、サクラは誰にでも勧めたがってね~、リーヤはコップ一杯でダメなんだけど~サクラの勧めは断れないって飲んで潰れちゃうんだ~。
で、サクラはなぜかそれを見届けると眠っちゃうっていう宇宙の七不思議~」
「そ、そうなんですか…」
宇宙の七不思議って…そこは、そっとしておこう。
「でも今日はちょっと早かったよね~?佐藤~?」
「はい。いつもより一時間程、桜様のペースがお早いです」
「きっと伊奈実ちゃんが居てくれて、楽しかったんだね〜」
「とっておきの大吟醸を持って来るよう仰せつかいました」
「ははは〜。それは相当楽しかったんだね〜」
先生の笑い声と佐藤さんの控えめな笑顔が、サクラさんとリーヤさんに向けられていた。
「では、私お二人をお連れいたしますので失礼いたします」
「僕も手伝うよ〜」
「いえ、楓様。日野が手伝ってくれますので大丈夫でございます」
佐藤さんが視線をお屋敷の方へ向けた。
そこにはお皿を持った、服を着ていてもマッチョな感じがわかるお兄さんがこちらへやって来ていた。
わ。顔、日焼けで真っ黒だ…
伊藤さんとよく似た白の服装だから余計に手や首、顔の色が際立っている。
「そうそう、楓坊ちゃん。せっかくのデザートが溶けちゃうから俺に任せてくれればいいって」
そう言いながら、お皿を私と先生の前へ置いた。
「わー、キレイ…」
ゴールドと普通のキウイフルーツが交互に乗ったタルトの横に、白いアイスと流れるようにクラッシュされた桜色のグラデーションのゼリーが乗っていてお皿の周りには赤いソース。
緑とピンク系の色のコントラストがなんともキレイだ。
「お嬢ちゃんありがと」
いたずらっぽくその人は笑った。
「ん〜日野ありがとう。じゃ、任せるね〜」
「おう、任せろ楓坊ちゃん」
「伊奈実ちゃんこのコゲコゲ、ウチのスウィーツ担当の日野だよ〜」
「どうも、お嬢ちゃんいらっしゃい。コゲコゲ日野です」
「初めまして、九谷伊奈実です」
そっか。日野さんがこのデザート作ったんだ。
ほー。すごいなー。
「くはぁっ!コゲコゲをスルーしたお客初めてだ!坊ちゃんこの子スゲーな!」
日野さんがいきなり爆笑し始めた。
「ははは〜。僕の伊奈実ちゃんかわいいでしょ〜?」
「先生の所有物ではありません」
「くひーっ!振られてるぞ坊ちゃん!」
ついに膝を地面に付けてお腹を抱えて笑いだした。
「こら、日野。まったく…その辺にして行きますよ。では楓様、九谷様失礼いたします」
佐藤さんはサクラさんを抱えてお屋敷へ入って行った。
「九谷様。大変失礼いたしました」
日野さんはいつの間にか笑いを止めていて、私に向かって礼をしていた。
そ、そんなことされると困る…
「い、いえ。私一般人なので、全然大丈夫ですよ。むしろラフに接してくださると嬉しいです」
「そう?だったらこのままで居るわー。じゃ、坊ちゃんお嬢ちゃんデザート食べてな」
「うん、了解〜」
先生はひらひら手を振って、リーヤさんを軽々と抱えた日野さんを見送った。
「伊奈実ちゃん食べよっか〜」
「はい」
崩すのが勿体なかったけどスプーンを入れて、一口。
「ん〜っ!おいしい!」
口の中に甘さと酸味が絶妙に広がって、もうほっぺが無くなるんじゃないかってぐらい本当においしい。
「でしょ〜?日野の口は僕が小さい頃からあんな感じだけど腕は本物だから〜」
「そんな頃からのお知り合いなんですか?」
日野さん、先生のほんのちょっと年上くらいな見た目だけどどうなってるんだ?
「うんそうだよ〜。才蔵…日野のおじいさんが昔家で庭師をしていてね〜小さい頃からよく家に来ていたんだ〜。
夏には僕らも居たから、日野には遊び相手になってもらってたんだ〜」
「だから日野さんは楓のことを”坊ちゃん”って呼ぶんですね」
「そうそう〜。歳も三つしか違わないから、堅苦しくされるよりずっと楽しかったよ〜」
そう言って、先生は少し遠くを見た。
小さい頃を思っているのかな?
「日野さんはこの季節にどうしてコゲコゲなんですか?」
「あれはね〜趣味のサーフィンだよ〜」
「サーフィンですか?」
「うん。確か昨日まで一週間フィジーに波乗りの旅に行ってたと思うよ〜」
「アクティブなんですね」
「ははは〜、そうかも〜。木登りも日野が教えてくれたからね〜。
この桜の木に登ったんだけど、でもそのあと才蔵にリーヤと三人で叱られたんだ〜」
「それで昼間、私に近くで見せてくれたんですね」
「うんそうだよ〜!かわいいこと言ってくれるね〜伊奈実ちゃんっ!」
「ちょ、抱きつくな!変態!」
「酔っただけ〜」
「嘘つかないでください。先生一滴も飲んでないじゃないですか」
未成年の私に気を使ってか、サクラさんの勧めも断って先生はお酒を口にはしていなかった。
後ろから抱きつかれているから顔はわかんないけど、もちろんお酒臭くもない。
「伊奈実ちゃんに酔ったの〜」
「私はアルコールでできていません。離せ、変態!」
「もうちょっとこのまま〜」
「離せ変態ーーーーーーーー!!!」
はらり、はらりと桜が舞う中、こうして土曜日の夜は更けていった。




