34:一人よりずっと
「ふふふ〜キューちゃんお味はど〜お?」
「はふ〜…すっごく美味しいです」
「キャ〜!嬉しいわ〜!!」
サクラさんの淹れてくれるコーヒーはやっぱり格別においしい。
さっき伊藤さんが作ってくれたご飯いっぱい食べたから、もう何にも入らないと思っていたけどこれだけは別腹だったみたい。
ちなみに夕飯は味の染みた炊き込みご飯と天ぷらでした。
味はもう美味しいを突き抜けた感じで、ついついご飯三杯食べてしまった。
「幸せため息出てたもんなー」
「え?」
「キューちゃん”はふ〜”って幸せそうに言ってたよ」
は、恥ずかしー!
「ぶぅ〜。僕のときは言ってくれなかったのに〜!
ぶぅ〜ぶぅ〜。サクラずるいよ〜!!」
「ふふふ〜♪」
「カエデ…おまえサクラちゃんと張り合うなよ。なー?キューちゃん」
「そうですね。本職の方に張り合おうとするなんて無謀でぅわ!」
座っていた椅子から体が浮いて、視界が暗くなった。
「リーヤ〜!伊奈実ちゃんは僕のなんだけど〜!」
「おまえ、その流れさっきもあっただろう?
キューちゃんは彼女の母親の所有下だってさっき言ってたし。
それよりカエデ。キューちゃん窒息させる気か?」
「わ〜!伊奈実ちゃん〜!!」
腕が緩んだ瞬間、思いっきり後ろに飛んだ。
「ぷはぁっ、はーっ…すーっ……」
し、死ぬかと思ったっ…!!!
ギュッと抱きしめられていたせいで先生の胸に呼吸器官が押し付けられて息ができなかった。
「リーヤさん腕ロック解除ありがとうございます」
「いや、俺のせいでごめんな」
「リーヤ違うわ〜カエデのせいよ〜!キューちゃん大丈夫なの〜?」
「はい、なんとか大丈夫です。それにサクラさんの言う通りですリーヤさん。
全部先生のせいですから!!」
キッと先生を睨みつけた。
「伊奈実ちゃん〜」
悲しげな表情浮かべたって、私はちょっとだけ死にかけたんだから!
「自業自得だな、カエデ」
「そうね〜。ふふふ〜」
リーヤさんとサクラさんは楽しそうに先生を眺めている。
あ、先生の左の頬が少し赤い…。
うゔ…あれは私がさっきグーパンチした痕…
パンチの割に効き目が無かったらしく、ちょっと冷やしただけで、ご飯の時も先生はケロッとしていつもの調子でいたからすっかり忘れていた。
「わかりました。さっきのパンチとで相殺でいいですか?」
「伊奈実ちゃん…うん!優しい子だね〜!!」
「ちょ!だからって抱きつかないでください!変態!」
「え〜?仲直りのハグと〜、伊奈実ちゃんがごはん沢山食べてくれたから喜びのハグも兼ねて〜」
「…むしろこれ以上ぎゅっとされると、せっかくご飯美味しかったのに吐きそうです」
「それはダメ〜!」
先生がパッと素早く私へのハグをやめた。
お、これ効き目抜群!
「伊奈実ちゃんが栄養になりそうなものいっぱい取ってくれて僕は嬉しかったんだよ〜?
正直あんまり量食べられないと思っていたから一安心〜」
「あの…私も自分がご飯三杯食べれたのに驚いたんです。
伊藤さんの料理が美味しかったのもありますけど、一番の理由は何より先生とサクラさんとリーヤさんと一緒のごはんが楽しかったんです。
だからいつの間にか沢山頂いてしまって…」
思えば、学校でのお昼以外は毎食一人だ。
一人でもご飯は食べられる。
美味しくても、そうじゃなくても少し味気ないのが一人の、いつものご飯だった。
でも、誰かと一緒ってやっぱり楽しくて、一人よりずっと生きている気がする。
「伊奈実ちゃん!」
「は、はい?!」
突然名前を大きな声で呼ばれてふんわり抱きしめられた。
「あ、あの…先生?」
「僕も楽しいよ!伊奈実ちゃんと一緒!これからも一緒だよ!」
先生…勢いで単語を紡いでいるみたいな言葉。
でもなんか…心が温かくなる。
「私たちもよ〜キューちゃん」
「そうそう」
あぁ、良い人達に私は出会っていたんだな。
「ありがとうございます」
伊奈実は気付いていないが、この時彼女はごく自然に、だけど破壊力抜群の笑顔をしていた。
三人はこの笑顔を見て、しばし言葉が出て来なかった。
彼らの心にも温かさを自分が与えている事に。
こうして、夜は更けていった。




