31:いつもと違う言葉
重い…足が重い
「伊奈実ちゃんこっちだよ〜」
どうしてこんな笑顔で手振ってる、お花畑が背後に見える人に近づかなきゃいけないんだ。
ミナミさんの絶対命令電話の後、私の家に着いてから着替えて三泊分の荷物を、進まない気分でなんとかまとめて再び珠洲先生の前に姿を現した次第で。
と言っても駐車場の端に居る先生と五十メートルは離れているけど。
誰か重力強くしたでしょ、ずっしり二倍強ぐらい。
でも先生スタスタ階段を上がって来てる。
あぁ…変態は重力に打ち勝つのか。
「わ〜!伊奈実ちゃん私服姿もかわいいね〜」
「あ…りがとうごさいます?」
そんなこと言われたの初めてでこんな返事でいいのかすらわからないけど。
私の今の格好は、ブラウンのショートブーツに学校で履いていた黒タイツに灰色キュロット、上は生成り色のプリントTシャツに空色のジップパーカーをポンと着ただけだ。
さっぱりラフすぎて、どう見ても可愛らしさは口に出すほどない。
着替えて来てね〜って先生が言ったからそうしただけ。
こういうのリップサービスってやつ?
先生さすが外国育ちって感じだな。
「そんな姿で説得されたらうなずいちゃうな〜」
「だったら今すぐ頷いてください。説得終わるんで」
そうしたら…
「伊奈実ちゃんそれじゃ〜楽しく無いよ〜」
「私の説得を楽しんでるんですか?」
「え〜そんな風に見える〜?」
「そうだとしか言えません」
「ははは〜、そのバッグ貸してね〜」
笑って誤魔化され、ひょいと自然な動きで私の右手からバッグが持ち上げられた。
「いいです自分で持ちますから返してください」
「嫌だ〜僕が持つの〜」
「……それより良いんですか?先生」
「ん〜?なにが〜?」
「ミナミさ…母が無理を言ったんじゃないですか?私ご飯作れますから一人でも」
そうしたら…そうしたら、迷惑かけずにすむんじゃないの?
メイワク ニ ナルクライナラ イッソ…
「ん?!」
「伊奈実ちゃん唇噛んだら傷ついちゃうよ」
顎を持ち上げられて、親指で唇をそっと撫でられた。
「ミナミさんには僕から提案したんだよ。電話でそう聞いたでしょ?
ミナミさん、伊奈実ちゃんがきちんとご飯たべてるかとっても気にしてたよ。
なにより僕はね、君が心配なんだ。
伊奈実ちゃんちょっと無茶するし、しっかりしてるのに自分のことを放っといちゃうでしょ?
その結果が今の伊奈実ちゃん。
昨日、倒れた君を持ち上げたときね、軽すぎて僕おどろいたよ。
さっきの測定も予想より軽くて僕は更に驚いたよ。
こうやって話したらきちんとしてくれるのも十分予測できるけど、それでもやっぱり心配なんだ。
だからこの週末ぐらいは、僕の側でご飯一緒に食べてくれないかな?」
「珠洲先生…心配かけてごめんなさい」
…こんなこと思ってくれていたのか。
単なる思いつきでミナミさんとこんな突拍子も無い事言い出したのかと勝手に解釈していたけど、私が考えるよりもずっと先生は先生で、気にかけてくれたんだ。
先生のいつもと違う、真っ直ぐな言葉が自然と心に伝わってくる。
「ははは〜いいよ〜。でもそれは僕なんかより伊奈実ちゃんのお母さんに言ったほうがいいよ〜」
「母には今度顔をみて言います」
「よしよし〜いい子いい子〜」
先生はそういって私の頭を撫でながら笑った。
なんかいつの間にか私が説得されちゃったな。
「じゃ、僕と来てくれるよね〜?」
「はい、すみませんがお世話になります」
「お世話しちゃうし説得もされちゃうね〜。じゃ〜行こうか〜」
「先生バッグは自分で持ちます」
「ん〜伊奈実ちゃんのしっかり屋さん〜。わかったよ〜」
強情だとか固いとか思われても、先生にはお世話になるんだからそんなことまでさせられないし。
バッグが私の手に戻って来た。
「すみませんんわっ?!」
「じゃ〜僕は伊奈実ちゃんを持ってくね〜」
ななななぜ?!
私の体が地面を離れて先生の腕の中に居るんだ!?
しかもこの体勢世に言う”お姫さまだっこ”?!
二回目とはいえ、意識がある今はめちゃめちゃ消えたい気分だからやめてくれーー!!
「やめてください先生!私は荷物じゃないです」
「知ってるよ〜?伊奈実ちゃんは人間だよね〜」
「だったら降ろしてください!」
「はいどうぞ〜」
「へ?!」
話しているうちに先生はスタスタ歩いて車の中に私は降ろされた。
この距離をちょっとの時間でって…どんだけ足長いんだ。
荷物をトランクにしまった先生は私の隣の運転席に座ってエンジンをスタートさせた。
「まだ五時前か〜。う〜ん…」
時計を見て何考えてるんだろう?
「せんせ…」
「よ〜し!アレ見に行こうか〜?」
「…アレってなんですか?」
すっごい楽しそうに問われても、先生の考えは理解できるわけが無い。
「秘密〜。楽しみにしててね〜」
「…はあ」
アレとやらを見に行くため、車は進み始めた。




