23:目覚めは二度の絶叫から
ざあっと緑が風に揺れる音で目を開けると、視界が柔らかな白っぽいベージュの一色で染まっている。
奇麗な色…
「ん……」
眠たい頭ではまだ思考が十分回らない。
いつもの目覚ましが鳴るまで何も考えるなとまぶたがもう一度、伊奈実を眠りの世界へ誘うようにゆるゆると閉じてゆく。
あれ?ちょっと待って…今、何か聞こえたよね。
ドリームワールドにストップをかけ、目を閉じたまま微かな違和感を追って耳をすませた。
「………すぅ……」
ん?!呼吸の音?
明らかな異変に意識が現実へと急浮上した。
パチっと音がしそうな勢いで開かれた伊奈実の大きな瞳は微睡みの中で見たのと同じ奇麗な色を全面に映したが、それが呼吸音と一緒に動いていることに気がついた。
視線を音のする方へそろりと向けると、あり得ないモノを捉えた。
人………………………ってか、珠洲先生!?
なんで?
なんで?なんで?
なんで?なんで?なんで?
なんでーーーーーーーーっ??????
頭の中をぐるぐる巡る疑問符に彼女の聴覚と触覚、嗅覚、視覚は現実という答えを映し続ける。
すやすや穏やかな寝息で彫刻みたいに眠る先生。
私の首の下と右側に回されている腕。
額にくっついた先生の唇。
香るボディーソープのフローラルな匂い。
さっきから見ている柔らかな白っぽいベージュは肌の色で。
ってこの状況はなんだ?あれか?
カチっと思考力も目覚めを迎えはじき出された答え、それは。
上半身裸の先生に私はハグされて寝ているのか……………
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
生まれて初めて声の限界まで叫んだ。
「ん……いなみちゃ…?」
「放せーーー!!」
意外にがっちり抱きしめられているから暴れても離れられない。
「どした…の〜?」
「んぎーーーっ!!」
どうしたもこうしたも無いわ!放せこんにゃろー!!!って言いたいのにさらにギュッと抱きしめられて、口が先生の肌によって塞がれた。
「よしよし〜落ち着いて〜」
小ちゃい子みたいに背中をぽんぽんされてあやされた。
この状況に落ち着いていられるか!
私の昨日最後の記憶は用意してもらったゲストルームのベッドの中で終わっているのに、どうして今、先生のベッドに私が居るんだ!
色々おかしい!絶対おかしい!!
これが間違い探しなら、全部が間違いだ!もう成り立たないだろっ!
だけどもう抵抗する手段が無……いや、ある…一つあった!
よし、くらえっ!
「わっ!伊奈実ちゃん…っ」
密着していた身体が、驚きの声と一緒に拳二個分くらい離れた。
くくくっ。
抵抗は成功したみたいいいいいいいっ?!?!
ひるんだ顔が見たくて顔を上げると予想とは反対の表情の先生と目が合った。
「伊奈実ちゃん…嬉しいよ〜」
「!?」
壮絶に喜びで破顔した先生は、一分ぐらい私を抱きしめ続け、ひょいと反転させられ仰向けになったところへ覆い被さって来た。
せっかくの隙間は重力でさっきよりも埋まってしまった。
なんで?なんでこうなる?!
「伊奈実ちゃん、ほら見て〜」
指さしたのは、私の最後の抵抗の痕跡。
「いや〜まさか伊奈実ちゃんが僕にキスマーク付けてくれるなんて〜」
「キ…!?」
おいおいおいおい!
私の抵抗は歯が武器の立派な攻撃ですけど!
噛み付くという名の技だ!
先生の鎖骨の辺りに赤くずらっと並んだ歯形を見てなぜそう思う!
人によって解釈の仕方ってあるけど、その方向にいくんですか?!
「ちがいなす!」
「ははは〜噛んじゃったね〜。かわいいな〜」
反論に力が込めすぎて舌を思いっきり噛んだ。痛いし、なすって…空しい。
「ほらほら〜舌大丈夫〜?診るから口開けてごらん?」
空しさで左下を向いていた顎をクイっと持ち上げられ、促された圧に負けててそろっと口を開けた。
「んんっ…!!!!」
その瞬間、唇に先生が噛みついてきた。
しかも口の中に、一瞬なんか、なんか、なんか入ってきて反射で口を思いっきり閉じる前にするっと消えた。
「っは、なにすんだ!」
「ん〜?キスマークのお礼だよ〜?」
それは不良さんとかがやるお礼参り的な、仕返しってことか?
しかも許可出してないし。
笑顔全開で普通のお礼みたいに言われるとイラっとする。
「そんなお礼は要りません。どけ、変態」
「わ〜ん伊奈実ちゃんが冷たいよ〜。夜に僕のベッドに来てくれたのに何で〜?」
「は?」
先生今なんて言った?
夜に私が?あり得ない。
「あれ〜?伊奈実ちゃん覚えてないの〜?」
「全く身に覚えが無いです。嘘ですよね?」
「嘘じゃないよ〜?一時くらいに僕のとこにもそもそって来てくれたんだよ〜」
「え?」
まさかそんな。私はゲストルームで眠ってから…………………あ。トイレに行った気がする。
家で居る気分でうろうろ歩いたのか私?
で、挙げ句別の部屋へ、先生のベッドにお邪魔したってことか?
ってことは変態は私………………か。
変態は私、
変態は私、
変態は私………………
「あ〜、伊奈実ちゃんそんなに落ち込まないで〜?僕は嬉しかったから〜」
そんな問題じゃ無い。
つい先週十七歳になったとは言え、女としてそれはおかしいだろ。
「部屋に誰か来たな〜って思って書斎に行ったら、伊奈実ちゃんがポヤ〜って居てね〜、こっちにおいで〜って言ったら素直にベッドに来てくれて僕の腕の中で寝てくれるし〜おまけにキスマークまでくれて僕は嬉しいよ〜」
ん?それって
「どうして部屋が違うって言ってくれなかったんですか?!」
「え〜?だから僕は嬉しかったよ〜」
「嬉しかった〜で、ごまかすな!」
「だって〜伊奈実ちゃんが半分眠ってて何でもお願い聞いてくれてかわいかったんだから〜」
「確信犯か!変態!」
「ははは〜さて、朝ご飯食べに行こうか〜」
するりとベッドから降りて先生は楽しそうにそう言った。
何か、壮絶にむかつく。
「ごまかさないでください!」
その瞬間、ひらりと先生が動いてせっかく上体を起こしていたのに私はもう一度ベッドに縫い付けられる。
「この喜びを体で表現していいなら誤魔化さないよ伊奈実」
「っ…」
額と額を触れ合わせてあの奇麗だけど深くて不思議な色の眼でジッと私を射抜いてから、耳元で言葉を放った。
そうしてにっこり、だけど何だかいつもと同じだけど違う微笑みで額を合わせ顔の前へ戻ってきた。
なんか今見てはいけないモノが目の前にある気が。
ぞぞっと身の毛が危険信号を知らせた。
「謹んで心の底から遠慮申し上げ奉ります」
「そ〜なの〜?残念だな〜。じゃ〜朝ご飯にしようね〜」
何故かまた耳元で喋ったっと思ったら、耳に異変が。
えーっと、これはつまり…耳、噛まれてる?
私の耳は、パンみみじゃないぞ。
「何するんだこの変態ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」




