味の変化
「いつもの、おねがい」
土曜日の夜。
行きつけの店の扉を開け、席につく間もなくオーダーした。
かしこまりました、とすぐにマスターが対応してくれる。
少しして出された、長年慣れ親しんできた味を楽しんだ。
「この間、彼から言われたの」
肴にと、新鮮な話をマスターへと持ちかけた。
彼は私がここに通い出した頃から何一つ変わらずに、話を聞いてくれている。
「初めて、愛してる、って」
心地のよい味をもう一度、口の中へ広げた。
「でもね、彼、日曜日に私といてくれたことがないの」
酔いが後押しし、徐々に高揚してくる。
「電話もすぐには出てくれないの」
ゆっくりした雰囲気に自身の声が際立つ。
今日もマスターはグラスを拭きながら静かに話を聞いてくれていた。
「…バカよね、私も」
次々に涙が零れていった。
マスターは動揺することなく、そっとハンカチを差し出してくれた。
「彼が、私に見切りをつけたことが今日、ようやく理解できたの」
口についたグラスが、しょっぱかった。
「あの人にだけは、愛してるなんて、」
嘘をつかれたくなかった、声にならない声でその先を言った。
ただひたすら泣き続け、今の惨めな自分を嘆いた。
「人というものは」
ふいにマスターが喋り始め、それと同時にカクテルを作り始めた。
「嘘が絶えない生き物です」
カタカタと音が鳴り響く。
涙は相変わらず止まることはなく、しょっぱさはより酷くなった。
「ですが、そうして騙されたものは学習する機会を得る。
幸せへと、一歩近づくんです」
失礼致します、とカクテルを下げられた。
そして代わりに今作られたばかりの新しいカクテルが前に出された。
「私からの一杯です。
あなたの傷が少しでも早く、癒えますように」
慰めで出されたカクテルを、遠慮なく口にする。
それは、失恋で荒れた心に深く染み込んでいった。
その日以降、私の慣れ親しんだ味は、しょっぱさが浮かぶ味へと変わった。
一作目の短編のとは真逆のもの悲しい空気を醸し出した小説に仕上げました。
無理に干渉せずただ彼女が進めるようにその後押しをしてくれるマスターを描けていたら幸いです。
彼はきっと彼女が嘘だと見抜いていると分かった上で堂々と甘い言葉を吐いたんだと思います、確信犯です。
彼女はまさに痛いところを彼に突かれたということでした。
何かしら自分と重ねてしまうところがあったと思います。
随分飛躍的なものになってしまいましたがこれはこれで良いのだと、妥協ではなく真剣に思いたい。←
後書きと言う名前の補足まで読んでいただき、ありがとうございました。
自作は後書きが短く出来るように頑張りたいと思います。