雨上がり、虹空を君に 後編 PART:2
遅くなってすいませんでした(泣)
ちょっと色々立て込んでしまってました(汗)
それでは、お楽しみいただければ幸いです♪
その後少しして、見ることができなくなった笑顔。
それどころか、そばにいることさえできなかった。
「お前もしばらくは、何も反応を示さなかったもんな」
「両親だけでなく、りおまで…って、全て諦めちまったからな…」
一瞬で失われた、りおとの記憶。
三人での大切な思い出が、欠けていく。
傍にずっとついていたれおもまた、傷ついていたのだ。
最善の策は、陸斗が傍にいないこと。
たくさんの物事に渦巻かれ、周りだけが形を変えていく中、陸斗の心は、まだあの頃にあった。
「結局、陸斗はあの時のまま…。りおにも隠し通している以上、前にも後ろにも動けない。どうすればいいのか、いまだわからずじまい…か…」
ポツリと漏らしたその言葉に、陸斗は小さく笑って見せた。
「俺はただ、りおに笑っていてほしいだけだ。誰よりも好きだから、大切だから…」
本当は覚えていてほしかった。
けれど、思い出してほしいとは思わない。
笑顔を失ってしまうくらいなら、知らなくていい。
辛いと感じるのは、自分だけでいい。
『…それに、俺は慣れているから。心の痛みなんて、もうずっと昔に忘れた』
「どーせ、自己犠牲だろ、お前は。けど、もしりおが、自ら知りたいと願ったら?それでもお前は、シラを切り、欺き通すのか?」
「……あぁ」
紅茶を口に含み、頷く陸斗に、れおは小さくため息をついた。
「ったく、わかったよ」
そういって、れおも紅茶を飲んだ。
先程、梨月から届いたメール。
それを思い出しながら、これからを想う。
守りたいものは、今も変わっていない。
陸斗の気持ちも、痛いほどよくわかる。
けれど、りおを守りたいと願うのは、自分たちの勝手なのではないだろうか。
りおの幸せは、自分たちが思い描くものと、一致しているのだろうか。
何も知らないことが、本当に幸せなことなのだろうか。
りおの幸せは、りおにしかわからないのでは…。
『りーちゃんは、過去を知りたいと、願っています。覚悟も、しっかり、あるみたい。昔の思い出を、受け止めて、今よりもっと、れー君や陸斗君を、理解できるように。支えて、あげられるように…って』
いずれ、遅かれ早かれ、こうなることはわかっていた。
けれど、いざその時になると、なかなか覚悟ができない。
情けないなと、またため息が出る。
「何ため息ついてんだ。らしくないって、りおなら言うんじゃねーの?」
「…うっせー!」
飲み終わったカップを片付けようとした時だった。
同時に二人の携帯が鳴る。
短い着信に、携帯を開くとメールが一通。
送り主はりおだ。
『そろそろ、帰るね。帰りに、夕食の買い物して帰るね。何が食べたい?』
その文面に、二人は立ち上がる。
「「迎えに行くか」」
陸斗は家を出る準備をしつつ、メールの返信を入れた。
『今から、俺達も家を出る。花咲ヶ丘の所で合流しよう。…心配かけて悪い。本当に考え事してただけだから、大丈夫だよ』
りおの携帯に届いたメール。
陸斗らしい、いつものメール。
りおは小さく笑って、了解したと返した。
「りーちゃん、陸斗君、何だって?」
「花咲ヶ丘の下まで来るって。このまま、まっすぐ行けば、花咲ヶ丘の真正面に出るから、ちょうどいいよ」
「そっか、さすが、陸斗君。買い出しの荷物、重いの持たせたくないのかな」
陸斗を思い浮かべながら、梨月は優しく頷いた。
「もう、陸斗ってば変に過保護っていうか…」
りおはどこか困った様な、けれど、どこか楽しそうな表情で陸斗を想う。
きっと、れおと二人して、競うように家を飛び出しているのだろう…と。
『なんだかんだ、仲いいんだから。さてと…』
真正面、やや遠くに見えてきたのは、花咲ヶ丘の階段。
真中家から来るであろう二人なら、りお達の行く道のちょうど左手から、花咲ヶ丘にそってくるはず。
『あそこのT字路、危ないんだよね。右側は、駐車場だから、見通しいんだけど。左側はお家の塀が高くて見えないんだよね。それに、花咲ヶ丘の階段降りてすぐに道だから、子どもたちが、飛び出しかねないっていうか、昔、れおも飛び出したことあったけ…』
そんなことを考えながら、二人は歩みを進める。
だいぶ近付いてきた階段。
まだそこに人影はない。
あともう少しでその場に着くという時だ。
「あら?階段から、何か、落ちてきたみたい」
梨月がいって、りおも目をこらして見る。
「んー?ボールかなぁ。子供の声も聞こえるね。あ、ほら、おりてきた」
階段を降りる途中で、手を離してしまったのか、ポンポンと落ちていくボールを追って、小さな女の子が、たどたどしい足取りでおりてくる。
「り、りーちゃん!トラックが!」
梨月の声に、りおは視線を向けると、右側からトラックが走ってきている。
「!!」
ボールを追いかける女の子は、トラックの存在に気付いていない。
トラックの運転手からは、女の子の姿が確認できないのか、スピードが落ちない。
りおは持っていた自分の鞄を、梨月に渡すなり、走りだしていた。
「りーちゃん?!」
梨月の声が響く。
女の子はやっとの思いでボールを捕まえて、安心しきっているようで、道の真ん中で立ち上がったところだった。
やっと女の子の存在に気付いた運転手だが、すさまじいブレーキ音が鳴るものの、間に合わない。
りおはそこに飛び込んでいた。
女の子をかばうように抱きしめる。
「りーちゃん!!」
「「りお!!」」
その時だった。
女の子を抱きしめたりおごと、何かがその体を包む。
そして、勢いよく花咲ヶ丘の階段の方へ引っ張られた。
『…あれ…?この感じ…昔どこかで…』
ふと既視感に襲われた直後、りおは鈍い衝撃を受けた。
だが、訪れるであろう痛みは不思議とない。
どこか遠くの方で鳴っていたように感じたブレーキ音が止まる。
ハッとなって、りおは女の子の無事を第一に確かめ、そして自分の置かれている状況を知る。
「りお!」
「りーちゃん!」
れおと梨月の声。
「う…うわー!!」
泣き出した腕の中の女の子。
「…大丈夫か、りお…」
自分を抱きしめる力強い腕と優しい声。
「り…陸…陸斗」
震えているのは心か体か。
「りお!大丈夫?!怪我は?!」
「れお…」
そばに駆け寄ってきたれおは、りおの無事を確認して、りおの腕の中の女の子を抱き上げると、トラックから少し離れた所に歩き出す。
「だ、大丈夫ですか?!」
梨月は瞳に貯まる涙をぬぐって、トラックから降りてきた運転手に応えた。
「念のため、救急車を呼んでください。高校三年生の男の子と女の子、それから、幼稚園くらいの女の子が、負傷したと。お願いします」
「は、はい!」
運転手はケータイで電話かけて、事情を説明していた。
梨月はそれを確認してから、チラリとりおと陸斗を見てから、唇をかみしめ、れおのもとへと向かった。
れおは道路に座って、女の子をあやしている。
その表情は、優しいお兄ちゃんの顔。
女の子はれおの膝の上で、れおの服をギュッと握って離さない。
梨月がそっと近寄って、女の子に笑いかけた。
「怪我、してない?お姉ちゃんに、ちょっとだけ、見せてもらっていい?」
コクリと小さく頷いて、女の子は梨月に向き直り、両手を出した。
「ありがとう」
梨月は女の子のすりむいた所を、丁寧に手当していく。
その表情は、苦痛を隠した精一杯の笑顔。
本当は、今もりおと陸斗の応急処置に向かいたかった。
けれど、今は二人だけで話すことがあるはず。
梨月は目を瞑るしかなかった。
と、その時、フワリとれおは梨月を抱き寄せた。
「ごめんな、怖かったよな。りお、死ぬかもしれないって、怖かったよな。もう、大丈夫。りおなら、大丈夫だよ。陸斗が守ってくれたからさ。だから…もう、我慢すんな」
れおのその言葉に、梨月の瞳からは涙が零れ落ちた。
必死に隠していた想いが溢れてしまう。
声を殺して泣く梨月に、れおはそっと頭を撫でるのだった。
一方、りおと陸斗は、いまだその場から動けないでいた。
「陸斗…私…」
やっとまともに視線を合わせることができたりおは、陸斗の背中の下が階段であることに、慌てた。
立ち退こうとしたが、足から力が抜けてしまい、そのままへたり込んでしまった。
「ったく、何無茶してんだ!!」
りおを支えながら、上体を起こした陸斗がいう。
「ご、ごめんなさい!でも、私…!」
離れた体が再び引き合う。
「…よかった…お前が…りおが生きてて…。頼むから…ずっとそばにいてくれ…。俺から離れるな…!」
こんなにも切羽詰まった、けれど、こんなにも強く自分を求めてくれる陸斗に、りおはギュッと抱きしめ返す。
「離れたりなんかしないよ。絶対離れたりしないから…。ずっと、傍にいるよ、陸斗」
初めて見た陸斗の弱さに、愛しさがこみ上げる。
「陸斗…私ね…。陸斗?陸斗?!」
話しかけても、何度呼んでも、陸斗は応えない。
ぐったりと、りおに寄りかかったまま、陸斗は意識を失っていた。
「りお?!どした?!」
りおの陸斗を呼ぶ声に、れおが駆け寄ってきた。
女の子のことは、梨月に任せてあるので心配はない。
「れお!陸斗が!!」
涙でグチャグチャになりながら、それでも必死に気を保とうとするりおに、れおはそっと頭を撫でてから、りおの腕の中の陸斗を見る。
『…出血はそんなでもないけど、背中と…下手したら、頭強く打ってるかもしれない。とにかく、意識を失ってるってのはマズイ…』
れおが陸斗の具合を確認する間、りおはきゅっと唇を結んでいた。
それに気付いたれおが、りおの顔を覗き込む。
「大丈夫、心配するな。それで、りおの方は大丈夫か?怪我とかは?」
「…ん、私は怪我ない。けど…れお、私…以前も…っ!」
そういいかけた瞬間、りおもフラリと倒れかかった。
れおの声と、遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。
ふと、目覚めたのは真っ白な部屋のベッドの上で、独特なにおいが漂っていた。
はっきりしない視界に目をこすり、やがた見えたこの場が、病院であることを認識した。
体を起こしてみると、ズキリと背中が痛む。
『…あぁ、そうか。俺、あの後……ん?』
ふと手に感じた温もりに、視線を移すと、そこには自分の手を握りベッドに寄りかかって眠る大切な人。
「…りお…」
「…やーっと目覚めたか。心配かけさせやがって。りおに感謝しろよな。ずっとお前についていてやったんだから」
そういって病室に入ってきたれおは、そっとりおの頭を撫でながら苦笑を洩らす。
あれからどれくらい眠っていたのだろうか。
「怪我自体は右肩打撲、それから頭部外傷。ひどいのは肩の方だな。頭は階段に打ち付けた時に、少し切っただけみたいだから、出血の割には浅いって。後は、睡眠不足による疲労だってさ」
医者から聞いた通り、告げているであろうれおは、自分の着ていたパーカーをりおにかけて、眠るりおの横に腰掛ける。
「りおに怪我は…」
「幸い、擦り傷と軽い打ち身。あとは…あー、いや、そのくらいかな」
微妙に歯切れの悪いれおの言葉に、若干の疑問は残るものの、りおが無事だったことに安心して、陸斗は胸をなでおろす。
「そうか。…今、何時だ?俺は、どれくらい眠ってたんだ?」
白んできた窓の外の景色に、陸斗は尋ねた。
「えーと?病院に運ばれてからで考えると、一日半くらいってとこか。今は午前五時」
携帯の画面を見て、現在の時刻を確かめるれお。
「…ずいぶん、心配かけたみたいだな。りおにも、お前にも…」
「別に。俺は大丈夫って信じてたし。とりあえず、目、覚めたみたいだし明日…じゃなくて、もう今日か。とにかく、最終検査して大丈夫なら、夕方には退院していいってさ。例の件は俺と梨月でやっておくから、せっかくだし、もう少し休んどけよ」
そういってるそばから、陸斗はベッドから降りて、りおを寝かせようと動いた。
肩を痛めている陸斗に見かねて、れおがりおを抱き上げ、ベッドに寝かして布団を掛ける。
それから少しして、れおは学校に行くため、病院を出ていった。
病室には陸斗とりおの二人だけ。
りおは、いまだ夢の中。
陸斗は静かに窓辺に立つと、朝靄に包まれる街並みを見つめた。
肩はまだ痛むが、大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせるように、痛むところに触れる。
『けど、りおが無事で本当によかった。もし、りおに何かあったら…』
振り向くと、そこにはりおがいる。
いつだって、そうであってほしい。
傍にいてほしい…。
「…陸斗…」
「りお?起きたのか?」
横になっているりおに近付いて、顔を覗き込んでみたけれど、まだ眠っているようだった。
「寝言か」
陸斗はクスッと微笑む。
「陸斗……ごめんね…。辛かった…よね…」
「!!」
零れ落ちた一筋の涙。
陸斗の表情は一瞬にして、強張ったものになった。
けれど、すぐに悲しげに映る。
そっとぬぐった暖かな手に、ゆっくりと開いた瞳とぶつかる。
「んー……陸斗…?…っ!!」
自分の置かれている状況に、りおは飛び起きた。
慌てて身なりを整えて、ベッドから降りると、陸斗の真正面に立って見上げていう。
「よかったぁ、目が覚めて。すごい心配したんだから。体調は?大丈夫?」
慌て顔、安心顔、心配顔、ころころと表情の変わるりお。
それはいつもと変わらないりおなのだが、どこか違和感を覚える。
「いや、俺は平気だよ。それより…りおの方は、大丈夫なのか?」
「あ、うん、私は平気。陸斗が守ってくれたから。女の子も無事。お母さんが陸斗にお礼をいいたいって、また来るっていってたよ?」
それより…と、りおは陸斗にベッドに戻るよう促した。
安静にしていることが一番であることは、陸斗もわかりきっている。
そして、りおが決して引かないことも。
素直にベッドに戻る陸斗だが、頭の中では、先程のりおの涙と言葉がグルグルと回っていた。
理由を聞こうにも、タイミングもなくそのまま何事もなく、時間は過ぎていった。
検査が一通り終わり、後は安静にしていれば、十日程で、痛み腫れも治まると医師がいった。
夕方、れおと梨月が迎えにくると、荷物をまとめ病室を出ようとした時だ。
あの女の子を連れて、母親がやってきた。
何度も頭を下げて感謝の言葉を伝えてきた。
入れ違いにならなくてよかったと、笑い合いながら、女の子と母親は帰っていった。
それからしばらく、せめても肩が以前のように動くまで、陸斗は真中家で過ごすことになった。
一人にしておくと、怪我を無視して無茶をしかねないからだ。
そして、そうこうしているうちに、卒業の日を迎える。