雨上がり、虹空を君に 後編 PART:1
クラス委員のもとに、続々と写真が集められる。
その写真をりおと梨月で、休み時間、上演する順番を考えて入れ換える。
放課後は昨日に約束してたように、りおと梨月はそのまま街へ、れおと陸斗は真中家へ移動した。
帰宅したれおと陸斗の二人は、学校で集めた写に合わせるBGMの選曲作業をしていた。
それはもう、黙々と。
それに飽きたれおが、タイミングを見計らったように顔をあげた。
「あのさ…俺、このプラネタリウムのやつ、もう一つやりたいことがあるんだけど…」
その言葉に、陸斗も顔をあげる。
「…ちょうどいい。俺もある。不本意だけど、お前に手伝わせなきゃならない」
その頃、りおと梨月はというと、カフェテリアにてお茶をしていた。
「りーちゃん、何か、気になること、あるのね?しかも、陸斗君のことで」
優しく微笑む梨月に、りおはパッと顔をあげる。
「…梨月…もしかして、そのために今日…」
「プレゼント、選んでほしいのも、本当。だけど、りーちゃん、独りで解決しようとするから、ちょっとだけ、気になったの」
そういって笑う梨月に、りおは素直にすごいと思った。
と、同時に、紅茶に写る自分の顔を見る。
『…私、そんなに顔に出てるのかな…。隠すの得意なつもりなのに…』
そんなことを考え込むりおに、梨月は困ったように笑みをつくる。
「顔には出てないよ、っていったら、少し嘘になる…かな。でも、本当に些細な変化なの。りーちゃん、陸斗君には、全力で隠そうとするから、逆に、私やれー君には、結構、無防備だったり」
「そっか…そうだったんだ…」
りおは、バツの悪そうな表情で、小さく笑みを見せた。
陸斗にバレていないだけ、まだマシなのかもしれない。
「それで、どうしたの?」
「…本当に、些細なことなの…。もしかしたら、何でもないのかもしれない…。それでも、陸斗のことが心配なの。陸斗、たまに深く考え込んでいるかとがあって、その時の陸斗は、凄く辛そうな顔してる…。でも、私が立ち入っていい領域なのか、まだ私には…」
ふと陸斗が見せる表情が、りおにとっては見過ごせない心配事になっていた。
りおには、陸斗に対して一種の後ろめたさの様なものがある。
付き合い始めの頃は、そこまで気にならなかったのだが、一緒にいればいるほど、気にしないでいることはできなかった。
最も幸せなことは、何も知らないこと。
記憶のないりおは、知らず知らずの内に、陸斗を傷付けてしまっているのでは…。
「そう思うと、私は余計なことしちゃいけないって。私達が幼馴染みである以上、私の知らない私を、今の私とは違う私を、陸斗は見てきたはず。記憶を失う前、陸斗にどんな風に接していたのか、その頃の、本来の私なら、もっと上手く立ち回れたかもしれない」
考えれば考えるほど、出口のない迷宮の奥深くに進んでいく。
周りに迷惑をかけまいと、すればするほど…。
「りーちゃんは、自分の過去…思い出すこと、怖くないの?」
「…怖くないっていえば、嘘になる。それでも、私は知りたい」
目覚めたそこは、真っ白なベッドの上。
視界がぼやけて、はっきりしない。
ゆっくり瞳をこすって、和らいだぼやけの先に見えた泣き顔の兄の姿。
それが不思議で仕方がなかった自分。
「なぜ病院にいたのか、なんでれおが泣いていたのか、私にはわからないの。少ししてから、私がわかったのは、自分の中のアルバムに、いくつもの空白があること。でも何が抜けているのかは、わからない」
あの頃は、思い出そうと努力したこともあった。
けれど、そのたびに激しい頭痛がする。
そして、その内、思い出す必要がないと教えられた。
「たぶん…ううん、絶対…かな。れおは、原因を知っていて、おそらく陸斗も知っていて、私だけが何も知らない…」
そこまで話して、りおは口をつぐんだ。
梨月は少しの間を置いて、りおに答える。
「私は、当事者じゃないから、りーちゃんに話すこと、できないの。でも、少しだけ、私も知ってる。れー君から教えてもらったから…」
けれど話すことはできない。
口止めをされているから、というわけではない。
梨月にとって、りおは本当に大切な存在だからこそ、梨月自身の意思だけで、動いてはいけない。
「私は、りーちゃんに話した方がいいって、思ってるの。もちろん、りーちゃんが、望むなら…だけど。だって、りーちゃんには、知る権利があるもの。でも、れー君や陸斗君のこと、考えたら、簡単にはいえないの」
梨月の言葉一つ一つに、りおへの思いやりが溢れている。
その事は、りお自身十分に理解していた。
れおや陸斗がずっと自身を守ってくれていたことも。
「私からは、話してあげられない。でも、りーちゃんが、本当に、知りたいと願って、全てを受け止める、その覚悟があるなら、れー君や陸斗君に、頼んでみよう?その時は、私もついているわ。…ただ、れー君や陸斗君のことも、察してあげてね。りーちゃん、そういうの得意だから、大丈夫だと思うけど、二人が今まで、どんな思いでいたか…」
そういって優しく微笑む梨月。
覚悟が必要なのは、りおだけではないのだ。
陸斗とれおにも、それは必要なこと。
今まで必死に守って来たものが、全て失われるかもしれないのだ。
「遅かれ早かれ、これは避けられないことだもの。誰のせいでもないわ。りーちゃんが、気負いすることもないの。…さ、りーちゃん、そろそろ買い物に行きましょ!」
「うん。…ありがとう、梨月」
「どういたしまして」
残っていた紅茶を飲みほして、二人はカフェテリアを後にした。
『…うん、梨月。私、やっぱり本当のことを知りたい。あの二人が私を大切にしてくれてること、嫌って程わかってるよ。全てが私のためってことも…。だって、私もそうだから。二人のこと、大好きだから…守られてばかりは嫌なの…。私も二人のこと守ってあげたいから…今よりもっと、理解しあえるように…私は真実が知りたい』
その頃、真中家では、れおが陸斗を問い詰めていた。
「んで?そろそろ吐いたらどうだ?」
「…何で、そんな偉そうなんだよ、お前」
真中家のキッチンに立って紅茶をいれるのは、れおではなく、陸斗である。
りおに紅茶のいれ方を正しく教わった陸斗がいれた方が美味しくなる。
そもそも、れおでは上手く紅茶をいれることができないので、しょうがない。
「いーから素直にゲロっちゃえよ。お前が色々隠してると、りおが不安がるだろーが。いいからいえってんだ」
「……」
いれ終わった紅茶を運んできた陸斗にれおがいう。
陸斗の表情はどこか寂しげだ。
「…俺は、どうしたって、昔の記憶を持ってるから、ふとした時に、思い出しちまうんだ…」
昨日もそうだったんだ。
思い出した過去の記憶。
れおとりおと自分と、いつも三人だった思い出。
「…昨日、虹が出てたの知ってるか?」
「虹?あぁ、雨上がりにでも出たのか?」
首を傾げながら、れおは聞く。
「そういえば、昔虹を探しにいったことあったっけか」
思い出したのは、もうずっと前、季節は今と同じ、春先のことだった。
「空を見上げると、いつもあの日を思い出す」
りおが記憶を失う少し前、もちろん陸斗の両親もまだ健在だった頃のことだ。
「お母さん!“花咲ヶ丘”いくー!」
真中家の庭から、室内に向かって叫ぶのは、幼いれお。
「ちょっと待ちなさい!また一人で突っ走って!りおと陸斗君はどうするの?」
室内でお茶をしていた二組の夫婦の内、れおとりおの母親が出てきていう。
「二人も一緒だよー」
ぷーっと頬を膨らませて、れおはいう。
りおと陸斗は庭の花で遊んでいた。
「陸斗ー!ほら、れお君が行くってよー!」
もう一人、陸斗の母親も顔を出す。
「はーい。りお、行こ」
陸斗は立ち上がって、りおに手をさし出した。
「うん!」
その手をとって、りおも立ち上がる。
トテトテとつたない歩調で、よってくる二人に、れおが叫ぶ。
「何で、陸斗がりおと手、繋いでるんだよ!」
ギャンッと吠えて、やかましくいう。
「れお、うるさいよ!陸斗君、りおのことよろしくね」
「うん。大丈夫」
キュッと、手を握り直す陸斗に、れおが競い合うようにりおのあいていた手を握った。
「「いってきまーす!」」
目的地の花咲ヶ丘は真中家から少し歩いた所にある、四季折々の花々が咲き乱れる自然の多い丘。
今なら、水仙や早咲きの八重桜などが咲いているはずだ。
周囲が林になっていて、その真ん中にぽっかりとだだっ広く広がるその丘へは、細く長い階段を上らなくてはならない。
その階段の両側には桜と銀杏の樹が立ち並び、枝を伸ばしては四季を色濃く主張する。
それぞれの季節になれば、綺麗なトンネルになる。
三人並んで歩きながら、あと少しで丘の入り口に差し掛かるというところ。
突然雨が降ってきた。
いわゆるお天気雨。
しかし、雨の勢いは強い。
「わーっ!!走れ走れー!!」
れおが一番に走り出すと、手を繋いだままに、りおと陸斗も走り出す。
歩幅が小さいなりに精一杯。
やっとのことで、入り口である階段の下まで来て、三人は肩で息をした。
ここなら木々が雨から守ってくれる。
「りお、大丈夫?寒くない?」
陸斗はりおの顔を除き込んでいう。
「うん、平気。もうちょっとでやむかなぁ」
所々漏れる空の光は、青く輝く。
りおが見上げたように、れおと陸斗も一緒になって空を見上げた。
と、突然りおが「あっ!」と、れおと繋いでいた手を離して空を指差した。
「虹だぁ!」
パッとれおに笑顔が灯る。
そこには、淡く七色に光る虹。
「この前みた本に、虹を渡ったら動物がいっぱいいるとこに行けるんだよ!」
はしゃぐれおを横目に、陸斗はりおの手を引く。
「もう、雨やむし、もっと上、行こう」
「うん!」
一段一段上っていく長い階段。
一歩先を行くれおの背を追う。
「絶対つれてってあげるから!」
先程れおがいったその本は、りおのお気に入りの本だ。
“絶対”と誓う兄に、笑顔が綻ぶ。
「……」
笑顔になるりおに、陸斗は一人心配顔になる。
「陸斗?どうしたの?」
「なんでもないよ。行こう、りお」
そして、上りきったそこには、目の前に広がる大きな虹。
広々とした芝生をれおが駆け出す。
「あっちのはしっこまでいって、渡ろう!」
「うん!」
「…」
「そうそう、あの後どんなに走っても、虹にたどり着けなくて、しまいにはりおが泣き出しちまって」
れおはクックッと思い出し笑いをした。
「ったく、お前が無責任に“連れてってやる”なんていうから」
笑っているれおを横目に、陸斗はため息をつく。
どんなに走っても、虹に手が届くことはない。
その事を陸斗は知っていたのだ。
「幼い子供に責任とかいうなよな。第一、知ってたなら先にいえよ」
「アホか。あの時にそんなこといったら、りお、あの絵本を嫌いになっちまうかもしれないだろーが」
「それであんな嘘が思い付くか?ホント昔から可愛くなかったよな、お前」
『まだ、いっぱい走れないから、もっと大きくなって、いっぱいいっぱい走れるようになったら、渡れるよ。僕が連れてってあげるからね』
純粋を信じていたあの頃。
いつまでも続いていくと信じていた。
「そう、ただ笑顔が見たかっただけなんだ」