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夕凪の先へPART:3

それからの一週間、陸斗は凪の力を借りながら一つ一つ考えて答えを出そうとした。

真中夫妻の意図について考えると、わずかに切なさがにじむ。

けれど、それでもなお、これまでの感謝の想いが上回る。

『赤の他人であることに変わりはない。でも、おばさんたちが望む形があるなら、恩返しがしたい』

そう思うと、真中夫妻の提案をそのまま受け入れる選択になる。

一方で、りおやれおのこれまでを考えると、ようやくそれぞれに落ち着いて過ごしている二人の環境に、再び不安の種をまくことになると思うと、やはり気が引けてしまっていた。

特にれおが常にりおの事を気にかけ、細心の注意を払っていたことをよく知っている。

様々な考えが浮かび、なかなか納得のいく答えが見つからない。

『俺はどうしたらいいのかな…』

真中夫妻が陸斗の答えを聞きにくる日が翌日に迫った夜、いつものように凪を自宅まで送る道中、ふと凪が公園に寄り道したいと言い出した。

夜の誰もいない公園。

そこにあるブランコに腰かけながら、凪がぽつりと話し出す。

「まだ迷ってるんでしょ?」

「…」

「しょーがないなぁ。陸の中にあって、この先きっとずっと変わらないもの。なんだと思う?」

凪からの突然のなぞかけ。

「あ、答えは口に出さなくていいよ」

まるで答えを聞く気はないというように、凪は間髪入れずにそういった。

陸斗はそんな凪を不思議に思いつつ、考える。

『ずっと変わらないもの…?』

「ヒント。目を閉じて、一番に会いたい人、そばにいたい人は?」

促されるように目をそっと閉じて、そこにうかぶ人物。

『…りお…。俺の中で、変わらないもの…。りおのことを好きだと、そう想う気持ちは、確かに今も何一つ変わらない…』

「陸はその想いとどう向き合いたい?そばにいたい?知られたくない?」

『…本当はそばにいたい。でも、この気持ちを知られたくない。今はまだ…』

「なんとなく、答えっぽいものが見つかったかな。…陸、明日、もしかしたらおば様達の本当の気持ちがわかるかもしれない。そうしたら、また、今の答えとは違う答えになるかもしれない。でも、それでいいんだよ。陸は一度決めちゃうと、なかなかブレないから。だから、これはある種の忠告ね」

二ッと笑顔でそういう凪。

その時、陸斗はふと小さな違和感を覚えた。

凪の様子がいつもとどこか違って見えた。

『具体的にどこがと、言葉にできる程じゃないけど、何だ?…俺は何か、見過ごしているんじゃ…』

ふと頭によぎる不安はりおやれおのことではない。

「さ、寄り道終了!いこ!」

ピョンっとブランコから降りた凪。

陸斗は何とも言えない気持ち悪さを抱えたまま、「あぁ」と凪の横に並ぶのだった。


そして翌日。

学園から陸斗が帰ると、すでに真中夫妻が訪れていて、祖母と談笑中だった。

一方で、凪はまだ帰ってきていないようだった。

陸斗はごく自然にりお達の母親に「お帰りなさい、陸斗!」と笑顔で迎えられた。

それから陸斗が着替えなどをすませ、落ち着いて席についたところで、りお達の父親はこの日の本題を切り出した。

「さて、陸斗。君の選択を聞かせてくれるかな?陸斗が望んだ選択を」

優しく落ち着いたその声に、陸斗は一呼吸置いてから話し出す。

「考える時間をくれて、ありがとうございました。俺なりに、色々考えて、俺はこれまでと同じように離れた場所にいる方がいいと思ったんです。それに、今のまま、同じ時間をともにしても、ちゃんと向き合えないと思うから…」

陸斗の言葉を真中夫妻は静かに聞いた。

その受け入れられている雰囲気に、陸斗も安心して続けた。

「何より、りおの邪魔はしたくないし、他の誰かを想っているりおのそばにいるのは、俺自身が辛い。今は、祝福して見守ることができる程、落ち着いてはいられないと思う。ごめん、おばさん、おじさん。これまでもずっと、たくさんよくしてもらったのに、少しでも恩返しになればと思うんだけど…」

一息に話して、陸斗はうつむいた。

「「………」」

ただ静かに聞いてくれていた真中夫妻だったが、イクトの言葉が終わってからの反応が返ってこない。

妙な間があいて、陸斗はゆっくりと顔をあげ、真中夫妻を伺い見る。

と、頭の上で「?」が見える程混乱した表情の母親と、苦笑気味に何か思案する父親の姿があった。

「…ちょ、ちょっと待ってね、色々突っ込みを入れたいことが多すぎで、私の中で整理できてなくて、話が見えてこない所があるんだけど…。と、とりあえず、りおの邪魔…他の誰かって?」

りお達の母親が引きつった表情で確認する。

「え?れおから、りおに彼氏ができたって。だから、俺が同じクラスになっても、大丈夫だろうってことで今回の話が出たのかと…」

陸斗もここにきて、話がかみ合っていないことに首をかしげる。

「……えーっと、陸斗、ちょっとごめんね、一本電話してくるね」

引きつった笑みのまま、母親はいったん廊下に出て行ってしまった。

残った父親は困ったような笑みをこぼしながら「れおのしわざか」とつぶやいてから、陸斗をみた。

「れおの魂胆はあっさりばれるだろうから、ひとまずは置いておいて。それよりも、陸斗。俺たちは君に恩を返してほしいなんて思ったことは一度もないよ?」

「?!」

「もし陸斗が、俺達への恩返しのために今回の事を受けるというなら、この話はなかったことにする。陸斗、俺はずっと気になってたんだ。もしかしたら、俺達がしてきたことは、お前にとって重荷になってしまったんじゃないかって」

父親はどこか寂しげな表情でそう話す。

「俺たちには血のつながりはないし、今は本当の親子にはなれない。でも、俺達にとって、お前は失いたくない大事な子どもだよ。俺たちの親友が残してくれた大事な繋がりだ。だから今までも、これからも、ずっと守っていきたい。守らせてほしいんだ、俺達にも。俺たちにとって、陸斗は大事な家族の一員だから」

父親の大きな手が陸斗の頭をなでる。

その瞬間、陸斗の瞳から一筋の涙が頬を伝う。

「お前がりおのことで、負い目や引け目を感じる必要はないんだ。陸斗自身、あの時は混乱の中にあって、覚えていないかもしれないが、あの時、幼いながらに必死にりおを守ってくれていたのは、他の誰でもない、陸斗お前なんだから」

「え?」

目の前に広がる惨状から必死にりおの視界を隠し、守ろうとしていた陸斗の姿。

陸斗自身曖昧になっている事故当時の記憶。

「情けない話だよ。本来なら、大人の俺たちがすぐに動かなければいけなかったのに。あの時から、俺達は君に助けられてばかりなんだよ」

「…俺は…」

その時、バタンと大きな音を立てて廊下への扉が開き、母親が飛び込んでくるとその勢いのまま陸斗を抱きしめる。

「陸斗!全部れおの嘘だから!だから、りおの相手がどうとかは考えなくていいの!れおが余計なことして、本当にごめんなさい!」

どうやら電話でれおを問い詰めたようで、りおに彼氏がいるという事実は一切ないことが判明したのだった。

「それから、私達、恩を返してほしいなんて思ってないよ!そもそも、恩とか、そんなこと!」

続けざまにそういった母親に、父親はそっと手で言葉を制した。

「その話は、俺からもういったよ。…ということだ、陸斗。改めて、陸斗自身の気持を、陸斗自身がどうしたいかを教えてくれるかい?」

その問いかけに、陸斗はぎゅっと目をつむった。

れおの嘘とわかり、どこかホッとした半面、嘘をつてまでりおを守ろうとしたれおの気持ちも痛いほどわかる。

この一週間、凪に話を聞いてもらいながら、何とか答えを探した。

「…俺、…でも、そんなに簡単に決断したんじゃないんだ。本当はそばにいたい。でも、俺なんかがそばにいて想い続けていいのか、わからないんだ。れおの言葉に動揺した自分に、りおのそばにいて、れおの嘘が本当になった時に、これからも想い続けられるか、自信がない…」

その時だ。

ドサッと音がして、扉の方に目を向けると、そこには凪が立っていた。

足元には通学カバンが落ちていた。

「何…それ…」

小さな声が漏れ、凪の瞳から涙がこぼれ落ちる。

そして、その場にカバンを置いたまま、凪はその場から逃げるように家を飛び出した。

陸斗は一瞬何が起きたのかわからなかったものの、すぐに凪の後を追う。

玄関を出て周りを見るも、そこにはすでに凪の姿はなかった。

少し考えてから、陸斗は迷わずに駆け出した。

凪の行先がどこか、陸斗にはすぐにわかった。

数年前、家を飛び出した凪を発見した小さな公園。

日も暮れだし、誰もいない公園のブランコに、その姿はあった。

「凪」

そっと声をかけるも、凪はうつむいたまま、ぽろぽろと涙が落ちて、膝を濡らす。

陸斗は静かに凪の言葉を待っていると、しばらくして、小さな声が陸斗の耳に届く。

「私…いったよね。答えが変わったっていいって。自信がないってどういうこと?そばにいていいのに、やっといられるのに、陸斗の弱虫。そばにいたくたって、嫌でも離れなきゃいけない時もある。その辛さは陸が一番知ってるでしょ」

悲痛な凪の声に、陸斗は昨夜も感じた違和感がよみがえる。

「自信なんてなくていい。どうなるかなんて、誰にもわかんないんだから。それなら、自分の今の気持に正直になればいい。だから…あと少しでいい…思い続けさせてよ…」

「!」

風にかき消されるほど小さな声。

それでも陸斗に届く、凪のささやかな願い。

いつだって凪は陸斗にとって姉のような、一歩前を進み手を差し伸べてくれる存在だった。

『俺は、ずっと甘えて頼ってばっかりだった。支えてもらうばかりで、凪の痛みに気付きもしなかった。でも…』

陸斗は一歩凪に歩み寄り、その手を取ると、ぐっと引き上げ、もう片方の腕で抱き寄せる。

「凪、ありがとう。凪のおかげで、本当の答えを見つけられた」

陸斗の言葉とあたたかさに、凪は涙を流し続けながらもその表情には優しい笑みが戻るのだった。

しばらくして、凪も落ち着くと、二人並んで祖母の家に向かい歩き出す。

涙でぬれた目に冷たい空気が染みる。

けれど、凪の表情はどこかすっきりとしていた。

そして、隣を歩く陸斗の手を握ると、凪はいつもの笑顔を見せる。

「陸が迷子にならないように繋いで帰ろ!」

そんな凪に、陸斗もフッと笑みをこぼし、その手を握り返した。

「迷子になるのは、いつも凪の方だろ」

「はぁ?!もう大丈夫だし!」

そうして二人そろって帰宅すると、待ち構えていたりお達の母親が一目散に凪に抱きついた。

「凪ちゃん、大きくなった!それに、ますますきれいになったね!」

「また始まった…」

呆れ顔の父親をよそに、母親は凪にべったりだ。

「凪ちゃん、私達、凪ちゃんにも感謝しているの。ずっと伝えたかったの。ありがとうって。それから…」

そっと声の大きさを抑えて、凪にだけ聞こえるように母親は続けた。

「私たちは応援する事しかできないけど、凪ちゃんが凪ちゃんらしく過ごせるよう、祈ってる」

「?!」

「おば様に聞いたの。いっぱいいっぱい頑張ったね。辛いのも、寂しいのも、凪ちゃんが秘密にしたいなら、私達も黙っておくわ。でも、最後は少しくらいわがままをぶつけちゃえ」

いたずらな笑みと、優しい言葉に、凪も「はい」と涙がこぼれそうになりながらも笑顔で応える。

「さてと、それじゃあ、陸斗。改めて、お前の出した答えを聞こうか」

「…はい。俺は…」


それからまた日がたち、陸斗の卒業式も終わり、凪も春休みに入ってすぐの頃、自室で課題をこなしていた陸斗のもとの祖母がやってきて、玄関に待っている人がいると伝えられる。

言われた通り、一階におりて玄関に向かうと、そこには凪が立っていた。

玄関の中ではなく、外に立つ凪の姿に、陸斗はこれまで感じた違和感の正体をしることとなった。

「陸斗、凪ね、引っ越すんだよ。今日、父親の転勤で」

祖母がそっと伝えたその事実に、陸斗は言葉が出なかった。

そんな陸斗の様子に、凪は笑顔を見せる。

「黙ってて、ごめん」

「…ほんとにな。…自分の事しか見えてない自分が嫌になる」

「ふふっ。常に周り優先のくせに、何言ってんのさ」

吹っ切れたように余裕を見せる凪に、陸斗はぎゅっと唇をかみしめた。

引っ越しのことを最後まで黙っていた凪の想い、これまでにもらった様々な言葉。

その全てがこの日のための凪の覚悟だったと、今この時になってわかった。

陸斗はフッと一息ついて、凪の目を見返した。

「凪、俺はこれからも想い続けるよ。たとえ、どんなに苦しくても、凪の言葉が俺を支えてくれるから。今はまだできなくても、いつか凪の支えに俺もなれるよう頑張るよ。…だから」

そういって陸斗はそっと右手を差し出す。

「忘れるなよ。『ずっと一緒』なんだってこと」

凪は一瞬驚いたように目を丸くしてから、拗ねたような、照れたようなそんな表情の陸斗に再び笑みがごぼれる。

「生意気言っちゃって」

うるんだ瞳を隠しながら、凪もその手を握り返した。

そして、その直後、凪から陸斗を抱きしめると「ありがとう」と一言耳元に残し、そっと離れる。

それから、来ていた上着のポケットから小さなメッセージカードを取り出し陸斗に手渡した。

「じゃあ、陸斗、またね。行ってきます!」

そう言い残し、凪は両親の待つ車に乗り込み、振り返ることなくいってしまった。

残されたそのメッセージカードには『17時、陸斗の家』とだけ書かれていて、そのメモに導かれるように、今はもうない山倉家のあった場所に建つマンションのエントランス前に向かった。

そしてちょうど17時を迎えた時、エントランスの中から見知った人が出てくる。

「どうして…」

「陸斗、ついてきて」

中から出てきた真中夫妻に連れられて、マンションのエントランスをくぐると、吹き抜けになったマンションの中庭が見えてくる。

そこには遠い記憶に残る夕日に照らされた懐かしい風景がそのまま残されていた。

「陸斗、それからこれ」

父親に手渡されたもう一つのメッセージカード。

『しっかりやりな』の優しい文字に、陸斗は笑みをこぼすのだった。


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