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夕凪の先へPART:2

それから数日、陸斗は架音学園でれおとりおの姿を見ることはなかった。

日頃から、二人にはあまり近づかないようにしているとはいえ、一日の中でどちらかの姿を見かけることはあった。

それがここ数日は、一度も見ていないのだった。

帰りのHRも終わり、生徒が自由に立ち歩くなか、陸斗はふと窓の外に目を向けた。

『気にしすぎか…いや、でも、ここまで姿を見ないなんてこと、今までになかったよな』

陸斗なりに考えてはみたものの、見当がつかない。

偶然か、それとも必然か、ただの風邪か、何らかの用事か。

『そんなに気になるのなら、れおに連絡して聞けばいい。それだけだ。…でも…』

携帯を開いて、履歴を見れば、最後のやり取りはあの日。

よみがえるれおの言葉と、突き付けられた現実。

陸斗はぎゅっと唇を結び、携帯を閉じるとポケットにしまい、学園を出る。

いつもならまっすぐに祖母の家に帰るため、学園の最寄りの駅に向かうが、この日はフラッと足が別の道を選んだ。

駅に向かうには遠回りになるその道の先、今の陸斗の心が求めたもの。

「あの頃の景色は、もう、どこにも残ってないんだな」

そこに建つのは、まだ新しい高級マンション。

きれいで大きなエントランスには夕方になって帰ってきた親子が夕食の話をしながら入っていく。

手をつないで、笑いながら。

それを陸斗はただただ見つめていた。

ここはもともと陸斗が住んでいた家があった場所。

もとは一軒家だった陸斗の家は、あの事故から数年がたち、取り壊されてしまった。

周辺の土地もあわせて、そこにマンションが建設された。

以前の姿はそこにはなく、陸斗の記憶に残るのみであった。

『何も残っていないことは、最初からわかってることだ。…そうか、だからこそ、ここに足が向いたのか…。俺には何も残っていないって、自分に言い聞かせるために…』

フッと笑みをこぼす。

『別に想い続けてもいいじゃない』

凪の言葉が思い出される。

これまで伝えることはできなくとも、想い続けることができた、りおへの気持ち。

それがれおからのあの電話だけで、これまでが嘘のように苦しくなってしまった。

『凪、想い続けることが、こんなに苦しいなんて思わなかった。いや、これまでの考えが甘かったって事か』

陸斗はクルリと来た道を引き返した。

もう振り返ることはできない。

振り返ったその場所に何もない事を知ってしまった陸斗には、そこはただただ悲しみと孤独があるだけ。

『久々に嫌なループに入ったか。…帰ろう。…今日は凪のやつ、来てるのかな』

凪を思い出して、どこかホッとする自分に、陸斗は苦笑した。

それが今の陸斗に救いだった。

足早に祖母の家までの道を急ぐ。

そして、玄関を開けると凪のローファーではなく、見慣れない大人の靴が2足きれいに並んでる。

『ばーちゃんに客?にしては、靴が若めだけど…』

そんなことを考えつつ玄関をあがり、リビングへの扉を開けようとしたその時だ。

中から話声が聞こえてくる。

一人は祖母の声、それから男性と女性の声。

談笑する声が廊下まで届く。

ふと、陸斗はその声に聴きおぼえがあった。

「ただいま」と扉を開けると、部屋の中にいた人物と目が合う。

そして、そっと頭を下げる。

「ご無沙汰してます。お元気そうで何よりです。おじさん、おばさん」

そこにいたのは、海外で暮らしているはずのりおとれおの両親だった。

「久しぶりだな、陸斗。元気にしていたか?」

れお達の父親は懐かしむように陸斗の肩に手を置いた。

「はい、おじさん達が色々な面で支えてくれているおかげです。…!」

そう答えた直後だった。

陸斗はすごい勢いでれお達の母親に抱きしめられていた。

「おばさん?」

強く抱きしめられながら、陸斗はどうしていいのかわからず、隣に立つ父親に視線を向けると、そのまま頷かれてしまう。

陸斗はそのままおとなしく抱きしめられていると、母親の肩が震えていることに気が付いた。

『…泣いてる?』

これまでも、真中夫妻とは電話や手紙など、やり取りは定期的に行っていた。

しかし、実際に会ったのは、数年前にさかのぼる。

「おばさん、色々心配してくれてありがとう。俺は大丈夫だよ」

陸斗が穏やかにそう伝えると、母親は頷く。

「大きくなったね、陸斗。全然会いに来られなくてごめんね。会いたかった…」

陸斗はその瞬間フワッと心が軽くなった気がしていた。

それから、りお達の母親が落ち着くのを待ってから、ようやく陸斗は解放された。

改めて、顔を合わせた真中夫妻と祖母と陸斗の4人。

「ごめんな、陸斗。突然驚いただろ。自分の息子に会うことよりも楽しみにしてたからって、俺も泣きだすとは思わなかったよ」

クスクス笑う父親に、陸斗もつられて笑みをこぼす。

「うるさいわね!だって、すっかり大人びちゃって。しかも、二人の面影が…」

と、話しながら再びウルウルしている母親に、苦笑しつつ、父親が話を切り出した。

「今回、日本に戻ってきたのは、高校進学後の話をするためなんだ。れおとりお、そして、陸斗、君のね」

「さっき、おば様には話したんだけどね、りおのこと、ドクターから『そろそろ動いてもいい頃かもしれない』って。りおの心も成長とともに強くなってるから、周囲の制限を解除していっても大丈夫だろうって」

一瞬、陸斗には二人のいう意味がわからなかった。

そんな陸斗の心境を察した母親は、フッと笑みをこぼし陸斗の頭をなでる。

「驚かせてごめんね。私はもともと、ドクターからの許可が下りれば、一番に陸斗が自由に動けるような環境にするつもりだったの。でも、その時期がいつになるのか、それは誰にもわからなかったから、陸斗にも話せなくて。今まで、陸斗にばかり我慢させてしまって、本当にごめんなさい」

ゆっくりと、陸斗の目を見つめ母親は話す。

これまで、陸斗の両親の事故にまつわるすべての情報を遮断してきた。

そうすることで、りおの心を守ってきたのだが、それを少しずつ直面化させる時期にきたとのことであった。

そこで、試験的に高校1年目を同じクラスにしてみるという案が出た。

「あくまでもこれは提案だ。これまで陸斗にはたくさん我慢させてしまったし、今さらあの子達と関わることが陸斗にとって辛い事であるなら、断ってくれていい。選択権は陸斗にあるから」

父親の穏やかな言葉に、陸斗もようやく落ち着いて状況を把握し始める。

「…少し…時間をもらってもいいですか?正直、どうすることがりおにとって一番いいのか…」

陸斗の言葉に真中夫妻は目を丸くしつつ、次の瞬間には柔らかい笑顔で頷いた。

「陸斗は今もりおのことを大切に想ってくれているのね。りおは本当に幸せ者だわ。でもね、陸斗。りおを想ってくれるあなたの優しさはすごく嬉しいし、そこが陸斗の良さでもある。けどね、今回は陸斗、あなたがどうしたいか、それを優先してね。今すぐ答えを出さなくていい。一週間後、あなたの本当の気持ちをきかせて?」

「…はい」

「それにね、私たちもこっちに帰ってきて、しばらくりおの様子を見ていたけど、りおもちゃんと強くなってるから。学園での様子も先生方やれおからも聞いてるし」

「…!!」

陸斗の頭に、れおとの電話でのやりとりがよぎる。

『そうか、たとえ同じクラスになったとしても、小さい頃のようにりおの目に俺が映ることはない。りおのそばにいられるようになっても、結局は見守る事しかできない…』

同じ空間を共有しながらも、自分の知らない誰かと想い合うりおをそばで見ることと、同じ空間を共有できなくとも遠くから変わらず見守る事。

今の陸斗にとっては考えるまでもなかった。

「ごめん、おばさん、おじさん。俺、これまで通り、りおの近くにはいかない方がいい。その方が、りおにとっても、俺にとっても、最良だと思うから」

陸斗はそういって頭を下げる。

「で、でも、陸斗?あなたは、本当にそれでいいの?」

母親はあわてて陸斗の顔を覗き込む。

断るとは思っていなかったのだろう。

戸惑う母親を父親はそっとなだめ、落ち着いた声音で続けた。

「わかった。それが陸斗、お前の本当の望みなら、僕たちはその通りにするよ。でも、最終決定までは、まだ時間もある。ゆっくり考えて、後悔のない洗濯をしなさい。一週間後、また答えを聞かせてもらうよ。その時に、答えが変わっていなくてもいいから」

「…はい」

そっと肩に添えられた父親の大きな手のぬくもりを受け止めながら、陸斗は頷く。

この日は話をしに来ただけとのことで、帰宅するという真中夫妻を玄関で見送りながら、陸斗はこれまでの出来事を振り返る。

真中夫妻には、両親が亡くなった後、本当の家族のようにそれまで以上に気にかけてもらってきた。

陸斗は大きな恩を感じるとともに、罪悪感もあった。

本来であれば、真中夫妻にとってはりおのことだけを優先に考えればればいいところを、自分の事で余計な手間をかけさせてしまっている。

「陸斗、1週間ゆっくり考えなさい。どんな答えでも、自分の気持に嘘のない答えならいいんだから」

真中夫妻の帰った玄関にしばらく立ち尽くしていた陸斗に祖母がそっと声をかける。

その言葉に陸斗はハッとして、小さく「うん」と答えた。

陸斗のそんな姿に、祖母は心配そうな表情をしつつ、そっと頭をなで、「さぁ、ご飯にしようか」と笑顔を見せると先に家の中へと歩き出した。

陸斗もその後に続いて歩き出してから、ハッと振り返り「凪は…」と無意識のうちに声にだしていた。

「今日は家で食べるって連絡があったよ。うーん、そうだね。陸斗、あとで明日はどうするのか電話で聞いといて」

「…わかった」

祖母の言葉に陸斗は小さくうなずいた。

そしてすぐに気づく。

『ばーちゃん、ありがとう』

今の陸斗に必要なもの、必要な言葉、そして必要な存在。

祖母にはお見通しなのだった。

その後、陸斗は夕食や入浴などすべて済ませ、自室に戻ると携帯を片手に、ベッドに横になる。

履歴から凪の番号を押す。

数回のコールの後、『はーい』と軽い口調の凪が出る。

それだけでどこかホッとする陸斗は自分でもそのことに苦笑しつつ、明日の夕食について予定を聞く。

『明日は、そっちいく!…で、陸、何があった?』

いつもの凪の声。

『陸』と幼い頃の呼び方も、『何か』ではなく『何が』と断定する確信も、今の陸斗にはただただホッとする材料だった。

「俺、まだ何も言ってないけど」

苦笑交じりにそういうと、電話の向こうでは自信満々な凪の声が帰ってくる。

『私を誰だと思ってるの?』

幼い頃から変わらない凪の強気に、陸斗はまた助けられる。

詳しくは翌日話すこととして、用件だけ済ませると電話を切る。

『ありがとな』

直接言うことは恥ずかしい。

けれども、凪への感謝の気持ちは常にあった。

『この先も、きっと一生かなわないんだろうな』

思わず頬を緩めながら、電話をする前の暗雲がかった気持ちが少しずつ穏やかになっていた。


翌日、陸斗が学園から帰ると、凪のローファーがすでに並んでいる。

「おかえり」

そういって出迎えてくれる凪に、今回ばかりは素直に「ただいま」と素直に答える。

祖母と3人での夕食を先に済ませると、陸斗の部屋でゆっくり話すことにした。

部屋へと戻る際に、祖母はそっと二人分のお茶とデザートを手渡してくれる。

「…で?」

部屋に入って、絨毯の上に座ると、凪は手近にあったクッションを抱えていう。

有無を言わせない凪の一声。

陸斗は苦笑しつつ、「昨日さ、久々に前に住んでいた家があった場所に行ってきたんだ」と昨日の出来事を一つずつ話始めるのだった。

そこで感じた気持ちも、自分には何も残っていないという事実も、淡々と受け入れるしかない。

そして久しぶりに再会した真中夫妻と、そこで話された今後について。

陸斗が一通り話したところで、それまで黙って聞いていた凪はふっと小さく息をついて。

「…それで、陸の答えは?」

「…断ったよ。ただ、一週間後、再度答えを聞くとは言われたけど」

諦めに似た表情を見せる陸斗に、凪は冷静だった。

「陸はどうしたいの?」

「だから、断ろうと…」

「そうじゃなくて、本当はどう思ってるの?」

凪の問いかけに、陸斗は言葉が続かない。

そんな陸斗を見て、凪は少しの間をおいて続けた。

「質問を変える。どうして『断る』答えになったの?」

「?!」

陸斗は一瞬ドキッとした。

理由はわかっているつもりだった。

彼氏のいるりおをそばで見ているだけの自分が辛い。

自分がそばにいることで、りおの記憶に影響して、りおの幸せを壊したくない。

この気持ちに嘘はない。

けれど、凪に問われて気づいた、もう一つの理由。

『…そうか、俺…』

陸斗の心に残ったもの。

「俺…絶望したんだ」

その陸斗の言葉に凪は小さく「うん」と答え、向かい合って座っていた陸斗の背に回って座りなおした。

背中合わせ、互いの表情は見えない。

けれども伝わってくる悲しみと優しさ。

「おじさん達が会いに来てくれて、すごい嬉しかったんだ。ずっと気にかけてくれていることが、本当の家族みたいで、支えられてた。それは今も変わらない。でも、りおも強くなって、好き合えるひとができて、りおの周囲の『制限』が解除されつつある」

淡々とした陸斗の声。

「それでわかったんだ。『俺』もその『制限』の一つに過ぎないんだ。りおにとっても、おばさん達にとっても、俺はもう『無関係』の存在になったんだ」

努めて冷静に話そうとする陸斗だったが、その声と背中は震えていた。

凪はそのまま陸斗に背中を預けたまま、ただ黙って寄り添った。

それからしばらくの時間をおいて、凪は背中合わせのままそっと言葉を紡ぐ。

「私たちはまだまだ子どもで、大人の思惑に振り回されることの方が多い。たとえ、その思惑が私達のためを思ったものであっても、言葉にしなきゃわかんないこともある。私達が感じた気持ちも、大人にはわかんないんだよ」

落ち着いた凪の言葉に、陸斗は少しだけ凪の方へ首をまわす。

「陸、おじさまとおばさまの真意はわからない。でも、今、陸が感じている気持ちは嘘なんて一つもない。大切な『今』の陸なんだよ」

「…俺、ずっと思い違いをしていたんだ。最初から、輪の中に入ってなんかいないのに、その輪の一員のつもりだったんだ。むしろ枷になっていたのに。だから、見捨てられたとか、そう感じている自分が、みじめで…。でも、思い知るべきなんだ。俺は最初から独りなんだって。……ようやく気付いた…」

陸斗の言葉を聞きながら、凪は陸斗の机に目を向ける。

机に飾られていた写真たてが伏せられているの見て、そっと瞳を閉じた。

『陸斗、たぶん、おば様達は今までも、これから先も、あんたの事を大事な家族の一員として考えていくと思う。けど、今の陸斗には、私がどんなにそのことを伝えても、伝わらない気がするから。だから、いま私が言えることは…』

凪は「よっ」と軽やかに立ち上がると、陸斗の前に移動し膝をつくと勢いよく陸斗の頭を撫でまわす。

「大丈夫。私はずっと、陸と一緒だよ」

そういって笑って見せる凪に、陸斗はようやく肩の力を抜いて笑った。

幼い頃と同じ言葉に、再び救われた。

この日、凪を家まで送り届けた帰り道、凪から一通のメールが届く。

『陸、あんたは周囲のことを考えすぎる癖があるから。もっと素直に、自分がどうしたいのか、誰かのためじゃなく、自分のために、自分のしたいようにすればいいんだよ。まだ時間はあるんだから、焦らずゆっくり考えなさい』

メールを読みながら、フッと笑みをこぼした陸斗は、自分の心が凪いでいくことに気づく。

驚き、焦り、不安、悲しみ、怒り、様々な感情が渦巻いていた心が、今は静かに穏やかになっていた。

『ちゃんと考えよう。ちゃんと考えて、答えを出そう。それが何より自分のためだ』

久しぶりに流した涙のせいで、少しだけ重たくなった頭をあげて、夜空を仰ぐのだった。



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