今もなお色褪せず
「父さん、今ちょっといいか」
書斎で、陸斗が本を探していると、控えめなノックの音に続いて、そんなイクトの声が室内に届く。
「あぁ、大丈夫だ」
陸斗がそう答えると、そっと扉が開く。
覗き込むように顔を出したイクトに、陸斗はフッと笑みを見せ部屋に招き入れる。
「仕事中だった?」
「いや、リオが前に買った動物の写真集がどこかに紛れ込んだみたいで、探していただけだ。何かあったのか?」
作業の手を止め、部屋に置いてある椅子を示しながら、陸斗とイクトは向かい合って座る。
仕事部屋というよりは、書庫に近い状態の部屋で、壁一面が本棚になっている。
本だけではなく、真中家、山倉家のアルバムもしっかりと納められている。
それでも収まりきらない本が床の一角を占領していた。
そんな部屋の中から、急遽リオに頼まれた急を要さない本の捜索。
陸斗はリオの頼まれごとの裏にある、本当にお願いに気づいていた。
一人息子であるイクトとこうして二人でゆっくり話す時間は意識的に作らない限り、なかなかとりにくい。
結果的に、リオからの頼まれごとを聞くことで、こうして二人で静かに話すことができる環境が整ったわけだった。
その中でイクトが昨日今日の出来事をかいつまんで話した後、「母さんから、父さんに聞いてみたらって、助言をもらったんだ」と言葉をたす。
それを聞いて、リオの裏のお願いは陸斗の中で確信になる。
『イクトは認めないかもしれないが、こういう素直なところは、リオにそっくりだし、俺の思考を的確に読むあたりはさすがだな』
母親の助言を素直に受け取るところや、その母親に対して苦言を呈するところは、まぎれもなく自分たちに似ていると他人からいわれる側面だろう。
こうして過去を振り返る機会があると、たびたび一人息子の成長と、自分達の子どもの頃が重なることがあった。
リオがあえて、陸斗へとバトンを渡した理由を察しながら、どう話そうかと考える。
そして、リオがイクトに言った『支えてくれた人』を思い返す。
「俺を支えた人…か。…確かに、誰かを支えるためには、自分自身が色んな意味で強くならないといけない。でも、その強さは、一人ですべてを抱えることじゃない。自分の弱さを見せることもまた、強さの一面だと、俺はその人から教えられた。まぁ、これがまた難しいんだけどな」
苦笑交じりに陸斗はいう。
「父さんを支えた人?」
意外そうな表情を見せるイクトに、陸斗は「少し長くなるけど、聞くか?」と優しく問いかけた。
「もし、俺が聞いてもいいなら…。俺も、支えるために強くなりたいと思うから」
イクトのその答えに、陸斗は頷いて、一冊のアルバムを取り出し開く。
幼い陸斗と一緒に写っているのは、リオでもレオでもない。
「リオのそばにいられなくなってからの俺は、しばらくは心を閉ざしていたんだ。でも、そんな俺を見捨てずに、気にかけ続けてくれたやつがいたんだ。あの時は、それに気付けるだけの余裕もなかったが、今になって思えば、ずっと救われ続けていたんだ」