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涙の欠片を鍵にしてPART:2

クレープを食べ終え、二人は星河家に向けてまた歩き出す。

「昨日も送っていただいたのに、今日まで、本当にすみません」

「謝るなって、吹雪。俺が好きでやってることなんだからさ!だから『すみません』より…」

少しかがんで合わせた目線。

色素の薄い 吹雪の瞳に、思わずハルは見ほれる。

「あ、ありがとうございます」

「ん!それでいいんだ!」

「ふふっ。…あ、ハル先輩、一つお聞きしてもいいですか?」

「一つといわず、いくらでもいいよ!」

吹雪からの質問に、ハルは上機嫌だ。

笑みが止まらない。

「あ、あの、昨日、ハル先輩と一緒にいた方の事なんです…」

「あぁ、山倉イクトの事な!俺の従兄弟なんだよ!今度、ちゃんと紹介するよ!すっげーケンカ強くて、運動神経も頭もよくて、けど、パッと見とっつきにくいっていうか、人を寄せ付けないっていうか…。でも、本当に、いいやつだよ!」

ハルはイクトのことを話しながら終始笑顔だ。

そんなハルに、吹雪はクスクスと静かに笑う。

ハルはハッとなって一度話をやめ、少し照れくさそうに頬をかいた。

「あ、すみません、笑ったりして。ただ、ハル先輩って、その山倉先輩の事、本当に大切にされてるんだなって…。すごく羨ましいなって…」

「羨ましい?」

「はい、そんな風に、信頼し合える、まるで兄弟のような親友のような。私には…」

「…吹雪?」

途中で言葉を失った吹雪に、ハルはとっさに手を握る。

ハッと、まるで我に返った様な吹雪に、握ったままの手に力をこめる。

ハルには、吹雪が何を思ったのかはわからない。

けれど、吹雪の瞳が不安に揺れたことには気づいた。

今のハルにできることは、不安そうな吹雪のそばにいてあげる事。

無理に聞き出す必要はなく、ただ隣にいる。

『リオ、俺にもできるかな。この子を守る事。守ってやりたいんだ。なぜかは、まだよくわからないけど…』

「ハル…先輩…?」

「いや、なんでもない。また、クレープ、食べに行こうな、吹雪!」

「…?はいっ!」

いつもの笑顔に戻った吹雪に、ハルもホッと一安心だ。

そうして、ハルは吹雪の手を引きながら、吹雪を家まで送っていくのだった。

星河家の前について、ハルは吹雪の手をようやく放す。

考えてみれば、ずいぶんと大胆な事をしていた。

「ありがとうございました、ハル先輩」

「お安い御用!俺も、吹雪とたくさん話せてうれしいし!」

そうして二人でその場で話していた時だった。

「あらあら、吹雪ちゃん、おかえりなさい!」

ハルの背後から、女性が声をかける。

「あ、お帰りなさい、お母さん」

吹雪の言葉に、ハルは慌てて頭を下げた。

「こんにちは!」

「ふふ、こんにちは。…もしかして、吹雪ちゃんの彼氏さん?!」

目をキラキラさせてハルの顔を覗き込む母親に、吹雪は困り顔だ。

「この人は、学園の先輩で、昨日助けていただいた真中ハル先輩です」

「架音学園高等部三年の真中ハルです!」

「あらあら、吹雪ちゃんの母です!昨日は助けていただいたようで、本当にありがとう!それでそれで?!吹雪ちゃんの彼氏さんじゃないの?!」

吹雪の母親のテンションに、さすがのハルもたじたじだ。

けれど、吹雪のことが大切で仕方がないのはよく伝わってくる。

「あ、こんなところで立ち話もなんだし、お茶でも飲んでいってくださいな!」

「いえ、お気持ちは嬉しいんですが、今日はこれで失礼します!」

「あらあら、そう?じゃあ、またぜひ遊びに来てね!吹雪ちゃんの小さい頃の写真とか、本当にかわいいの!昨日の件もちゃんとお礼したいし、ね?!絶対よ?!」

本当に残念そうにしながら、そういってくれる吹雪の母親にハルも頷く。

「はい!今度ぜひ!それじゃあ、今日はこれで!」

「あ、その角まで一緒に行きます!」

それまで困ったように笑っていた吹雪が慌ててハルの後を追う。

そんな二人を、吹雪の母は温かく見守るのだった。

曲がり角まで見送りながら、吹雪は申し訳なさそうに頭を下げる。

「すみません、先輩。お母さん、昨日の事を話したら、先輩方に直接お礼したいって」

「いや、俺こそ、せっかく誘ってもらったのに、悪いな。今日、買い出し当番なんだよ。だから、今度改めて遊びに来るよ。吹雪のちっちゃい頃の写真とか、絶対見たいしな!」

「そ、それは聞かなかったことにしてください!」

赤面する吹雪に、ハルはクスクス笑う。

「ほんと、吹雪ってかわいいよな。吹雪の母さんが溺愛するのもわかるっているか、大好きなんだって、ちょー伝わってくるもん」

「かわいくないです!でも、そんな風に見えていること、そういっていただけることが、すごく嬉しいです」

「…?」

嬉しいと言葉にする吹雪に、ハルは少し違和感を覚えた。

「吹雪、見送りはこの辺で十分だ!」

「あ、はい、今日もありがとうございました。ハル先輩」

「どういたしまして!また明日学園で!じゃあな、吹雪!」

控えめに手を振る吹雪に見送られて、ハルは歩きだす。

その足でスーパーによって、夕食の買い出しだ。

買い物のリストを見ながら、かごに材料を入れていく。

その間、何かがハルの頭の中で引っかかっていた。

吹雪に対して感じた違和感にもやもやしつつ、その正体の核心はつかめない。

『…なんだ?俺、何が気になってるんだ?もしかして、変なタイミングで吹雪と別れた?え、でも、何が変なのか、わかんねーんだけど…え?』

混乱する思考に、軽く頭痛がする。

ここまで誰かの事を深く考えたことは今までにない。

ただでさえパンクしそうな思考に、考え事をさらにもう一つ加えてしまったのだ。

ハルにとっては限界値に達していた。

フラフラと頼まれたものをすべてかごにいれ、そそくさとスーパーを後にする。

『今日の食事当番は、イクトだよなぁ…。ってことは、リオ遅いのかな。また話聞いてもらおうと思ったのに…。母さんもいつも通りのはずだから、まだ帰ってないだろうし…』

家について、明かりのついていない玄関を上がる。

まだ誰も帰っていない静かな自宅に、ハルはふうっと一息つく。

買ってきた食材を冷蔵庫にしまうと、ハルはそのままリビングのソファーにダイブした。

『あー。眠い…かも…。イクトが帰ってきてないってことは、まだあいつと一緒ってことかな……』

薄れゆく思考の中で、ハルは必死に考えていた。


その頃、イクトは双葉の校内案内を再開していた。

先ほど案内しそびれていた音楽室だ。

『…さすがにもういないよな、あいつ』

音楽室の扉に手をかけた一瞬、あけるのをためらったイクトだったが、気を取り直しゆっくりと扉を開ける。

「失礼します」

先生がいることは、先の件で知っていたため、一応声をかける。

案の定、準備室の方から先生が顔を出した。

「あら、山倉君、さっきは一人だったのに、今度は女の子と一緒だなんて!もしかして、彼女さん?!」

「違いますよ。彼女は転入生で、今校内案内をしている最中です」

イクトがスッとよけると、後ろにいた双葉が一歩前にでる。

「水上双葉です。どうぞよろしくお願いします」

「なーんだ、山倉君の彼女じゃないの?ふふ、水上さんね!確かに初めて見るお顔だわ!よろしくね!」

つまらなさそうにイクトに視線を向けてから、双葉の方に向き直り、手を握って嬉しそうな先生の姿に、イクトはあきれ顔だ。

『おおかた、俺が誰かをここへ連れてきたことを面白がっているんだな』

イクトにとって、音楽室は屋上の次に落ち着く場所だった。

一人になりたい時や、何か考え事をしたい時はよく利用する。

誰も使っていなければ、一人静かにピアノを弾くこともできる。

音楽室を利用させてもらう関係上、音楽室の主となっているこの先生とは、割合交流が多くなり、何かと便宜を図ってくれる分プライベートも知られている。

ただ、イクトが心を開くだけのことはあり、信頼は置ける先生でもあった。

キャラがなかなかに濃く、それがイクトにとっては困るところではあったが…。

「えー、本当に二人の間には何もないの?」

「…何もないというか、昨日から助けてもらいっぱなしというか」

「え?!この女の子嫌いの山倉君が?!それだけで、十分大きなことよ!」

双葉の言葉にくいつく先生に、イクトは思いため息をつく。

「誤解を招く言い方はしないで下さいよ、先生。女子は苦手なだけです」

「えー?だって、今日日の高校生が、彼女の一人や二人いたっておかしくないのに、全然そんな雰囲気もなければ、影すらないのよ?んもう、心配で心配で」

大げさな身振り手振りで先生は言うが、当のイクトは聞く耳をもたない。

双葉にいたっては先生のテンションにやや押され気味だ。

「そうだ、山倉君!せっかくなら一曲弾いていきなさい!水上さんも聴きたいって!」

『…命令の挙句、勝手な事を…』

慣れているイクトは動じることはない。

チラッと双葉に視線を向ける。

と、すがるような瞳とぶつかった。

イクトはフッと笑みをこぼすと、そっとピアノの椅子に腰かけた。

「え?!本当に弾いてくれるの?水上さん、ラッキーよ!って、やっぱり二人って…!」

「だから、違いますって。ただ、改めて歓迎の意味も込めてですよ。双葉には秘密にする必要もないですし」

色々な期待を含め、目を輝かせる先生を視界にすら入れないイクトはぶれることなくいう。

「つまんなーい」と唇を尖らせる先生を無視して、イクトは双葉にリクエストを聞く。

双葉は少し考えたあと、小さな声で「イクトの一番好きな曲」と答えた。

その答えに、イクトは笑顔で応え、そっと鍵盤に手を添える。

ふわりと風に乗る音。

奏でるメロディーは優しく柔らかく。

双葉にとって聴いたことのない曲であるのに、どこか懐かしい。

双葉はそっと瞳を閉じる。

双葉が心に思い浮かべるもの。

それは決して安らぎを与えるだけのものではない。

大切で大切で、だからこそ不安になるもの。

そっと紡がれる旋律が、そんな双葉の心を包み込む。

『あぁ、イクトそのものなのかもしれない。この曲の名前は…』

そっと空気に溶けていく音色。

曲が終わっても双葉はその場から動くことができなかった。

様々な想いが双葉に絡みつき、縛っている。

「双葉、お前にこの曲がどう聴こえたか、俺にはわからない。でも、何かお前の心に届くものがあったなら、俺は嬉しい」

うつむく双葉の瞳からこぼれる雫に、イクトは気付きながら、双葉の頭をそっとなで続けた。

先生はそれまでのふざけた様子はどこへやら、二人を優しく見守りつつ、イクトに目配せをすると準備室の方へ静かに戻っていった。

それからしばらく、イクトはピアノを弾いて、双葉に笑顔が戻ったことを確認するとそっとピアノの蓋をしめる。

「さてと、これで俺が案内できる校舎内の主要なところは大方案内できたな。あとは学園の敷地内の色々だけど、今日は時間も時間だし、そっちはまた後日にしよう」

「うん」

そろそろ下校時間が迫っていた。

イクトは準備室にいる先生にひと声かける。

「先生、今日はこれで」

「また、水上さん、連れてきてあげなさいね。あ、あと、今度機会があれば〝合わせてほしい子“がいるのよ。今度紹介するわね」

先生の言葉にふとイクトは一人の女の子を思い浮かべる。

『…あぁ、“合わせる”って、ピアノの伴奏のことか。相手は、確か星河…』

「山倉君?」

「あ、いえ。わかりました。では、今日はありがとうございました」

一礼すると、イクトは双葉の手を取り音楽室を後にした。

二人は人も少なくなった廊下を歩く。

「イクト、ピアノ上手なんだね」

ぽつりとつぶやくように双葉が言う。

イクトは視線だけわずかに双葉に向け様子をうかがった。

「そんなことないよ。俺のは趣味のレベルだし、譜面通りに弾くのも苦手で、その時の気分に左右されるしな」

苦笑を浮かべながら、イクトはいう。

「逆にイクトらしいかも。…あの曲…イクトの一番好きな曲…。あれ、私も好きだな。なんて曲なの?」

「曲名はないんだ」

「え?」

きょとんとする双葉に、イクトはクスクス笑う。

イクトの一番好きな曲。

それはまだ子どもだった頃の陸斗とレオが作った曲。

「いや、きっと名前がないわけではないんだと思うけど、俺は曲しか教えてもらってないんだよ」

イクトはそう話しながら、この曲を教えてもらった時の父親たちを思い出していた。

『曲名なんで考えてないよ。だって、この曲はリオを想って作ったものだから』

『強いて言うなら、もしお前たちが誰かのためにこの曲を弾くことがあったら、その相手によってきっと曲の名前は変化する。お前たちが見つけていけばいい。お前たちなりの名をな』

レオにとっても陸斗にとっても、生涯変わることのない想いが込められた曲。

『大切な誰かに送る曲。相手を想って、言葉にできない想いをメロディーに乗せて届ける。俺が双葉に届けたい想いが曲名になる。もしハルがこの曲を双葉に弾いたら、双葉はまた違う想いを受け取るんだろうな』

「…イクト?」

「ん?」

「大丈夫?」

「あぁ、悪い。きっとその内曲名がわかるかも、と思ってさ。わかったら、すぐ教えてやるよ。今はまだまだ模索中ってところだな」

そう話すイクトの表情は楽しそうで、双葉も誘われるように笑みがあふれるのだった。


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