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初めて君の名を呼ぶその時PART:2

一方、その頃のイクトはというと…。

ハルが割り込んだ2人の少女を見比べて、イクトは迷わずあることに気付いた。

ハルが責めるその少女。

去ろうとするその少女の手をとっさに掴み、イクトは歩き出す。

少女の方はというと、イクトのその行動に状況がのみこめずにいた。

けれど、しばらく手を引かれるままイクトについていったものの、ハルの姿が見えないところまで来るとバッとその手を振りほどいた。

「何のつもり」

立ち止まったその少女にイクトはゆっくり振り向き、自分の着ていたカーディガンを脱ぐとその少女の肩にかける。

「え?」

少女はキョトンとするも、イクトは真顔のままごく自然だ。

「俺ので申し訳ないけど、羽織ってろよ。自分のやつ、あの女の子に渡しちゃったんだろ?」

ブラウス一枚だけで何も羽織っていなかった少女は、自分の肩にかけられた大きなカーディガンとイクトの顔を交互に見つめる。

当のイクトは、そっぽを向きながら少女が袖を通すのを待っていた。

躊躇いながらも、少女はイクトのカーディガンを着る。

一回り以上大きなそれは、少女の手の先まで袖で隠れてしまうほど。

けれど、ブラウス1枚の心もとなさよりは、安心できる。

そして改めてイクトを見て、少女はいう。

「なんで、私のを渡したって知ってるの…」

イクトの真意を見定めようと、疑いのまなざしを隠さない少女に、イクトは変わらない調子で答える。

「いや、知ってたわけじゃないけど、少し見ていればわかるよ。君があの子を誰かからかばって、代わりにけがをしたことくらいなら、俺にでも…ね」

そういいながら、イクトは袖口に隠れている少女の手首を示す。

隠すように左手を背中に回す少女に、イクトはため息交じりだ。

そっと隠された左手をとり、さほど抵抗されないことを確かめると、そっとカーディガンの袖をまくる。

赤くなって腫れるその手首に、少女は目をそらした。

「何があったか、言いたくないなら俺は聞かない。けど、保健室には連れて行くから。このまま放っておくことはできないし。それに、保健室の場所だって、まだ知らないだろ」

「…?!」

少女は驚いたように目を見開く。

イクトの方は平然とその瞳を見つめ返し、けがをしていない方の手を取り再び歩き出す。

何かを諦めたように一切の抵抗を見せなくなった少女に、イクトはそのまま話しかける。

「さっきは俺の従兄弟が失礼な言動をとって悪かった。アイツ、単純だからあんまり物事の裏を読んだりとかしない…いや、できないんだ。そこがアイツのいい所でもあるんだけど、後でちゃんと説明はしておく」

「いらない」

「……?」

きっぱりと言い放つ少女にイクトは立ち止まる。

「説明なんてする必要ない。誤解しているなら、そのままでかまわない。今後関わることなんてないんだから」

淡々とそう話す少女に、イクトは表情を崩すことなく、そっと少女の頭をなでる。

「あんたは、なんでそこまで強がるんだ?俺も人のことはいえない。けど、いざという時に手を取ってくれるやつはいる。それを疎ましく思った時期もあったけど、大切な俺の一部だ。誰かと関わることでしか見えてこないものもある。今まで信頼できる人間に出会ってこなかったのなら、これから出会えばいい。辛いとか、怖いとか、助けてほしいとか、ただそばにいてほしいとか」

真剣なまなざしと、厳しい言葉とは裏腹のどこまでも優しい声音。

「一人の女の子の涙を隠すくらいのことはできる。たとえば俺にだって」

そっとのばした手がぬぐうのは一筋の涙。

「すぐに信用しろなんていわないし、そもそも俺だって君のことをすべて知っているわけじゃない。でもそんなことはたいした問題じゃない。これからいくらだって知っていけばいい。君が望まなくても、俺は君と関わることをやめないから」

「…なん…で…」

必死にこらえようとするその涙も、次から次へと零れ落ち、イクトの指を濡らす。

イクトはそんな少女の姿を見て、ふっと頬を緩める。

「いっただろう。放っておけないって。君はひどく、俺と似てる。それに、なにより泣いてくれたから」

それからしばらくの間、少女は声を押し殺して泣いていた。

その間、イクトは黙って少女の頭をなで続ける。

泣き止んだころにはどこかバツの悪そうな、けれど、どこかホッとしたような表情を少女は見せるのだった。

「よし、それじゃ、保健室行くか」

頃合いをみて、イクトが声をかけると、少女はハッとなりイクトを見上げる。

「…ところで、どうして、私が保健室の場所知らないって…」

少女のその言葉に、イクトは苦笑する。

「あぁ、君が俺たちのクラスに来た転入生だと思ったから。見たことのない顔だったし、入学式会場にもいなかったから、在校生代表でもない。でもリボンの色は3年だ。担任から少し話は聞いてたし、もしかしたらと思ってさ」

「………」

「当たったか?」

「…あなた、侮れないは…」

「それは、どうも」

くすくすと笑みをこぼしながら、イクトは歩き始める。

少女も苦笑混じりに、そのあとを追うのだった。

そして到着した保健室。

「失礼します」

イクトが一言いって扉を開けると、奥から「はーい」と返事が聞こえる。

「あら、イクト君?どうしたの?どこか怪我したの?」

「いえ、俺ではなくて、こっちですよ。梨月先生」

返事とともに奥から現れたのは梨月だ。

養護教諭として、この架音学園に勤務しているのだ。

イクトがそっと促すと、少女はそっと頭を下げて前に歩み出る。

「失礼…します」

「どうぞどうぞ」

イクトはそのまま少女に椅子に座るように背をおし、そっとその手をとり梨月に見せる。

「あらあら、ちょっと待ってね」

怪我の具合をみて、すぐに梨月は動いた。

手当に必要なものを集め、すぐに席に戻ると、少女にそっと笑いかける。

「痛いよね。でも、少しだけ、触らせてね」

骨の異常などがないか確認しながら、てきぱきと手当していく。

梨月が手当をする間、イクトは記録ノートに書き込む。

が、その手がすぐにとまった。

「…悪い。そういえば、名前、まだ聞いてなかった」

「あ…。…双葉…水上双葉」

「…双葉か…。…ん?」

ノートに書き込みながら、イクトは繰り返す。

と、ポケットの中でケータイが着信を伝えている。

振るえる携帯を手に取り、一度イクトは裏庭へと出た。

通話ボタンを押し、耳元へと携帯を持っていこうとした時だ。

『お前、今どこにいるんだよ!!』

すさまじい音量を出すのはハルだ。

とっさに耳から遠ざけようとしたイクトだが、少々遅かったようだ。

耳の奥がひどく痛む。

「声のボリュームを落とせ、アホハル。なんなんだ一体」

『ちょ、マジ聞いてよ!俺、初恋かも!!」

「………で?」

『「で?」じゃねーよ!俺どうしよう?!ってか、どうしたらいい?!」

イクトは一気に疲労感に襲われた。

今この時ほど、ハルと従兄弟であることを恨んだことはない。

『ってか、俺、こんなの初めてなんだけど!』

「……(初恋なら、初めてに決まってるだろうが)」

『…おい!聞いてんのか、イクト!』

「あー、はいはい。とりあえず、後でゆっくり聞いてやるから、今は切るぞ」

いまだにギャンギャン聞こえる携帯に、イクトは重い溜息をついて切るのだった。


「ふふっ。イクト君、優しいでしょう?」

双葉の手首を手当てしながら梨月がいう。

「イクト…っていうんですか、彼」

大きな窓から見える裏庭で電話をするイクトに視線を向けながらポツリと双葉はつぶやく。

「あら、イクト君ってば、自己紹介してないの?周囲のことにはすぐ気が付くんだけど、けっこう自分のことは、後回しになりがちなの。それが、けっこう、危なっかしくて」

どこか困ったような笑顔を見せる梨月に双葉は首をかしげる。

「確かに周りのことに鋭いですね。一瞬で状況を把握して…。それなのに、危なっかしいんですか?」

「えぇ。そこは、お母様譲りでね」

苦笑しながらいう梨月に、双葉は怪訝そうに首をかしげる。

「お詳しいんですね…」

「ふふ、そうね。大切な、甥っ子だから…ね」

「………えっ?!」

深く考えずに尋ねた双葉は、思わぬ返答に驚愕しイクトと梨月を見比べる。

「ふふっ、これはできるだけ秘密、ね?知っている子は、もちろん知っているんだけど、イクト君、冷やかしとか嫌いだから。水上さんはそういう子じゃないから、イクト君もこれだけ関わろうとしているし」

梨月の言葉を聞きながら、双葉は窓の外に見えるイクトに視線を向ける。

何やら疲れた表情で電話をし続けるイクトに、自然とフッと表情が緩む。

「…根っからのお人よしなんですね」

「そうね。さ、できた!今日一日は、できるだけ動かさないように、ね?痛みと腫れが引かないようなら、病院に行くように」

「あ、はい。ありがとうございました」

手当てしてもらったところをそっとさすりながら双葉は答える。

「それから」

「?」

梨月の声に、顔を上げると、そこには優しい笑顔がある。

「イクト君のこと、これからよろしくね。二人なら、きっといいコンビになるわ。頼り頼られる存在に…ね?」

梨月の言葉の直後、電話を終えたイクトが室内へ戻ってきた。

「大丈夫そうですか、梨月先生」

「えぇ、手当は終わったわ。ところで、イクト君?ちゃんと、自己紹介していないんでしょう?職員室へ、水上さん、送る途中で、ね?」

「あー、はい。忘れてました」

イクトは指摘されてはじめて気づいた。

軽い笑みをこぼしながら、梨月はイクトの頭をそっと撫でる。

「しっかりね、イクト君。水上さん、いつでも遊びに来てね」

梨月に見送られて、イクトと双葉は保健室を後にした。

入学式ともあり、在校生のほとんどいない静かな廊下を歩きつつ、向かうのは職員室。

「さっきは悪かった。俺は山倉イクト。3年C組だ」

イクトは一度立ち止まると、改めて自己紹介をする。

「山倉…イクト…」

イクトに合わせて双葉も立ち止まりながら、無意識にイクトの名を口にしていた。

「イクトでいい。…というか、頼むから、フルネームで呼ぶのだけはやめてくれ」

「わ、わかってるよ」

「双葉でいいか?」

「え?あ、うん。…え?」

躊躇いのないイクトに、双葉は流されてしまう。

名前で呼ばれることに対しても、深く考えずに答えてしまった。

そんな双葉の様子にイクトは小さく笑うと、「あ」と何かを思い立つ。

「ちょっと、携帯かして」

「え?あ、はい」

自然な動きで手を出したイクトにつられて、双葉は素直に従ってしまう。

双葉から受け取った携帯をしばらく操作して、自分の携帯も続けて操作するイクト。

間もなくして「はい」と双葉の手に携帯が戻ってくる。

「登録しといたから。俺の連絡先。双葉のもこっちに入れたし。またからまれそうになったら、すぐに呼べよ。心配だから」

大真面目な顔をしてそういうイクトに、双葉はふっと表情が緩み返された携帯を握りしめるのだった。

「…ありがとう。…一応、御礼いっておく」

「あぁ。じゃ、担任のところ行くか。たぶん待ちくたびれてるぞ」

「うん。…っていうか、なんでイクト、職員室に?」

「…あー。ちょっと入学式で…な」

途端に不機嫌なオーラが出始めたイクトに、双葉は困ったように笑って見せた。

そんな双葉に、イクトも笑い返す。

そして、職員室の戸を開ければ、そこに待ち構えていたのは額に怒りマークを浮かべ、あからさまな笑みを浮かべた3年C組の担任だった。

「ずいぶんのんびりとした到着だなぁ、山倉」

「すみません。優先すべきことがありましたので、そちらに回りました」

淡々と冷静に受け答えするイクトに双葉の方が若干ハラハラしてしまった。

「…ったく、事情は真中から聞いてる。だけど、アイツの話はどうにも分かりにくくて、いまいち、現状が分からないんだが?」

担任は言いながら、視線を双葉に向ける。

イクトはハルの説明力の無さを十分に理解している。

そして保健室での電話のやり取りから、いつも以上に正確性の書いた説明を担任にしたのだろうと推察した。

イクトは小さくため息をつくと、今までのことを一から説明し直した。

もちろん、双葉に非がないことも含め、経緯を説明すると、担任もようやく状況を把握できたようで苦笑した。

「まぁ、いい。入学式でのことも、そもそも真中が寝なけりゃ起こらなかったことだしな。っていうか、なんで真中が出席したんだっけか?」

顎に手をやりながら、担任は思案する。

「…それは俺が聞きたいですよ。第一、出席する生徒を選んだのは先生ご本人でしょう」

「そーなんだけどさー。山倉を選んだ記憶はあるんだけどなぁ…」

どうにも本気でハルを選んだ理由を思い出せない担任に、イクトはため息をつく。

「まぁ、いいか。真中にはきつく説教しといたし。……聞いていたかは別として…」

どこか遠い目をしていう担任に、ハルの落ち着きのなさが手に取るように伝わってくる。

「まぁ、とにかく、山倉はもういいぞ。今年も色々頼むな。で、次、水上だ。心配したんだぞ。どっかで迷ってないかとか、何か巻き込まれてないかとか」

それまで黙って聞いていた双葉は、小さく頭を下げる。

「すみません。大丈夫です。山倉君が色々、親切にしてくれたので」

そこからは何やら事務的な内容を話をし始めたため、イクトはその場を離れるべきかと思案し始めた時、ふと担任と目があったかと思うと、無言で微笑まれてしまった。

『…待っていろということか。まぁ、双葉のこと心配だし、いいけど…。ハルにメールしとくか』

イクトはとりあえず一歩引いて、携帯を片手に操作し始める。

もう少し時間がかかる旨を送信すると、間もなく返信がくる。

どうやら先ほどの1年生を送ってから帰るらしい。

イクトにとっては好都合だった。

そして、待つこと数分。

「じゃあ、明日にでも提出してくれ。今日はこれで終了!ちゃんと山倉に送ってもらえよ?」

「はい。……え?」

バッと振り向いた双葉は、かなり驚いた様子で、イクトが待っているとは思っていなかったようだ。

「それでは失礼します」

イクトは何事もなかったかのように一礼すると、職員室を出る。

双葉はいまいち状況を呑み込めないまま、担任に一礼しイクトの後を追った。

2人ならんで歩く廊下。

双葉は怪訝そうにイクトの横顔を見る。

「先に帰っていいのに、なんで待ってたの?」

「いや、担任が…まぁ、俺も心配だったし。あ、1人で帰りたければ、俺に合わせる必要はない」

首をかしげ、イクトは双葉の返答を待ちつつ、ふと考える。

『女の子と…っていうか、誰かと長時間こうやって話したり一緒にいたりしたのは久しぶりだな。なんだかんだ、故意に避けていたところもあるが』

「…イクト?」

「ん?」

物思いにふけっていると、双葉に名前を呼ばれる。

「ごめん、私の言い方が悪くて。一緒に帰りたくないとか、1人がいいとかじゃなくて…、私、誰かにこんなに気にかけて話をしてもらうの、久々過ぎて、なんていうか、うまく会話が…。だから、その、待っててくれたことが……」

初めは心配顔、次に困り顔、そして頬を染めながら恥ずかしそうな泣きそうな顔。

コロコロと変化する双葉の表情に、イクトはふっと笑みをこぼす。

『あぁ、俺たちは少し似ているのかもしれないな。他人と関わりたくなくて、でも見つけたいんだ。本当の自分を見て、理解してくれる人を』

イクトはそっと双葉の頭をなでる。

「え、ちょっ?!」

「『待っててくれたことが…』の続きは?」

「な?!だ、だから、その、う、嬉しかった…し、あ、あり…が…とう…」

怒ったような、すねたような表情。

一見、クールに装う双葉の自然な表情。

イクトは双葉の頭をなでたまま、笑いをこらえつつ「どういたしまして」と返すのだった。

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